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事件

 お風呂事件から数日後、オレたちはとある洞窟に指定物資回収の依頼で来ている。
 依頼も無事完了しあとは物資を依頼主に渡してギルドに帰るだけ。しかし、

「……ねえ、ここってこんなにジメジメしてた?」
「してなかったはず。」

 三時間ほど前にこの通路を通ったときはこんなにジメジメしていなかった。例えるなら梅雨明けの曇りの日のような不快な感じだ。
 ここにはスライムとか粘液系のモンスターがいるが、ここまで湿気を放つ物はいない。いつもと違うとエリカは言い、オレたちはいつでも抜刀できるようにして慎重に出口へ向かう。

「……ねぇ、何か臭わない?」
「ああ、スライムの酸の臭いじゃない。なんだ?」

 出口進につれて湿度が上がり、異臭もしてきた。なにか頭がくらくらするような、脳天を揺さぶるような。
 地面もぬかるんできてるから足下がおぼつかない。
 血の臭いはしないから無機物系モンスターが溶けたのだろうか。

「あっと。」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」

 急に洞窟全体が揺れ、エリカがふらついて壁に手をかけた。
 地震ではない感じがする。誰かが近くで大技でも放ったのだろう。
 その時、

「わわわわっ!!??」

 突然エリカの手があった壁が崩れ地図にはない空洞が姿を現した。しかもそれは急な下り坂、というより縦穴のような物だった。

「エリカ!」

 体勢を立て直す暇なく縦穴に落ちていくエリカを目で追う。時々何かにぶつかる音がするが彼女の悲鳴は聞こえない。

「くそ、今行くぞ!」

 チート全開で壁に指を立てて降りていく。いくら体が丈夫なオレでも底が見えない穴に落ちたらひとたまりもないだろう。
 数分かかって降りていくとねっとりとした空気が充満し異臭がする。気分が悪い。

「エリカ?」

 暗くて何も見えないがなにかネチャネチャとした音が聞こえる。音を頼りに進んでいくと異臭が強くなってきた。
 
「Flamme・Magier!Kleines Licht(小さな明り)!」

 頭上に照明を出して暗い洞窟を進む。暗視の魔法も使っていたのだがこっちの方が確実だ。
 そして謎の音の正体を突き止めた。
 
「こいつは……!リクキンチャク!厄介なモノに!ん?」

 イソギンチャクのような触手の間に何かが見える。あれは、人の手?しかしリクキンチャクは人は喰わないというか植物だし肉は食わないはず。
 何はともあれ救助を。

「ぅらっ!」

 手近な触手に剣を振るうが粘液の所為でうまく斬れない。なら、焼き払う!

「Flamme・Magier!Inferno(烈火)!」

 拳から撃ち出された炎の弾はまっすぐリクキンチャクに向かいその一部を焦がす。すかさず剣をその部分に振るうと簡単に切れた。この調子なら。

「せいっ!」

 同様の手口で触手を切り落としても次から次へと奥から生えてくる。もう少しであの手に届きそうなのに。
 
「燃えろぉぉぉぉっ!Flamme・Magier!Welt zerstören Feuersbrunst(劫火)!」

 両手から吐き出された炎が敵を包んでその表面を焦がしていく。触手同士が粘液を保とうと絡み合う。そこに剣を振りぬいて切断。この時、さっき見えた手の持ち主が顔を見せる。

「エリカ!」

 その眼は閉ざされ身体中が粘液にまみれ服も溶かされている。だが、あと少し届かない。

「エリカっ!やぁっ!」

 エリカの腰を持つ触手を断ち切ると、彼女は固い岩盤の上に落ちた。すかさず剣を収めて駆け寄り肩を揺さぶるが返事がない。
 悪態を突きつつも彼女を抱き上げ、元来た縦穴に戻り膝を屈めてジャンプのチャージをし、一気に飛び上がる。壁の壊れたところから横穴に入り一目散に出口を目指す。途中モンスターやほかの冒険者ともすれ違ったが気にしない。
 回復魔法の使えないオレに彼女をどうこうすることはできないので、街の診療所にひた走った。 
 

 
後書き
力尽きて悲愴にくれる
闇照らす光はすぐそこに

次回 成就

リクキンチャクとは?

 自ら発する媚薬効果のある臭いで近くにいる生物を触手で捕らえ、また媚薬効果のある粘液に包まれた触手で舐め回して相手を恍惚とさせて、穴という穴に触手を入れ、卵を産みつける。その後は相手を解放する。あとはご想像にお任せする。
 植物で動き回ることが出来ないリクキンチャクの繁殖の術である。 
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