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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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六日目 十一月二十六日(土)

「やれやれ、やっと放課後だ」
 大きく伸びをしながら橘純一は呟いた。
 クラスメイトが次々と教室を出て行く。これから部活のグループ、仲の良い友達どうしで一緒に帰るグループ等、いつも通りの何の変わりのない光景。近くを通るクラスメイトが、さよならと声をかけてくる。
 身長はやや高い方で、体重は平均くらい。黙ってさえいればそれなりの見た目の純一には、気軽に話しかけられる雰囲気がある。ああ、またな、といつものように返事をするのだが、今日の彼は、いつも通りという訳にはいかなかった。
「なんで、今日はみんな都合が悪いんだかなぁ」
 実は放課後に至るまで、これからの予定がまったくの白紙だったのである。受験の事もまだまだ先の事にしか思えない高校二年の純一にとって、放課後の予定が無いのは、大いに悔しい事だった。
 誰か声をかけれそうなクラスメイトが居ないか見渡してみる。だが放課後になり用の無い教室に残っている生徒など、数えられるくらいしかいない。そもそもスタートダッシュに失敗し、声をかける相手すら見定めも出来ていなかった現実が、今になって大きなハンディキャップになっていた。
(あ、絢辻さんだ。でも忙しそうだな。クラス委員長だし、クリスマスパーティーの実行委員長だもんな)
 教室の前の方の席に座る少女に、純一は目を止めた。彼女は、委員会の資料のまとめをしているのか、机の上にあるプリントの束を上から順番に見ながら、別紙に何かを記入している。
(しかしほんと、絢辻さんはよく働くよなぁ。成績も学年トップ。可愛いし、性格も良いから人気あるし。完璧だよなぁ)
 絹のようにきらめく、長い黒髪。くりっとしているが落ち着きのある瞳。控えめだが形の良い唇。年相応に発育した身体付き。柔らかそうで温かみのある白い肌。細長い手が、鉛筆を持って軽妙に動いている。事務仕事をしている姿でさえ絵になる美少女。まさに二年A組の天使。
 いつまででも見つめていたかったが、さすがにそれは失礼だし、声をかけれそうな様子では無かった。純一はさてどうしようかと、再びスタート地点に戻ってきた。
(ちょっとぶらぶらしてみるか……。もしかしたら、この間みたいに先輩と会ったりするかもしれないし)
 先輩、と言って彼の頭の中に浮かんだのは、輝日東高校のアイドル、三年A組の森島はるかの顔だった。容姿端麗、スタイル良し。愛嬌があり、ちょっと付いていけないところもあるが、溢れんばかりの可愛さについつい許せてしまう、輝日東高校の女神。カールの付いた長い黒髪は流れる真水のように麗しく、楽しい事があるとキラキラ輝く大きな瞳は可愛らしい。赤ん坊のような唇は愛らしくて、発育の良い彼女の身体付きの魅力を更に高めている。そんな彼女にあこがれる輝日東の男子生徒は数多く、橘純一もその一人だ。

 かといってどこかにいく当てがあるわけでも無かった。とりあえず校内を適当にうろうろすることにした。放課後になり人の毛の無くなった校内は、それなりに面白みがあると純一は思っていた。いつもは人が整然と机に向かう教室の風景が、放課後になったとたん弾けるように消え去る。学生の本分足る勉強にいそしむ光景こそが、まるで夢であったかのよう。
 けれどいくら日中を夢と思うても、その感覚自体が妄想に過ぎないと朝の日差しは突き付ける。同じようにいくら幻と思うても、二年前の出来事は繰り返し橘純一を傷つける。

 二年前、橘純一には好きな子がいた。親友の梅原の協力もあり、少女との距離は順調に狭まっているかのように思えた。そしてその年のクリスマスイヴ。橘純一は、少女とデートの約束をした。高鳴る胸。一日一日と約束の日に近づく度、そわそわしてしまう自分自身。でも幸せでいっぱいになるであろう予感、いやいやへまをすれば飽きられてしまうかもしれない、絶対楽しい一日にするぞと息巻いてみたり。要するにイヴを待つ時間もまた、橘純一は最高に楽しんでいた。
 だが、結局イヴは橘純一にとって最悪の日になった。そもそもデートすら始まらなかった。待ち合わせの約束は、夕方五時に丘の上の公園のベンチ。でも、少女は来なかった。どれだけ待っても、橘純一が思いを寄せた少女は現れなかったのだ。
 それからの二年の月日は、恋や愛という人の狂気に、本能的に怯えを感じる日々であった。だが人間はいつまでも同じ場所に留まり続けている訳ではない。親友の梅原に励まされ、今年は少し頑張ってみようと純一は決めたのだ。自分の胸の奥に居座り、傷を付け続ける、毒竜のような記憶を乗り越えられるように。

 掘り出し物があると評判の、輝日東高校図書室。橘純一がまず足を向けたのは、ここ図書室だった。
(そういえば、梅原が言ってたな、ボンッ、キュウ、ボンッなお宝本が美術関係の書棚にあるって。ちょっと見てみるか)
 図書室には数える程度の生徒しかいない。大体そんなものだろう。その数える程度の生徒だって殆どが同じ面子だ。
 探している本が本だけに、人目を気にしながら奥の美術関係の棚に向かう。
「わぉ、橘君、ベリーグーよ。またわたしの危機を察して来てくれたのねっ」
「え?」
 自分でそう呟きながら、声の主の正体の予感に、純一は胸が高鳴り出すのを感じていた。
 振り向いた先、そこには予想した通り、我らが輝日東の女神、森島はるかが居た。
「先輩、どうしたんですか?」
「だから、わたしを助けにきてくれたんでしょう?」
 まったく意味が解らなかったが、純一は迷いなく話に乗った。
「もちろんです! 先輩を助ける為なら、たとえ火の中、水の中、どこへだって行きますっ」
「ほんとぉー、うれしいわぁ。さすがは、ジョンねっ」
 ころころと森島はるかは楽しそうに笑った。純一は思うのだ、はるかの魅力の一つは、楽しげな表情の豊かさだと。明るく、ノリの良い性格に合わせて、はるかの顔に色々な笑顔が現れる。その変化の連続が、森島はるかの身体的な魅力と相まって、更に彼女を至高の存在に押し上げているのだ。
「さぁ、ジョン、いくわよー」
 はるかが純一の手を掴み、図書室から彼を連れだした。
「あ、先輩、どこに行くんですかっ?」
「助けてくれるんでしょう? ゴーゴーゴーよっ」
 ふふっと、はるかは良い事を思いついた幼子のような笑みを浮かべる。
 そんな彼女を見ながら、純一は自分の気持ちが晴れやかになっていくのを感じていた。
(森島先輩、やっぱり可愛いよなぁ。今日はツイてるぞっ、また先輩と一緒に過ごせるなんて)
 突然訪れた女神の気紛れに、純朴な幸せを感じる純一だった。

「で、先輩、ここ何部の部室ですか?」
 森島はるかに連れられて純一が来たのは、見るからに寂れ果てている感じの部室の前だった。
「うん? えっとねぇ、古武術研究部の部室よ」
「……そんな部があったんですね、うちの学校には。それで、ここで何をするんですか?」
(というか先輩はこんな部ともつながりがあるのか。先輩の人脈の広さはさすがだよなぁ)
「ふっふっふ、これよ橘君」
 片手に抱いていた黒い分厚い一冊の本を、はるかは差し出した。その本には〝魔術研究部研究報告書″と書かれている。
「先輩、意味が解りません」
(というか、そんなあやしげな部もあるのか、うちの高校には)
「もうっ、橘君はイケずねぇ。なーんて、確かにこれだけじゃ解らないか。うんうん、教えちゃうわ。実はね、響ちゃんの事なんだけど……」
 塚原響は森島はるかの親友だ。しっかり者で、スポーツも勉強も出来、はるかが困った時にいつだって救いの手を差し伸べる〝女神の騎士″。水泳部の部長でもある。だが塚原響にはコンプレックスがあった。自分が強面であるという事だ。それは、彼女が水泳部の勧誘をして水泳部に入部した学生の数を調べれば、客観的事実であると解るだろう。そんな自分の容姿故に、彼女は恋愛に対して苦手意識を持っていたのだ。
 森島はるかは、そんな塚原響が、今年は自分のコンプレックスを克服して、恋愛に前向きになろうと決心したと語った。そしてはるかは、親友として響を応援するのだ、と。
「先輩、意味が解りません。その事と、その本と、この部室が、どんな関係があるんですか?」
「もぉー、せっかちなんだから。恋といえばやっぱり、おまじないじゃないっ。この本にね、どんな願いも叶えるおまじないの方法が載ってたのよ」
「お、それはちょっと興味ひかれますね」
 純一が話にのってきたのが嬉しいのか、はるかの表情がきらめく笑顔でいっぱいになる。
「でしょでしょー、さっすが橘君。わかるねぇー、きみぃー」
「で、古武術研究部の部室で、何をするんですか?」
 はるかが、ふふふっと隠していた宝物を見せる時のような笑みを浮かべる。
「お宝をさがすのよっ」
 なんでも、おまじないの為に何か由緒あるお供えものが必要との事だった。はるかの話によれば、古武術研究部はかなり真面目に活動している部活で、OBやOGから古代の人々が使っていた刀や剣に槍などの武具の類が、展示品兼資料として寄贈されるのだという。
「ここなら、由緒あるお宝があるに違いないわ。さぁ、ゴーゴーゴーよっ」
 またはるかに手を掴まれて、純一の胸の奥がとくんと跳ね上がる。
「も、持ち出して大丈夫なんですかっ」
「許可はもらってるから、ノープロブレムよ」
 女神の強引さに振り回される事も、純一には幸せだった。

「次はどこに行くかと思えば、ポンプ小屋ですか」
「そうよ、ここなら誰にも見つからずににすむじゃない」
 輝日東高校の裏手のフェンスには、人一人が通れる穴が開いている。そこを通りぬけて少し歩くと、小さなポンプ小屋がある。古武術研究部で〝お宝″を見つけた後、はるかに連れられた先が、ここだった。
「さぁ、さっそく、模様を描くわよぉ」
 嬉々としてはるかが、小屋に置いてあった黒い箱を開けて、黒い液体と刷毛を取りだす。
はるかが言うには、それも魔術研究部から借りてきたものだそうだ。
「うん、グーねっ。我ながら完璧かも」
「確かに、いかにもって雰囲気でてますね」
 でしょでしょ、と女神が太陽のような笑みを浮かべる。
「それで、次は何をするんですか」
 えっとねぇ、とはるかが再び資料に目を戻す。
「わぉ、後はお供え物を置いて、呪文を唱えるだけですって、いよいよねっ」
 こほん、とはるかが芝居がかったしぐさで〝お宝″を魔法陣の上に置く。
「ご利益、あると良いですね」
「だってケルト民族の槍よ、すっごく魅力的じゃない。さて、いくわよー」
 はるかが、すぅっと息を深く吸った後、彼女の雰囲気が一変した。まるで呪いをかける妖艶な魔女のように、彼女は朗々と呪文を唱え続けた。そして呪文の最後、彼女は現実と異界を隔てる見えない壁を、引き裂かんばかりに叫んだのだ。
「いでよっ、サーヴァント」
 黒い液体で描かれた線が、白く輝き出した。そして、ばちんっという音と共に、青白い光の塊が魔法陣に中に落ちてきた。光はやがて人の形になっていく。輝きが薄れていき、片膝を付いて忠義の姿勢を取る男騎士が現れた。
「召喚の呼び声に導かれ、ランサー、参上いたしました」
「オーキードーキー、大成功ねっ」
 騎士が顔を上げてはるかを見る。純一は、男のあまりに整った顔立ちに、はっとなった。男の容貌は、同じ男である純一が見てもあまりに凛々しくて、見ていると頭の中がぐらぐらした。
(おいおい、俺にそんな趣味はないぞっ)
「えっと、ランサーちゃんだっけ。うーん、ちょっと言い難いかも。あ、そうだ、ランちゃんがいいかも。うん、我ながらグットアイディーア」
 凛々しい騎士は、何かをいぶかしむようにはるかを見つめている。
「失礼ですがマスター、魔術の経験は?」
「え? 何の経験?」
 はるかの返答を聞いて男の顔が曇った。そして顔を隠すかのように俯いた。いや、それだけでは無い。どこからかフード付きの長衣を取り出し、身体と顔をすっぽりと隠した。
「むむむ? どうかしたの?」
 男騎士は何も答えず、無言で消え去った。

「やれやれ、まさかうちの生徒からマスターが出るとわね」
「予想外中の予想外」
 ポンプ小屋の扉が突然開き、聞き覚えのある声が室内に響き渡った。
「夕月先輩に飛羽先輩じゃないですかっ」
「あれ、ルリルリにマナマナ?」
 現れたのは、茶道部部長の夕月琉璃子に副部長の飛羽愛歌だった。夕月は、さっぱりとした焦げ茶色の短髪。フレームが薄い丸みのある眼鏡をかけているが、目つきが鋭く、喧嘩っ早そうな雰囲気が漂う。きりっとした立ち姿と血色の良い肌の色も、彼女の凛々しさを際立たせていた。
 一方の飛羽は正反対の容貌だ。豊かな黒髪で、むしろ顔が少し隠れるくらいが好みなのか、髪の毛の間から神秘的な瞳を覗かせている。すらりとした細身の長身で、肌は青白い。雨の日に出会ったら、儚くも美しい女幽霊にも見えそうな少女だ
 そんな二人が真剣な顔をしながら、ポンプ小屋に入って来た。
「見たところ、マスターは森島はるか、あんた一人みたいだね」
「サーヴァントも確認」
「じゃあ詳しい話は後で追って連絡するよ。今は早急に対処しなきゃならない案件があるからねぇ」
「部外者の存在」
 夕月先輩と飛羽先輩がこちらを見た。
「めんどくさいんだけどねぇ。こうなっちゃったら、仕方ないよねぇ」
「拉致監禁」
 不穏な事を言っている気がする。純一の胸の内に、不安な影が這い寄ってきた。
「えっと、どういう意味、ですかね」
 二人の先輩が怖い顔付きのまま、つかつかと近寄って来た。
「言葉通りさ。あんたは見ちゃいけないものを見た。なーに、心配すんなって。ちょっとばかし眠ったら、数日間くらいの記憶がなくなってるだけさ」
「命の保証はする」
「全然心配ですよっ」
 純一の本能が、これはまずいと告げていた。二人の眼付きはいつになく真剣だった。
「ど、どうすれば、助かるんですか」
「助かるだぁ。命までは取らないんだから、文句言うなっ」
「人生に支障はない」
(いや、もの凄く不安だ。ど、どうすればいい)
「えっと、部外者じゃあなくなれば、助けてもらえるんですかね」
 二人の顔付きが変わった。少し思案した後、二人してにやっと笑った。
「へぇ、あんたがマスターに? ああ、それならあたしらの手間が省けていいねぇ」
「楽ちん楽ちん」
「わぉ、それ楽しそう。やろう、やろうっ。一緒にファイッだね」
 森島先輩が、このページを読めばいいのよ、と黒い本を差し出した。
 ごくりっと生唾を飲み込んで、本を受け取った。
「じゃあ、やってみます」
 純一は、騎士のいなくなった魔法陣の前に立った。先ほどの森島はるかの仕草を脳裏に浮かべながら、黒い本に書かれた呪いの言葉を読み上げる。そして最後の一節を読み終わり、先輩がそうしたように、純一も天までも貫けと叫んだ。
「いでよっ、サーヴァントっ」
 次の瞬間、魔法陣が再び白く輝き始め……たりはしなかった。何も起こらない。
 ははっと夕月先輩が笑った。
「まぁ、こんなものだろうと思ったよ」
「記憶喪失決定」
「ま、待って下さい。きっと効果が遅れてるんですって。あ、だから、まだ、待って」
 問答無用に二人の先輩が、純一の腕を左右から押さえつける。
「うーん、橘君、モテモテねぇ。にくいねぇ、きみきみぃ」
「せ、先輩、助けて下さいっ」
 森島はるかはとても楽しそうだ。
「さぁ、観念しなっ」
「すぐ終わる」
 純一の悲鳴がポンプ小屋を震わせた。
 その悲鳴に答えたのかは解らない。今まで沈黙を守っていた魔法陣が再び白く輝き始めた。えっ、純一が思った次の瞬間には、天井から光の矢が落ちてきて、ばちばちと輝く発光体が魔法陣に現れた。光はしだいに弱まっていき、人の形が現れる。ふぁっと広がったのは神神しいばかりに煌めく黒髪。小さくて可愛らしい顔付きとは裏腹に、猛々しい瞳。薄い唇がきりっとしていて、気が強い印象を受ける。肩と胸元を銀色の鎧で守り、その下は白い羽に覆われた帷子(かたびら)を纏っている。腰下には使い込んだ感じの西洋剣がある。現れたのは凛々しい女騎士。
「……似てる」
「え、あの」
 女騎士が、力強い瞳で純一を見た。
「質問します。あなたが私のマスターなの?」
 純一は自分の見ているものを信じられなかった。だが女騎士の声を聞いて、これが現実だと認めざるを得なかった。
「あ、絢辻さんっ、どうしてっ?」
 目の前に立つ女騎士。その顔立ちは、純一のクラスメイトであり、〝2年A組の天使″と言われる、絢辻司にそっくりだったのだ。 
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