星の輝き
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第13局
ヒカルとあかりは、海王中学に無事合格した。
二人はもちろん合格を喜び合い、佐為も大はしゃぎで祝福してくれた。
そしてそれ以上に大喜びしたのが、二人の両親たちだ。
特にあかりの両親は、ヒカルがあかりに勉強を教えてくれていたことを知っていたので大感謝だった。
合格祝いは奮発しないいといけないなと、両家の親達は張り切っていた。
そして、中学の入学式を待つ春休み、ヒカルたちはいつものように、対局していた。
階下からヒカルの母の声が届いた。
「ヒカルー、お客さんよー。」
「客ぅ?いったいだれだよ?」
呼ばれて階段を下りていくヒカル。
玄関に立っていたのは、奈瀬だった。
「やっ!海王中学合格おめでとっ!」
「この間のお通夜の時の対局の後にさ、ヒカル君のお母さんに挨拶して、連絡先を聞いといたんだー。ほんとはすぐにでも遊びに来たかったんだけど、なんか海王受験するって言うし、邪魔しちゃ悪いなーって思ってさ。んで、無事合格したって聞いたから、お祝いに来たの。」
「何で奈瀬さんが、オレたちの合格の事知ってるんだよ。」
「ん?もちろんヒカル君のお母さんに聞いたんだよ。たまに電話でおしゃべりしてたの。」
と、あっけらかんと話す奈瀬。
頭を抱えるヒカルに、目をまん丸にしてるあかり。
―ほー、なかなかの行動力ですねぇ。
そして感心する佐為だった。
「あなたがあかりちゃんね、私、奈瀬明日美、よろしくね!あ、あかりちゃんも合格おめでとう!はいっ、これケーキ。おいしいよ!」
「あ、ありがとうございます。」
思わず受け取ってしまうあかり。
奈瀬は珍しそうにヒカルの部屋の中をきょろきょろと見回す。
「…ちょっとヒカル、この人誰?」
こそこそと問いただすあかりに、口ごもるヒカル。
「あー、えっと、なんていうか…。」
「あれ、何だヒカル君、私のことあかりちゃんに話してないんだ。」
あかりの声が聞こえたのだろう、奈瀬が割り込んできた。
「前にお通夜で偶然ヒカル君と会うことがあってさ、その時控え室で1局打ってもらったことがあるんだ。その時ヒカル君の強さに感動しちゃってさ。是非また打って欲しいなって、ずっと思ってたの。」
目をキラキラと輝かせて語る奈瀬の様子に、あかりはちょっと嫌な気分になる。
「…どうするのよ、ヒカル。」
「…いや、まいったな。オレたち自分の勉強だけで精一杯だからさ、そんな時間ないんだよ。」
「そんな事言わないで、お願い!時々でいいの!時々でいいから私とも打って欲しいの!年下の子にこんな事言うのどうかとも思うけど、ヒカル君の碁に本気で惚れちゃったの、お願い!」
砕けた様子をシャットアウトして、真剣な表情で頼み込む奈瀬。
そんな奈瀬に困惑するヒカルと、奈瀬の言葉に眉をしかめるあかり。
「あかりちゃんには教えてあげてるんでしょ?時々でいいから私にもお願い!」
「いや、だからさ…。」
「だったら、私と勝負してください。」
硬い声で奈瀬に告げるあかり。
いつになく厳しいあかりの態度に、ヒカルと佐為は驚いた。
「私に勝ったら、時々ヒカルと打つのを許してあげます。」
「ちょっ、あかりっ、何勝手に言ってんだよ!」
「ヒカルは黙っててっ!」
あかりの剣幕に、思わず言葉を飲み込むヒカル。
―おおっ!あかり、燃えてますね!
「あかりちゃんに勝てば、ヒカル君と打つのを認めてくれるのね?」
「はい。私に勝てばですけど。」
二人の視線が厳しくぶつかり合う。そして、ヒカルを差し置いて対局が始まった。
盤上はすでに中盤を終えた。
―やっぱりあかりの方が力は上か。勝負は見えたな。
ヒカルが二人の対局を止めなかった一番の理由は、二人の棋力だ。
先日の対局から考えて、あきらかにあかりの方が強い。
そうと分かっていても心配だったが、もはや勝負はついた。
―どうなることかと思ったけど、何とか切り抜けれそうだな。
ヒカルは内心、ほっと胸をなでおろした。
あかりもほっとしていた。
ここまで来たらもうひっくり返されることもない。
私の勝ちだ。
奈瀬には悪いが、ヒカルとの時間はあかりにとって大切な時間だ。
邪魔されるのは嫌だった。
奈瀬は身を乗り出して盤面を眺めていた。
途中から気づいていたが、あかりは強い。
自分よりも強い。
何とか必死に喰らいついていったが、それもここまでだ。
勝てないことが、もはや勝負がついてしまったことが分かってしまった。
盤上にポタポタと雫が落ちた。
奈瀬の目から大粒の涙が零れ落ちていた。
ギョッとして奈瀬を見るあかりとヒカル。
まさか、泣き出すとまでは思っていなかった。
両手で顔を覆い、涙をこらえる奈瀬。
「わ、私、ほ、本気でヒカル君の碁に感動したの…。だ、だから、どうしてももっと打って欲しかったの…。ヒカル君との対局のあとは、碁の勉強も楽しくってね。次の対局のときのために、一生懸命にがんばったの…。」
そんな奈瀬を見て、さっきまでの強気の様子を一変させて、おろおろとうろたえるあかり。
「ヒカル君と打てればもっともっと強くなれると思ったんだけどな…。もっと楽しい碁を打てると思ったんだけどな…。負けちゃった……。」
そう言って、うなだれる奈瀬。
その様子は、本気で落ち込んでいることが分かった。
その奈瀬の様子を見ていた佐為が口を出した。
―今日だけ私が打ってあげましょう。
その佐為の言葉に目を剥くヒカル。
―ヒカルが私のことを心配してくれるのは分かりますよ。でも、きっと大丈夫だと私には思えるんです。むしろ必要な気がするんですよ、ヒカル。
佐為の言葉を受け、じっと考えるヒカルと心配そうに見つめるあかり。
これも今回の流れなのだろうか。
もうすでに、海王進学という、新しい流れに進むことは決めているのだ。
なら、ここでかたくなに拒絶することに意味はあるのか?
―分かった。佐為、1局だけ奈瀬と打ってくれ。ただし、何か嫌な予感とかしたらすぐに中止するって約束してくれっ!
―分かりました。
あかりには佐為の言葉しか聞こえていないが、ヒカルの表情から読み取ったのだろう。
何も言わず、席を空けた。
ヒカルは、あかりの場所に座り、碁石を片付け始めた。
「奈瀬さん、今日だけ1局打とう。」
その言葉に、ハッと顔を上げる奈瀬。
唇を強くかみ締めると、小さくうなずいた。
奈瀬は黒を持った。
あえて置石はなしだ。
奈瀬は、改めて思い知らされていた。
―この子、やっぱり強い!あきらかに全力じゃないのが分かるのに、様子見の手がいくつもあるのに、それでもまったく歯が立たない!
―…あきらめちゃだめだ。あかりちゃんに負けちゃったんだから、もう次はいつ打てるか分からない。必死についていかないと…。
―…でも、なんだろう。間違いなくこの前と同じで強い。強いんだけど…、何か変な感じがするのは何でだろう…。ヒカル君で間違いないよね?
ふと奈瀬は正面のヒカルの顔を見た。
ヒカルの表情は真剣だった。
ただ、なんだろう。
気のせいだろうか、ヒカルの目線に違和感を感じた。
なにか、直接盤上を見ていないような、遠くから見ている目線のような…。
その時、すっと盤上に何かの影が見えた気がした。
えっと思ったときは消えていて、ヒカルが石を打った。
―何か虫でも飛んでいたかな?だめだめ、もっと集中しないと!
だが、何かの影のようなものは、そのあと何度も視界をよぎった。
何かはっきり分からないのだが、どうもヒカルが打つ直前のタイミングで見えるようだ。
ヒカルもあかりも気にしている様子はないので気のせいなのだろうが、何か気になる。
―だめよ、しっかり集中しないと。虫なんかに気をとられている場合じゃないでしょ。相手はヒカル君なのよ!
そう思った次の瞬間、奈瀬は固まった。
さっきまで影のようにしか見えなかったものがうっすらと見えたのだ。
―扇子!?
その扇子が指し示した先に、ヒカルが石を打った。
―え、何今の扇子!?ヒカル君、扇子が指し示す場所に石を打った?
思わず周りを見回すが、今は扇子はどこにも見えない。
「どうした?」
そんな奈瀬の様子にヒカルが声をかけた。
「え、あ、いや、なんでもないの、ごめんね。」
そう言って、奈瀬は盤上に視線を戻す。
あかりも不思議そうな表情で奈瀬を見ていた。
―え、なんなのあれ!?何で扇子!?ヒカル君やあかりちゃんは見えてないの!?
奈瀬が混乱したまま、対局は続いた。
後書き
誤字修正 あかりが場所 → あかりの場所
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