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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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十一日目 十二月一日(木)後編

 激しい剣戟。ランサーが二本の槍を巧みに操る豹だとすれば、セイバーは華麗に舞いながら鋭い一撃を繰り出す鷹だった。赤い長槍と黄色の短槍が奏でる死の嵐。素人目には一部の隙も見えない連続攻撃を、セイバーは軽やかに回避しては片手剣で反撃までも繰り出していた。
(この女、魔術で動きをサポートしているのか)
 ランサーはセイバーの不可解な身体性能を、そう結論付けた。もう幾度か、ランサーは間違いなく当たる筈の攻撃を繰り出していた。だが実際はその全てが回避された。なぜなら、セイバーが、重力すら一時的に無視をしているかのような、自由自在の体捌きをやってのけたからだった。例えば、宙に跳ねたセイバーに追撃の突きを繰り出した時、セイバーの落下速度が急に加速し、攻撃が回避された。またその逆に、セイバーが空中で止まった為に攻撃が回避された事もあった。
(だが防御を盾でも行っている以上、ゲイ・ジャルグの力を持ってすれば、一撃は当てられる。問題は、治癒魔術の有無)
 ランサーは槍捌きを攻撃重視に変えて行く。両刃の剣でもあったが、相手の剣のリーチが解る以上、リスクは少ない。
ランサーこと輝く貌の騎士ディルムッドには秘策があった。己が宝具である、破魔の紅槍ゲイ・ジャルグ。力を発動させれば、相手が魔法によって生みだした防御を無効化出来る。セイバーが身に纏う鎧も、左手に持つ円形盾も共にセイバーの魔力によって生み出されたもの。つまりゲイ・ジャルグを使えば、セイバーの装甲は紙同然。しかも相手がこの事実を知らなければ、初撃はほぼ回避不可能。槍を盾や鎧で防ぐ算段であっても、それを一方的に無効化出来るのだ。だが相手に回復手段があれば話は変わってる。
今回の聖杯戦争は、人の思いが魔力に変換される。つまり言うなれば、人であれば誰でもサーヴァントに十分な魔力を供給出来るという事だ。しかし、マスターが魔術師で無い最大の欠点は、マスターが魔術を行使出来ない点にある。特に治癒魔術が無いのは、戦い方に大きな影響を与える。つまり相手の攻撃で傷ついた場合、サーヴァント自身が治癒手段を持たなければ、時間経過による回復に頼るしか無いのだ。むろん、サーヴァントは人間よりはるかに優れた自然治癒能力を有している為、傷の癒えも早い。だが治癒魔術の即効性がある訳では無いのだ。結論を言えば、今回の聖杯戦争では、相手を先に傷付けた方が格段に優位に立てる。
だからこそ、ランサーはセイバー自身が何らかの魔術的な治癒手段を持っているか確認する必要があった。宝具を発動すれば、確実にセイバーに一撃を与えられる。しかし相手が即効性のある回復手段を持っていたとしたら、優位は覆され、むしろ正体を知られて逆にこちらが不利になるのだ。

(強引に攻撃を当てようとしてきている? 先にダメージをもらった方が不利なのは向こうも解っている筈。それなのに、敢えて戦い方を変えて来たという事は、秘策がある、か。なら、やられる前にやるしかないわね)
 セイバーが剣をふるいながら何事か呟き始める。すると次第に剣が不気味な紫色の光を放ち始める。異変に気が付いたランサーが距離を取る。
「あなたがその気なら、まずはこちらから行かせてもらうわ」
「宝具を開帳するか。受けて立とうセイバー」
「そのセリフ、男らしいとは思うけど後悔するわよ」
 セイバーが、剣を構えて突撃する。身体能力の強化により、セイバーの動きが加速していく。
(接近戦用の宝具という訳か。なら好都合。こちらも決めさせてもらう)
 ランサーが右手に持った紅槍ゲイ・ジャルグに力を送り、目覚めさせる。
(初撃で心臓まで貫く。攻撃に転じて来たのなら、機会は必ずあるっ)
 二人のサーヴァントが咆哮を上げながら激突する寸前、天空で第三者が吼え、稲妻を纏った塊が二人の間に割って入って来た。
「アラララララィィィィィィッ」
「な、なんだっ」
「わぉ、おっきな牛さんねー、すごいわぁ」
 にこにこ笑いながら森島はるかが、純一のとなりに寄って来る。
 素早く後退した二人のサーヴァントが、勝負に茶々を入れた邪魔者を睨みつける。
「またお前か、ライダーっ」
「いったい、どういう事かしら」
 現れたのは巨牛の引く大戦車に乗った、赤髪の大男。精悍な顔立ちに野心に滾る目、筋骨逞しい身体付き。大男が豪快に口を開けて、二人に向かって叫んだ。
「双方、武器を引けいっ」
「にぃにも、森島先輩から離れてっ」
 戦車の中から、ぴょこっと顔を出した少女が、しかめっ面で純一を睨みつける。
「み、美也っ。お前、なんで」
「にしししし。にゃーは、ラィラィのマスターになったんだよ」
大男が、純一の方を見て破顔する。
「おお、お主が我が同胞の兄上か。我が名は征服王イスカンダル。かの娘御とは、共にオケアノス(最果ての海)を求める間柄よ」
「そのとおり。ラィラィとはオケアノス(ボンッ、キュゥ、ボンッ)を求める間柄なのだ」
 鼻を高くして偉ぶる美也は、正に虎の意を狩る狐だ。
「美也ちゃんうらやましぃわぁ。あーん、私も乗せて乗せてー」
 目を輝かせるはるかとは対照的に、純一は訳が解らなくなりかけていた。
(ラィラィって、あの大男ことか? あいつ、サーヴァントだよな。なんでまた美也が)
「にぃにったら、森島先輩と仲良くなりたいから、せーはいせんそーってのに参加したんでしょっ」
 美也が謎解きをする探偵のような格好をして、さも解った風に言う。だが表情は頑なで、怒っているようだ。
「いや、僕は巻き込まれたというかなんというか」
「そうだったのっ。照れるな―、このこのぉー」
 少し頬を染めたはるかが、笑みを浮かべながら純一を肘で軽く小突く。赤くなった女神の表情は、純一の単純な心をとろけさせるには十分だった。
「デレデレしないでっ」
 美也の表情がますます険しくなった。

 そんなマスター達を尻目に、サーヴァント達の間にはやや緊迫した雰囲気が漂っていた。
「ようぉ、ランサー久しぶりだな。また会えるとは嬉しい」
「人の勝負を何回邪魔すれば気がすむ。我慢もそろそろ限界だぞ」
 睨んではいるが、口元には微笑を浮かべるランサー。呵々大笑を返すライダー。共に前回の聖杯戦争で相争ったサーヴァント同士。再び相見えた偶然を、お互い、女神の紡ぐ運命のようにも感じるところがあるのだろう。
「そっちは初顔だな。我が名は征服王イスカンダル。世界を我が手に収める為、この世に肉体を伴って現界するのが我が願いよ」
「サーヴァントなのに、いきなり名乗る? あなた馬鹿なの?」
 目を細め、心底ありえないと呆れ果てたような顔をするセイバー。
「女だてらに、大した気風だ。気に入ったぞ」
「全然嬉しくないんだけど」
 セイバーの顔が凄味を帯びる。そんな彼女を見て大笑いしたライダーは、ニヤッと笑った後、改めて二人のサーヴァントに向き合った。
「まず問おう。セイバーにランサー、我が軍門に下る気はないか? 共に世界を征服しようではないかっ」
 赤髪の大男が、豪快な身振り手振りを交えて熱く語る。
「またそれか、いい加減にしろ。その気はない」
「興味無いわね」
 今度は本気で睨みつけるランサー。セイバーはいつでも攻撃に移れる姿勢を取りながら、また目を細める。一瞬即発の場。だが場を動かしたのは、更なる乱入者だった。
「サーヴァントが三人。まとめてしとめるチャンスだっ」
 現れたのは黒いマントを羽織る、顔に刺青のような模様がある少年。
「お前、坊主っ」
 彼を見てライダーが顔付きを変えた。何か癇に障ったのか、少年が血相を変える。
「もう坊主じゃないっ。僕、ウェイバー・ベルベットは時期にロード・エルメロイの名を受け継ぐ。もう誰も僕を馬鹿になんか出来ないっ」
 形相を変えた少年に対し、ライダーが大きな溜息を付いた。
「お前言ってる事が、昔と変わっとらんぞ。まったく……」
 ランサーが近づいてきて、ライダーにそっと囁いた。
「顔を良く見ろ。魔術装飾を施されている。あいつ、洗脳されているぞ」
 ライダーの表情がすぅっと真剣なものに変わった。
「……おい坊主。お前なんでまた聖杯戦争に参加した?」
「決まっている。僕が成長した事を証明するためだっ!」
「どうやら、びしっとやってやらにゃ、解んないみたいだな」
 ライダーが美也に降りるように言い、戦車の手綱を改めて握りしめる。
 真剣なライダーの表情に、美也は心配そうな顔を向けながら戦車を降りた。
 ウェイバーが不敵な顔付きで迎え撃つ。
「こいよライダー。僕の凄さはあのアインツベルンだって認めてるんだ。返り打ちにしてやるよ」
「……アインツベルンか、余の盟友に変な事をしたのは」
 黒幕の名前を知り、ライダーの顔が凄味を増す。それを知ってか知らずか、少年魔術師ウェイバーは、相も変わらず勝利を確信しているかのような自信満々な態度で叫ぶ。
「今見せてやるよ。最強のサーヴァントをね。我、ウェイバー・ベルベットが命ずる。来い、バーサーカーっ」
 黒い魔術師の足元に漆黒の穴が広がった。そして穴の中から、深紅の大鎧に身を包んだ騎士が現れた。頭も血の色をしたフルフェイスの兜で覆い、性別は伺いしれない。兜の中から覗くのは、憤怒に染まった赤い瞳。腰には、血の色に染められた長剣を佩いている。
「邪魔モノ、コワス、コロス」
 ランサーとセイバーも、バーサーカーから発せられる魔力の凄まじさに、改めて武器を構える。
「バーサーカー、三人まとめてぶっ潰せっ!」
 紅い狂戦士が緋色の剣を構え、突っ込んできた。

 気が付けばもう時刻は夕方。太陽の断末魔のような夕日が辺りを赤く染め始める。だがポンプ小屋周辺を赤く塗り替えているのは、夕日だけでは無かった。
「ふん、坊主が大口叩くだけはあるようだな」
「炎を操るというわけね。狂化しているのに、器用な事」
「大した剣の腕だ。こちらも本気でいかせてもらうっ」
 バーサーカーは自らの鎧と剣に、禍々しい炎を纏いながら猛烈な攻撃を繰り出していた。バーサーカーが飛び回り、剣を振るう度、火の粉が激しく飛び散る。3人のサーヴァントを同時に攻めているというのに、戦況はバーサーカーが優位に立っているように見えた。
「へぇ、あの赤い子、やるわねぇ」
「三対一なのに、相手が有利って……。どんなラスボスだよっ」
「うー、ラィラィ、負けたら、みゃー承知しないんだからっ」
 マスター達が固唾を飲んで戦況を見守る。彼らは、始めて出会う本物の魔術師とそのサーヴァントの迫力に、飲み込まれていた。
今やセイバー、ランサー、ライダーは巨大な脅威に対処すべく、連携して戦っていた。だがバーサーカーの暴力的なまでの剣撃、神速の立ち回り、燃え盛る獄炎は、全てを跳ね返した。
セイバーとランサーが、クラス特性である高い魔法防御を生かし、バーサーカーの炎を弾きながら接近戦を挑む。息を付かせぬ剣と槍の波状攻撃。両手で長剣を握ったバーサーカーが神速の剣捌きで、二人と切り合う。
「手加減無しで行くぞっ。『神威の車輪』よ、ゼウスの力を身に纏えっ。粉砕しろっ。遥かなる蹂躙制覇!」
 天駆ける猛牛の大戦車が、暴れ狂う雷を放ち始める。暴力的に輝く、光る戦車が超高速で、バーサーカー目がけて走り出す。その様は、破滅を抱いた彗星か。はたまたギリシャ神話に語られしゼウスの振るう神雷。聖書で、堕天使の大軍勢を一撃で粉砕した神の稲妻の様。
「アラララララィィィィィッ」
 赤髪の巨漢のライダーが吼える。セイバーとランサーが距離を取り、バーサーカーだけがライダーの攻撃範囲内に残される。
「受けて見よ、我が宝具の力っ。これが征服王イスカンダルの覇道よ!」
 バーサーカーが全身から炎を激しく放出し、迫り来る大戦車に炎の奔流をぶつける。だがその程度では、ライダーは止まらない。それはバーサーカーも解っているのか、身体の軸を落とし、剣を仕舞う。
「邪魔モノ、コロス、コワス。ユルサ、ナイ……」
「はは、面白いっ。受け止めれるかどうか、やってみるがいいっ」
 雷牛がバーサーカーと激突する。膨大な魔術的装備の衝突で、耳をつんざくような轟音が鳴り響く。炎を纏ったバーサーカーが、がしっと重戦車を受けめた。速さに乗った戦車がバーサーカーを、押して、押して、押しまくる。だがバーサーカーは地に足をしっかり付け、土を抉りながら後退してはいるが、倒れることない。戦車の勢いを止め、突き抜けようする力の行き先を徐々にずらしていく。とうとうライダーの宝具を受け流した。コースをずらされた戦車が敵のいない虚空を突っ走りながら、再び上昇してバーサーカーから距離を取る。
「まさか、本当に止められるとはな。惜しい。狂戦士でなければ我が軍勢に招き入れるのだが」
「セイバー、いけるか。こうなってしまえば、他に手はないぞ」
「そうね。こういう形で正体を明かすのは癪だけれど、まずは出る杭を打たなくてはね」
 頷き合う、セイバーとランサー。セイバーのショートソードと、ランサーの赤槍が魔力の煌めきを放ち始める。セイバーの剣は死の香る紫。ランサーの槍は、鋭利な赤い輝きだ。
 ライダーが、セイバーとランサーの後ろに戦車を降ろす。
「余もまだまだいけるぞ」
 今一度戦車の手綱に力を込める。
「本気で来いよ。最後に勝つのは僕のバーサーカーだ」
 少年魔術師ウェイバーが、傲岸不遜に言い放つ。にやりと笑ったウェイバーが、高らかに宣言した。
「バーサーカー、お前も本気を見せていいぞ」
「滅ス、滅ス、滅滅滅滅滅滅滅滅ッ」
 言葉に成らない叫びを上げながら、バーサーカーの炎が更に激しく爆ぜ、剣も一回りも二回りも巨大になっていく。
 三人のサーヴァントが互いに目配せをする。すでにセイバーとランサーの武器の輝きも頂点に達している。バーサーカーとセイバー達は、お互いが攻撃を仕掛けるタイミングを伺っていた。だが二度ある事は三度ある。またしても闘争に水を差す、新たな役者が現れた。
「ウェイバー、ここは引きなさい」
 感情がこもっていないかのような女の声。ウェイバーが癇癪を起したように、声の聞こえた林の奥を睨みつけた。
「舞弥、なぜ止めるっ」
 林の闇から、冷たい目をした能面の女が現れた。年若だが、影そのもののような雰囲気を出し、暗殺者のような黒い衣服を着ている。
「まだ戦いは始まったばかり。もう少し慎重に事を運んで下さらなくては」
 ウェイバーの顔が引きつる。
現れたのは、前回の聖杯戦争で死んだ筈の久宇舞弥だった。しかし生前の彼女は、暗殺技術に長けていたとはいえ、所詮普通の人間だった。だが今の彼女はどうだろう。顔には不気味な紋様が無数に刻まれ、まるで影の化身のように見えた。
「それに、マダムがあなたを呼んでおられます」
 ウェイバーは、舞弥が何かを押しているのに気が付いた。それは彼女が押すにはあまりに似合わぬもの。車椅子だ。その椅子には、髪の長いすらりとした美女が座っていた。
「ウェイバー……くん。どこ……? 一緒、に帰ろ……、帰ろ……」
 ウェイバーの表情が一変した。感極まったような表情で、彼女の下へ馳せ参じ、膝を折った。頭を垂れて恭順の意を示す。
「ああ、我が女神、アイリスフィール様。僕はここです。ええ、帰ります。帰りますとも」
「にぃに、あの人、なんか怖い……」
 美也が顔を強張らせ、純一の背後に隠れる。純一も、しがみつく美也の手をしっかり握りしめた。それは、美也は励ます為だけではなく、己の恐怖を耐える為でもあった。
「なんでだろう、二人とも凄く綺麗な人なのに、全然人間には見えない……」
「わたしも怖いわぁ。黒い人なんか、ひびきみたいな顔してるし。白い人は、なんだか幽霊みたい。美人なのに、もったいないな」
 少し不安そうな顔した森島はるかも、純一にそっとしがみついた。綺麗で健康的な色をした手が、純一の制服をぎゅっと握り閉める。
(先輩……、さすがに塚原先輩に失礼だと思います。ってそんなこと考えてる場合かっ)
 純一は、恐怖のあまり自分の頭が少し変になったのかと思った。
 夕日の下で、車椅子に乗るアイリスフィールは、開花期を迎えた白い桜のように妖しく咲き誇っていた。美しい銀色の髪が、夕焼けでキラキラと明滅している。肌は、白蝋のように真白だ。でも青ざめていて、どこか不安を感じさせる色。そして身に纏うのは金の刺繍が入った見目麗しい純白のドレス。彼女の容貌は、女神と称しても言い過ぎでは無かった。でも、同じ女神でも、森島はるかと彼女はまったく異なる存在だった。虚ろな瞳に、表情の乏しい顔。喋る言葉もどこか上の空。影の化身に車椅子を押されるアイリスフィールは、女神と言っても死の女神だった。
 ウェイバーが立ち上がり、憎々しげにこちらを見た。
「バーサーカー、戻るぞ。お前達、次は覚悟しておけ。必ず、潰す」
赤いサーヴァントの足元に闇の穴が開き、現れた時と同じようにバーサーカーは去って行った。そしてウェイバーと久宇舞弥達もまた、一陣の黒い風が吹いたと思ったら、跡形も無く消えていた。

「今日のところは、これで仕舞いにしようや。さすがの余も、あれだけの悪逆を見ると胸糞が悪くなる」
「ええ、でもかなりの強敵が居ると解ったのは、確かな収穫だわ」
 セイバーが武装を解除し、制服姿に戻る。美也がライダーに呼びかけ、戦車に騎乗した。
「……美也、お前はそれで帰るのか?」
「そうだよ。なんたって、にぃにとみゃーは敵同士なんだから。あーお腹空いた」
(どうせ、帰るところは一緒だろ)
 にしししし、と美也がはにかみ、赤髪の大男に号令を出した。猛牛の戦車が、夜の帳が降り始めた空を速やかに駆け抜けて行った。
「さて、私達も帰ろうか。……ランちゃん? どうかしたの?」
 見ると、ランサーが難しそうな顔をしていた。何か考え事をしていたようにも見える。
「……やはりどう考えても思い違いだ。マスター、敵讐がありましたら現れます故」
はるかの声に、我に帰ったランサーは、はるかを一度だけ見た後、無愛想な様子で姿を消した。
「もう、ランちゃんたら、いけずなんだから。照れてるのかな」
 はるかが、ふふっと笑う。
「……先輩、帰りましょう。もう夜ですし、送りますよ」
純一は、むっとしていたので、つい口調がぶっきらぼうになってしまった。
「あれ、どうして怒ってるのかな? やきもち~?」
「ち、ちがいますよっ」
 はるかが、ぷぷっと吹き出し、からからと明るく笑う。
「ほんと君ってば、面白いねー。冗談よ。……ありがと。せっかくだから、お願いしようかな。……今日はちょっと、疲れちゃった」
 はるかが純一の腕を取り、寄りかかるように身を寄せて来た。純一の胸の奥が、どうしようも無いくらい、バクバク鳴り出した。
「……橘君って結構がっちりしてるんだね。ちょっと男らしくてかっこいいかも」
 はるかの頬が赤いように見えるのは、黄昏の所為か、はたまたそれとも。
「えっと、先輩。この態勢で、帰るんですか?」
「駄目かな?」
「こ、こういうのは、あの、その、カップルじゃないと。誰かに見られたら、あの誤解されちゃいますし……」
「君は、誤解されたら嫌?」
「そ、そんなことありませんっ。むしろ嬉しいくらいです!」
 女神が、にこっと笑う。はるかの笑顔は、闇が深まりつつある中でも、辺りを明るくしてくれるように、純一は感じた。
「……ねぇ、あたしの事、完全に忘れてるわよね」
 純一とはるかが悲鳴を上げる。恥ずかしさからか、ぱっと離れる二人。声のした方を向けば、腕を組んで不機嫌そうにしているセイバーが居た。
「別に、あなたが誰と仲良くしようが構わないけど、その子は敵なのよ? あまりイチャイチャしないでもらえるかしら」
「べ、別にイチャイチャなんて」
「もぉ、セイバーちゃんのいじわるぅ。ひびきみたいなんだから」
 セイバーが、ぎょっとしたような顔になる。
「セ、セイバーちゃん? ……その呼び方、止めてもらえませんか?」
「えーだって可愛いのにぃ。ダメかな?」
「絶対にダメです」
 セイバーが目を細めて怖い顔をする。
「ちぇー、ほんといじわるなんだから」
 むすっとするはるか。そんなはるかを無視して、セイバーが純一の腕を取って歩き出す。
「さぁ帰るわよ。家まで送るんでしょ。早くしないと日が暮れるわよ」
「え、っちょ、歩くの早いって」
「あーん、待ってぇ。セイバーちゃんのいけずー」
「だから、その呼び方止めて!」
 ぴた、とセイバーが足を止め、振り返ってはるかを睨む。
(はは、今日無事に帰れるかな)
 何よりも帰り道が心配な純一だった。 
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