皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第5話 「そんな大人は修正してやる」
前書き
皇太子のところは、事務員としてはブラック企業。
事務員を募集しても、きっと、誰も来ない。
第5話 「装甲擲弾兵ザ○」
■皇太子の間 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■
皆様、アンネローゼでございます。
喜ばしい事に、皇太子殿下に新しい寵姫が増えました。
なんと、二人も。
ああ、これで皇太子の間でのお仕事も、少しは楽になるでしょう。
うれしいです。
しかしながら……。
喜びを表していますと、なぜだか分かりませんが、リヒテンラーデ候がなにやら、生暖かい目で見てくるのです。失礼な方だと思いませんか?
さて本日の来客予定の方は、っと。
ふむふむ。オフレッサー上級大将閣下ですね。たしか、このお方は、装甲擲弾兵総監だったと思います。
今日も一日、新しい寵姫の方たちと力を合わせて、頑張っていきたいと思います。
ノックの音が聞こえます。
今朝一番の来客者ですね。新しい寵姫であるエリザベートさんが、扉を開けに向かいました。
エリザベートさんは、二児のお母さんなんですよ。さすがに落ち着いていらっしゃいます。
お子様は、皇太子殿下の乳母だった方に、預かっていただいています。皇太子殿下のお屋敷に、託児所があるんですって。乳母の方も、まだまだ若い者には、負けませんよと頑張っておられます。
扉の向こうには、二メートルはありそうな、大柄な男の方が立っております。
「装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将であります。皇太子殿下の命により、出頭いたしました」
体つきに負けないほど、大きな声です。
「お、よく来てくれた」
皇太子殿下が、気さくにお声を掛けます。
大きな声でしたので、皇太子殿下の下にまで、声が届いたのでしょう。
エリザベートさんに案内された。オフレッサー上級大将閣下が、しゃちほこばった動作で、皇太子殿下の下まで、歩いていきます。
「失礼致します」
「ま、楽にしてくれ」
「恐縮であります」
大きな体を縮こまらせた閣下が、大きな手のひらで、汗を拭いました。
「さて、さっそく本題に入るが、卿も知っているだろう。MS開発の件だ」
「はっ、グ○が配属される事ぐらいでしたら、聞いております」
「ド○だ。いや、その話ではない。MS部隊、そのものが装甲擲弾兵団の所属になることが決まった。卿に預ける。鍛えてくれ」
「自分の下にですか」
「そうだ」
「しかしながら、宇宙艦隊の所属にした方が、宜しいのでは、ありませんか」
「その事も考えた。当初はワルキューレと混合で、配属しようとも考えたが、それではどちらが上かで揉めそうなんだ。そこで、MSのほうを装甲擲弾兵団の所属にすることに決めた」
皇太子殿下のお言葉に、閣下もしきりに考え込んでいるみたいです。
実のところ、MS部隊をどこの所属にするかで、かなり揉めておりました。
なんと言っても。皇太子殿下の肝いりで始まった開発です。使える使えない以前に、欲しがる部署は多々あり、殿下に対して、恩を売ろうと考える者も多いみたいでした。
「自分の裁量に任せていただけるのでしょうか?」
「任せる。だが、磨り潰すような真似はするな。これは装甲擲弾兵自体にも言えることだがな」
「了解いたしました」
■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ■
今日、珍しくルードヴィヒがやってきた。
何事かと思えば、劣悪遺伝子排除法を廃法にしたいと言うてきたのだ。
「お前の好きにすれば、良かろう。万事任せる」
「良いんだな、親父」
「構わぬ。その代わり、帝国宰相になってもらうぞ」
「しゃーねーなー。引き受けた」
「しかし非公式ながら、皇帝と皇太子の会話ではないな」
「馬鹿親父と馬鹿息子の会話だろう? 韜晦が過ぎるぜ」
「なにを言う。わしは五十年以上も韜晦を続けてきたのだ。お前よりも年季が入っておるわ」
「馬鹿の振りも飽きたか?」
「なんの。まだ飽きておらぬ。死ぬまで続けて見せるわ」
「俺は親父ほど、我慢強くなくてな。せいぜいあがいてみるよ」
「足掻くだけ、足掻いてみせよ」
ルードヴィヒが立ち去ったのち、我が子ながら、よくぞ強く育ってくれたものだと思う。
あやつはわしを我慢強いと言うたが、わしはあやつほど、強うなれなんだ。
すまぬの……不甲斐ない父親で。
■ノイエ・サンスーシ 黒真珠の間 リヒテンラーデ候クラウス■
オトフリート三世陛下の先例に習い、ルードヴィヒ皇太子殿下が、帝国宰相の地位に就かれる事となった。
「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムである。これから帝国の有り様を一新する事になるが、皆の者。心せよ」
短いお言葉のあと、黒真珠の間に集まった貴族、百官を無言で睥睨するお姿は、かのルドルフ大帝を思い起こさせるものがある。貴族達の戦々恐々とした怯えようは、笑いを噛み殺すのに苦労するほどじゃ。
皇太子殿下から、一段下がった左右に、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候が、神妙な面持ちで両脇を支えるように控えている。
さて、このお方が帝国をどのように変えていくのか、楽しみでならぬ。
それにしても、暑いの~。
■皇太子の間 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
あーあっちー。
久しぶりに黒真珠の間に行ったぜ。
このくそ暑いのに、マントを着込むはめになろうとは、思ってもみなかった。
空調利いてなかったぞ。
いやがらせか?
いやがらせなのか?
親父の嫌がらせだろう、きっと。
親父のときは、がんがんに利かせてるからな。
惚け老人と親父が、にやにやと笑っているさまが目に浮かぶぜ。
「たいへんですねー。わたしも皇太子殿下の晴れ姿を見てみたかったです」
「見て、おもしろいもんじゃねーぞー。アンネローゼ」
「それにしても、さっそく。新聞の一面に載ってますよ。皇太子殿下のお姿」
「意外と儀礼服、お似合いですねー」
「お~いエリザベート。そりゃないだろう。ふだん似合ってないってか?」
おばさんは遠慮がねーよなー。
寵姫なら寵姫らしく、なんというのか、こー控えめにさー。
あそこで真面目に仕事をしてる、マルガレータのように一歩下がるって気持ちはないのか?
「一歩、どころか五、六歩下がっておりますよ」
「それでかよ。旦那がかわいそうに思えてきたぞ」
「大丈夫です。わたしも一歩、下がっていますから」
「アンネローゼまで、言うかー」
■皇太子の間 ラインハルト・フォン・ミューゼル■
皇太子が帝国宰相になった。
それはともかくとして、なぜか俺とキルヒアイスが、皇太子の間に呼び出されたのだ。
いったい何の用があるというのだろう。
「お、よく来たな。エリザベート、用意はできてるな」
「はいはーい。できてますよー」
「マルガレータ」
「了解です」
「かかれ」
「ヤー」
部屋に入った途端、皇太子の新しい寵姫である二人の女性が、俺を捕まえた。
にやにやと笑う皇太子。
何をおもしろがってる。
キルヒアイスはおろおろとしてるし、姉さんは……。
姉さんは、なぜかハンカチを取り出して、振っているー。
「姉上ー」
「ラインハルト、がんばってー」
「いったい何事ですかー」
二人の女性に捕まった俺は、奥の部屋へと連れ込まれ、女装させられてしまった。
やはり、皇太子は以前の事に気づいていたのだ。
なんといやな奴だ。
俺を笑い者にする気なのか。
皇太子の前に引きずり出された俺を、姉さんがじっと見ていた。
姉さん、そんなに見ないで下さい。
「よく似合うぞ。ま、今日は一日。アンネローゼの手伝いをしていけや。ラインハルトちゃん」
ぐぬぬ、よくもこのような辱めを、皇太子め。
「かわいいですねー」
「なんだか、なみだ目になってますよ」
二人の女性が口々に言い合っている。
なにがそんなに楽しいのだ。不愉快だ。キルヒアイスもそんな奴らと仲良くするんじゃないっ。
「最近、忙しくて疲れていたからな。たまにはこんな楽しみがあっても良かろう」
「ラインハルト、似合ってるわ」
「姉上まで……」
姉さんは、皇太子の下へ連れ攫われてからというもの、変わってしまった。
皇太子のせいだ。きっと、そうに違いない。
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