扇言葉
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第一章
扇言葉
この頃ペテルブルグでも扇が流行っていた。
フランスから来たものだ、ロシアの宮廷ではフランス文化が尊ばれ続けていた。
皆フランスの服を着てフランス語を話していた、無論料理も音楽もだ。
あらゆるものがフランスのものだった、宮殿までだ。
何もかもがフランス風というかフランスそのものの趣きである、そのフランスの中で貴族達は扇を見ていたのだ。
「元々は東洋のものでしたな」
「日本だったか清だったか」
この辺りの知識は曖昧だった。
「とにかく東洋からオランダか何処かを経てですな」
「フランスに入り」
そしてだというのだ。
「今このロシアにも入っていますな」
「ペテルブルグにも」
その羽毛で飾られ様々な色の扇達を見ながら話す彼等だった。
「着飾っていても手が寂しいとですな」
「どうも締まりません」
「それを考えると扇はいいですな」
「よいアクセサリーです」
「それにです」
彼等はそのフランスのものを見ながら話を続けていく、その中でだ。
扇を操りながらこんなことも話した。
「扇を使って話をすることもあるとか」
「扇を使ってですか」
「話すのですか」
「はい、扇言葉といいまして」
そうしたものもあるというのだ。
「扇を使って色々と会話をするそうです。言うならばジェスチャーです」
「一体どんな感じで行うのでしょうか}
貴族の一人がこのことを尋ねた。
「それで」
「はい、例えばですが」
説明をする貴族が扇を開いた、その青い見事な清風の扇を。
その開いた扇で顔を隠してそのうえで話す。
「これはあなたのことが知りたいという意味です」
「そうした意味ですか」
「はい、他にはです」
今度はその扇で胸元を仰いだ、彼は男であるからその胸元は開いておらずこれといって色気は感じられない。
「これは相手がいないという意味です」
「誘いということですか」
「そういう意味もあります」
実際にそうだというのだ。
「そうなっています。他にもです」
「色々な意味があるのですか」
「扇を使って」
「そうです、フランスの宮廷ではこの扇を使っての会話も流行っているのです」
実際にそうだというのだ。
「中々面白いですね」
「はい、フランスらしいといいますか」
「優雅ですね」
「気品があります」
ロシアの貴族達の中にも扇言葉が入った、そしてだった。
その扇を使って色々な会話が為される様になったのだった。その宮廷においてである。
騎兵大尉ゲルマン=アイルマンは難しい顔になっていた。伯爵家の次男坊であり将校でもある彼も宮廷に出入りしていた、その中で。
着飾った貴婦人達が扇で話をしているのを見て同僚のミハエル=グリドフにこう言った。
「またフランスなんだね」
「そうだよ、フランスの宮廷で流行っているものだよ」
グリドフはこうミハエルに話す。白い肌に端正な細い顔、そしてアイスブルーの目に薄いブロンドという外見だ。背は高くすらりとしており脚は騎兵隊らしく長い。
アイルマンはその彼よりも背が高く髪は見事なブロンドだ、目は青であり引き締まった顔である。鼻は高くやはり脚は長い。
身体付きはたくましく軍服も似合う、その彼が言うのだ。
「それはわかるにしても」
「君は違和感があるみたいだね」
「どうもね。フランス文化は女帝陛下の好みでもあるけれど」
エカテリーナ二世だ、ロシアに君臨する偉大なる女帝だ。
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