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一人では行かせない

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第六章

 理恵はその麻美にこう言ったのだった。
「今日一緒に行っていい?」
「私がいつも行ってるお店に?」
「そう、イタリアンよね」
「ええ、そうよ」
「私がパスタ大好きなの知ってるわよね」
 これはその通りだ、理恵はパスタが大好物で毎週一回は絶対に食べている。このことは麻美も長い付き合いから知っている。
「だからね」
「そうなの、じゃあ」
「ええ、連れて行ってね」
「あんた前もあのお店一緒に来てるでしょ」
「今日もよ」
 だからそうなるというのだ。
「パスタ食べたいから」
「そう、それじゃあね」
 麻美は理恵のお願いににこりと笑って応えた、そしてだった。
 他の同僚達も何人か麻美と一緒に行く、そうしてだった。 
 皆でバイキングとワインを楽しむ、勿論パスタも。
 麻美は飲み食べる間ずっとだった。
 カウンターのある方、バイキングのメニューが置かれている場所に行ってはそこで見てお酒を持って来る彼を見てはそれでだった。
 彼の方をちらちらと気付かれない様にして見ている、そして。
 言おうとするが言えない、その彼女を見てだった。 
 理恵は麻美が食べるものを持って来る為に席を立った間に同僚達に囁いた。
「もうあそこまでいったらね」
「さっさとっていうのね」
「告白しろっていうのね」
「そう、今にも言いそうな感じじゃない」
 踏み出そうとしているというのだ。
「それで中々だから」
「何かもう見ているだけでよね」
「歯がゆいわよね」
「かなりね」
 こう言うのだった。
「だからここはね」
「あんたが、なのね」
「さりげなくでも」
「そう、多分こうして飲んだり食べたりしている間は無理だから」
 その好物のパスタ、イカ墨のフェットチーネを赤ワインで食べながら言う。
「お勘定の時にね」
「その時になのね」
「あの娘に」
「前に踏み出せないならね」
 それならというのだ。
「ここはね」
「あえて、なのね」
「あんたが」
「見てて、あの娘のことはよくわかってるつもりだから」
 長い付き合いの親友としてだというのだ。
「その時にやるから」
「じゃあ任せるわよ」
「それじゃあね」
「ええ、任せて」
 理恵はワインも楽しみながら同僚達に応える、麻美が戻ると何もなかったかの様にしている。そうしてだった。
 そのお勘定の時にだ、カウンターのところに来て。
 麻美はお金を払う前に彼を見て言おうか言うまいかとしていた、その彼女に。
 理恵はそっと後ろに来てその背中をぽん、と押した。そしてはっとした顔で振り向いた彼女ににこりと笑って言った。
「一人じゃないから、ここにいるからね」
「えっ、理恵まさか」
「行ってきなさい」
 多くは言わずこう告げるだけだった、その笑顔で。
 そうして理恵の告白を見た、そのうえで。
 飛び上がらんばかりに喜んでいる彼女にこう言ったのだった。
「よかったわね」
「ええ、嘘みたいよ」
「嘘じゃないわよ、何なら頬っぺたつねるけれど」
「いや、それはいいから」
「じゃあいいわね、今日はね」
「お祝い?」
「あっ、お勘定は待って下さい」
 理恵はその告白の相手、親友の告白を受けてくれた彼に頭を下げてそれからまた言ったのだった。
「お祝いしたいですから」
「はい、わかりました」
 彼も笑顔で応じてくれた。
「もう一度ですね」
「飲ませて下さい」
「わかりました、お祝いで」
「麻美、そういうことでね」
 理恵はにこりと笑ってその麻美に言った。
「ここでまた飲むわよ」
「皆でなのね」
「一人じゃないからね」
 お祝いをするその時もだというのだ。
「皆でお祝いしましょう」
「うん、有り難う」
「お礼はいいから、じゃあね」
「飲もう、今からね」
「皆でね」
 他の同僚達も言う、そしてだった。
 皆で麻美を祝福した、麻美は一人ではなかった。
 その同じ店の二次会の中でだった、理恵は向かいの席で嬉しさのあまり一次会の時よりさらに飲み食いをする麻美にこう言った。
「一人で前に出られないならね」
「理恵達がいてくれてるのね」
「そう、だからね」
 それでだというのだ。
「怖がらなくていいから」
「それでなの」
「そう、これからも一人じゃないから」
 理恵も飲んでいる、その中での言葉だった。
「一人じゃ行かせないからね」
 最後にこう言うのだった、周りの同僚達も同じ様なことを彼女に言って祝福した、その酒好きだが臆病な彼女を囲んで。


一人では行かせない   完


                     2013・2・28 
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