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フィガロの結婚

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3部分:第一幕その三


第一幕その三

「ここは」
「何で可愛い花嫁さんなんでしょう」
 スザンナはそのまま通り過ぎようとしてマルチェリーナは喧嘩を売ろうとする。するとここでばったりと出会ってしまったのであった。
「どうぞ」
 マルチェリーナはわざとにこりと笑って慇懃にスザンナに言ってきた。
「お通りなさい。花嫁さん」
「いえいえ、どうぞ」
 スザンナもスザンナでにこにこと顔では笑って表面は慇懃にマルチェリーナに言うのだった。
「気高い奥様、そちらこそ」
「お先にどうぞ」
「いえいえ、貴女様こそお先に」
 早速剣呑な鍔迫り合いとなってきた。
「花嫁さんがお先に」
「奥様こそお先に」
「伯爵様のお気に入りの」
「スペイン中の憧れの方が
「気高く」
「お召し物も」
「気位高く」
「お年もお年で」
 マルチェリーナもスザンナも言葉に殺気を込めてきていた。顔はまだにこにことしているがそれだけに凄みのあるやり取りになってきていた。
(これ以上は腹に据えかねるわね)
(笑わせないで。老いぼれの巫女様)
 お互いに腹の中では限界を向かえていた。しかし今は遂にはお互い通り過ぎた。その際無言であるが互いに視線を交えることなく殺気だけを交えさせて後にするのだった。
「あの人とバルトロさんだけは気が許せないわ」
 スザンナはマルチェリーナの姿が消えてからこう言いそのうえで伯爵の部屋に入った。部屋は様々な装飾品で飾られ見事なものである。とりわけ肘掛け椅子は見事でそこには伯爵の上着があった。絹の見事な上着であり緋色である。
「奥方様の先生だっていっても」
「ねえスザンナ」
 ここで一人の男の子が入って来た。服は白い貴族のもので顔はまるで女の子のようだ。睫毛は長く多くて黒い目は星の様にきらきらとしている。唇は小さく紅く頬は紅色で肌は雪の様だ。やや細長く端整というよりも悩ましい。髪は黒く長く癖がある。小柄で身体つきまだ幼さが残る。その彼が部屋に入って来たのだ。
「ここにいたんだ」
「ケルビーノ」
 スザンナは彼に気付いてその名を呼んで顔を向けた。
「何かあったの?」
「大変なことになったんだ、僕の愛しい人」
「貴方の愛しい人!?」
 ケルビーノのその言葉に目をぱちくりとさせた。
「私が?」
「そう、君が」
 こう言うのである。
「君がだよ」
「どうしてよ。それでね」
「うん」
「大変なことって!?」
 話を強引にそこにやった。ややこしくなることを嫌ってだ。
「どうしたの?今度は」
「昨日のことだけれど」
 ケルビーノはスザンナのその問いを受けて俯きながら述べてきた。
「バルバリーナと二人で遊んでいたら」
「伯爵様お気に入りの?」
「うん。そこをその伯爵様に見つかって」
 実にタイミングが悪いと言えた。
「それで出て行けって言われてたんだよ」
「いつものことじゃないの?」
 スザンナはそれを聞いても至極穏やかであった。
「毎回毎回そういうことの繰り返しじゃない」
「若しその時も奥方様のおとりなしがなかったら」
「それも一緒じゃないの?」
 それだけ同じことを繰り返しているケルビーノだった。
「結局は」
「何か随分冷たいね」
「だってバルバリーナだけじゃないですよ?」
 実際にかなりクールな口調のスザンナだった。
「私にも奥方様にも色々と見たり声をかけたりしているわよね」
「奥方様はあまりにも気高くて」
「御立派な方よ」
 実際彼女はその伯爵夫人の侍女なので彼女のことはよく知っていた。彼女にとってスザンナはただの侍女ではなく頼りになる親友でありパートナーであり参謀でもあるのだ。
 
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