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オテロ

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第二幕その六


第二幕その六

「難しいだと」
「そうです。その様な汚らわしい証拠が貴方の目に触れないとするとどの様な確証を望まれるのですか?」
「それは」
 オテロはこう言われると返答に窮した。どう答えていいかわからなかった。
「若し分別が真実を導くのなら私はある推察を申し上げましょう」
「推察だと」
「左様です」
 恭しく頭を垂れて述べる。
「それは若しかすると確実な証拠になるかも。それでも宜しいですか」
「それは」
「如何でしょうか」
 オテロの耳元で囁く。
「それは」
「言ってみよ」
 イヤーゴから顔を背けながら答えた。
「それならな」
「わかりました。それでは」
 イヤーゴはそれを受けてオテロに対して話をはじめるのだった。
「夜のことでどございました」
「夜か」
「はい、前の戦の時のことです」
 その時のことだと創作する。
「私と彼は共に寝ていましたがその時に途切れ途切れの言葉を聞いてしまったのです」
「言葉をか」
「左様です」
 彼は答える。
「唇は燃える情熱の夢に浸り無上の心の喜びを表していたのです」
「喜びをか」
「その通りです。奥様の御名前を口にしていました」
「あれのか」
 デズデモーナと聞いてその顔を強張らせた。
「あれの名をか」
「私達のことは知られてはならぬと。慎重に用心しようと」
「慎重にだと」
「この世ならぬ法悦が私に溢れていると」
「何と。法悦をか」
「そう。そして」
 彼はさらに述べる。
「甘い苦悩は一層情熱的に。それで語るのです」
「何ということだ」
「そして貴方の御名前を」
「わしの」
 オテロは己のことが言葉に出て顔を強張らせる。
「わしのことを」
「貴女をムーア人に与えた残酷な運命を呪いますと」
「おお!」
 ここまで聞いて遂に叫ぶ。
「世にも恐ろしい話だ!」
「ただ夢のことを申し上げただけですか」
「夢は事実を暴露するものだ」
 オテロはそれを知っていた。そう考えていた。
「夢が一つの証拠を示しているようですがまた別の手があります」
「別の手が」
「そうです」
 またオテロに述べる。
「閣下」
「うむ」
 イヤーゴの話を聞く。聞かずにはいられなかった。
「貴方は奥様にハンカチをお渡ししましたね」
「そうだ。あれはわしが妻に最初に与えたもの」
 オテロはそれをイヤーゴに言う。
「ハンカチを御覧になったことはございませんか」
「あるが」
「最近です」
 それをオテロに述べた。
「最近は。どうでしょうか」
「何を言っているのだ」
「私はあのハンカチを見たのです」
 既にそのハンカチを持っているからこそ言えるのだった。
「彼が持っているのを」
「またしてもか!」
 オテロはそれを聞いて天を仰いで叫んだ。
「またわしは!恐ろしいことを知った!」
「閣下!」
「わしの心は氷となった。そのここで今わしの虚しい愛を全て捨てる。毒蛇の如き憎悪がそのかわりに心の中を支配していくのだ!」
 叫びながら一旦膝をつき。それからまた立ち上がって天を仰いで叫ぶ。
「わしはこの大理石の様な石にかけて誓おう」
 窓から空が見えていた。その空は暗澹としており先程の晴れやかな世界が嘘のようであった。
「鋭く閃く稲妻にかけて!死が迫り破壊をもたらす暗い海にかけて!」
 不吉なものに対して誓っていた。
「わしが掲げたり差し伸べるこの手が激しい怒りと恐ろしい衝動に間も無く閃き輝くだろう」
「閣下」
 そのオテロにイヤーゴが言う。
「何だ」
「私もまた」
「誓うというのか」
「はい、閣下の為に」
 悪魔の素顔を隠してオテロの側に来た。
「それを誓いましょう。私を照らし広い大地と全てを生気付ける太陽が私の証人です」
 イヤーゴはそんなものは信じてはいない。だからこの誓いは紛れもなく偽りである。オテロも誰もそれを知らないのであった。
「ですから。貴女に全てを捧げましょう」
「わしに誓ってくれるか」
「はい」
 偽りの誓いを今述べる。
「ここに。貴方の意志が恐ろしい仕事の為に固められますように」
 二人は今誓い合う。暗きものを前にして。オテロは真だったがイヤーゴは偽りだった。しかしそれもまたイヤーゴだけが知っていることだった。何もかも。
 
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