星の輝き
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第5局
幼稚園のころ、ヒカルのおじいちゃん家での出来事は、あかりにとって衝撃的だった。生まれて初めて見たお化け。でも、あかりはお化けのことがよく分からなかった。ただ、この人がさっきヒカルが話してたさいなんだと思うと、全然怖くなかった。雛人形みたいに綺麗な人だなと、あかりは、ヒカルと話をしているさいを見ていた。
「…と言う訳なんだ。ここまでがオレが覚えている、以前の事。自分でもなんでこうなったかなんてさっぱりわからない。それに、正直言って、佐為が何で消えてしまったのか、オレはどうしてもわからない。また消えちゃうんじゃないかって思うと、すごく怖い。オレが打つ碁の中に、佐為が残っていたのは嬉しかった。でも、寂しかったんだ。それで、どうしても佐為と会いたくて…。」
―とても不思議な話ですね…。あなたが尋常の子どもではないことは、話しぶりから分かります。あなたが知っている私のことも事実です…。ヒカル、私にもよく分かりません。でも、ありがとう、会いに来てくれて。
「佐為…。」
―本来であれば、とっくに消えているのが私です。なれば、いずれ消えるのもまた道理。今、それを嘆いても、なにも事態は好転しません。何の対策も分からないのです。であれば私は、打ちたい。神の一手を極めるために。打ちましょう、ヒカル。打たないと何も始まりません。
「…そうだな、佐為。打とう、何局でも。」
そう答えるヒカルは、泣きながら笑っていた。
「ヒカル、よかったね、さいと仲直りできたんだね。」
ヒカルの笑顔にあかりは嬉しくなった。
「いや、仲直りって別に喧嘩してたわけじゃないんだけどな。」
―ヒカル、そちらのかわいいお嬢さんを紹介してくださいよ。
「いや、紹介ったって、あかりは佐為が見えないんだし…。」
「え、さいってこの人でしょ?」
「えっ!はっ!あれっ!?嘘、あかり、佐為が見えるの!?」
それから混乱するヒカルが落ち着くまでは、しばらく時間がかかった。ヒカルにとって、佐為が自分以外に見えなくて話もできないことは当たり前のことだった。だから、あかりにも佐為が見えるなんて考えもしていなかった。ある程度落ち着いてからいくつか試してみて、ようやく現状が把握できてきた。
まず、佐為がヒカルに憑いているのは変わらなかった。佐為はヒカルの周辺しか動けなかった。また、あかり以外はじいちゃんも近所の人も佐為を見えないし、声も聞こえなかった。そして、あかりは、ヒカルが近くにいるときだけ佐為が見えて佐為の声が聞こえた。
「何でこうなったんだ…。」
頭を抱えるヒカル。まったくの予想外だった。
―ごくたまにですけど、私のことを感じ取れる人は今までにもいましたよ。烏帽子のお化けが出たとかいわれたこともありましたね。
「さい、私ともお友達になってね。」
―もちろんです、あかり。よろしくおねがいしますね。
これでいいのかと悩むヒカルをよそに、あかりと佐為は楽しそうにしゃべっていた。
すっかりふさぎこんでいたヒカルが明るくなり、ヒカルの両親も一安心した。そんな両親にヒカルは囲碁の道具をおねだりした。突然の囲碁道具のおねだりに驚いたものの、プラスチック製のおもちゃの囲碁道具を買ってくれた。おもちゃであればそれほど高いものでもなかった。それよりも、元気になったヒカルのことが嬉しかったのだ。
そして、それからは毎日のようにヒカルとあかりは囲碁で遊んだ。いや、遊んでいるように周囲には見えた。
実際は、ヒカルと佐為の対局だった。
最初のころは、ヒカルが一人で部屋で篭っていると両親は心配した。さすがに幼稚園児が自室に篭りっぱなしはまずいとヒカルにも分かった。そこで、あかりもひっぱりこんだ。あかりと一緒だと仲良く遊んでいるようにしか見えなかったからだ。それでヒカルは、あかりに悪いと思いつつ、ずっと付き合ってもらっていた。
いつ見られてもおかしくないように、あかりはヒカルの正面に座り、佐為があかりの後ろから差し示す手を、代わりに打つようになっていた。
小学校に入ると、囲碁を打っているだけでは親達がいい顔をしないようになってきた。あかりは気がつかなかったが、ヒカルは精神年齢が高かったので、さすがに周囲の反応が分かった。考えてみれば、遊んでいるとしか見えないのだから、仕方がなかった。
そこで、一緒に宿題をする時間も作った。
以前は学校の勉強なんてさっぱりだったヒカルだが、さすがに2回目となると違った。囲碁で培った集中力のおかげか、学校の授業の理解度も、以前とは段違いだった。小学校1年生の宿題など、ヒカルには楽勝だった。あかりに教えることもできた。
そして週末は特別な日を除いて図書館に出かけた。当然あかりも一緒だ。
そこでは、昔の棋譜を中心に、囲碁の本を読んだ。あかりには囲碁の簡単な定石の本だ。ヒカルと佐為の対局をずっと見ているうちに、あかりも囲碁のルールが分かるようになっていたのだった。
学校ではまじめに授業を聞いて、成績も優秀、大人なヒカルの影響で生活態度も良好、仲むつまじい二人としか見えないヒカルとあかりは、いつしか両家両親公認のカップルの扱いになっていた。
小学二年生にあがるとき、二人がずっとためていたお小遣いとお年玉で、足つきの囲碁道具を買った。喜ぶヒカルとはしゃぐ佐為、そんなヒカルを嬉しそうに見るあかり。そんなあかりを見て、佐為が声をかけた。
―そろそろ、あかりも打ってみますか?
「え、でも…。」
「…そりゃそうだよな、あかりも見てるだけじゃ詰んないよな…。ごめんな、あかり、そんなことにも気がつかなくって…。」
「え、いいんだよ、ヒカル。ヒカルは佐為と打ちたいんでしょ?私なんかじゃ…。」
実際あかりは何の不満もなかった。対局での真剣なヒカルと佐為をずっと見ていたあかりは、対局が二人にとってどれだけ大切なものなのかよく分かっていた。
確かに最初はルールも分からなくて、二人の会話の意味も分からなくて寂しい思いをしたこともあった。しかし、ルールが分かるようになってからは、二人が打つ碁の綺麗な石の並びが、いつしかあかりの心を捉えているようになっていた。
―まあ、そう言わずに。いまさらで恐縮ですが、自分で打ってこそ楽しいものですよ。
「二人でがんばって買ったんだもんな。よし、最初の1局はあかり、打とうぜ。」
「いや、びっくりした、あかり強いじゃん。」
―ええ、立派な1局でしたよ、あかり。
そう言われて、驚くあかりだった。九子の置き碁であっさり負けてしまい、ヒカルにがっかりされると落ち込んでいたのだ。
「え、だって、最初に九子も石置かせてもらったのに、負けちゃったんだよ。ヒカル、面白くなかったんじゃない?」
ずっと、ヒカルと佐為の対局を見ていたあかりにとって、囲碁は互先で打つのが当たり前のものだった。それなのに最初に九子もハンデをもらって、なのに勝てなかったのだ。すっかり、情けない碁を打ってしまったと思っていた。
「あーそっか、あかりはその辺のことさっぱり分からないか。えっとな、囲碁の世界では、プロ相手に九子で打てればアマチュア初段って言われてるんだ。初対局でここまで打てるやつなんて、はっきり言っていないぜ!」
―打ち筋も立派なものでした。ここが死んで勝負はついてしまいましたが、とても初心者とは思えない碁でしたよ。
思いもかけず、ヒカルと佐為に誉められ、照れてしまうあかり。といっても、まだプロだのアマチュアだの初段だのはよくわかっていなかった。ただ、二人が誉めてくれるのが嬉しかった。
「あかりがこれだけ打てるんだ、今までみたいにずっと二人で打つわけには行かないよな。」
―そうですね、あかりも一緒に打ちましょう。今度は私ですよ。
「え、でも、二人の邪魔をするのは悪いよ。」
遠慮するあかりに、
「あかりがいつも来てくれるから、親達も安心してほっといてくれてるんだぜ。オレ達も助かってるんだ。一緒に打とうぜ。」
―そうですよあかり。二人で打つより三人で打ったほうが楽しいですよ!ヒカル、以前のあかりも今くらい強かったのですか?
「うーん、確か中学3年の大会で見た時が今と同じくらいだったかなあ。だから、こんなに早く強くなって、オレもびっくりしたんだ。」
―確か、以前はちゅー学生になってから囲碁を覚えたのですよね?幼い子どものほうが囲碁の上達は早いですし、毎日私達の碁を見ていたのですからね。その辺の影響もあるのでは?
「なるほどなー。まあ、確かに、オレも前より強くなってると思うし…。」
「囲碁ってどうやったら強くなれるの?」
―一番は強い相手と何度も打つことですね。
「確かに、院生の教室でもそんなこと言ってたっけなあ。あ、後、小さいころから教わっていた連中の話だと、師匠に弟子入りして、最初のころに結構定石を並べたって言ってたっけな。それで石の形を覚えたって。」
―なるほ…ど、弟子入りですか…
「ん?。どうした佐為。」
―あかりへの指導は、ヒカルだけがしたほうがいいのかもしれません…。
「え、佐為が教えちゃまずいの?」
―ええ、今後のことをふと思ったのです。この先必ず聞かれることがありますよね、あかりは囲碁を誰に教えてもらったのかと。
「…、そうだな。オレも以前はその質問には困ったもんな。なるほど、オレだけが指導していれば、あかりは正真正銘オレの弟子ってことになるか。」
「えっ、えっ?」
あかりには二人が話していることの意味がよく分からなかった。ただ、二人が真剣に自分のことを話しているということしかわからなかった。
「そうだな、あかりが上手く嘘をつけるとも思えない…。…、いや、あかりには嘘をつかせたくないな。ただでさえ隠し事をさせてるのに…。な、あかり、あかりはオレの弟子って事でいいか?」
「えっ、うん。私、ヒカルが私に打ってくれるならとっても嬉しいよ。」
「ははっ。よしっ、決まり。あかりはオレの弟子。ま、どこまで強くなるかは分からないけどなっ!」
「私がんばるよっ!」
―よかったですね、あかり。
「うんっ!」
「佐為もたまに打ってやってよ。ただし手加減なしの本気でな。解説はオレがするからさ。」
―そうですね、それくらいならばよいでしょう。
「やったー。ね、ヒカル、このおもちゃの碁盤、私がもらって帰ってもいい?」
「え、ああ、それな。オレ達はもうこの碁盤があるからいいよな、佐為。」
―もちろんです。むしろごめんなさいね、私達がいい碁盤を使ってしまって。
「いいのいいの。私が家に帰ってからも、二人は打ってるんでしょ。遠慮しないで。私はこっちで十分だから。今日から家でも、打ってもらった碁とか定石の本を見ながら、並べてみることにするね。」
その日から、あかりはヒカルの家で毎日1局自分で打つことになった。ヒカル指導碁と時々の佐為との対局。それがどれだけ贅沢なことなのか、あかりにはさっぱり分かっていなかった。しかし、あかりにとってヒカルの部屋にいる時間の大切さは、いっそう増していった。
後書き
誤字修正 互い戦 → 互先
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