| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

変人だらけの武偵高

作者:プー介
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2話

ワイヤーを巻き直しながら、キンジは這々の体で駐輪場に辿り着いた。今日は皆が皆バス登校らしく、そもそも絶対数の少ない駐輪場の自転車は、見たところその全てが今日は出番がないようだった。
新学期初日からアクション映画のような真似をする羽目になるとは、つくづく運がない。
元々探偵から派生して出来たのが武偵という仕事であり、その性質上あまり日常生活で派手なことはするべきではないのだが、悪質なストーカーから逃げるためとあらば仕方あるまい。
だからそう、玄関先の手摺りからワイヤーを使って一気に一階まで飛び降りたりするのも、仕方ないことなのだ。キンジはそう自己完結させながら、自転車の鍵を開けた。
普段はバスで登校するのだが、白雪の追跡を恐れ、とある事情により壊れていたが、丁度修理から帰ってきたばかりの自転車での登校を決める。それなりに飛ばせば遅刻は免れるだろう。
「よっ、と……おお、漕ぎやすいな」
修理ついでに改良を施してくれたのか、今までよりスムーズに足が動く。修理を依頼した悪友たちに感謝しながら、キンジは始業式の始まる武偵高へと急いだ。
ここ、東京武偵高はレインボーブリッジ南に浮かぶ人工浮島にある。学園島とも呼ばれたりする、二キロ×五百メートルという広大な敷地を持った学園である。
海際なだけあって人工浮島の風は強く、自転車で走るとそれがより一層感じられる。流れて行く景色を楽しみながら、平坦な道をすいすいと進んでいく。
キンジはお気に入りの銀時計に視線を落とす。昔兄に買ってもらった、ちょっとした思い出の品だ。普段彼は肌身離さず付けているが、これも彼のジンクスの一つ。
時計の針は、始業式までの猶予がたっぷりあることを示していた。バスに乗り遅れたのと、白雪に付き纏われていたのは災難だったものの、この分なら十分余裕を持って始業式に臨めるだろう。
ーーと。
自分の自転車とは違う、タイヤの走る音が重なって聞こえてくる。
(なんだ、俺以外にも自転車通学か?)
珍しい、と自分を棚に上げて思う。
学園島内のバスは、学生証を見せれば無料で利用出来る。わざわざ自転車に乗って通学するメリットは無い(一部の風を感じたいらしい馬鹿はよくバイクで登校しているが)。
さては自分と同じ遅刻常習犯か。どれ、顔を見てやろうとキンジは、速度を上げて並走してきたその姿をちらりと見た。
タイヤの付いた黒い台座から支柱が伸び、その先にハンドルというか、取ってのついた乗り物。キンジの想像とは違ったが、その乗り物の名前は知らなくはなかった。
「セグウェイ、か……でも、なんで無人?」
不審がり、もう少ししっかり見てやったところで、キンジは息を呑んだ。
ペダルを踏む足に、自然と力が入る。
「冗談じゃ、ねぇぞッ!」
無人のセグウェイは、キンジの淡い期待を裏切り彼の追跡を始めたーー台座に乗せられたサブマシンガン、UZIの砲口を向けながら。
ああ、やっぱり今日は厄日だ。
何故とかどうしてとか、ともかく思考を埋め尽くすのは単純な疑問だった。ここは天下の往来、それも武偵見習いの巣窟、学園島の往来だというのに。
漕ぐ足にじわじわと疲労が溜まって行く。このまま走り続ければやがて力尽き、マシンガンで蜂の巣にされること請け合いだ。
ーーいや、待て。
キンジは思い出す。自分は何者だったのか。
そうだ、俺は。東京武偵高強襲科元トップ、Sランク武偵遠山キンジではないか。
武偵といえば強襲科、とは誰のセリフだったか。その強襲科のトップが、武偵の流儀を忘れるとは笑い話だ。
「武偵憲章第5条ーー行動に疾くあれ、先手必勝を旨とすべし」
そう、先手必勝。
つまり、殺られる前に殺る、だ。
流石に本当に殺人は出来ないが。
キンジは懐のホルスターから、愛銃、ベレッタM92Fを抜いた。銀色の銃身が、本日最初の陽光を受け鈍く輝いた。
ベレッタを素早くセグウェイに鎮座するUZIの銃口に照準を合わせ、引き金を絞る。
武偵高では聞き慣れた銃声が響き、自転車の遥か後方で薬莢が地面に落ちる音が続く。
放たれた銃弾は螺旋を描きながら、マシンガンの砲口に吸い込まれて行く。
セグウェイの上のマシンガンが、花火のように木っ端微塵になった。その結果を見て満足気に頷きながら、キンジはさながら西部のガンマンのようにベレッタの銃口にふっと息を吐く。
「流石 で やがりますね」
マシンガンを失ったセグウェイから、ぼかしの効いた音声が流れる。
「お前がこのアトラクションの仕掛け人か? 呆気なかったぜ。もっと難易度を高くしても良かったんじゃないのか」
「強襲科 元 トップ は 伊達 では あり やがり ませんね」
「無視かよ。……なあ、お前は何者だ? 俺を知っているのか」
「これ は テスト で やがり ます」
「テスト、だと?」
嫌な予感しかしない響きに、キンジは思わず聞き返した。もしかしたら、自分はまたいつの間にかとんでもない事件に巻き込まれているのではないかーーそんな懸念が脳裏を過る。
「私 は 武偵殺し で ありやがります」
武偵、殺しーーまさか、と口を挟もうとした、その瞬間。
ピッ。と。
自転車のサドル辺りから、不審な音が聞こえるのを、キンジは聞き逃さなかった。
「……ん、サドル?」
ふと、違和感を感じたキンジはサドル裏部分を手で弄る。
何か、直方体の箱のようなものがーー
「その チャリには 爆弾が 仕掛けてありやがります」
「これじゃねーか!」
暴発を恐れ、キンジは慌てて手を離す。背中が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
「ててっ、てめえそういうことはもう少し早く言えよ! 俺が不用心に爆弾取り外したらどうすんだよ!」
「爆発 し やがります」
「まあそうだろうけど! 」
一難去ってまた一難、というヤツか。いや、これらで一セットみたいだが。
「スピードを 落とすと 爆発 し やがります。助けを 呼んでも 爆発 し やがります」
いよいよ八方塞がりだ。ちらっと触った感触でしかなかったが、爆弾はプラスチック爆弾ーー俗に言うC4であり、自転車が粉々どころでは済まないサイズだった。
「くそ、どうすりゃいいんだ……ん?」
ふと、キンジは自転車の違和感に気付く。爆弾が仕掛けてあるでもない、漕ぎやすいよう改良されていた点でもなく。
それはボタンだった。信号機の配色、つまり青黄赤が左から順に並んだ、三つのボタン。
……先刻にも増して嫌な予感がする。が、背に腹は変えられない。藁にも縋る思いで、キンジは(取り敢えず、ラッキーカラーの)青のボタンを押した。
すると、ザザッ、と砂嵐のような音が前輪のライト辺りから響いてくる。足は止めないまま確認すると、それはレシーバーのようだった。
『…………あー、あー。んん。テステス。……よし。ようキンジ! 聞こえるか?』
「は、え、武藤⁉ いやいやいやちょっと待て!」
今は通信はまずい。具体的にいえば、バラバラになるかどうかの瀬戸際である。
ちら、とセグウェイの方を見遣る。……無言だった。
(怖えよ!)
『一応先に言っとくと、これ録音だから。何か言っても俺には聞こえねーからな』
その言葉を聞いてほっとする。犯人に聞こえていたなら、どうにか納得して貰えるだろう。多分。
『さてキンジ、この録音を聞いているってことはお前、押したな?』
不自然に並んだボタンを指しているのだろうか。録音に返事をしても仕方がないので、大人しく続きを待つことにする。
この録音された声の主、武藤という男がまた珍妙というかなんというか、変人だらけの武偵高に相応しい変人さだった。
曰く、風を感じたい。そのために、そのためだけに彼は自らの所有するあらゆる乗り物に魔改造を施し、メーターが振り切れる程の速度を出すことを可能とした。
彼の座右の銘は「ブレーキは無粋」らしい。
キンジの場合は、散々に釘を刺しておいたお陰でブレーキの効かない暴走自転車にされることはどうにか回避してある。長年ならぬ、一年の付き合いの賜物だ。
『いきなり青を押すたぁ相変わらず悪運のいいヤツだ。よし、じゃあ黄色のボタンを押してみな』
死ぬ程怪しかった。武藤のドヤ顔が透けて見えそうだ。
が、今にも隣を走るセグウェイに爆破されそうな現状を打破するために、出来ることはなんでもしておく。武藤の手も借りたいというヤツだ。
キンジは黄色のボタンを押した。

ウィーン、ガシャッ。

「……え、何このお、とぉッ⁉」
不可解な音に遅れて凄まじい熱を背後に感じた直後、景色を置き去りにするような猛スピードで自転車が加速。セグウェイを振り切り、遥か彼方へと逃走を開始した。
「なんだこれ⁉ なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
焦げ臭い匂いがキンジの鼻をついた。後輪が煙をあげている。あまりの速度に、タイヤが摩擦熱で擦り切れているのか。ちなみに前輪はちょっと浮いててそれどころじゃない。
『はっはっはっは! 驚いたかキンジぃ! それはな、武偵殺しっつー犯罪者対策に作った超加速装置だ! どうだキンジ、さいっこうの風を感じるだろ?」
「てめえ武藤! 人のチャリになんつー改造施してくれてやがる! 修理費払わねーからな!」
通信でなく録音であるということも忘れて叫ぶ。勿論、武藤の声は取り合ってくれない。
『あ、ちなみに赤のボタンは押さねー方がいいぜ。自爆スイッチだから、それ。まあ、武偵殺し本人が出張ってきたら、道連れにでもしてやれ』
「てめえもか! てめえも俺のチャリに爆弾積んでやがんのか! 余計なことばっかりしやがって……生きて帰ったらぜってー殺す!」
恐らく、自転車に別の犯人二人から爆弾を仕掛けられたのなんて人類史上キンジが初だろう。
涙目になりながら、ほぼ漕ぐ必要の無くなった自転車のバランスをしっかり取る。
『じゃ、存分に風を感じてくれ。じゃあな』
「おい待て、言いたいことだけ言って帰るな! これどうやって止まんだよおい⁉」
前輪が浮いている以上、ブレーキは意味を成さない。というか、この速度でブレーキを掛けたら慣性で前に吹っ飛ぶ。
飛び降りるのも難しい。この速度なら分からないが、爆弾二つを積んだ自転車が近くに倒れればお陀仏だ。
(どーすりゃ良いんだよ、これ……)
キンジは、軽く生存を諦めた。
全力を出せていたなら、この状況も打開出来たかもしれない。が、今更そんなことを考えてもどうしようもあるまい。
「ああ、悪くない人生、だったのかなあ……」
そんな言葉が、口をついて出る。
しかし、天はーー彼女はそれを許さなかった。
「武偵憲章第10条! 諦めるな、武偵は決して諦めるな!」
凛と響くは、鈴の音のように高い声。
それは空から降り注ぎ、キンジの視線を空へと押し上げた。
とんでもないスピードで走る自転車は、景色の全てを置き去りにしていく。そんな超速世界の中で、キンジは確かに見た。
ピンクブロンドの長髪を二本に束ねた、赤い瞳を持つ少女を。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧