星の輝き
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第11局
ヒカルは、奈瀬と会ったことをあかりには話していなかった。
元々あかりは知らない相手だし、これから会う機会があるとも思えない。
わざわざ言うことはないだろう、と思っていた。
なんとなく気まずい思いもあったが、深くは考えないことにしていた。
それよりも、奈瀬との対局のことが気になっていた。
自分の打つ碁が、奈瀬を引っ張ったという。
それは、かつて、自分が塔矢に、そして佐為に引っ張られたのと同じことなのだろうか。
これも佐為の言う、”流れ”の一環なのだろうか。
だとすると、今の流れに乗るのが正解なのだろうか?
しかし、新しい流れに乗ってしまえば、当然古い流れとは異なる道を歩くことになる。
そのことが、ヒカルには、のどに刺さるとげのように引っかかっていた。
あかりも、行洋と会ったことをヒカルに話していなかった。
理由の一つは、対局した相手が誰なのかよく分かっていなかったから。
あかりは結局最後まで、行洋を碁会所の碁の先生と思い込んでいた。
これは行洋も悪い。
自分のことを知らない碁打ちがいると思っていないため、自己紹介がなかったのだ。
ヒカルは当分、あの碁会所にはいかないつもりのようだった。
なら、わざわざ碁会所の先生と打ったことを言わなくてもいいだろう、と考えていた。
もう一つの理由は、ヒカルに怒られそうな気がしたから。
実はこっちの理由のほうが大きい。
ヒカルと佐為のことを考えると、ちょっと軽率だったかなと思うのだ。
ヒカルがあれだけ隠そうとしているのだ。
もっと慎重に考えて、行動するべきだった。
色々と誘われたが、何とか全部断れた。今後は注意しなくちゃ、と思っていた。
「そうだヒカル、お姉ちゃんにこれもらったよ。お姉ちゃんの中学の創立祭で使えるたこ焼きの無料券。」
「そっか、もうそんな時期になるんだ。」
いつもの対局の後、あかりがかばんからチケットを取り出し、ヒカルに見せた。
「ここでヒカルは囲碁部の先輩に会ったんだよね。どうするの?」
「…あかりはどうしたい?あかりの先輩にもなる人だぞ。」
ヒカルの言葉に、あかりはすぐ答えた。
「私はヒカルが行くなら行くし、ヒカルが行かないなら行かないよ。」
あっさりとそう答えるあかりに、ヒカルが驚く。
「え、そんな簡単に決めていいのか?」
あかりは、分かってないなーという表情で、
「うん。前の私が囲碁部に入ったのも、ヒカルがいたからでしょ?今の私はこうしてヒカルと打てるんだから、わざわざ囲碁部に入らなくちゃいけない必要もないし。」
「……。」
そう言われて、ヒカルは考え込んでしまう。
元々は、行かないつもりだった。
葉瀬中に行っても、今回は囲碁部に入るつもりはなかったのだ。
今はあかりがいるとはいえ、佐為との囲碁の時間をこれ以上減らすつもりはなかったからだ。
筒井先輩や三谷には悪いが、あくまで佐為との時間を最優先するつもりだった。
そうなると、創立祭で筒井先輩や加賀に会ってしまうと話がややこしくなる。
行かないのが一番だろうと考えていた。
さらに、今は海王中への進学の可能性も出てきた。
それが実現すると、ますます葉瀬中メンバーとの接点はなくなるのだ。
だが、それでいいのだろうか。
葉瀬中囲碁部は、間違いなく、大切な場所だった。
オレにとっても、そしてあかりにとっても。
いや、むしろ、あかりのあかりにとって大切な場所なのではないか。
オレは以前、院生になった際に囲碁部はやめた。
囲碁部のみんなには悪いことをしたと、今でも気まずい思い出の一つだ。
特にオレが引っ張り込んだ三谷。
あいつがあれだけ怒ったのも、無理はないことだった。
結果だけを見れば、オレは囲碁部を引っ掻き回しただけともいえる。
時々もどりたい、と思う場所ではあったが…。
そんなオレに対して、あかりは違った。
三年間ずっと囲碁部でがんばっていた。
囲碁のルールさえ知らなかったのに、頑張ってルールを覚えて。
自分や三谷が囲碁部を辞めた後も、囲碁部を盛り上げて、女子の大会にも出場した。
間違いなく、オレが抜けた囲碁部をリードしていたのはあかりだ。
そして、囲碁部のメンバーにとってもだ。
俺やあかりの存在は、囲碁部のメンバーにとってもそれなりの影響を与えていたはずだ。
特に三谷は、オレが連れ込まなければ囲碁部には入ってなかっただろう。
それなのに、今回はほかに大事なことがあるから何も関係ありません、で済ませていいのだろうか。
もちろん今のあいつらは、そんなことは何も知らないにしてもだ。
考え込んでいるヒカルに佐為が声をかけた。
―ヒカル、考えても答えは出てこないと思いますよ。結局正解は分からないのですから。
「佐為…。」
―動いてみましょう、今は。そこに”ちけっと”があるのです。行って見ましょう。行ってみて、いろんな人に会って見ましょう。ただ考え込むよりいいと思いますよ。
「ね、ヒカル、私ね、勉強の時間増やしてるの。ヒカルが海王中に行くって決めたときに、私もついていけるように。いけるかどうか不安はあるけど、私がんばってみる。だから、ヒカルは好きに決めていいよ。」
「あかり…。でも、それってあかりの人生が大きく変わっちゃうってことなんだぞ?オレの影響で。それでいいのか?」
「ヒカル、私にとっては、前の私はヒカルから聞いた”お話”でしかないの。私にとっては今の私が私のすべて。今の私はヒカルの弟子で、弟子としては師匠においていかれたくないの。だから、前の私のことは気にしなくていいんだよ。」
そう言いながら、屈託なく笑うあかり。
そんなあかりを見ていて、ヒカルは決めた。
「よし、葉瀬中の創立祭、行ってみよう。確かに佐為の言うとおりだ。考えていてもわからねえや。」
「うん、わかった!」
―お祭りですか、楽しみですね!
「少なくとも、座ったまま考えただけで決めるのはだめだよな。碁は打たなきゃ始まらないもんな。」
そう告げるヒカルに、佐為は優しく微笑んでいた。
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