ラ=トスカ
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第三幕その二
第三幕その二
「この家の庭に糸杉に囲まれた帝政ローマの頃の古い井戸がある。今さっき言った祖先が偶然見つけたものだけどね。実はその井戸には横穴があるんだ」
「横穴ねえ」
「そこへは綱を掛けて降りて行くんだ。入口はやっと這って身体が入られる位の広さだけど先に行く程広くなっていくんだ」
「成程。そしてそれからどうなっているんだい?」
「人一人立てる程の広さになる。そして外に続いているんだ」
「脱出路、という訳だね」
「ああ。おそらくかってこの家が建てられるより前に帝政時代の貴族の家があったのだろう。その貴族が非常時の為に密かに造っておいたのだろう。この家の従僕の一人から聞いた事なんだけれど当のルイギも彼を侮辱したメディチ家の一人を決闘で殺してしまった時にこの家に逃げ込んで井戸から外へ脱出して難を逃れたらしい。君もいざという時はこの井戸があるから安心してくれ」
「重ね重ね有り難う。しかしマリオ、いいのかい?」
「何が?」
「脱獄した僕を匿っている事だよ。おそらく僕には多額の懸賞が懸けられているだろうし匿っている者は縛り首だろう。しかも君は前からスカルピアの奴にマークされている。下手をすれば命が無いんだよ」
「アンジェロッティ、それはお互い言いっこなしだよ」
カヴァラドゥッシはニコリと笑った。
「君は幼い頃から僕が困っている時はいつも助けてくれた。その恩を忘れた事は無い。今その恩を君に返す時が来た。それだけだ。それにカヴァラドゥッシ家の家訓にこうあるんだ。『水に溺れている者がいたならば命を賭して助けよ』とね。例え絞首台に架けられてもそれまでの事」
「マリオ・・・・・・」
その時正面の扉が開く音がした。誰かが家に駆け込んで来た。
「!!」
二人は席を立った。アンジェロッティは窓から庭へ逃げようとする。
「待ってくれ、追っ手ではない」
足音は一人だったし心なしか軽めだ。それに“マリオ、マリオ”とアンジェロッティの姓ではなくカヴァラドゥッシの名を呼んでいる。そしてその声はかん高い女性の声だ。
「フローリアだよ。今夜別邸に来るって言ってたんだ」
アンジェロッティは安堵の息を漏らした。そこへトスカが部屋の扉を開け飛ばして入って来た。恐ろしい剣幕である。
「やあ、早かったね」
カヴァラドゥッシは微笑んでトスカを迎えた。
「そうよ。わざわざ飛んで来たのよ。浮気者を捕まえにね」
きっとカヴァラドゥッシを睨み付ける。
「浮気者って!?」
じつは全く身に覚えの無いカヴァラドゥッシはトスカのその言葉にきょとんとした。
「まあ白々しい、私の目を盗んであの女と会っていたくせに!」
「あの女って?」
トスカがだれの事を言っていて何故これ程怒っているのか理解出来ない。身に覚えの無い事であるしそれに今はもっと重要な事を考え話していたところなのだから。
「まだ白を切るつもりなの、これを見てもまだ言える!?」
と手にしていた扇を見せつける。
「扇?これが一体?」
狐につままれた様な顔になった。ふと扇に彫られている紋章が目に入った。
「アッタヴァンティ侯爵家の紋章か。とするとこれはマルケサのものか」
「そうよ、貴方の浮気相手のね」
「浮気相手!?」
カヴァラドゥッシはようやく事態が飲み込めてきた。
「分かったよ。まあ少し静かにしてくれ。今から君に説明するよ」
「何を!?」
「ちょっと落ち着いて。それじゃあ気が狂っているみたいだよ」
トスカを宥めようとするが当のトスカは一向に収まらない。
「そうよ、私は狂ってるわ。狂っているからこそ卑劣で嘘つきで浮気者で恥知らずの遊び人を愛しているのよ。私からあの女へ、あの女から私へと遊び歩いてその残り香を私の下へ運んで来る図々しい蜜蜂をね。その蜜蜂を心で、身体で、そして血潮で愛している私は狂った花なのよ!」
「・・・・・・・・・言いたい事はそれだけかい?」
「まあ、憎たらしい、開き直るつもり!?」
その時何か踏んだ。見ると女物の服だった。
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