真剣で覇王に恋しなさい!
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第17話
項羽が復活した翌日の6月23日、火曜日。
川神学園の3-Sの教室は、一日前とは打って変わって異様な朝を迎えていた。
それも当然だろう。昨日あった騒ぎによって、文学少女だった葉桜清楚への人気が、そっくりそのまま西楚の覇王だった項羽への驚愕に変わったのだから。
「清楚ちゃんがマジで西楚だよぉ……」
「貴重な文学少女ガー!」
「葉桜さん超怖いんですけどマジで。ビビるわー」
ある程度は仲良くなれたと思っていたクラスメイトたちですら、机に足を乗せて乱暴に椅子に座っている清楚を遠巻きに見るしかないという状況だった。
まぁ、そうやってクラスメイトが躊躇ってしまうのも無理はない。
椅子の乱暴な座り方だけでなく、片手で漫画を開いて読みながら、もう一方の手でコーラのペットボトルを持っている姿からは、清楚な文学少女のイメージなんて完全に消え去っているのだから。
「ちょっとなんとかなりませんかね……誰か話しかけろよ」
「無理だって京……京極君はまだ来てないのか」
「じゃあ赤戸くんでいいや。とりあえずどう話しかければいいか聞いてみよう」
「いや、それが赤戸くんの方もなんだか……」
クラスメイトたちは目の前の状況に困惑して、きっと今の彼女とも話せるだろう二人を探した。
京極彦一はまだ登校していなかったが、基本的に清楚と共に登校してくる赤戸柳司の姿はある。
そこで一人が駆け寄ろうとしたところで……何かに気づいた一人が柳司を指差した。
「どうした?」
「いや、ほら、だってさ……」
柳司は真面目な顔で、特に変わった座り方をするでもなく……
しかし、なぜかその手元には携帯ゲーム機があった。
「え!?」
「あの真面目な赤戸くんが!」
「ゲーム……だと……!?」
HR前は基本的に本を読んでいるか勉強をしているかのどっちかだった赤戸が初めて見せる姿に、再び3-Sの教室に動揺が走った。
そんな中、救世主とも呼べる人間がやってくる。
現在教室に混沌をもたらしている二人の共通の友人、京極彦一である。
「きた! イケメンきた!」
「これでもう安心だな。とりあえず様子を見よう」
なぜか盛り上がるクラスメイトたちを尻目に、京極は漫画を読んでいる清楚へと話しかけた。
「おはよう、葉桜君」
「京極か。何故か皆が俺を怖がっているようなのだ。覇王とクラスメイトになれた事を喜ぶべきだろうに」
「昨日あれだけ暴れればね……まぁ、そういう皆の態度を許容する事もまた王の器だよ」
「むぅ……そういう考え方もあるか」
漫画を読むのをやめ、葉桜清楚は隣の席に座った京極のほうを向いて話しだした。
それからしばらく話した後、再び清楚が漫画を読み出した頃、京極は次に赤戸柳司へと話しかけた。
……ちなみに、柳司の席も京極の隣だった。ちょうど二人で京極を挟むような席の位置である。
「おはよう、赤戸君。随分と楽しそうだね」
「ちょっと待ってくれ。セーブする……よし」
話しかけた京極の方を向かずにそう言った柳司はゲームを続け、セーブをして一段落経った所でようやく京極の方を向いた。
その顔は普段の真面目そうな仏頂面でなく、ありえないくらいに爽やかな笑顔だった。
「待たせたな京極! それで、俺に何か話があったんじゃないのか?」
「最初は挨拶をするだけのつもりだったが、君も昨日とは随分様子が違うな。何かあったのかな?」
「おぉ! さすが我が友、それを聞いてくれるか。朝からずっとワクワクして待ってたんだけど誰も聞いてくれなくてなぁ。待ちくたびれてたんだぞ?」
みんなもさっさと聞いてくれよなー、なんて遠巻きに見ているクラスメイトたちに告げながら、心底嬉しそうに笑う柳司。
どうやら本当に話しかけてくれるのを待ちわびていたらしい。
それを見て苦笑しながら、京極は柳司の言葉を待つ。
「うむ、実はな……」
わざわざタメを作ってから、子供が何かを自慢するような口調で柳司は口を開いた。
「俺は劉邦なんだ! 驚いたか? 驚いただろ?」
それを聞いた3-Sの教室付近では色々な事が起きた。
教室中のクラスメイトが唖然とした表情で固まった。
教室の外で様子を伺っていた川神百代まで驚いた。
同じく教室の外にいた松永燕はなんとなく予想がついていたらしく頷いた。
一つ離れた席に座る清楚の眉がピクリと動き、学校の裏にある山から多くの鳥が飛び立った。
ただ一人、目の前で聞いていた京極だけはまるで変わらなかったが。
「……つまらんなぁ。もっと驚いてくれてもいいじゃないか」
「いや、驚いているよ。これでもね」
「あ、そうだった?」
「うむ。証拠というには不十分かもしれないが、周りを見てみるといい」
京極に言われ、柳司は周りを見回した。
彼の目に映ったのは、未だに衝撃が抜け落ちないクラスメイトたちの姿。
それを見て、柳司もとい劉邦は大きな笑い声を上げながら納得の声を上げる。
「おぉーマジだ。いやーっはっはっは! 確かにすげえ驚いてるなぁ」
「まぁ、少しでも歴史を知っている人間ならそうなるだろうね」
項羽と劉邦。
その二人がどういう人物なのか知っていれば、とてもじゃないが目の前の状況は気が気ではないだろう。
一日前までは仲良くしていた二人が、今にも戦い始めるんじゃないかと思ってしまうのも無理も無い事だった。
しかし、そんなクラスメイトたちの様子を見て柳司は言う。
「あーやっぱりそう思われちゃうか。でも誤解だぜ? 俺は戦うのそんな好きじゃないし。勝負事は好きだけどさ」
「ふむ。そうなのかね?」
これには流石の京極もちょっとだけ食いついた。
興味が引かれるくらいには気になったらしい。
「だいたいそんな昔の事を持ち出してもしょうがないだろ? 歴史じゃ俺が勝って項羽が負けた。でもそんなもん今になって気にすることでも――」
「おい柳司、今ここで決着をつけてやってもいいんだぞ?」
いい加減に怒りを露にした清楚が、いつの間にか柳司の背後へと移動していた。
手を出さないのは、昨日暴れたばかりで九鬼の従者たちに釘を刺されたからだろう。
そんな清楚に言葉を中断された柳司は、後ろをゆっくりと振り返って言った。
「いや、もう勝負ついてるから」
「なんだとぉ!?」
清楚は柳司の襟首を掴んでぐいと引き寄せ、思い切りにらみ付ける。
そんな状況でもまるで気にしていないかのように、彼はクラスを見回しながら口を開いた。
「つまり俺が言いたいのはだな、あくまで俺たちは葉桜清楚と赤戸柳司なのであって、項羽とか劉邦とかはそんなに気にしないでくれって事だ」
柳司の言葉を聞いて、なるほどとクラスメイトは頷いた。
別に昔の記憶があるわけじゃないんだから、言われてみれば戦う理由はそんなにないかと。
「君たちの正体を気にしないと言ったのは私たちも同じだ。今は少し驚いているようだが、すぐに慣れるさ」
「そうだといいけどねぇ。皆が京極みたいになってくれる事を期待するか」
「俺を無視するなぁ! いつだ! いつ目覚めた!」
「昨日」
「なら何故昨日この俺に報告しなかった!」
襟首を掴んだままガクガクと柳司を揺すりながら清楚は言う。
確かに彼女にとっては重要な事だろう。
それでも、その正体よりも性格が変わった事の方が気になっているあたり、やはり彼女も柳司の正体についてはもう予想がついていたようだ。
「いや、本当は昨日のうちに話そうと思ってたんだけどさ。清楚は皆に説教されてるし」
「う」
「朝話そうと思ったんだけど、話があるって言っても無視されるし」
「ぬぬ」
「だからいい加減ムカついたというか、そんな感じだ」
「うぐぐぐぐ……」
清楚はなにやら複雑な顔で唸りながら、ゆっくりと柳司から手を離した。
そんな清楚の肩に手を置きながら、にっこり笑って柳司は言う。
「まぁ気にすんなよ。これからも仲良くしようぜ」
「ふざけるなぁ! 誰が劉邦なんぞと仲良くするか! 俺は項羽だぞ! 覇王なんだぞ!」
「俺劉邦じゃなくて柳司だし。よくね?」
「よくない!」
「面倒だなぁ」
吼える清楚を一向に気にせず笑う柳司。
だんだんとコント染みてきたその様子を見ていたクラスメイトたちにも精神的な余裕ができたのか、笑いを漏らす者も出てきた。
そして京極は二人を見て、薄く笑いながら口を開いた。
「仲がいいようで実に結構な事だ。改めてよろしく」
「おぅ。よろしくな」
「待て京極、仲が良いなんて事は――!」
その後騒ぎはHR開始まで続いたが、結局殴りあいには発展せず、外で様子を見ていた九鬼の従者たちは呆れた顔でその場を後にした。
後書き
模擬戦がスタートする章であるため、一人称視点ではどうしてもかけなくなる部分があることを考え、ここからは基本的に三人称で書かせていただきます。
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