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たった一つのなくしもの

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第五章

「全くな」
「そうだろ、本当に運がいいけれどな」
「あんたこれまで不運もなかっただろ」
「それもあんたの力か」
「そうだよ、俺は幸運を用意するだけじゃないんだ」
 不運もどけておくというのだ。
「そうするからな」
「そうなんだな。だから俺はあんたと契約してからか」
「幸運ばかり来てな」
「不運はないんだな」
「そうだよ、じゃあな」
「それじゃあか」
「あんたこのままいくかい?まだ」
 ゴキブリは隆太に真剣に問うた。隆太はもう髪の毛がふさふさしていて体型は相変わらずだが顔色もいい、着ている服もだ。
 ただ表情だけは漠然としている、その彼に部屋のテーブルの上に後ろの二本の足で立った状態で問うているのだ。
「俺と契約していくかい?」
「当たり前だろ、生きていられるんだからな」
「幸運なままな」
「それで何で止めるんだ、このままいくよ」
「嬉しくなくてもだな」
「嬉しくなくても楽しくなくても生きられればいいんだよ」
 今もこう言う隆太だった。
「それ以上のことは何も求めないさ」
「あんたがそう言うんならいいけれどな」
「じゃあいいな」
「ああ、これからもな」
 こうして契約は続けられた、そしてだった。
 店は安定して繁盛しやがて二号店三号店と作っていった、そちらも順調で宝くじだけでなくロトシkックスでも当てそれも経営資金となった。
 思わぬ大手銀行からの無償の融資もあり経営はどんどんよくなった、優れたスタッフも入り妻も成長した子供達も頑張ってくれた。
 隆太は経営者、それもかなり裕福なものになり地位も資産も出来た。まさに大成功だった。
 子供達はそれぞれいい配偶者を得て孫達も可愛く出来がいい、経営のスタッフ達は皆有能なだけでなく彼と妻を慕ってもくれている。 
 妻は綺麗なままで常に彼を助け続けている、まさに満ち足りた何の不安もない人生だ。
 だが、だった。彼は老いてもだったのだ。
「全く、だな」
「ああ、楽しくないだろ」
「全くな」
 ここでもゴキブリに言う。豪邸の彼の部屋の中で。
「何一つとしてな」
「あんた今や大金持ちだぜ」
「しかも地位もあってな」
「企業の会長さんだからな」
「店は二百を超えたよ」
 それだけの店のトップにいるというのだ。
「やっぱり凄いよな」
「大成功だよな」
「三十の頃には食うのにも困りそうだったからな」
 だがそれが、だった。今は。
「食うどころかな」
「税金対策が大変な程だよな」
「全くだよ、本当にな」
「けれどそれでも喜びは俺が貰っている」
 ゴキブリは言う、そのこれ以上はないとまで言っていい隆太に対して。
「あんたの喜びをな」
「ああ、だから俺は今もな」
「あんた今幸せかい?」
 ゴキブリは真剣に彼に問うた、豪邸の自分の部屋で絹の和服を着て北欧から特注したソファーに座り大理石のテーブルの上に置いている最高級のスコッチを飲む彼に。
「今は」
「これが幸せなんだろうな」
 これが隆太の返事だった。 
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