とあるβテスター、奮闘する
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裏通りの鍛冶師
とあるβテスター、苦戦する
第17層屈指の不人気ダンジョン『荒くれ者の墓所』へと足を踏み入れ、大多数のゾンビが犇めく最深部へと突入した僕とシェイリ、そしてリリア。
元から数では相手が有利だったことに加え、倒してた後から一定時間を置いて定期的に湧いて出るゾンビたち。
それに対し、こちらはたったの三人。おまけに補給もなし。
普通に考えればこの場で戦うこと自体が無謀極まりないところだけれど、撹乱に長けたスキル構成のリリア、火力特化型のシェイリ、そして相手が(一応)人型モンスターだったため、僕の投剣による支援効果も上々。
更に僕たち三人の相性は悪くないのか、初めてパーティを組んだ相手であるにも関わらず、リリアを含めた三人での連携も滞りなく行えた。
正直な話、もって精々5分が限度だろうと思っていた僕にとって、この結果は驚きの一言に尽きる。
……と。
これだけを見れば、僕たちはこの圧倒的に不利な状況においていかに上手く立ち回ったか、というある種の自慢話にも見えるだろう。
事実、僕たちは想定していた以上の善戦をしたと言っていい。
この「多勢に無勢」という言葉がこれ以上しっくりくる場面はそうそうないのではないかという状況において、たったの三人でよく頑張ったと自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
あわよくば、このまま目的の鉱石を入手できるかもしれない───と、思わなかったといえば嘘になる。
ところが。
どうも世の中というものは、そう都合よく物事が進むようにはできていないらしかった。
────────────
「ね、どうしよっか?」
僕の着ている外套の端をクイクイと引っ張りながら、一見さほど困っているように見えないような顔で尋ねてくるシェイリ。
「クソ……洒落になってねぇぞ、この状況……!」
僕たち二人を背に庇うように立ち、向かってくるゾンビを牽制しているリリア。
まさに顔面蒼白といった様相でさっきから何度も弱音を吐いているけれど、それもこの状況では無理もないかもしれない。
「……参ったなぁ」
そして、投擲用ナイフのストックが尽き、もはやただの役立たずと化している僕。
一応短剣を装備してはいるけれど、悲しいかな、僕がナイフ片手に格闘戦を挑んだところで結果は見えているだろう。
僕に近接戦闘のセンスが皆無なのは、第一層の時点で十分すぎるほどに自覚している。
「だから言ったじゃねーか!どうすんだよこれぇ!」
「まあ、僕たち頑張ったと思うよ。……最初だけは」
そう、最初だけは、だ。
洞窟の最奥───広間のように開けた空間で戦っていた僕たちは、ゆっくりと、それでいて確実に追い詰めれらていた。
わかっていたことではあるけれど、敵の数が多すぎる。
僕たち三人が予想以上に善戦したとはいえ、それでも尚、相手と僕たちの間には埋まることのない差(数の暴力ともいう)があった。
そして───
「まさか結晶無効化エリアだなんてね……」
「困ったねー」
「オマエはちったぁ緊張感を持てよ!!」
こんな時でも気の抜けるような声を出すシェイリ。
こんな時でも律儀に突っ込みを入れるリリア。
打開策を考えてはいるものの何も浮かんでこない僕。
SAOに存在するHPの回復手段は、大きく分けてポーション類と結晶アイテムの二種類に分類される。
ポーション類は総合的な回復量は多いけれど、時間をかけて徐々に回復していくという性質上、緊急時のHP回復には向いていない。
逆に、結晶アイテムはポーション類に比べて回復量は多少劣るものの、回復効果に即効性があるという点では予想外の事態に対応しやすい。
これだけを見れば、戦闘での回復には結晶アイテムだけを使えばいいように思えるだろう。
ところが、結晶アイテムは店売りのポーションよりも高価で、尚且つその入手方法の多くはモンスターからのドロップのみというレアアイテムだったりする。
常に最前線で戦い続けてきた僕とシェイリですら、よほどのことがない限り結晶アイテムのお世話になることはないくらいだ。
よって、SAOでの回復には基本的にポーション類を使い、予想外の苦戦を強いられた時などの緊急時にのみ結晶アイテムを使うというのがセオリーとなっている。
結晶無効化エリアはその名の通り、結晶アイテムの使用が一切禁じられてしまうという、ダンジョン攻略において最も注意すべき空間の名称だ。
当然ながら、緊急脱出に必要な転移結晶の使用も禁止されてしまうため、結晶無効化エリアにおけるプレイヤーの死亡率は劇的に跳ね上がる。
僕たちが事前の打ち合わせ通り、戦闘が不利になったら転移結晶で脱出する───といった予定を未だ行動に移していないのは、この広間が『結晶無効化エリア』に設定されているからに他ならなかった。
更に悪いことに、僕たちがこの空間を結晶無効化エリアだということを認識するよりも早く、侵入不可オブジェクトによって出口が閉ざされ───
結果として、僕たちは多くの敵に囲まれながらも戦うしかなくなってしまったというわけだ。
「だああああ!何匹いんだよクソッ!」
「ぜんぜん終わらないねー?」
この広間に突入してから、どのくらいの時間が経っただろうか。
既に僕の投擲用ナイフは底を尽き、投剣スキルで二人を支援することはできない。
当然、休憩を挟む余裕もなく戦い続けているため、二人の武器の耐久度も心配だ。
予備の武器は用意してあるとはいえ、敵に囲まれがちなこの状況で、今以上に火力が落ちればどうなるか……想像するのは難しくない。
───そろそろ、何とかしないと……!
そうなる前に、この空間からの脱出条件───恐らくは敵の全滅───を達成しなければ、僕たちは───!
「おい、アンタら大丈夫か!?」
「!?」
不意に。
閉ざされた出口の外側───不可視のオブジェクトに阻まれた先の通路から、男性のものであろう声が投げかけられた。
一瞬、幻聴を疑った。
SAO内で幻聴が起こるのかどうかは疑わしいけれど、そう思わずにはいられなかった。
だって、今の声が本物なら。
こんな不人気ダンジョンに、僕たち以外にわざわざ足を踏み入れる物好きがいたということだ。
普段ほとんど見向きもされないような場所に、それも絶体絶命のこのタイミングで、そう都合よく他のプレイヤーが通りかかる筈がない。
僕は知っている。この世の中は、そんなに都合のいいようにはできていない。
アニメやゲームじゃあるまいし、現実において天の助けなんてものはそうそう起こるわけがないんだ。
……いや。むしろ、それどころか。
今の声すらも、茅場晶彦によって仕組まれた心理的トラップである可能性も考慮するべきなんじゃないだろうか。
なにせ、相手はデスゲームなんていう漫画や小説でしかありえないような状況を作り出し、更にはこんな悪趣味なダンジョンを考えるような人間だ。
おまけに、プレイヤーが大量の敵がいる中に飛び込んだ瞬間、間髪入れずに出口封鎖、しかも結晶無効化エリアなんていう外道トラップを仕掛けるような人間だ。
そんな茅場晶彦なら、こうして窮地に陥っているプレイヤーに助けが来たと見せかけ、安心したところをホラー映画よろしく背後からグサッ!とかやられても何らおかしくはないはずだ───!
「オ、オイ、今の───」
「騙されるなリリア!今のは敵の精神攻撃だ!油断したところをやられるぞ!」
「は!?オマエ何言ってんの!?」
「いいから戦うんだ!僕たちは誰の手も借りない!自分の身は自分で守る!」
「いやオマエも戦えよ!!」
そうだ、きっとそうに違いない。
こんな不人気ダンジョンで、都合よく助けなんてくるものか。
僕は騙されないぞ、茅場晶彦ッ!!
「アンタら、苦戦してるようなら加勢するぞ!どうする!?」
「お願いします!!」
───と、そこまで言っておきながら。
「加勢する」という一言を聞いた瞬間、僕は我ながら見事なまでに掌を返した。
「……世の中、たまには都合のいい出来事があってもいいよね、うん」
「何がしたかったんだオマエは……」
絶望的な状況の中で手を差し伸べてくれた通りすがりの誰かさんに、僕は一も二もなく即答した。
なんだかリリアの呆れたような声が聞こえた気がするけれど、それこそ幻聴に違いない。
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