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真鉄のその艦、日の本に

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第一話  接敵

 
前書き
少しばたばたしましたが復活です。
パワポケからかなり設定を借用し利用させてもらってます。
話の展開もどこかで見たことあるようなものばかりで、パクリの切り貼りですが、
ご容赦ください。
 

 

長岡の一生は、一般的に見て、順風満帆なものだったと言えよう。
防大をそれなりに優秀な成績で卒業し、海軍幹部候補生学校でも同じくらいの立ち位置で卒業。主に砲雷科を受け持ち、34歳の若さにして中佐にまで上りつめた。
珍しい、硬派な、悪く言えばジジ臭い若者だった長岡は、爺そのものである軍上層部にも気に入られたのだろう、自分自身がジジイになっていこうとするまでに中佐にまでなれたのはその人格によるところが大きかったように見受けられる。
ただひとつを除いて順調だった。

中佐に昇進したのと同じ年、妻に先立たれてしまったこと以外は。





――――――――――――――――――――――


「前大戦において、我が大日本帝国はアメリカ合衆国をはじめとした連合国陣営と戦いました。」
「明らかに物量で劣る戦いでしたが、効果的打撃を与える事に成功し、当初の目論見通りの早期講和に持ち込むことができました。」
「結果的にこれは正解だったといえます。」
「ある意味、引き分けで終わっておいた事で、前大戦終結後の合衆国の急速な国土拡大と支配の波に呑まれることなく、国を保つことができたと…」

そこで、小さなプレハブ小屋の教室にざわめきが起こった。

「でもせんせい、うちのじいちゃんは『まだ日本は戦えた。なのに弱腰の政府が戦争を終わらしちまったおかげで、結局負けたようなもんだ』っていつもいってるよー。」

発言したのは丸坊主の、いかにもやんちゃそうな子どもだった。手には絆創膏が目立つ。大工の手伝いをしているらしい。だからなかなか昼間の学校にも行けないのだとか。
最初の授業で言っていた。

教壇に立つ女性‐風呂元中尉は、にっこり笑ってその無邪気な反論に答える。

「確かに、あの大戦で日本は国力を相当疲弊させ、また終戦の条件として大陸からの撤退を余儀なくされて、経済規模が縮小し長い不況に陥ることになりました。アメリカが大戦後、どんどん勢力を伸ばしている現状で、国際社会でも中々良い立場を得られずにいるのも確かです。負けたようなもの、という意見も分かります」
「しかし、徹底抗戦したとして、資源は枯渇し、戦線は疲弊。アメリカ本土を攻め落とすということは、実際問題不可能でした。引き分けでぎりぎりの戦いだったのです。最初から、勝てる戦いではなかったのです。」

子どもはやるせない顔になって、「じゃあどうすりゃいいんだよー」とむくれる。

「大事な事は、当時の日本はその時考えられる最善の選択をしたということ」

風呂元は、教壇から身を乗り出してその子どもの顔を覗き込む。

「日本という国を保っておけば、またいつか好機は訪れます。その時の為に、私も、あなた達も、今考えられる最善を尽くして生きていかないとね」

細面でぱっちりした目、それなりに美人の部類である風呂元にじっと見られ、子どもは照れたのかそっぽを向く。その反応のあどけなさに風呂元は思わず笑みがこぼれる。

「今日の授業はここまでです。もう遅いので、みなさん気をつけて帰ってくださいね」






―――――――――――――――――――――――



「ご苦労だねえ。中央司令部付の中尉が夜間学校の先生なんてさあ」

帝都東京の街並みを、深緑色のジープが走る。日本三軍の元締めである中央司令部のものだ。助手席で窓側にもたれかかりながら、風呂元がふっと息を漏らす。

「教員志望だったのよ、もともと。」
「ああ、それでまだ未練があって?慈善指導員?英語でボランティーアってやつ?やってんのね」

運転席の男が茶化す。細身で、鼻立ちがすっきりしている所謂良い男だが、軍人らしい実直さはハッキリ言って、ない。
この男も中央司令部所属の情報士官で、名は中野という。歳は風呂元と同じ26で、階級も同じ中尉である。

風呂元はいつも通りの調子の中野に閉口して、窓の外、流れゆく風景に目をやった。
帝都東京の、ここは繁華街ではなく、労働者の居住区である。
ボロボロのアパートが幾つも建っているが、そこに住めるのはマシな方で、何人もの薄汚い男が路肩に横たわってくる。これから冬に向かうこの季節、凍死者はどれほど出るのだろうか。見る度日本の現状を思い知らされる光景である。今さっきまで歴史を教えていた子どもたちも、昼間はあの浮浪者に混じって働いたりするのだろうか。
今日最善を尽くせば…と言ったが、彼らがこの状況で最善を尽くしても、何かこの状況に変化はあるのだろうか。もう十分「最善」を尽くしているのではないのだろうか。

「でもま、この道楽も今日までな。」

風呂元は中野の方を目を見開いて振り向く。何を言ってるのか分からなかった。

「あれ、聞いてないの?俺とアヤちゃん、沖縄に行くんよ?マル3計画に参加だってさ。」
「ええっ?飛空艦に乗るのお!?」

声を上げた風呂元に対して、中野はウンザリした顔を作った。

「通信要員として搭乗だってさ。さしずめ、中央司令部からのお目付け役ってところかな。ちくしょう、何で俺達みたいな若造が、相応しくねえだろ普通に…」

愚痴が口を突いて出る中野。風呂元は何かいいたげな顔をしたが、結局思いとどまり、言葉を飲み下した。シートから少し浮いた体を、もう一度背もたれに預けて視線を窓の外に戻す。

仕方がない。この立場を選んだのは自分だ。そんなに子どもに教えるのが好きなら、最初から師範学校に行っておけばよかったのだ。…名残惜しいだなどと、中野に漏らした所で自分自身の情けなさが浮き立つだけである。

そう自分に言い聞かせる風呂元の表情は少し暗く、寂しさを隠しきれてはいなかった。






―――――――――――――――――――――――

帝国海軍与勝基地は今、大きな変化の中にある。
マル3計画…最新の反重力機構によって実現した空中戦艦に航空機そして陸上機甲部隊を搭載し、陸空の兵力を一元的に運用する計画の本拠地がここ沖縄の与勝海軍基地におかれていた。

「オーライ!オーライ!」

海軍基地に、大型の自走砲が運び込まれる様、その珍しさから目を引く。
80年前の大戦以降、遠征を経験していない日本軍では、陸海軍の連携自体がかなり少なくなっていた。数少ない合同演習にも、超大国アメリカから「侵略の野心ありか」などなど、色々と批判が飛んでくる状況である。それを考えると、この計画に対しても風当たりは相当強くなりそうである。

「立派なものですね」

全長20M、全高9Mの威容。基地内のガレージに運び込まれてきた108式自走砲「頽馬」に、海軍中佐・長岡は感嘆の声を上げた。
車体基部の両側にはホバリングユニット。これは足場を選ばないだろう。車体中央には長大な30CMリニア砲。一言で言うと、「立派」であろう。

「まだまだ、使い切れてません。勉強が必要であります。」

搬送作業を見守っていた陸軍士官が長岡の方を向く。青のツナギ姿が目立つ海軍基地では、陸軍のカーキ色の制服は目立つ。

「陸軍第11師管第7戦車大隊より参りました、有田大尉であります。」
「同じく第11師管、第7戦車大隊より参りました、遠沢であります。」

有田は大柄で長髪に無精ひげがさっぱり手入れされておらず、メガネの奥で目がしょぼしょぼしている中年の男だった。
そして長岡の目を引いたのは、有田の影に隠れて見えなくなっていたくらい小柄な遠沢だった。小柄な女性、いやむしろ少女だ。整った鼻筋、切れ長の眼、髪は有田よりよほさっぱりしている。可憐で、しかし尖っている。何か尖って見える。

「帝国海軍『建御雷』副長の、長岡です。これからどうぞよろしく。」

長岡も自己紹介し、敬礼を返した。太めの眉はキリッと引き締められており、浅黒で、何とも男らしい風貌をしているのが長岡だった。

「有田大尉には、本艦搭載の機甲部隊の隊長を務めて頂きます。頽馬の他、90式戦車5輌を積み込みます。歩兵部隊は本艦付の部隊が決められないようですが、それらの指揮もあなたの担当です。」
「中隊未満、小隊以上って所ですか…」

有田はメガネの奥の眼を細めた。

「いや~、やっと昇格さしてもらえたんですよ、この年でやっと年相応の地位につけました、いや~長かったなあ~」
「ははは…」

有田は話す時なかなか眼を合わさないし、どうにも力が抜ける男であった。
長岡は内心、だから出世しねえんだとつぶやきながら愛想笑いを作る。

「……」

遠沢は実に興味が無さそうなすました顔で、しかし直立不動の姿勢だけは崩さない。

「……」

長岡の方が、この二人と向き合うのが気まずくなり、「それでは、失礼」と言い残して、とりあえずその場から離れていった。




――――――――――――――

「って訳なんだわー」

場所は変わって、ここは日本初の空中戦艦「建御雷」の艦内である。薄暗い艦内通路を歩きながら、長岡は本木崇史砲雷長に、先ほど会った陸軍士官の印象を話していたのだった。

「まあ、予想できた話じゃろ。」

本木と長岡は同じ中国地方の生まれで、年も同期である。防大の野球部出身で、建御雷への配属が決まり、一年の事前研修を積んで、今では建御雷幹部の中では1番仲が良い。

「陸軍が海軍主体のこの計画にマトモな奴よこす訳がないけ。気弱な出世できそうにもないおっさんと、陸軍にしてみちゃ存在自体持て余してるような小娘じゃろ?ま、左遷代りにここへよこしたんじゃろうの」
「そらそうだ、そうだな。でもこの計画も相当金がかかっとるんだけん、しっかりしてもらわんと、困るで」

2人がハッチをくぐって部屋に入ると、窓から光が漏れてくる。2人が入ったのは艦内で最も高い場所。そして、その強化合成ガラスの外には、日本初の飛空艦「建御雷」の威容が見えている。

全長420m。艦橋などがある中央艦隊基部に、それを挟むように前方両舷には武装ポッド、後方両舷には大型のエンジンが二基。見た目は四本足の怪物だ。アメリカのフィッツジェラルド級にも匹敵する規模の艦である。まるでSFの世界の兵器である。それが実現される世の中になった。飛空艦なので、空を駆けるものだが、艦艇の特性上、運用は海軍の中の、特殊に訓練を受け研修を受けた者に任せられる事になった。しかし、大人の長岡でも、この巨大な艦のその威容には胸の高鳴りが抑えられない。

「しかし、最初からこの規模か。設計面での不都合が山ほどあるんじゃろうの。」
「いや、俺らも使い方が良く分かっとらんけん、中身にも問題ありじゃ」

飛空艦は今はアメリカが艦隊を持っているが、その他は中共が三隻、EU軍が四隻を持つのみである。まだまだ反重力機構も一般的な技術でなく、様々な角度から研究され尽くして造られたこの艦も、使ってみれば想定外の問題が生まれてくるだろう事は明白である。

「でもまあ、楽しみじゃけど」
「ほうじゃのう」

しかし、困難が多少予測されようと、国の最新の技術を詰め込んだ艦に乗れるのは幸せであり、光栄なことだ。それらの困難を経験できるのも、自分たちだけ。長岡は、腐りかけていた自分に活力が戻ってきているような気がしていた。

――――――――――――――――

「おぉ、こらぁデケェ!」
「子どもみてーにはしゃぐなよお前ら」

「建御雷」が鎮座しているドックに、今度は青の制服、帝国空軍の一団が入ってきた。
帝国空軍は、海軍航空隊と陸軍航空隊が戦力を出し合って作られている。どちらかというと、帝国空軍としては本土防空を担う事が多く、揚陸艦の要素が強い建御雷の航空隊任務には、対地攻撃を意識している陸軍航空隊の方が適任のように思われるが、陸海空三軍の協力によるマル三計画、の側面が重視された結果の配属であろう。
陸海軍に比して伝統が浅く、そして一部のパイロット以外は直接戦闘には赴かない。パイロットは皆、若いエリート。軍隊という組織の雰囲気が若干薄く感じられるのが空軍であった。

頽馬の搬入作業がひと段落し、ドック脇の転がっているコンテナに腰を下ろして珈琲を啜っていた遠沢に、その青の制服が近づいてきた。

「あれ、この制服って陸軍よな?」
「そうだな。陸軍だ。」
「陸軍にもこんな女の子おるんやね」
「俺も初めて見たよ」

自分を指差して話しているその一団に、遠沢は一瞥だけをくれてやって、すました無表情をピクリともさせない。その反応にも、なぜかその一団は喜んで声を上げていた。
そして、空軍の集団から、一人の男が遠沢に歩み寄ってきた。

「やあ、君、名前何て言うん?俺ね、帝国空軍の津村ってゆうねん。」

津村は、丸顔で目尻の垂れた関西弁の軽い男だった。津村の後ろでは、青の制服の連中がニヤニヤと笑っている。

「第11師管第7戦車大隊より参りました遠沢です。」
「おー、遠沢ちゃん?そんな畏まらんと、もっと笑ってーや可愛い笑顔見せてな、んふふ」

立ち上がって背筋を伸ばし敬礼した遠沢に、津村はさらに目尻を下げて鼻の下を伸ばす。年で言うと、多分遠沢と津村は同じくらいかもしれない。しかし、この温度差は同年代の男女のものとは思えない。

「下手くそなナンパしてんなボケが」
「あいたっ!森大尉〜ちょっと今良いとこ」
「相手にされとらんのはこの女の顔見りゃ分かる。さあ行くぞ」

さらに遠沢との距離を詰めようとしていた津村を、津村と同じ青の制服を着た、鼻が大きく無骨な顔をした一人の大男が首をつかんで連れて行った。
津村は口惜しそうな顔で遠沢を振り返る。
遠沢は、無表情の中にも呆れたような雰囲気を漂わせて、さよならの敬礼をしていた。



――――――――――――――

「中央司令部より着任致しました、中野です」
「同じく、風呂元です」

与勝基地の一角、まるでホテルのような上級将校用の居室に中野と風呂元は通されていた。

イスに座り、マドロスパイプでタバコをふかしている初老の男は、田中海軍大佐。眼鏡をかけた白髪交じりの男だ。建御雷の艦長を務める男である。

「中央司令部ではマル三計画について何か話題になっていたかね?」
「はあ、何しろ莫大な予算がつぎこまれてますし、面白そうなもん作ったなあ、という具合でありまして」

かしこまって話そうとしている割には所々雰囲気が軽い中野に、風呂元は田中が怒らないかヒヤヒヤしている。

「ふむ、今の日本でよくこんな代物を作る許可がおりたものだとは、私も感心しているよ」

飛空艦は、擬似反重力を発生させる新技術によって完成されたものである。その技術を完成させたのはアメリカで、今中共やEUで使用されているものもその技術のコピーであるが…

「私も技本に友人が居てな、設計図見ながらエンジンを覗いてみたりもしたんだが、あれは凄い。中共のものともアメリカのものともまた一味違っている。あれを日本人が作ったとしたら私も鼻が高いよ」

感慨深そうな田中に、中野は「はぁ、そうですね」と生返事を返した。風呂元がその脇を肘で小突く。

「中央司令部から艦隊勤務への異動は異例で、慣れん事も多いだろうが、これから中央司令部への報告も含めよろしく頼むぞ」
「はい、まあ、うん。早く中央に戻れるよう頑張ります」

風呂元が中野の足を踏んづけた。慌てて敬礼をして、2人は部屋を出て行く。廊下から女の怒鳴り声と平手の音を聞いた田中は、やれやれ、とため息をつき、手元の建御雷の設計図に目を戻す。

田中にはどうにもこの建御雷の造りにおいて、分からん所があった。設計図と、実際の造りに、ほんの少しだが違いが散見されたのである。それについて工廠の工員に尋ねても、問題ありませんの一点張りであり、その理由も伝えられなかった。

「また、上は何を考えているのか…」

田中は後退した髪をなでつけながら、窓から見える夜空に一人ごちた。


――――――――――――

そして、数日が経ち

建御雷が処女航海に出て行くその前夜


事件は起こった。



――――――――――――――――――

暗い、そして湿っぽい。トラックの荷台に押し込まれれば、それも当たり前だ。
しかし、こんな場所には慣れている。
堀の深い顔、目立つ無精髭。和気は、そう思うのである。

――――――――――――――――――

「?」

与勝基地の、幾つかのゲートの一つ、厳重に張り巡らされた鉄条網の切れ目の歩哨小屋で、警備兵が異常に気づいた。ゲートの前で、大型トラックが泊まり続けて道を塞いでいる。

「邪魔だな。どかしてくるわ。」
「へーい。」

歩哨小屋から一人の兵士が道に出て、トラックの運転席の窓を覗き込んだ。その瞬間窓が開き、兵士のヘルメットにコツ、と硬いものが当たる。

「パン!」

高く響く音。兵士の頭が血を吹き出し、糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。

「ガシャン!」

大型トラックの荷台が、不意に開く。そこから現れたのは、信じられないようなものだった。

―――――――――――――――――――


長岡は深夜に目が覚めた。部屋に備え付けのスピーカーからけたたましい警報音が鳴り響いたからである。最初は何かの間違いかと思った。しかし鳴り止まない。遠くに、人の怒号と爆音が聞こえたりもする。そしてアナウンスが告げる。

<敵襲!敵襲である!これは訓練ではない!これは訓練ではない!!>

長岡の全身が粟立った。


―――――――――――――――――――――――

基地防衛の海軍陸戦隊が物陰に隠れ、撃ちまくる。しかし、次の瞬間、彼らが身を隠していたものごと、吹っ飛ばされた。粉々になった。ズタズタになった。手が、首が、足がバラけて弾ける。

その残骸と、肉塊を跳ね飛ばし、基地の奥深くへと侵攻していくのは、二足で立ち、手も二本。足にはタイヤを装備して、ローラースケートのように移動する未知の人型兵器だった。

両手甲には、37mmもの口径の機銃。滑るように基地内を走り、抵抗する陸戦隊を掃討する。
こんな人型兵器がいくつも与勝基地に流れ込んでいた。

機甲兵器もない、保安要員の陸戦隊では手も足も出ない。相手は明確な攻撃の意思を持った、未知の敵だった。


―――――――――――――――――――――

「おう、来たか」

銃声、悲鳴、怒号が錯綜する中を建御雷のあるドック、そして建御雷のCICまでやってきた長岡。それを、一足早く来ていた本木が出迎える。CIC(戦闘指揮所、発令所)の大型モニターには、基地内の地図と、戦闘の情勢が映し出されていた。どんどん防衛線は破られ、基地の地図が敵制圧を示す赤にどんどん染まっていく。その勢いはかなりのものだ。前線からの報告に基づいたマーキングだが、実際もっと速く侵攻が進んでるのだろう。

「このままじゃここも危ないの。」

渋い顔をする本木をよそに、長岡はヘッドホンとマイクのヘッドセットを装着する。

「出航準備!機関室、早急にエンジンを温めろ。残った弾薬も積めるだけ積んですぐに出航してここを離れる!機関室は準備完了までの時間を五分刻みで報告しろ!」

長岡の声が飛ぶと、CIC用員が慌ただしくそれぞれの部署に指示を飛ばし始める。さながら神経組織のように、中枢から末端へ指示が伝わっていく。

しかし、突然のこの襲撃だ。皆浮足だっている。研修を一年積んだクルーとはいえ、まだ出航もしてない連中が建御雷のクルーだった。冷静に、正確に、迅速に指示が通るはずがない。

意思疎通の難しさに苛立つ部下がマイクの向こうに怒鳴ってる姿を見て、長岡は、ぼんやりと、これで間に合う訳がない、、
そう思った。

「砲雷長。エンジン始動は間に合いそうにない。ここから艦砲で迎撃する。主砲に三式弾を装填しろ。」

慌ただしく動き出したCICに、やや遅れて入ってきた田中が入ってくるなり、別の指示を出した。本木はその指示に目を丸くする。

「三式弾でありますか?熱放射が拡散する仕様ですので、ここで使えたものでは…」
「狙って当たるような動きを敵はしとらん。地表の建物の間を縫うように走る人型兵器、射撃電探の自動照準も当てになるまい。艦載機は出撃コースがここでは確保できん。多少基地を灼いても、三式弾で広範囲に薙ぎ払うのが正解だ。」

田中はきつい目で本木を見据えた。

「やれ!」
「は、ハッ!」

本木が砲雷科員に指示を通していく。長岡は、体がざわついた。敵の機動兵器に踏みにじられてるその側には、抵抗する味方陸戦隊も居るだろう。負傷して動けない兵も居るかもしれない。それらも一緒に焼き払うのだろうか?
勿論、友軍に警告は出すだろう。しかしそれで焼き払うまでに彼らは逃げ切れるのか?
長岡はゴクリと唾を飲み下す。

この艦は守られなければならない。
日本の技術の粋を集めた末に完成した艦だ。
その為には

陸戦隊の歩兵のような兵卒の犠牲は仕方が無い。


その時、通信手が声を上げた。

「艦長、有田大尉からです。」

中央から来たらしい、いかにも水兵には見えない女性士官に、田中は回線を開くよう命じた。

<こちら、建御雷陸戦隊の有田です>

相変わらずのかすれ声の有田である。

<我々機甲部隊は発進用意ができました。艦長、出撃許可をお願いします>
「やれるのか?敵は、未知の人型兵器だ。我々の常識を超えている。」

有田は少し間を置いた。

<敵が強力であろうと、戦車乗りとしては今の状況は放っておけません。>
「君らは陸軍から借り受けた戦力だ。失う訳にはいかん」
<今は陸軍ではなく、艦長の部下です>

田中は、納得したように笑って頷いた。

「よろしい。出撃許可する。」
<ありがとうございます>

そして通信は切れた。長岡はCICに立ち尽くしながら、有田と言葉を交わした時の事を思い浮かべる。気弱そうな男だった。本木にその時の事を愚痴ったような気もする。しかし、今は、自分より余程役に立つだろう。。自分は安全なCICで、何もできない。今ではあのかすれ声が妙に立派に思えてくる。

「時間を稼いでくれるかもしれん。エンジン始動急がせろ。」

帽子をかぶり直しながら、変わらず冷静な田中が言った。
長岡は、ハッと我に返って、新しく指示を通していった。


―――――――――――――――――――――――

一体の人型兵器の機銃が火を吹き、また施設に隠れて抵抗する兵士が吹き飛んだ。その一機に、別の一機が近寄ってくる。

<圧倒的ですね、機動甲冑>
「さすがに相手も、小銃は通用せんと見て、中距離からの対戦車ミサイルや迫撃砲に切り替えたが…」

二機は、その場を飛びのいた。至近距離にグレネードが着弾して爆発が起こる。

「無駄だ。二時の方向に三人。殺せ。」

指揮官機に乗りこみ、そのコクピットで和気がニヤッと笑う。笑っているが目は笑っていない。

次の瞬間、和気の顔から笑みが消え、和気は自機を始動させてその場を飛びのいた。自分と話していた奴の機体の胸部に大穴が開き、木っ端みじんに吹き飛ぶ。

「何…一撃か。遠距離の火砲支援…だと」

――――――――――――――――――――――――

「命中、第二射、徹甲弾装填」

遠沢は、基地の隅の高台に配置した頽馬の射撃手で、背もたれ横から引っ張り出した照準機を覗き込みながら、手元の計器を操作し、それに伴って頽馬の30cm電磁重砲に次弾が自動装填される。
相変わらずその声は無機質。抑揚がなく、

しかし、それでいてはっきりとした声だ。
機内通信越しに、その声を頼もしく聞いているのは、頽馬の操縦席及び建御雷陸戦隊の司令席に陣取った有田である。

「遠沢、左133°、友軍に一機近づく」
<はっ>

操縦席からの有田の声に短く答え、遠沢は砲塔をぐる、と回した。照準ディスプレーに映る景色が横にぐん、とブれ、そのブレた景色の中に、ローラースケートでもしてるかのように走行する人型兵器が見えたように思えた。

見えたように思えた、その瞬間には既に手元の引き金を引いていた。


――――――――――――――――――――――――――

ドゴォッ!!

また一機、敵が吹き飛ぶ。遠沢の狙撃は、最も熱量の高い動力部を寸分の狂いなく撃ち抜いていた。

基地最深部からの狙撃に、敵は散開し、建物の影に隠れながら、頽馬の陣取る高台を目指す。
低く身を屈め疾走する。


しかし、頽馬の射線から外れる背の高い建物に沿ったコースを走ったその先には、90式戦車が砲を、向けて待っていた。

ドン!ドドン!!

90式の二門の155mm滑空砲が次々に火を吹き、徹甲弾が人型兵器を貫いて関節をバラし、胸部を貫きエンジンに火を吹かせ、またはコクピットまで達した鋼鉄の槍と装甲板の高温溶融物、破片がパイロットに襲いかかり、息の根を止めた。

「当たりやな。」

戦車隊からの報告に、有田がつぶやく。
また、戦車隊が配置されていないルートにおいては、有田の指示で基地の兵士が地上1mにワイヤーを張っていた。
高速移動していた先頭の人型兵器がそれにかかり転倒し、ワイヤーに気づいた機体は急制動をかけ一瞬動きが止まる。

待っていたとばかりに兵士が建物から飛び出し、バズーカと対戦車ミサイルをそれらに殺到させる。
至近距離からの攻撃に、ひとたまりもなく敵は撃破されていく。

「機動力のある敵は、行動が制限される袋小路に放り込めばいい。」

狙撃を避け、待ち伏せからも避けた敵部隊は、その両方から逃げた結果、ある一つの地点に集まる。有田は基地の地図を見渡した時点でその場所の見当がついていた。

「遠沢、焼夷榴弾、東経◯◯北緯◯◯に一発」

遠沢は返事と同時にその場所に放つ。
その焼夷榴弾は建物の陰で密集した敵のど真ん中におちる。

突然の爆撃の浮足立った敵の一機が、その爆撃に逃げ惑った。

バゴッ

そうして建物の陰から出てしまうと、遠沢からの精密射撃に遭った。そして有田の指示でその場所に集まってきていた基地兵士から、一斉に携行ミサイルが放たれる。
次々と、次々と猛威を振るっていた敵が倒されていった。

「元々基地攻略は守る側が圧倒的優位。それに、機動力が武器の兵器で袋小路に迷い込んだり、強力な火器があるにも関わらず、待ち伏せに対して逃げの一手、もう一度攻める事すらしない奴らだ。兵器の性能で最初圧倒していただけで、大した敵ではない。」

つぶやきながら、自分の手で無精髭をさする有田。これはほっと一息つく時の有田の癖である。

そこに、通信が入る。

<有田大尉、敵機動兵器11機の沈黙を確認。残り一機現在捜索中>

有田はため息をついた。

「ふぅん、読み切れん奴がおったか」

―――――――――――――――――――――――――――

襲撃が始まって時が経ち、近場の陸軍基地からも戦闘ヘリや装甲車が駆けつけつつあった。
それら援軍の重火器を擁した日本軍が、ボロボロの基地内を注意深く見て回る。

和気は、自分の機体を、破壊された格納庫の瓦礫の中に隠して様子を伺っていた。
安心して包囲を狭めつつある日本軍を…

「殺すッ」

部隊は全滅した。自分一人で脱出はままならない。思いの他の反撃に遭い、あまりにあっさり潰滅したのは確かだが、そもそも、撤退ルートの確保も適当で、生きて帰れる作戦ではなかった。最初から片道切符の襲撃だったのだ。結果として、死ぬのはわかっていたし、自分は一人ではない。ただ少しでも道連れに。

「!!」

半壊していた格納庫から、一機だけ残った人型兵器が突っ込んでくる。包囲していた歩兵、装甲車、戦闘ヘリが一斉に攻撃する。
しかし、速い。凄まじく速い。殺到するミサイルを、身をひねり、横っ飛び、転げ回って避ける。
まるで、映画のスタント。わざと外してるのではないかと思うくらいに当たらない。これでもかと言うほどに、当たらない。
不意に、人型兵器は飛び上がる。
宙に舞う。両手の機銃が火を吹く。

37mmもの口径のそれは、華奢な戦闘ヘリの機体を引き裂き、中のパイロットをみじん切りにした。

そのまま、ひらりと身を翻しながら装甲車の上に着地。

着地と同時に、右手の砲でゼロ距離射撃。左手の砲で、周りの歩兵をなぎ払った。
歩兵が木っ端のようにちぎれ飛ぶ。悲鳴怒号が溢れかえる。

「!!」

そこに超高速で飛来する鋼鉄の槍。
頽馬の徹甲弾を、和気はすんでの所で避ける。気づいて避けれるものではない。勘である。

「うぉあああああああああ」

叫び声を上げ、血走った目で和気は近くの90式戦車に突撃する。機銃の残弾はない。機体の手には、近接戦用のナイフが握られている。


「ぁぁあああああああ がっ!?」

しかし、飛びかかってナイフを振るった瞬間、それは受け止められる。
何に?同じような人型兵器の手によって。
目の前には、和気が操るのと同じような人型兵器が、和気の機体のナイフを握った手を受け止め、つかんでいた。
90式は、一瞬のうちに、人型兵器へと変形した。どう変形したかは分からないが、確かに変形した。

刹那、和気を衝撃が襲う。コクピットを今度こそ貫いた鋼鉄の槍。頽馬から放たれた徹甲弾が、装甲を貫き、和気の体を深々と突き刺して止まった。

「ごっ………」

和気の堀の深い顔のその口から、どす黒い血がどっと溢れでる。背中は、刺された部分を中心に真っ赤だ。見開いた目はもう閉じず、そして何も見ていない。

「機動甲冑は、君らだけのもんじゃないんでな」

遥か遠くからディスプレー越しに様子を眺めたいた有田がボソっと呟いた。




次に続く

 
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