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フィガロの結婚

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48部分:第四幕その十二


第四幕その十二

「御前をカストラートにしてやろう」
「何とっ」 
 カストラートとはこの時代の歌手である。少年の頃に去勢してそのうえで男性ホルモンの成長を止めて少年の声を保つのである。欧州にもこうした存在はいたのだ。
「それだけはお許しを」
「いや、許さん」
 彼はまだ言う。
「絶対に許さん。中国の宦官のようにしてやろう」
「お許しをお許しを」
「一生子供はできないからな」
 完全に本気だった。
「覚悟するがいい」
「ううむ、こうなってはもう」
「誰も止められないな」
「困ったぞ」
 周りもこうなってはどうしようもなかった。
「さて、どうなるのだ?」
「本当にカストラートになるのか?」
「さてさて」
「せめて命だけは助けてやる」
 妙なところで慈悲深い伯爵だった。
「そして奥方よ」
 スザンナがが入り込んだあずまやに顔を向けた。
「出て来るのだ。そなたにも褒美をやろう」
「奥方様も去勢か?」
「さて」
「早く。出て来るのだ」
「すいません」
「むっ!?」
「出て来たぞ」
 ここでやっとあずまやの扉が開いた。そうして出て来たのは。
「ケルビーノ!?」
「どうしてここに?」
「伯爵様、申し訳ありません」
 ケルビーノは出て来るなり伯爵に対して平謝りに謝りだした。
「どうか。お許しを」
「何でこの者がここにいるのだ?」
「さて」
 バジーリオはバルトロの問いにも首を捻るだけだった。
「私にも。これは全くの予想外でして」
「わしにもだ。全く何でここに」
「ええい、そなたはいい」
 伯爵はとりあえずケルビーノを端に寄らせた。そのうえでさらにあずまやに声をかけると次に出て来たのは。
「バルバリーナ!?」
「お父さん」
 次に出て来たのは彼女だったのだ。
「どうしてここに」
「お父さんこそ」
「どうなっているのだ?」
 伯爵は今度は彼女が出て来て首を捻ることになった。首を捻ったのは今度は彼であった。
「二人もいるとは。奥方を入れて三人か」
「とにかく御前はこっちに来なさい」
「嫌よ」
 ケルビーノから離れないバルバリーナは父の言いつけにも従おうとはしない。アントーニオは仕方なくケルビーノを抱き締めたままの娘を自分の側に置いた。
「さあ、出て来るのだ」
「はい」
「何だ?今度は御前か」
「はい、そうなのよ」
 今度はマルチェリーナだった。夫に対して軽く挨拶をする。
「ちょっとこの中にと思って」
「ううむ、何が何だか」
「お母さんまでこの中にいたんだ」
「事情があってね」
「事情?」
「あんたが一番よく知ってることよ」
 ここではこう言って息子に対して微笑むのだった。
「これはね」
「ははあ、成程」
 母の言葉でまた納得がいったのだった。表情にも出ている。
 
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