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メフィストーフェレ

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第三幕その二


第三幕その二

「もう一度仰って下さい」
「もう一度?」
「はい、御願いします」
 こう彼に言っていく。
「どうかもう一度。私を救って下さるのですね」
「そうだ」
 彼女に言われるまま答えた。
「だから急いで」
「もっと近くに」
 しかし彼女は今はこう言うだけだった。
「もっと近くに。このまま」
「急がないとここは」
「どうか私に口付けよ」
 その焦点の定まらない声での言葉だ。
「どうかここで」
「早く」
「貴方は私を」
 その目でさらに言ってきた。
「私をどう思っておられるのですか?」
「どうかって?」
「この私を。どうだと」
「マリゲリータではないのか」
 ファウストは今の彼女の言葉の意味がわからなかった。眉を顰めさせて問い返すことしかできなかった。
「違うというのか?」
「私は母を毒で殺しました」
「まさか本当に!?」
 彼がやった毒で、であった。間違いなかった。
「あの毒を」
「そして私の幼な子を」
「私の子だ」
 それも聞いて愕然となった。このことも間違いなかった。
「それでだ」
「海に沈めました。それで御願いがあるのですが」
「御願い。何だというのだ?」
「私のお墓の用意を」
 虚ろな顔での言葉だった。
「それを用意して下さい」
「何故そんなことを言うのだ」
「深い緑の土の中に。墓場で最も美しい場所に」
 マルゲリータの言葉が続く。
「そこにお母様と赤ちゃんと。そして私が」
「いや、それよりもだ」
 もう聞いてはいられなかった。それでその言葉を遮って告げるのだった。
「今はここに」
「いえ、扉は」
「扉は?」
「地獄に向かう場所だから」
 こう言って首を横に振るのだった。
「それで行くというのは」
「駄目だというのか?」
「私は貴方と一緒には行けません」
 そうだというのである。
「生きることは私にとっては悲しみだから」
「生きることが。何故なんだ」
「誰かに乞うてそのうえで犯した罪を感じながら生きていくのは」
「それはない」
 ファウストは彼女の言葉も考えも遮ろうとした。
「だからここで」
「それでは私は」
「さあ、今すぐに」
「二人で」
「さあ、行こう」
 そうしてだった。二人で話すのだった。
 
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