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とある碧空の暴風族(ストームライダー)

作者:七の名
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幕間
  Trick-01_し、しのっぷ?



それは眠っている間に見るもの




それは自分の深層心理と向き合う機会




それは自分ではない自分と交差する場所




そしてこの夢もまた 自分ではない自分と出会う


前世の記録という自分に








何を隠そう、この俺、西折信乃は前世の記録を持っている。

しかし、勘違いしないでほしい。

前世の“記憶”ではなく“記録”

記録が“残っている”、ではない、“持っている”だ



その違いは自分の世界に入った時にぼんやりと見える空間。

それを自分で好きなように再生が出来るのだ。

俺はそれを録画のようにして見ている。

だから、もう一人分の記録が余分にあるだけで、人生経験が2人分とは少し違うのだ。

俺は前世とは同一人物ではなく、前世から影響を受けた、完全な別の人間だ。


実は言うと、この前世の記録の能力は一族代々のものらしい。

俺の両親は俺が8歳の時に事故死したので、教えてもらう人もいないので詳しくは俺も知らない。

だがそれは大きな問題ではない。

ここで気にして欲しいのは、その前世がA・Tが流行していた時代に生きていたことだ。

時代遅れのオーバーテクノロジーの道具、A・T。

なぜ俺が使えるか、ほんの少しだけ記録を再生させて教えておこう。



****************************************



薄暗い部屋。


検体番号『4-323』
A・Tの技術を向上させるための実験体。

「こいつも失敗か、くそ! やっぱり無理なんじゃないのか?」

「無理でも、無理であることを証明するために必要なんだよ、面倒くさくてもな」

話しているのは僕ではない。

僕を今から実験する研究者だ。

そして僕の前の番号の奴が部屋の外へと運び出されていった。

目と鼻と耳と口から血を出した状態で。
間違いなく死んでいるだろう。


目の前で行われ、僕が受ける実験の名前は『脳基接続(ブレインコンタクト)

実験体の脳を、とある場所へと接続して情報を手に入れようと言う実験だ。

その、とある場所とは

『SkyLink』


これは、簡単に説明すれば全てのA・Tが繋がっているネットワークコンピュータだ。

A・Tは超小型モーターの他に、姿勢制御やサスペンションなどを補助するために
このネットワークに繋いでいる。

それは全てのA・Tの共通点だ。


そして『SkyLink』を自由に操作できれば全てのA・Tを自由に操作できることになるのだ。


え? なぜ繋いで使うことが出来るのに、操作はできないのかって?

答えは『通常用に繋いで使うための方法しか知らない』からだ。

これまた詳しいことは省くが、『SkyLink』の開発者アクセスには特殊な『鍵』が必要になる。

しかし、その『鍵』は今は手に入らない状況にある。

そこで通常用に繋ぐ方法から『SkyLink』を自由に操作できないかを実験している。

これが「脳基接続」実験の目的だ。

超高性能なコンピュータ、『SkyLink』へのアクセスは複雑な操作が必要であり、機械だけでは手に負えない。

そこで脳を薬物によって強制強化した子供の脳を直接『SkyLink』に繋げるという方法を取って実験しているのだ。

僕もその実験体の一人。
恐らくはずっと前から薬物を投与し続けて、投薬しすぎて、筋肉が異常退化して歩けないほど体が弱っている。

しかし実験者にとっては抵抗されることもなく、運ぶ時はベッドに寝かせたままで楽が出来て都合がいいみたいだ。


そして、ついに僕の番が来た。


カチリ、と脳へと直接繋がっている接続機(コネクタ)にケーブルが差し込まれる。

そして視覚でも聴覚でも嗅覚でも、ましては触覚でもない不思議なところから、大量の情報が入ってくるのが分かった。

「接続開始しました。現在のところ順調です」

「第10防衛ラインを突破しました」

「そうか・・・ここまではいつも通りだ」

「ですね、ここからが本番といった・・・!?
被験者の共鳴率100%!! これまでに無い数値です!」

「なに!? 今度こそ成功したのか!?」

「い、いえ! 今度は情報量が多すぎて・・あ! 共鳴率が200%と超えました!
 被験者が耐えきれません! 補助しているこちらのマシンも危険です!」

「これまでの実験データが焼き切れるぞ! すぐに接続を切れ!」

「はい!」


研究員は大慌てでマシンを操作している。

「まったく、今回も失敗だったな」

「ええ。ですが、今回は共鳴率が過去最高の50%を超えました。

 今まで20回以上を試した中で、初めて100%になったんです。
 それなのに情報量の問題で・・」

「ああ、それを考えるとやはり通常方法からの『SkyLink』へのアクセスは不可能だな。
 『絶対にアクセスできない』という成果が出たと言える」

「所長。実験体を片付けますか?」

「ああ、もう死んでいるだろうから隣へ・・なに!?」


僕は、自分でも知らずに立っていた。

血の涙、鼻血、耳血を出した状態で

ベッドからおりて、自分の足だけで立っていた。


「バカな! あのガキの足は立てるほど筋力がないはずだろ!?」

「ええ、ここ数年間は歩いていないのに・・そんななぜ!?」

「慌てることはありませんよ」

聞き覚えのない声だった。これまで実験室にいた人ではない。

「君は、南博士!?」

そこには、別の研究グループのはずの男がいた。

「いや、勝手に失礼しますよ。しかし面白い。これはもしかして、私のあの理論と
 同じものかもしれませんね」

「理論?」

「はい。現在、実験に入る準備をしている理論です。

 あなたはクマバチを知っていますか? 日本でも普通に見ることができる蜂です。

 この蜂の特徴、いえ、私が注目しているところですが、この蜂は羽が小さすぎて
 空気力学的は飛ぶことが不可能な生物なのです。

 それがなぜか飛べる。彼らは自分が飛べないことを知らない。
 自分が飛べることを信じて疑わない故に飛べるのです。

 もし、その気持ちを人が持つことができたとしたら」

「ま、まさか」

「そう、彼も今同じ状況なのですよ。

 『SkyLink』にはデータベース部があります。全ライダーの走りの記録が詰まった場所が。
 開発者アクセスができなくても、脳で直接アクセスしたのなら触れたはずです。

 今までの全てのA・Tを使ってきた人間の技を、そして空を飛んだ気持ちを」

僕は一歩、歩き出した。

その光景に、南と呼ばれた人以外はとても驚いた。

「そんなばかな・・」

「科学者だからこそ、目の前に起きた状況を認めないのはよくありませんよ。

 ところで、この実験の結果を引き継いで私の研究チームにあなた方は入る気は
 ありませんか?」

「あなたのチーム?」

「はい、今度は重力子(グラビディチルドレン)のように、
 (ハード)を強化するのではなく気持ち(ソフト)を改造しようと
 考えているんです。

 今回のの実験結果は私の研究にかなり役に立ちます。どうですか?」

「も、もちろん協力する! 優秀な君のチームに入れるなんて喜びの極みだよ!
 ぜひ参加させてくれ!!」

「ありがとうございます。

 ところで、必要なのは研究データだけでいいので、この少年の処分は私に任せて
 もらっていいですか?」

「ああ! 構わないよ! 私達は急いでアクセス記録をまとめる!
 それで、君の行う研究の名前はなにかね!?」

「それはですね。名前はまだ決めていなかったのですが・・・

 この実験名を参考にして『脳基移植(ブレインチャージャー)』とでも名付けます」




僕は南と呼ばれていた男に連れられて研究所の外へ出た。

処分されると言っていたが、男はなんも変哲もない普通の家に僕を連れてきた。

「立花君、いるかね?」

「あれ、どうしたんですか先輩?」

家から出てきたのは気の優しそうな男、いや青年と言えるような若い人だ。

「実はね、この子を預かって欲しいのだが」

「・・・・・先輩が連れて来たってことは“アレ”関係の子供ですよね」

「その通りだ。処分される予定だったが、この子のおかげで私の理論がある程度
 証明されたのだ。お礼の代わりにこのまま普通の人生を歩ませたいと思ってね」

「そういうことなら協力しますよ。よろしくね、きみ」

青年は僕を見て笑顔で話しかけた。

「この子は実験の影響でまともな生活ができないだろう。

 しかし、頭はいいのですぐに慣れると思うから心配はいらない。

 名前の方は・・・検体番号が『4-・・』なんだったかな思いだせない。
 あ、ちょうどいいじゃないか。『4-』ってことは名前は『シノ』でいいな」

「先輩、良い名前だと思いますけど理由が滅茶苦茶ですね・・」

「まあ、そう言うな。とにかく、この子は任せたぞ」

「はい。じゃあ、改めてよろしくね、『しの』」

偶然にも、前世の名前は今の俺と同じだった。




それから数年、普通の教育を受けて体の方も日常生活に問題がないほどに
動かせるようになった。

ただ、動かせると言っても走れば人より遅いし、鍛えることも体が耐えられない。
世間的には運動音痴と同じ状態だ。

しかし『SkyLink』にアクセスした影響でA・Tに乗りたいという欲望があった。

もちろん無理なことであり、欲望を誤魔化すために僕はA・Tチームが自分たちの
象徴、誇りとして使う族章(エンブレム)のデザインを始めた。

族章(エンブレム)はチームの顔と同じもの、野球の球団旗のようにチームそのものを表す。いつか有名チームに僕の族章(エンブレム)を使ってもらいたいな。


11歳からは小学校にも行くようになり、初めての学年が6年生と変な生活を送り始めた。

だが僕は変に頭が良くて、逆に運動ができなかったためにいじめの対象になった。
小学生にして髪を縦に伸ばした少年が中心のグループにいじめられた。

そんな僕を慰めたのが、自分の作った族章だ。

いじめられて自分の世界に籠もる、典型的な逃げ方だった。

そしてある日、学校という現実と、族章作りという自分の世界の分け方を間違えてしまった。

学校にデザイン用のノートパソコンを持って来てしまった。

もちろんいじめのグループはそれを見逃さず、僕のパソコンを取り上げられて中身を見みられた。

僕は恥ずかしくて仕方がなかったが、彼らの反応は違った。

「ナニコレ? A・Tチームのステッカー?」

「・・・うん、正確には族章(エンブレム)・・」

ステッカーは族章と同じデザインで書かれたシールのようなものだ。
チームの縄張りを示すのに使う。

だから、よく見かけるのは族章よりもステッカーの方だろう。

「おまえが描いたのかヨ?」

「う、うん。将来・・族章のデザインとか・・やりたくて・・」

何言ってんだろう、僕。いじめっこ相手に本気で将来の事を話して。
絶対に馬鹿にされる。

「へー、ほー、ふーん。お前ら見てみろよ」

その場でパソコンを壊してくれたらよかったのに、仲間にそれを見せた。
僕は恥ずかしくて縮こまってしまい、笑われても聞こえないように耳を防いだ。

「すっげー! なにこれ! かっこいーじゃん!!」

「だろだろ! なんだよこいつ! いいじゃんいいじゃん!」

「うむ、これはすごいと素直にほめるべきだと思う。人には誰しもが
 得意不得意というものがある。古く中国の言葉に(略)」

・・・誉められた。なぜ?

しかも一番興奮しているのは髪が縦長の子だし・・

「すげーじゃんおまえ! なあなあ、おれ、将来A・Tチームを作るつもりなんだよ!
 そのときさ! お前がデザインしてくれよ!」

「え・・うん、いいけど・・」

「おし! 決定! 俺らはこれから親友だ! よろしくな『しのっぷ』!!」

「し、しのっぷ?」

「親友だからあだ名で呼ぶのが当たり前だろ! 俺のことも名前でいいぜ!」

「う、うん! よろしく信長君!」

こうして僕は初めて友達ができた。




それから小学校は僕にとって現実でもあり、自分の世界でもあり、とてつもなく幸せな場所になっていった。

だが中学に入ったころ、僕の体に変化が訪れた。

再び筋肉が弱まり始めた。

実験中の薬の副作用がいまだに残っていたらしく、遅く走るのがやっとの体が歩くのですら疲労を感じるようになった。

それを引き取ってくれた立花さんに相談した。
1週間後に、とある機械を持ってきてくれた。

それは、『SkyLink』のアクセス装置だった。

立花さんが南博士に相談し、薬物の影響は後数年でなくなるらしいが、それまでに僕が歩けない体になっていたら意味がないということで、体を動かす気持ち(ソフト)を入れようという考えだった。


さすがに実験と同じようにアクセスしては僕のは頭がパンクして死んじゃう。

だから装置は実験とは劣化したもので、僕が一部のデータにアクセスしか出来ないようにした小型化していた。

それでも、僕は嬉しかった。
また、あの空間に行く事ができる。

現実では運動音痴の僕でもあの空間でならA・Tの上級者(トップライダー)と同じ感覚が体験できる。

しかも、僕はアクセスすることで技を知るのではなく、識ることができる。
知識ではなく根本から(トリック)がわかるのだ。

体に負担がかかるために、時々しかアクセスは許されなかったが、それでも進化し続けるA・Tの最先端の技を識ることができて嬉しかった。




日常生活では、僕はA・Tチームのサポーターとしてみんなを補助した。
残念ながら信長君が作ったチームじゃないけれど、信長君も同じチームで一緒に嬉しそうに一員になった。

しかも入ったチームはA・T界で最も注目されているチームだった。
直接A・Tの技を見ることもすごかったし、なんて言っても『王』と呼ばれる称号を持った人が3人もいたのだ。

本当に最高だ。
僕はあんな実験の生活からここまでこれたことが本当に嬉しい。



**************************************



中学に入っての数年後に僕は、いや、“彼”は死んだ。

死因は腹を蹴り抜かれて大怪我したことによるショック死。

蹴り“抜かれた”と言うのは比喩ではなく、本当に足がお腹を貫通していた。

とある空母で、脳基接続の力でみんなをサポートしていた時に殺された。

その命が尽きる最後の時、近くで『SkyLink』の扉が開かれるのを感じた。

“僕”は全力で扉の向こうを全て感じたのだろう。
たった一人の人間では知ることができないナニカがそこにはあった。






この映像を見ると、いつも感じるのが空への欲望。

A・T上級者(トップライダー)と同じ感覚を持っていながら、それを実行する体がない。そのもどかしさが溢れる。


これが彼の、“俺”の前世の記憶だ。

まあ、『SkyLink』にアクセスしてたから、炎の道も風の道も走れるわけだ。
知識だけで言ったら全ての道を俺は識っている。

練習しないと走れないけどね。今のところは全部の道を走れるわけじゃないし。



こんな感じで俺の前世の話を終わらせてもらう。





つづく

 
 

 
後書き
信乃の名前の由来は、エア・ギアのしのっぷから着けました。
ちなみに苗字は戯言シリーズです。

作中で不明、疑問などありましたらご連絡ください。
後書き、または補足話の投稿などでお答えします。

皆様の生温かい感想をお待ちしています。
誤字脱字がありましたら教えて頂くと嬉しいです。
 
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