トリスタンとイゾルデ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一幕その五
第一幕その五
「王の御前に出るつもりもありません。礼に適った方法で私の厚意に求めない限りは」
「わかりました」
クルヴェナールはとりあえずはイゾルデのその言葉に頷いた。
「そう申し上げておきましょう」
「御願いします。ここに来られるよう」
最後にこう告げた。クルヴェナールは一礼してからこの場を後にした。イゾルデはまたブランゲーネと二人になるとその蒼ざめた顔を彼女に向けつつ言うのだった。
「ではブランゲーネ」
「どうされるおつもりですか?」
「ここであの男を待つのよ」
まずはこう答えた。
「あの薬で」
「そんな・・・・・・」
ブランゲーネはイゾルデの言葉を聞きその唇を強張らせた。震えてさえいる。
「あの薬は」
「あの妙薬を黄金の杯に一杯」
こう言うのだった。
「一杯。注ぎ込んで」
「本気ですか?」
ブランゲーネはイゾルデが持っていたその瓶を受け取りつつイゾルデに問う。
「そしてそれは」
「私を欺いたあの男に」
「トリスタン様に」
「そう。罪の償いの為に」
イゾルデは言う。
「いいですね」
「何と恐ろしいことを」
「お母様の下された最高の妙薬。どの様な傷や痛みにも」
イゾルデの言葉は続く。
「毒にも効く妙薬を。あれこそがお母様の下された妙薬なのですから」
「それだけは」
ブランゲーネは必死にイゾルデを止めようとする。
「なりません。何があっても」
「聞くのです」
だがイゾルデは聞こうとはしない。
「私の。この言葉を」
「それは」
「いいですね」
ブランゲーネが返答に困っているとその時だった。またクルヴェナールが部屋に戻って来た。そしてこう二人に告げるのだった。
「トリスタン様が来られます」
「どうぞ」
イゾルデはブランゲーネから顔を離しトリスタンに部屋に入るように告げた。するとすぐにそのトリスタンが部屋に入って来たのであった。
「御呼びでしょうか」
「はい」
イゾルデ以上に蒼ざめてしまい絶望しきった顔で項垂れた倒れ伏さんばかりになるブランゲーネから目を離してトリスタンに応える。
クルヴェナールは部屋から去る。イゾルデはトリスタンを見据え続ける。そしてそのうえで立ち上がり彼に対して告げるのだった。
「私の望みを知っていながらそれを果たすのが恐ろしく私の目を避けていたのですね?」
「敬いの気持ちで遠ざかっていました」
トリスタンは表情を顔に出すことなく言葉を返した。
「それだけです」
「敬いの代わりに嘲りではないのですか?」
だがイゾルデはこう言葉を返した。
「そうではありませんか?」
「服従の心から控えていただけです」
「王は御自身の花嫁にその様な無礼を教えるのですか?」
「それは誤解です」
「私の住んでいた国では花嫁を護る場合には護衛者は離れるべきだとされているのです」
「どうしてですか?」
「それがしきたりです」
あくまで突き放すようにして言葉を返すのだった。
「コーンウォールの」
「ではトリスタン殿」
イゾルデは強張り今にも壊れそうな顔のままでまたトリスタンに告げてきた。
「私も一つしきたりをお教えしましょう」
「何をですか?」
「敵と和解する為には敵も誉める程の立派な態度を」
これをトリスタンに告げた。
「宜しいですね」
「敵とは」
「貴方の御心に尋ねられることです」
イゾルデはトリスタンを見据えていた。
ページ上へ戻る