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メフィストーフェレ

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第一幕その六


第一幕その六

「それではです。私は」
「君は?」
「霊です」
 まずはこう言ってみせたのだった、
「常に全てを否定する霊です」
「全てをです」
「そう、星や花さえです」
 そういったものをだという。
「私の嘲笑や言葉はあらゆるものを惑わし」
「ふむ」
「無を欲し崩壊を愛します」
「創造ではなく」
「崩壊から創造が生まれます」
 これはいささかインド的な言葉であった。
「罪を呼ばれるものこそ、つまり死と悪が私の拠って立つ領域です」
「それは」
「私は笑って無造作に言います」
「何と?」
「否、と」
 にやりと笑って否定の言葉を出してみせた、
「私は苦しめ試し唸り怒り否と言います」
「否定するのか」
「噛み付き甘言で誘い苦しめ試し」
 その言葉を続けていく。
「怒号し口笛を吹きます。こうしてです」
 ここで実際に指を唇に挟んで鋭い口笛を吹いてみせる。
 それからまた。言うのであった。
「私は偉大な一切、即ち闇のほんの一部です」
「闇の」
「暗黒の中にいる暗黒の申し子です。そう」
「何と?」
「最後の審判のその日まで」
 またにやりと不敵に笑ってみせたのだった。
「私は全てを否定しましょう。ですが」
「ですが?」
「貴方が私と契約されるならばです」
「契約をすれば」
「その時は喜んで御受けしましょう」
 ここでまた恭しく一礼してみせた。
「そして私は貴方と共にいましょう。僕として」
「その代わりにだ」
 ファウストは彼のその話を聞いたうえで問うた。
「私はどんな条件を呑まないといけないのだい?」
「それを言うのはまだ早いのでは?」
「いや、今のうちに聞いておきたい」
 こう返したファウストだった。
「それをだ」
「それをですか」
「うん。それで何なのだ、それは」
 メフィストに対して問う。
「その条件は」
「私はこちらでは貴方にお仕えし」
「うん」
「そして不眠不休で駆け付けます。そして」
「向こうの世界では」
「そういうことです」
 今度はにこりと笑っての言葉だった。
「それで如何でしょうか」
「あちらの世界のことはいい」
 それはどうでもいいというのである。
「それはね」
「それでは」
「若し君が私の魂を静められるような無為の一時を私に提供してくれるなら」
「その時は」
「また私の曇ってしまった考えに私自身と世界を明示してくれるなら」
 こう言葉を続けていく。
「過ぎ去る一瞬に向かって止れ、御前は美しいと言うのなら」
「その時こそですね」
「私は死んでもいい」
 その時こそ、ファウストは言った。
「そしてこの身を地獄に飲み込ませてやろう」
「それでは」
「契約を」
 お互いに手を出して握り合う。これで決まりであった。
「ではこれで私は博士の」
「そうだな。ではこれからは」
「宜しく御願いします」
 また恭しく一礼する悪魔だった。ファウストは彼のその一礼を見てからまた問うてきた。
「それでだが」
「それで?」
「何時からだ?」
 こう尋ねるのだった。
「何時はじまるのだ?それは」
「すぐに」
 これがメフィストの返答だった。
「今すぐにだ」
「わかった。では何処に」
「お好みの場所なら何処にでも」
 ここでもにやりとした笑みを浮かべてみせる。
「御案内致します」
「馬や馬車、馬丁といったものは」
「そんなものは不要です」
「では魔術で」
「そうです」
 まさしくそれだと言う。そして言うのであった。
「私は人間の思考より早く移動できるのですから」
「だからか」
「はい、それではまずは」
 ファウストに魔法をかけ若さを取り戻させた。彼は若い日の長身で引き締まった身体をしている美男子になった。銀色の髪に北欧のそれを思わせる端整な顔をした若き日の彼に。そうなってみせたのである。
 
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