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ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―

作者:チトヒ
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Episode2 信頼?



自分の借りた部屋に入ると、背の剣を外すのももどかしく顔からベッドにダイブした。少し安上がりな宿のため、鼻先に少々強い反発を受けたが気にせずそのまま仰向けに転がる。
転がったままシステムウインドウを呼び出してやっと剣を格納し、服を部屋着の水色シャツとグレーのパンツに変えた。

このまま寝てしまおうかと思う。それくらい今日は久しぶりに濃い一日だった。だが、重くなるまぶたをなんとかこじ開け、アカリに連れ回されたため整理の暇のなかったアイテム群をチェックするべくベッドに座り直す。

これは売っても知れているから削除…これは……明日朝一で売りに行こう…あっ、こいつは高く売れそうだな……。

睡眠希望を全力で訴えてくる脳に鞭を打ち、テキパキ整理を進めていると控えめなノック音が扉からした。

ゲームの仕様上、基本的に扉のあちらとこちらで音は通らない。しかしノックの後は一時的に声が伝わるようになっている。

「カイトさん。あの、えっと…」

ほら、今も声が聞こえる。声の主が先程寝たはずのアカリなのには少し驚いたが、とりあえず扉を開きアカリと顔を合わせる。

「どうした?」
「あの、眠れないんです…。一緒にいていいですか?」
「ん…構わないよ」

扉を大きく開きアカリを招き入れる。何故か枕を抱えたままのアカリが部屋に置かれた椅子に座るのを待って扉を閉めた。

枕を抱きしめながらこちらをアカリが見つめる。

「…んと、怖い夢でも見たのか?」

何となくなにか言わないといけない気がして、こういうときの常套句として言った言葉に少女は小さく頷いた。
潤みがちな目で見上げてくるアカリに小さく笑い返す。それで少し不安が和らいだのか、一文字に結ばれていたアカリの口元が少し和らいだように見える。

「どうしようか。ちょっとあれだけど…この部屋で寝る?」

『ちょっとあれ』の部分がどうあれなのか、自分でも分からないうちに《お人好し》パラメータ全快でそう持ち掛けていた。

するとアカリの顔がパッと輝いた。嬉しそうに目を細め、足が下まで届いていなかった椅子からピョンと飛び降りて俺のすぐ傍まで来る。当然、身長差のため見上げるようになる。

首は痛くないのかな?と、こちらが不安になるくらいじっと俺を見上げたあと、大きく破顔した。

「ありがとうございますっ、えへへっ!」


枕越しに抱き着かれた。突然のことに戸惑っている俺をよそに、アカリは俺から離れるとすぐベッドに潜り込んだ。

一時的なスタン状態から解放された俺はとりあえずさっきまでアカリの座っていた椅子に腰掛けた。アカリがベッドで寝る以上、俺がそこに一緒に寝てはいけない気がしたからだ。

しかし、腕を組んで顎を引き、椅子で寝るための体勢をとった俺に何故か不平の声が上がる。

「あのっ、カイトさんはどうして座るんですか?まだお仕事ですか?」
「お仕事?…じゃないけど、こっちで寝るから」
「えーっ、なんでですかー!」
「やっ、なんでって…」

ベッドから起き上がったアカリが俺に近づく。どういうわけか、さっきと打って変わって不機嫌な表情。まったく、コロコロと表情の変わる子だ。

「ほら、あれだ。俺がいると狭いだろ、なっ?」

我ながらナイス説明!と思ったのも束の間、狭くありませんっ!と即答及び断言したアカリが俺のシャツの裾を掴んだ。

「ほらほらっ。来てくださいよっ!」
「下さい…ってか、実力行使では!?」

グイグイとシャツが伸びるのなどお構いなく引っ張られ、ベッドの前まで連行された。見上げるはにかんだような笑顔に反則だ、と思いながらも大きくため息を付いてベッドに横になった。側面が壁に密着しているので全力でそちら側に寄る。空いたスペースにちょうどアカリが収まったため、小説なんかによくある『隣の子が寝てからベッドを抜け出す』的なことは不可能になってしまった。

「これでいいのか?」
「はいっ!」

お互い寝転んだせいで非常に顔が近い。同年代以上が相手なら赤面しっぱなしの距離だ。今でも顔に出しはしないものの、かなりドキドキしている。

そんな俺をよそにニコニコとしていたアカリが一つ小さな欠伸をした。丁寧に手で隠すが動作で分かる。


「寝られそうか?」
「ふぁい…カイトさんがいますから……」

アカリのおかしなまでの俺への無防備さに思わず苦笑する。シスイに昼間言われた『人畜無害』という言葉が頭をよぎった。

―――なるほど、俺は人畜無害系な人で間違いないみたいですよ、シスイさん

そんなことを考えていた俺の前でいつの間にかアカリは瞳を閉じていた。まるで小動物のように口元を小さく動かし、パパ、ママ、と寝言を呟くとそのあとには寝息ばかりが続いた。

――もしかしたら、俺はこの子の父親と重ねられているのかもしれないな

まだそんな年でもないのだが、ここまで人に頼られたこともないためにアカリの態度は素直に嬉しい。

信頼、という言葉が続いて頭に泡のように湧いた。その泡が頭をたゆたうのをなんとなく意識していると、さっきまでの緊張が嘘のように睡魔が襲い、アカリの寝息に同調するように俺も意識を沈めていった。


 
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