帰蝶
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第一章
帰蝶
父が死んだ、ただ死んだだけではなかった。
彼女帰蝶にとってそれは破滅を意味するものだった、彼女は織田家と斎藤家の盟約の証として織田家の主織田信長に嫁いだ斎藤家の主斎藤道三の娘だからだ。
尾張の織田家と美濃の斎藤家の長い戦もこれで終わる筈だった、だがその父道三が息子義龍に謀反を起こされ殺されたのだ。
必然的に織田家と斎藤家は手切れとなった、そうなってしまえば。
帰蝶がどうなるか言うまでもなかった、織田家の家中ではこうした話が囁かれだした。
「道三様がもういない」
「となると帰蝶様はやはり」
「そうでありましょう、美濃に返される」
「そうなるでしょう」
こう噂されるのだった、このことは帰蝶と彼女が美濃から連れて来た侍女達の耳にも入っていた、それでだった。
侍女達がこう帰蝶に怪訝な顔で言うのだった。
「帰蝶様、こjのままでは」
「奥方様は美濃に返されます」
「そうなります」
「暇を貰うかと」
「そうですね」
帰蝶も話はわかっている、それでだった。
覚悟を決めている顔でこう侍女達に言うのだった。
「何があろうともです」
「よいのですか」
「お暇を出されても」
「これも戦国の習い」
全てを覚悟している言葉だった。
「ですから」
「ですか。それではですね」
「最早」
「私は何も言いません」
そしてだった。
「殿が仰ったことをそのままです」
「お受けになられるのですね」
「そうされますか」
「はい」
帰蝶はこう言うだけだった、かくして。
皆信長の決を待った、道三の死から暫く経ってからだった。
信長は家臣達に対してこう告げた。
「わしの女房はそのままじゃ」
「帰蝶様ですか」
「あの方ですか」
「そうじゃ、帰蝶だけじゃ」
こう言ったのである。
「わかったな」
「帰蝶様で宜しいのですか」
「あの方で」
「よい」
家臣の中には怪訝な顔で問う者もいたがそれでもだった。
信長は断で返す、彼らしい迷わない態度で。
「帰蝶しかおらぬわ」
「では殿が仰るのなら」
「その様に」
「うむ、そうする」
これで帰蝶の運命は決まった、彼は尾張に残ることになった。
信長のこの決定には驚くものが多かった、帰蝶が美濃に返されると確信していたからだ。
これは帰蝶の周りも同じだった、それでだ。
侍女達も怪訝な顔になりこう話すのだった。
「殿のお決めになられたことは有り難いですが」
「それでもですね」
「はい、まさか帰蝶様をそのままにされるとは」
「思いも寄りませんでした」
「あまりにも」
こう話すのだった、有り得ないというのだ。
「帰蝶様に何かあるのでしょうか」
「帰蝶様が道三様のご息女となると」
ふとここで考えが及んだ、このことに。
「その伴侶、道三様の義理の息子になる」
「それで美濃を治める大義名分になるから」
「だからでしょうか」
政の話にもなった、暇を出すのも政ならばだ。
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