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ラ=トスカ

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第四幕その一


第四幕その一

                 第四幕 サン=タンジェロ城
 欧州は今まで様々な災厄に悩まされてきた。森に潜む野獣、絶え間なく襲い来る飢饉、戦乱、狂った宗教や思想を元にした弾圧と虐殺、これ等により欧州の歴史の裏には夥しい赤黒く荒んだ血が隠されている。その中の一つとして疫病がある。
 帝政ローマ、いや古代ギリシアより欧州は様々な疫病に悩まされてきた。天然痘、コレラ、結核等多くの疫病が欧州全土を荒らし回った。新大陸よりもたらされたと言われている梅毒もそうであるし中には舞踏病という奇怪な病さえあった。
 この様に様々な疫病に悩まされた欧州の民達であるがとりわけ彼等が忌み嫌い恐れる病がある。それは黒死病である。
 欧州の衛生環境は長い間極めて劣悪な状況にあった。一生の間に数回しか風呂に入らず服も変えない。シーツも洗わず藁のベッドは虱が街を造り顔もそうそう洗わない。ゴミや糞尿は路の端に捨てる為街には異臭が漂う。そこを鼠達が餌を求め走り回る。その鼠こそが問題であった。
 鼠を宿とするダニ達が菌を持つ。そのダニが人に移り菌を移すのだ。
 まず身体の節々が痛みだし発熱や吐き気に悩まされる。そして身体中に斑点が出来、それが身体中を染め上げる。激しい熱と痛みに苦しめられた末にドス黒い血を吐き死に至る。この恐るべき病は幾度か欧州を襲い多くの人命を奪った。スラブに伝わるヴァンパイア伝説の下地となり誤まった偏見により旅人や異邦人、特にロマニやユダヤ人が襲われたり魔女のせいだとされ罪無きか弱い人々が陰惨で身の毛もよだつ拷問と火刑により命を落とすといった悲劇も起こった。黒死病は欧州を黒い死で覆った悪魔の病であったのだ。
 ローマとて例外ではなかった。いや多くの人々が住むローマは街も路も入り込み迷路の様になっていた。所々にスラムや汚物、身寄りの無い行き倒れの屍を捨てる場所等があった。下水も豊かな時代にはあったがそれでも多くの人々に割り当てられるものではなかった。黒死病が流行るのも必然だった。
 従ってローマも幾度か黒死病に襲われた。その度に多くの者が死んだ。ドス黒く変色した屍で街に埋め尽くされた。
 五九〇年の時もそうだった。多くの者がこの世のものとは思えぬ恐ろしい形相で死に生き残った者も迫り来る死に怯えるだけであった。その時救いの主が降り立った。
 かってローマの皇帝ハドリアヌスが自身とその家族の為に建てた墓所があった。橋も架けられたその墓所はローマの歴史の生き証人でもあったのだ。
 街の灯も全て消え果て全ての者が死に怯える古都の夜に眩い白の光を身に纏いその者は天界より舞い降りた。その者の名はミカエル。神の下に集う七大天使の一人にして力と炎を司る大天使である。
 彼はローマに降り立つとすぐに剣を抜いた。そしてその剣で黒死病を以ってローマを死と恐怖で支配せんとする悪霊を倒した。それを讃え時の教皇グレゴリウスがこの墓の上に教会を建てさせたのである。
 それからは教会としてこの墓所は知られるようになった。だがローマ教会の勢力が伸張すると共にこの教会も変質していった。
 十五世紀になると教皇ニコラス五世が教会の上に煉瓦でもって城壁と塔を構え、城塞とした。ついで前述のアレッサンドロ六世が八角形の堅牢な要塞に仕上げた。先に述べた『ローマ劫掠』の折にも教皇クレメンス七世は秘密の小道からこの城に逃れ難を避けている。またの名を『難攻不落城』という。
 城へ続く橋はポンテ=サンタンジェロと呼ばれバロック期のベルリーニの天使像が置かれている。またクレメンス七世はローマ市中が見渡せる城の天辺に自らの部屋を構え後にパウロス三世がこの部屋を『パウロスの間』と名付け豪華なフレスコ画で飾り優美な生活を楽しんだ。
 今この城はスカルピア率いる秘密警察の本部となっていた。城内の至る所に黒服の柄の悪い警官達が詰め牢獄には政治犯達が収容されていた。拷問とそれによる呻き声が絶える事は無く絞首台には常に人が架けられ銃声が木霊していた。
 その中の一室にスカルピアは執務室を置いていた。机の他に長椅子もある。豪華なシャングリラがあり入って右手は壁で仕切られたバルコニーとなっておりガラスの扉が付いている。また左手の壁には王妃の肖像画が飾られている。
 その寝室の中のテーブルでスカルピアは一人遅い夜食を採っている。羊肉の煮込みに野菜のスープとボイルドベジタブル、パンに赤ワインといったメニューである。
 フォークとナイフを使い食べる。全て食べ終えワインをもう一本頼もうと思った。
 警官二人と給仕頭、そして従僕が控えている。どの者も幼い頃から自分に仕えている者達である。
 給仕頭と従僕に酒を頼んだ。同時に警官の一人に聞いた。
 
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