星の輝き
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第2局
ヒカルとあかりは、ヒカルの部屋でいつもの対局をしていた。
「ありません。」
そう言って、あかりは頭を下げた。
「あーん、ここ読み間違っちゃったー。」
「そうだな、そこはハネちゃまずいな。じっと我慢して伸びだな。」
「そうだよね、その方が全然いい。」
「でも、ここのつけはよかったぜ。右辺が打ちにくくなっちまった、」
「へへ、そうでしょ。あ、上辺のここは?」
「二間に開くのも悪くはないぜ。ただ、この石との絡みがあるからな。そうだな、こっちにつけていって…。」
それはいつものヒカルの部屋での風景だった。学校から帰ったらすぐに、二人でお小遣いを出しあって買った碁盤でまず指導碁を1局。それから一緒に学校の宿題を終わらせた後は、ヒカルと佐為の対局。小学校入学以来ずっと続いていた、三人の日常だった。
「大体こんなところかな。」
「はい、ありがとうございました。」
あかりの指導はヒカルが行う。これが三人の中でのルールだった。
―週末はいよいよ子ども囲碁大会の日ですね。
「あーん、緊張しちゃうよー。」
「ははっ。でも、ホントに無理にいく必要はないんだぞ?塔矢が来るとは限らないし。」
ヒカルは少し心配そうにあかりに言った。
「ううん、大丈夫。ヒカルと塔矢君にはやっぱりちゃんとしたつながりを作っておくべきだと思うの。私の碁をみてヒカルに興味を持ってくれていれば…。」
「ま、塔矢がどう思ったかは置いといても、あかりは強くなったからな。オレと五子だもんな。」
「ふふーんっ、そうでしょ。」
―でも、二人ともずいぶん大きくなりましたよねえ。
「何だよ、佐為、突然そんなこと。」
―いえ、あんなに小さかった二人がってふと思いまして。
「でもなあ、まだあかりのほうが背が高いんだよなあ…。」
そんなヒカルのつぶやきに、思わず笑ってしまう二人。
「でも、追い抜かれちゃうんでしょ、私。今だけなんだから我慢してよ。」
ーそうですよ。男の子は体の成長が遅いんですから仕方ありませんよ。
「いや、分かってるけどさあ、悔しいんだよなあ。」
そんなヒカルを笑いながら、あかりは昔のことを思い出していた。
気がついたときには、いつも一緒に遊んでいる男の子だった。それがあかりにとってのヒカルだった。家が近所で、幼稚園が一緒。いつも一緒に二人で駆け回っていた。ヒカルは当時から小柄だったせいもあり、あかりにとってはやんちゃでかわいくて元気いっぱいな、弟のような存在だった。
そんなヒカルが、急におかしくなったのは幼稚園の年長組のときだった。明るかった笑顔が消え、走り回ることもなくなり、いつもじっと座って何かを考えるようになった。ヒカルの突然の変調に、あかりはもちろん周囲の大人たちも驚いた。ヒカルやあかりの両親も幼稚園の先生も、いろいろとヒカルに話しかけたが、ヒカルは何も答えなかった。黙り込むヒカルに対して、周りの大人達は何もできなかった。当然あかりも何もできなかった。一緒に遊んでくれなくなったヒカルに最初は怒り、他の子達と遊んだりもした。あかりは自覚がなかったが、かわいくて愛想がいいあかりは幼稚園のころから人気があった。いつも一緒のヒカルがふさぎこんでるのを幸いと、遊びの声はいくらでもかかった。
でも、あかりは全然楽しくなかった。他の子と遊んでいても、ヒカルのことばかりが気になってしまった。やがて、あかりはヒカルの横に座っているようになった。
幼稚園が終わっても、あかりはヒカルの家にいた。晩御飯に呼ばれるまで、ずっとヒカルの横に座っていた。そんな毎日が、10日ほどは続いていた。
「何で一緒にいるの。」
ヒカルの突然の問いかけに、あかりはびっくりした。
自分でもよく分からなかったから、
「何でだろうね。」
としか言えなかった。だから、
「一緒にいちゃだめなの?」
と、あかりは聞いてみた。
「ダメじゃないけど…。」
「ならいいじゃん。私はヒカルと一緒にいたいの。ヒカルと一緒がいいの。ヒカルと一緒じゃなきゃいやなの。」
そう言ってたら、なんだか泣きそうになってきたあかり。泣き顔を見られたくなくて、うつむいた。
すると、横に座っていたヒカルが、あかりの頭をなでてくれた。いつものふざけ半分な乱暴な手つきではなく、パパみたいに優しいなで方にびっくりするあかりだった。
「さすがにこんな子どもに慰められてちゃまずいよな、オレ…。でもそうだよな、一緒じゃなきゃいやなものは仕方ないよな。」
「なによ、ヒカルだって子どものくせに。」
なでられて照れくさいのか、ちょっと乱暴に答えるあかり。でも、ヒカルの手をどけようとはしなかった。
「なあ、あかり。」
「なあに、ヒカル。」
「オレの話、聞いてくれるか?多分、信じられない話になると思うんだけど…。」
うつむくあかりを覗き込むように話しかけるヒカル。その表情は、とっても大人びてあかりには見えた。
「うん、ヒカルが話してくれるなら、私聞きたい。」
それからのヒカルの話は、難しい言葉もたくさんあってあかりにはよく分からなかった。でも、ヒカルが真剣に話しているのだけは分かったから、あかりも一生懸命に聞いた。
話し終えたヒカルに、しばらく考えてから、あかりが声をかけた。
「ヒカルはさいが好きなんだよね。」
「ああ。」
「さいもヒカルが好きなんだよね。」
「…多分。」
「だったら、会えないのは寂しいよ。私だったらヒカルに会えないのはヤダもん。」
「…でも、オレと会ったから佐為は消えちゃったのかもしれないんだぞ。」
「それでも…、私だったら、ヒカルと会った事がなかったことになるなら、消えちゃうほうがいいよ。」
そう言って、またあかりは涙ぐんだ。涙ぐむあかりを、ヒカルは横からぎゅっと抱きしめた。
「そうだよな。いくら考えても仕方ないよな。まずは会わないと何も始まらないか。ありがと、あかり。オレ、佐為に会いに行くよ。そして、全部佐為に話して、佐為と一緒にどうするか考えてみるよ。」
突然抱きしめられて、びっくりするあかり。でも、ヒカルの元気な声がうれしくて、だけど、泣き顔ときっと真っ赤になっているのも恥ずかしくて、ただ固まってしまった。
「よし、じいちゃん家にいくぞ。」
そう言ってヒカルは立ち上がった。
「ほら、あかりも。」
そう言って差し出された手を、あかりは掴んだ。
何か新しいことが始まるんだと、あかりはドキドキしていた。
後書き
誤字修正 年長組み →年長組
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