ラ=トスカ
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第二幕その八
第二幕その八
トリヴェルディ子爵が来た。黒の髪に緑の瞳を持つスラリとした美男子である。侯爵から例の扇を渡された。侯爵とトスカの双方からこの扇が夫人のものかどうか問われた。
暫くまじまじと見ていたが侯爵に返し言った。それはトスカが危惧していたものだった。
「そうです、これは侯爵夫人の扇に間違いありません」
トスカはその言葉にワナワナと震えだした。顔が紅潮しその黒い瞳に嫉妬の炎が宿る。
「マリオ・・・・・・許せない!」
口から燃える様な言葉が吐き出る。
「きっとあそこね、見てらっしゃい!」
ここでトスカは致命的なミスを犯してしまった。それに彼女は気付いていない。だがこの言葉が彼女を地獄へ引き摺り落とすことになってしまった。
「あそことは!?」
計算通りだった。スカルピアは次の一手を打った。
「貴方が知らせに行かれるとよくありませんからお教えするわけにはいきません。私が飛んで行って二人を捕まえます」
そう、二人だ。その二人へ向けて今鷹が放たれた。侯爵が扇を受け取るや否や王妃とパイジェッロに挨拶を済ませ宮殿から姿を消した。
「これでよし、と」
スカルピアは笑った。
「御一緒して下さいませんか」
そう言ってアッタヴァンティ侯爵を引き寄せた。王妃に挨拶を済ませると侯爵を連れて下に待たせておいた部下達と合流し二人残し馬車でトスカの後を追った。宮殿を出て暫くして一台の馬車と擦れ違ったが気に留めなかった。
トスカとスカルピアが退場した後も大広間では宴が続けられていた。王妃も他の者達も皆美味い酒と料理、そして勝利に心地良く酔っている。そこへアルトゥーロ=カヴァラドゥッシが駆け込んで来た。
「どうしたのですか、将軍。何か忘れ物でも?」
「いえ、火急の早馬が来ましたのでお伝えに参ったのです」
美酒に酔う王妃にそう言うと固い表情で懐から一通の書を取り出し王妃に手渡した。
手に取り読む。その書を読むうちにそれまで酒と喜びで紅かった王妃の顔は見る見るうちに蒼白になった。そして最後には気を失い倒れ込んだ。
それを伯爵が支える。周りの者は皆王妃を気遣い駆け寄る。
書が落ちていた。一人が王妃が手にしていた書を拾い読んだ。そして思わず叫んだ。
「・・・・・・・・・負けた!」
周りの者も書を覗き込む。本当だった。
それまで賑やかだった広間は大騒ぎとなった。敗戦の話を聞きそのショックで叫ぶ者もいれば悲鳴をあげる者もいる。だが外ではまだその事を知らないローマの市民達が万歳を叫んでいる。
伯爵はその喧騒の中で一人冷静だった。近侍の者を呼び王妃を介抱するよう言うと場を静めだした。伯爵の手により人々は恐慌状態から立ち直り落ち着きを取り戻していた。
広間は伯爵のてにより静かになった。皆騒いでいたが何とか落ち着いてきた。
この時伯爵の他にもう一人冷静な人物がいた。人々の中に入って解かりづらかったが一人だけいたのだ。紅衣を着たあの男だ。
トスカに十字架を渡してから広間の端の方に控えていたがトスカの行動を一部始終見ていたのだ。スカルピアの行動も。
「予定通りだな」
一言呟いた。動いた。猫の様に素早くしなやかな動きだ。
「それでは次の行動に移るとしよう」
まるで影の様に誰にも気付かれる事無く広間を後にした。この人物が何時退場したのかこの広間にいた誰もが
知らなかった。
トスカは恋人の下へ馬車を急がせる。そしてその後をスカルピアが追う。陰惨な劇が幕を開けようとしていた。
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