アイーダ
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第一幕その三
第一幕その三
「おわかりですね、本当に何もかもが」
「ええ」
(では私はやはり)
心の中で呟いた。
(アイーダを)
(私の気持ち。気付いていないのね)
アムネリスはそっと彼から視線を離して俯いた。それを思い悲しくなる。
(どうしてなの)
(この方の側にいる彼女に)
二人はそれぞれ違うことを想っていた。それが二人を苦しめていた。
(伝えることができれば)
(若しかして他の女を。まさか)
ここで誰かが来た。黒人の女だった。
見れば侍女の服を着ている。小柄で奇麗な目に縮れた黒髪を持っている。琥珀の大きな目がそこにありその姿はまるで黒い花のようであった。その彼女がここにやって来たのだ。
「王女様」
「アイーダ」
アムネリスはその侍女の名を呼んだ。
「どうかしたの?」
「ファラオが御呼びです」
「お父様が」
「はい」
アイーダは静かに答えた。
「すぐに来て欲しいとのことです」
「アイーダ」
「!?」
アムネリスはここでラダメスがアイーダの名を口にするのを聞き逃さなかった。そして彼がじっと彼女を見詰めていることも見逃さなかった。
それですぐにわかった。彼が誰を想っているのかを。
アイーダを見据える。しかしそれを口には出さない。あえて優しい声をかけてきた。
「おいでアイーダ」
顔もにこやかなものにさせてきた。
「私のところに」
「ですが私は」
アムネリスの誘いに戸惑った顔を見せてきた。しかしアムネリスはまた言った。
「貴女は奴隷でも侍女でもないわ。前に言ったわね」
「え、ええ」
その言葉にこくりと頷く。
「貴女は私の妹よ。ただ一人の可愛い妹なのよ」
「妹ですか」
「そうよ」
穏やかな声でまた言った。だが次第に感情が昂ぶってきていた。それを抑えることは無理であった。
「それで今ね」
「何かあったのでしょうか」
「貴女の祖国のことよ」
そうアイーダに対して述べた。
「エチオピア軍がここに来ているの」
「えっ」
その言葉に顔を青くさせる。
「エチオピア軍が」
「そうよ。それで」
目が自然と険しいものになる。その目でさらに述べる。
「貴女が心配なのよ」
「私が」
「若しここがエチオピア軍の手に落ちればどうなるのかしら」
(その時は)
アイーダは無意識のうちにラダメスの方を見た。ラダメスもまた。アムネリスもまたそれを見逃さなかった。
「愛しい人がいなくなってしまうわね」
「はい」
アムネリスのその言葉にこくりと頷く。
「確かに」
「そうならないか気懸かりなの」
口ではそう述べる。
「貴女がね。けれどよく考えれば」
言葉に罠を含ませてきた。アイーダにもラダメスにも気付かれないように。
「貴女の祖国はあのエチオピア。だから愛しい人もいない筈ね」
「は、はい」
一応はそう答える。だがその目はやはりラダメスを見ている。
「そうです」
(けれど)
そうは言ってもその目はやはりラダメスしか見えない。相変わらず彼を見ていた。
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