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後宮からの逃走

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第一幕その五


第一幕その五

「好きなだけな。わかったな」
「有り難きお言葉」
「それでは」
「慎んでお受け致します」
 皆セリムのその寛容に感謝する。セリムは彼等の言葉を受けつつ今は船から降りる美女を見ていた。若々しいその美女は小柄で茶色がかった黄金色の癖のある長い髪をしており目は青く海の色だった。ふくよかで子供ににた印象を与える。眉の形はいいが今はそれが儚げに曲がってしまっている。豪奢な白い絹のドレスは欧州のものである。それがイスラムの服の中で彼女をより目立たせてしまっていた。
「コンスタンツェよ」
 セリムは彼女の名を呼んだ。
「船はどうだったか」
「有り難うございます」
 宝石を転がすような美しい声での返答だった。
「ならいいが。だがまだ気は晴れないか」
「申し訳ありません」
 コンスタンツェはセリムの言葉に頭を垂れる。
「私は。今は」
「どうだろうか。私はそなたに危害を加えるつもりはない」
「それはわかっているつもりです」
「では何故だ」
 セリムは彼女に問うた。
「私の言葉を受けないのは。どうしてか」
「申し上げても宜しいでしょうか」
 思い詰めた目でセリムを見ての言葉だった。
「それを」
「構わない」
 そしてセリムもそれを認めた。
「何でも。言ってみるといい」
「はい。それでは」
 赦しを得て話しはじめる。それは。
「私は恋をして幸福でした」
 まずはこのことを告げた。
「恋の苦しみなぞ知らずあの方に操を誓い心を許しておりました」
「想い人があったのだな」
「はい」
 悲しい顔でセリムに告げた。
「ですが私は引き裂かれ今ここにいて」 
 今ここにいることを悲しんでの言葉であった。
「いまは涙に濡れ胸が悲しみに塞がれているのです」
「そなたが海賊達に捕らえられたのは私も聞いている」
「左様ですか」
「ペドリロ、ブロンデと共にだな」
「そうです」
 その通りであった。
「ですから。今は」
「もうそれは何度も聞いた」
 セリムはコンスタンツェの今の言葉には顔を不機嫌にさせた。
「だがまだ待とう。いいな」
「申し訳ありません」
「行くといい」
 そしてコンスタンツェをこの場から去らせた。
「休むとな」
「有り難き御言葉。それでは」
 コンスタンツェは彼の言葉を受けて一礼してその場を後にした。セリムはそれを見届けながら呟くのだった。その端整な顔を俯かせて。
「今は待とう」
「セリム様」
 その彼に周りの者が声をかけてきた。
「宜しいでしょうか」
「どうした?」
「ペドリロが御会いしたいそうですが」
「うむ、わかった」
 すぐにそれに応えた。
「通してくれ。何処だ?」
「はい、ここに」
 ペドリロが早速彼の前に出て来た。一礼してから彼に述べる。
 
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