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アンドレア=シェニエ

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第三幕その二


第三幕その二

「オーストリア、プロイセン。そしてその背後にはあのイギリスがいる」
「イギリス!」
 民衆はそれを聞いて思わず絶句した。言わずと知れたフランスの宿敵である。これは王室が倒れようと変わることはない。
「彼等に対し勝利を収めるには何が必要か。それはわかってくれていると思う」
 ここでまた民衆を見回した。
「勝利を収めるには貴方達の力が必要だ。資金を、そして兵士を頼む!フランスを救ってくれ!」
「わかった!」
 民衆はそれに応え熱狂的な半ば叫び声のようなものをあげた。
「これを渡そう!愛する祖国の為に使ってくれ!」
 そう叫んでジェラールやマテューに対してその手に持つそれぞれのものを差し出した。
 首飾りに指輪、銀の留め金、金のボタン。中には銀のロザリオもあった。
「愛する祖国の為に!」
「フランスを救う為に!」
 側にあった馬車の中に次々と投げ込まれる。そしてその中は忽ちその宝で満杯になった。
 ジェラールもマテューも純粋にそれを喜んだ。彼等はそれを自分達の懐に入れるつもりはなかった。ただ祖国の為に使うつもりであった。
 こうした意味で彼等は高潔であった。ロベスピエールがそうであるように。だがこの宝で新たなギロチンが作られ、新たな敵を葬るのだ。
 それが彼等の正義であった。正義の為に使われるのならばよいのである。
 ジェラールはそれを見て顔を一瞬曇らせた。だが一瞬だったので誰も気付かなかった。
 ここで一人の老婆が姿を現わした。
「もし」
 彼女はまだ幼さの残る少年に導かれこちらにやって来る。服は粗末で腰は曲がっている。
 その動きは少年に導かれるままだ。どうやら目が見えないらしい。
「ご老人、どうかされましたか」
 ジェラールは彼女に声をかけた。
「はい」
 彼女は問われゆっくりと口を開いた。
「私の夫と息子はバスティーユとヴァルミーで死にました。そして今は墓の下にいます」
「名誉の戦死ですね」
「はい。私ももうすぐこの世を去りましょう」
 ジェラールに応えた。
「嫁も死に私の身寄りはこの孫一人となりました」
 そう言って手を引く少年に手を当てる。
「私の孫。たった一人の私の肉親」
 彼女にとってはかけがえのない存在であることがわかる。その証拠に彼を見る光のない目が温かいものであった。光がなくとも彼女は孫を見ていたのだ。
「けれどこの子を革命に捧げます。フランスを救う為に」
「そうですか」
 ジェラールはそれを聞きいたたまれない気持ちになった。だがそれを顔に出すことは許されなかった。
「では私は喜んで貴女の捧げものを受け取りましょう。彼の名は」
「ロジェーです。ロジェー=アルベルト」
「ロジェー=アルベルト」
 マテューが名簿にその名を記入する。見れば志願兵達もそこに集まっている。
「今夜出発です。そしてお孫さんはフランスの為に活躍することでしょう」
「願ってもない幸せです」
 彼女はそれを聞くと微笑んだ。
「あとは貴女の目と杖ですが」
「それは我々が」
 周りの者が出て来た。そして老婆の手を取った。
「お婆さん、行きましょう」
「あ、有り難うございます」
 彼女は謹んで礼を言った。
「貴女は革命に全てを捧げられた。今度は我々が貴女に捧げる番です」
「有り難い、私の様な何の力も無い老婆に」
「お婆さん、それは違います」
 そこでジェラールが言った。
「貴女は今まで貴族達の圧政に耐え、そして今は革命に全てを捧げられました。貴女もまた一人の闘士なのです」
「私が」
「はい。ですから誇りを持って下さい。革命の戦士、自由の戦士としての誇りを」
「誇りを」
「そうです、今まで我々が持つことすら許されていなかった誇りです。それを持ち胸を張って下さい」
「わかりました」
 彼女はそう言うと歩き出した。それまでの弱々しい足取りではなかった。
「これからは全ての者がそうして歩ける時代なのです。古き呪縛から解き放たれて」
「古き呪縛」
「そう、古い呪縛だ」
 ジェラールは市民達に対して言った。
「今やそれから解き放たれた。そしてそれを守る為に戦おう。行こう、戦士達よ。全ては勝利の先にある!」
「おお!」
 市民達は掛け声をあげた。そして口々に叫ぶ。
「フランス万歳!」
「自由と平等よ永遠なれ!」
 その声が場を支配した。そして彼等は老婆を導いてそこから去っていく。
 マテューが彼等を先導をする。そこに残ったのはジェラールだけであった。
「さてと」
 そこに兵士達がやって来て掃除する。馬車も引かれてそこから消える。やがてあの密偵がやって来た。
「同志ジェラール」
「久し振りだな」
 彼は側にやって来た密偵に対して声をかけた。
 
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