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SecretBeast(シークレットビースト)

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本編 第一部
二章 「恋と危険は何故か似ている」
  第五話「真剣勝負」

 それから今学期最後の学校が終わるまでおれは迷いに迷った。家族になんて説明する?
 いやあの金髪外国人のことだ。「おう、日本人としておまえをボクサーにしたのは父さんのエゴだった。おかげでおまえの右目にひどい傷をつくってしまった。だが日本人ならそれくらい乗り越えていける。なんたって古武術だ。あれは戦国時代よりも昔から続いてるのだろう、いい機会だ。これを機会に達人になってしまえ」
 で、今おれはなぜか豊村伊佐の家で電話で上のような父の言葉を承って、母さんは上機嫌に、着替え一式を渡して、今まさにそのおじいさんとやらと対面している。
「おまえさんのご両親は、切符がいいの、わしの道場の月謝の二倍の金がなぜか、さっき銀行に振り込まれとった。んでさっきの電話で、それを修行のための当面の息子の生活費にしてくださいと頼まれた。孫から話はきいておる。あれはちょっとわけありの女でのそれはそれとして、わしの見たところ、おぬしわしの孫に会う前からそうとう武術のことで悩んでおったな。そのボクシングジムのおやじはわしの古い友での風の噂を聞いたのかさっき電話でおまえさんのことを頼まれた。  で、わしはもう決めた。いまから三本勝負の組み手をする。それでわしに一本取ること、わしは今おまえさんが今まで育てた弟子にはないなにかを秘めとるきがしとる、いっとくが覚悟しろ?わしのしごきはきついぞ、おまえ、その剣持とかいう不良に一瞬だが不覚をとったようじゃが、そんな弱腰は許さんぞ?いいか?一瞬でも気を抜けば死ぬかもしれんからがんばるように」
お、おれはとんでもないところにきたようだった。
 後ろで伊佐がにっこりと面白がってやがる。
 俺の今日の夢を夢占いで見ると大吉だった。だがその下の説明欄に「虎穴にいらずんば虎子を得ず」とあった。おい、それはあてつけか?
そしていま、俺は胴着に着替えてじいさんと相対している。
「安心しろ、目の怪我をつくようなまねはせぬ、実戦ではそんな姑息なまねはあまり通じないしな。おまえはいままで、ボクシングのリングの戦いしかしらんだろうが、実戦ではリングなどはない。よって場外負けはない。おまえがわしに勝つには正攻法でわしから一本とるしかない。わかったか?」
「はい!おれも男だ、場外負けなんて手段で勝つような気はないです」
「では、伊佐、審判を、試合の合図じゃ」
 伊佐が腕を振り落とした瞬間、じいさんは俺の視界から消えた。そして俺はなぜか空中にいて、そして気づくと頭から落下していた。
おじいちゃん、危険な技をつかうなあ、あれは本気で殺しにいくときの技だ。おじいちゃんは第二次大戦の生き残り、戦場ではまだ、少年兵にも満たない年齢だったがその動きはアメリカ兵に東洋の悪鬼と恐れられていた。
いけない、あれじゃ賢治が勝つ見込みはないじゃないか。おじいちゃん、どうしてそこまで本気を?
 俺は頭からの落下を体をひねって、とんと足からうまく着地する。
「ほう、うまいな、猫のようだ。足腰はそうとう強いな」
 俺もびっくりしてんだ、なんでこんな動きが、そういえばボクシングのジムのおやっさんやたら、投げられたり関節極められたりとかの対応も教え込まれていたっけ。
 そうだ、おやっさんが教えてくれたのはボクシングじゃない。いろんなところで俺が因縁つけられても大丈夫なようにありとあらゆる攻撃方法の対応の仕方とそれに応じた拳の使い方。おやっさんはやっぱりボクサーだがおれの知る限りじゃあの人の拳が、他の武術に負けるところをみたことがない。どこかその立ち回りは拳というものを中心においた独特の実戦武術の匂いがあった。でまた、重心を狂わされてこんどは床に直接叩きつけるつもりだ。で叩きつけた瞬間にその膝が襲い掛かるってわけか、なるほど、おそろしく実践的な殺法の塊みたいな武術だ。そしてこの殺気、本気で殺しに来てる?
 う地面は目の前だが俺はその一瞬を狙っていた。俺の頭をがっしりとつかんだその腕には飛び上がった全体重がかかっている。
 だからおれは重心を崩して叩きつけられんとしているのだが、ここに隙がある。全体重のかかったここに両手で挟むように拳を打ち込むそして、独特の手の捻りをねじ込む。完全な逆方向への二つの螺旋は相乗効果で体重がかかって外せない腕にのしかかる。
 そう、拳を中心においたこの独特の実戦武術の最初の目的が敵の武器破壊だった。そしてこのじいさんの武器はその腕と足。この技はふつう、刀や薙刀で攻撃してくる相手の刃を白刃取りで取ってこの技で壊すという流れをとる。
 それを相手の一番の攻勢のときにする。
っく小僧!わしの腕を砕くとはだがこの勢いはとまらんぞ?
 それも計算づみだ、腕が多少でもずれてくれれば勝機はあるのさ。
 その投げ技には一つ荒いとこがある。それは腕でごういんに地面にたたきつけようとするわざそのものの荒さ。たしかに食らったことがないし、こんなふうにすばやくやられちゃ、たいていの奴は死ぬ。
 だが腕の骨の形状上どうしても弱いところがある、それは腕は内側に曲がるということだ、そしてこの技の最大の難点叩きつけられる相手は両手が自由に使えるということ。俺は、右フックをまっすぐじいさんのあごに当ててその瞬間にねじりこむ、まずあごを捉えた一撃でひるませ、そして左手を引き絞って手刀受けの要領でつかみ間接を左内側から最大の速さで極める。関節は曲がるようになってるから当たり前のようにカックンと思わぬ形でごく自然に腕は曲がった、そうともすれば叩きつける勢いもなくなる。かえって膝を頭に落とすために空中にいるじいさんのほうが隙だらけだ。しかしじいさんの下にいることにかわりなくいま、頭じゃなく腹にでも膝を入れられれば間違いなく死ぬ。
 そこでさっきの仕掛けられた技の応用をやってみせる。俺は真下からいきなりじいさんののど下を押さえつけた。俺の腕の力は並じゃない。相手は浮き上がって膝を決めるどころじゃなくなる。 そしておれの拳は火を吹いた。
 烈火のような猛攻が次々とじいさんにヒットしていく。
 しかしじいさんから一本を取るには、相手にひざをつかせる必要がある。
 いつまにか位置関係は逆転、投げや極め技はたしかに怖い。しかし打撃は一発でもあたれば連続で当てられる。なぜなら相手を確実に弱らせていけるからだ。
 すさまじい俺の猛攻にじいさんはいくつかのクリーンヒットを許してしまう、そこでおれは賭けに出たボクシングで一番難しくしかし確実に自分の拳の威力を二倍三倍に挙げる技。クロスカウンターだ。じいさんは俺の猛攻にこちらも打撃で答えるしかなくなった。その一瞬をおれはみのがさなかった。相手の突きをかろうじで避け、その内側から鋭い突きを相手の突きを絡めとるようにすりあげて、顔面へ渾身の一撃を与える。
 両者、ぱっと離れると同時に最後の一撃を繰り出す。
 渾身の右正拳突き、あっちは必殺であろう貫き手だ。
 だがおれは今分かった。なぜ、じいさんがこれほどの危険な技を容赦なくだすのか?
 そう、それは相手の殺気に対して、こちらが殺気をもって相手を殺そうとするかみているのだ。
 おれは迷った。あのじいさんの貫き手はまちがいなく必殺の一撃。だがそれに殺意をもってこたえるのか?
 おれは貫き手をまえにして体の力を抜く。そして貫き手がからだの脇をすり抜けていってから、正拳突きをじいさんの顔の前で寸止めした。
 間違いなく、一本をとる形だ。
「やはり、おまえは最後まで殺気に応じようとしなかったか」
「どうしてなんだ?じいさん。おれに殺意を抱くように仕向けたのは」
「賢治というたな、武術とは一言でいえばなんじゃ?」
「おれのボクシングのおやっさんの受け売りでいいなら、人と人とが平和にくらすためのすべだ」
「そうじゃ、力があるからこそ、怯えず、怯えないからこそ脅かされない。上出来じゃ、わしはおまえになにかをみたぞ。おまえなら伊佐をまかせてよいかもしれぬ。だがまだまだ、おまえは弱い!だからわたしが鍛えてやる」
「よろしくお願いします!」
うーん、俺と伊佐の関係が伊佐のじいさんの公認になってしまった。ま、いいおれはもしかしたら、ここでまたあのボクシングジムの時の楽しさを思い出せるかもしれない。
 そう、人生を全力で生きたあの時の楽しさ。
 そう考えると不思議と顔に笑みがよみがえってくる。
 それをみて、伊佐はやっぱりこいつ面白い、と心のなかで思った。


 
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