ソードアート・オンライン 奇妙な壁戦士の物語
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第一話 正式サービス開始宣言
前書き
まず最初に、これは、ソードアート・オンラインが正式サービスが始まった直後から描かれる二次創作です。
また、タグにもありましたように原作ブレイク、オリ主、などといった成分が含まれます。
こういった成分が苦手な方、あるいは気分を害される方はすぐにブラウザバックを推奨いたします。
それでもこの二次創作にお付き合いしていただける方は、ご遠慮なく堪能していただければと思います。
それでは、本編スタートです!
「で、何で僕を呼び出したんかな?」
暗い部屋。そこには白衣を着て席に座っている何者かと、糸のように細い目をした、目を開けているのかどうか分からない中学生くらいの少年が居た。
その部屋の中で光といえば、機械やコンピューターから発せられるものしかなく、目の前の何物かの姿や顔の輪郭が見えても、光の当たる場所によりその顔を誰かとまで認識することは出来ない。
「君には少し頼みたいことがあってね。今日はそれで呼び出させてもらった」
少し低く、落ち着いた男性の声。少年にスキンヘッドのカツラに似たヘッドギアのようなものを手渡し、男はその説明に入る。
「君も知っての通り、それは私が基礎設計を行って作られた〝ナーヴギア〟というもので、今そこには《ソードアート・オンライン》というゲームがセットされている」
「僕にテスターになれ、と?」
少年が何やら確信を持ったように訊くが、男は首を横に振った。
「そうではない。君には私とは別に、このゲームの監視役をしてもらいたい。無論、そちらの要望は出来るだけ叶えよう――が、まずは注意事項を説明するとしよう」
男は席から立ち、近くに会った映写機を触りスクリーンに向けてある映像を投影する。
「これが、《ソードアート・オンライン》の攻略の際に上らなければならない、浮遊城アインクラッドだ。全100層まであり、クリア条件はその最上階である100層までクリアすることだ」
その映像には、フィクションでしか見たことが無い様な浮遊する城――というより、円錐状の大陸のようなものが映っていた。
少年は男の説明を聞いて合点がいかないのか、怪訝そうな顔をする。
「それのどこが注意点なん?」
「まぁ、最後まで聞きたまえ。――これは、ゲームであっても遊びではない」
そう言われ、ますます少年は怪訝そうに首を傾ける。元よりその糸目のせいで表情とその真意を読みにくいのだが、こと現在に至ってはとても分かり易くその胸の内を行動に表していた。
「まだ分からない、という顔をしているな。――結論から言えば、この《ソードアート・オンライン》によるHP0は、現実の死へと繋がるのだ。通常のMMORPGのようにHPが0になっても復活地点で復活などしない。また、復活アイテムは簡単には手に入らない。――いや、もはやそれ専用のアイテムが無ければ、復活が出来ないといっても過言ではない。またこのゲームには、ログアウト機能が初めから存在しない」
男のその言葉を放ってから、部屋の空気が一変する。先ほどまで世間話程度に穏やかだった会話空間は、今や裏取引での交渉の如く緊迫した空間と化している。それは単に、少年が警戒心をあらわにしたせいだった。
「――僕に死にに行けとでもいうんか?」
「勘違いしないでほしい。君には私とは別に、《ソードアート・オンライン》を観察してほしいのだ。勿論、私は頼む側の人間だ。君の肉体の管理は私が責任を持ってしよう。また、そちらに要望があれば極力こちらで叶えよう。――ただし、要望はゲームに入る前に申告してもらわなければ叶えられない」
男の言葉に、少年はしばし考える。三分、四分、五分と十全に考えた上で一度頷き、その口を開く。
「じゃあ、身体能力の全引継ぎをお願いしてもええかな?」
「・・・・・・いいだろう。君のアバターの動きは元の身体能力、システムアシストの二つによって変わるようにセットしよう。無論、君のデータは既に採取済みだ。今から始めても十分に、その処理は間に合う」
仮想空間にも自身の身体能力を持って行けるなど、恐らくこの男にしか不可能な芸当だろう。システムアシストとは別にかつ、システムアシストを阻害しない様に身体能力を現実と同じにするのだから、これには相当な技術力を要する筈だ。
「流石は天才。僕なら今のは即却下しとるよ」
「寧ろ、私ならもっと無理難題を願い出るがね」
冗談めかして言う少年と、本気の声音で言う男。今のこの男の言葉には「要望はこれだけか?」という意味合いが含まれていたが、少年にはそれで十分だったので言葉を返すことなく近くの寝台に寝てナーヴギアをセットする。
「言っておくが、君にも他全プレイヤーと同じペナルティは背負ってもらう。それでも行くのか?」
至って真剣な声で、男は少年に問うた。少年は口元に微笑を浮かべて、
「もちろんや。現実より、こっちの方が面白いに決まっとるやんか」
と、爽やかなほど澄んだ声で言い放った。
「・・・・・・・・・・・・そうか。では、《リンク・スタート》と口にしたまえ。君のアバターは私が調整して今しがた完成したところだ。身体能力の方は、正式にゲームがスタートするまで少し待ってほしい。問題ないか?」
「イエス。それじゃ、始めるとしますわ」
少年は男に一度手を振り、そして《リンク・スタート》と口にする。これが彼の、ゲーム参加への成り行き。そして目的。
「――行ったか」
男は再び席に着き、作業を続行する。これから行われる、ゲームの為に。そして少年のアバターの完成の為に。
「・・・・・・そろそろ時間か」
数時間経った後、男は本当の意味でのゲーム開始の為に《ソードアート・オンライン》にアクセスして今も尚生き残っているプレイヤー全てを、一か所に強制転移させる。
「――よし。これで良い」
1名を除く全プレイヤーに同じアイテムを配布すると、男は一息吐き、満足げに口元を緩める。これであとは、生きるも死ぬも、彼の実力次第。
この《ソードアート・オンライン》がゲームであって遊びではない、と彼を含める全プレイヤーは近いうちに知る事になる。
彼の反応を楽しみに、男は近くに置いてあったナーヴギアを手に取るのだった――
「はぁ・・・・・・プレイヤーがごった返して、やることないやんか」
溜息を吐きながら、先ほど白衣の男と話していた糸目の少年が草原フィールドをざっと見渡すが、360度どの方向に向いても人の姿が少なくとも数人は見える。どうやら開始早々、狩場の選択を間違えてしまったらしい。
(てか、このアバター何やねん。現実世界の僕より身体能力低いって、冗談にしてもきついで)
と、心の中で愚痴を呟く。彼が何を言いたいのかといえば、単純に現実の体と仮想空間での体の動きの誤差――いや、ズレが半端なものではなかったのだ。
それ故に少年は今、フィールドに出て体を慣れさせようとしたのだが――生憎、フィールドは他プレイヤーによりほぼ満員状態。練習で動くのには問題なさそうだが、モンスターとの戦闘は不可能な状態だった。
(はぁ・・・・・・この様子だと、みんな知らんみたいやな。ログアウト出来ん事や、HP0になったら仮想空間及び現実世界から永久退場することを)
呆れながらボーッと辺りを見て、既に2時間近くが経過している。重量を再現されている武具で装備しているものは、防具は最初に支給されるありふれた革の鎧と靴のみで、武器は背中に差しているレイピアの一本のみ。予備の武器などは一切存在しない。また、コル(この世界でのお金)も全然持っていない為、手持ちの回復すら最初に支給されたものだけである。
この重量の再現された武具を着用、帯刀してよく、今の今まで寝転ばずに辺りを見回すことが出来たものだと我ながら感心すると同時に、よくこんな危うい状況でフィールドに出てきたなと自嘲する。何せ、この世界での死は現実の死と変わらないのだ。回復アイテムを十全に持っていくのは、この世界の内情を知って居る者にとっては当然の事といえる。
はぁ~、と今日何度目か分からない溜息が出かけた瞬間、突然音が鳴り響いた。
音といっても、そこまで変なものでは無い。ただ単に時間を知らせているのであろう、始まりの町(プレイヤーが最初に転送される場所)にある鐘がゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、と立て続けに鳴っているだけだ。
しかし、異変はその鐘が鳴り続けている途中で起きた。
「な、何だ!?」
近くに居た一人のプレイヤーが、パーティーメンバーを見て悲鳴じみた声を上げている。見てみると、そこには青白い光に包まれたプレイヤー達がいた。それは数瞬の内に草原フィールドに居た全プレイヤーを対象に包み込む。それは例外なく、糸目の少年も含まれている。
そして次に視界に映ったものは、人で埋め尽くされた――《はじまりの街》の広場であろう場所だった。そしてその場にいる少年を除く誰もが、この事態に混乱していた。
空を見てみると、時刻は夕暮れ時。この世界でも、どうやら時間という概念は存在するらしい。
しかし、問題はそこではない。一番の問題は、広場の中央辺りの真上に見える――《WARNING》という真紅のパターン表示されたものだ。真紅のパターンは次第に数を倍に、更に倍にと増やしていき、あっという間に空を、そしてこの世界を包み込んだ。良く見てみると、その真紅のパターンには《WARNING》そして《SYSTEM ANNOUNCEMENT》の2つの単語が交互かつ規則的に並んでいた。
それが終わった途端、空を埋め尽くす真紅のパターンの中央部分から、まるで血液の雫のようにどろりと垂れ下がる。その液体は高い粘土を感じさせる動きでゆっくりとしたたり、しかし地面に落下することなく、赤い雫はその形状を空中で変化させる。
そうして出現したのは、身長20メートルはあるであろう、真紅のフード付ローブをまとった巨大な人の姿だった。しかし、人の姿といっても形だけである。その人の姿は巨大さ故にフードから顔が丸見えの筈なのだが――そこには、何も無い。ただ深い闇が、そのフードの中身だった。――つまり、顔が無いのである。
それがあってか、周りのプレイヤーは更にざわめく。「ゲームマスター?」「でも何で顔がないの?」などという声が聞こえてくるに、目の前の真紅のフードの何者かがゲームマスターなのだと確信を持つのに、時間は掛からなかった。
と、その喧騒を抑えるかのように、不意に巨大なローブの右袖が動く。
ひらりと広げられた袖口から、純白の手袋が覗いた。しかし、やはりと言うべきか袖と手袋もまた明確に切り離され、肉体がまるで見えない。
続いて左袖もゆるゆると掲げられた。約10,000人のプレイヤーの頭上で、中身のない白手袋を左右に広げた直後、低く落ち着いた、よく通る男の声が、遥かな高みから降り注いだ。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
それを言われて、大多数の人間が納得のいったような、しかし怪訝そうに顔を歪める。少年だけは例外に、口元を僅かに吊り上げて、その閉じているのか開いているのか分からない糸目でその真紅のフードを見ていた。
『私の名前は茅場明彦(かやばあきひこ)。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
その名前に、少年を除く誰しもが驚いた。何故なら茅場明彦とは、数年前まで数多ある弱小ゲーム開発会社のひとつだったアーガスが、最大手と呼ばれるまでに成長した原動力となった、若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。
彼はこのSAO(ソードアート・オンライン)の開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアそのものの基礎設計者でもあるのだ。
このSAOをプレイしている者の中で、むしろ知らないプレイヤーの方が珍しいくらいの、有名人物なのだ。その人物が直々にこのゲームに出てきたということに、プレイヤーは皆疑問に思っており、だからこそ驚いたのだろう。
『プレイヤーの諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
「へぇ・・・・・・本気やったんか。やるとは思うてたけど」
誰にも聞こえない様にボソッと呟く少年の声。その最後の確信めいた言葉に被さるように、滑らかな低温のアナウンスは続いた。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
この城と言われて、少年はすぐに自分たちが攻略しなければならない城、正式名称《浮遊城アインクラッド》のことだと理解する。
『・・・・・・また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――』
わずかな間。
広場に居る全員が息を詰めた、途方もなく重苦しい静寂の中、その重大発言はゆっくりと発せられた。
『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
その瞬間、あたりの空気が少しだけ軽くなった気がしたが、それはほんの一時の幻想だ。
人々はその言葉の意味を理解するのに時間を要しているのか、あるいは理解するのを拒んでいるのか、誰しもが呆けた顔で茅場明彦を名乗る真紅のフードを、パーティーメンバーの顔を見詰め、見合わせていた。
それはつまり、死刑宣告だ。このゲームをクリアする前にやめたら、死んでもらうという、一種の死刑宣告なのだ。
日本は平和だ。外国人プレイヤーも居るかもしれないが、それでも暮らしは恐らく日本の筈だ。安全な日本で、日々危険と向き合ったことのない人間が、いきなりその言葉を鵜呑みにしろと言われても、それはとてつもなく難しいことだった。また、理論的にそんなことが出来るのかと、疑問を抱いている者も居る筈だ。そう考えれば、それを納得させるのは実証が無い限り不可能に近い。
『より具体的には、10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人などが警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』
――だからこそ、なのだろう。
『――残念ながら、すでに213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
理論的に説明し、その報道されているニュースなどをみせて、説明したのは。プレイヤー全員に確実に理解させるために、そうしたのだろう。
実に、悪質な事この上ない説明である。それで事実を理解したのか、どこかでひとつ、細い悲鳴が上がる。
しかしまだ大多数の人間が、放心や薄笑いを浮かべて事実を受け入れようとせず、拒絶している。
糸目の少年は事情説明を受けていた為至って平然かと思いきや――よく見るとその肩は、小刻みに震えていることが分かる。
そんなプレイヤーたちの幻想を薙ぎ払うかの如く、あくまでも実務的な茅場明彦のアナウンスが再開された。
『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制の下に置かれるはずだ。諸君には、安心して・・・・・・ゲームクリアに励んでほしい』
「何を言っているんだ! ゲームを攻略しろだと!? ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!? こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」
誰か一人が、大声でそう叫んだ。
その声が聞こえたかのように。
茅場明彦の、抑揚の薄い声が、穏やかに告げた。
『しかし、十分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。・・・・・・今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』
続く言葉に、この会場は絶望の淵へと落とされる事だろう。何故なら――
『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
ゲームの中で死んでも、現実世界の自分は死んでしまう。つまり、これは本当に茅場明彦が言うように、この世界がプレイヤーたちにとっての現実になるのだ。これは、あまりにも残酷な宣言。ゲームにおいて1回もゲームオーバーせずにクリアしろなど、大抵のものであれば不可能である。
更にそれがHP0になった瞬間――すなわち、PTメンバー(チームのこと)が他に生き残っていたとしても、その人を通常のゲームのように蘇生アイテムで蘇生させることは許されない。詰まる所、一度の失敗も許されない。失敗すれば、ただナーヴギアによって死刑を受けるのみ。
何度も何度も失敗と死亡を繰り返し、敵のパターンを読みながらそれを倒し、自分も成長する。それが、RPGというものだ。
初見殺しとよく聞くが、恐らくそういった初めてこのSAOをプレイする者を対象とした悪質なトラップも、ダンジョンの中ではたくさんあるのだろう。それに嵌れば、恐らくだが確実に死ぬ。
情報を手に入れるのも命懸け。レベルを上げるのも命懸け。ボスを倒すのも命懸け。ダンジョンを探索するのですら命懸け。
挙げていけば切りがないほど、何から何までが、命懸けである。
そんなものを、果たしてゲームと呼んでいいのだろうか?
糸目の少年は視界の左上にある細い青く輝く横線を見る。その上に332/332という数字がオーバレイ表示されている。
その数値が、ヒットポイント。すなわち、命の残量。
架空空間、現実関係なく、その事実は変わらない。
それがゼロになった瞬間に――アバターは消滅し、そのアバターの本人さえもが死ぬ――マイクロウェーブに脳を焼かれて即死する。
そのような状況で、誰も危険なフィールドに出て行く奴が何処に居るというのだ。プレイヤー全員が、安全な街区圏内に引き籠り続けるに決まっている。
それはきっと、誰しもが考えた事だろう。しかし、それを否定するかの如く、茅場明彦の次の託宣が降り注いだ。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第100層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
しん、とプレイヤーたちが沈黙した。
これはある意味、心理戦なのかもしれない。
考えの足りない奴はこう考えるだろう。自分だけ引きこもっていても、他の奴が必ずクリアしてくれる、と。
ゲームを止める事が出来ない以上、生き残る為にはがむしゃらに進んでただクリアを目指すか、始まりの町で大人しくクリアを待つか――それとも、最初のエリアでレベルを十分に上げた後、次の場所へと移り、地道にやっていくか。
生き残る手段としては、大きく分けてこの3つだろう。
また、このゲームにも恐らく鍛冶師などの後方支援系の物品を取り扱う能力はある筈だ。そういったもので他のプレイヤーを支え、攻略の手助けをするという方法もある。
しかし、必ずしも誰かがフィールドやダンジョンの探索と攻略を、レベルを上げてボス戦をしなければならない。
RPGの本質から言えば、これをよく分類してみんなで協力できたとしても――これから死者を出さないという事は不可能である。必ず未知の何かに出会い、命を落とす。100層までクリアしなければいけないとなると、それはもはや確定された未来と同義である。
だからこそ、皆は恐怖している。死に対して――その死の矛先が、自分に向くことに対して。恐怖しているのに、未だに《本物の危機》なのか《オープニングイベントの過剰演出》なのか、考えあぐねている。
その為、広場は思ったよりも静かだ。静寂というほど静かではないが、大騒ぎというほどうるさくもない。
その時、これまでプレイヤーの思考を先回りし続ける赤ローブが、右の白手袋をひらりと動かし、一切の感情を削ぎ落した声で告げた。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』
それを聞くや、皆がほとんど同時に右手の指二本を揃え真下に向けて振っていた。広場いっぱいに電子的な鈴の音のサウンドエフェクトが響く。糸目の少年も、それにならって操作をする。
出現したメインメニューから、アイテム欄のタブを叩くと、表示された所持品リストの一番上にそれはあった。
アイテム名は――《真価と幻想の手鏡》。
ただの手鏡でもいいのに、何故、真価、幻想という単語がついているのか疑問に思う少年だが、きっと意味があるものだろうと思いその名前をタップし、浮き上がった小ウインドウからオブジェクト化のボタンを選択。たちまち、きらきらという効果音とともに、小さな四角い鏡が出現した。
何でもないように手に取って観察するが、特に変わったところは見られない。普通の手鏡だ。別に覗きこんで問い掛けたからといって、世界で一番美しいのは――などという決まり文句を言ってきたりはしない。間違いなく、現実世界の自分の姿が映っていた。
(――って、現実世界の姿と全く一緒のアバターかい!?)
今更になって気付き、別の所で驚愕する糸目の少年。歳早いうちから脱色してしまった整った白髪はきっと、現実世界では人々の印象に深く残される事だろう。その上、整ったそれでいてまだ幼さを残す顔立ちに、糸のような細い目は、そのギャップ故に人々の注意を瞬く間に惹きつける。
それが、現実世界での彼の容姿。幼さを残しながらも思考の読めない、常軌から逸した特異性のある顔だ。
何故、現実世界のそれをアバターに・・・・・・などと呆れていると、突然、周りのプレイヤーが白い光に包まれ、同様に少年自身もその光に包まれ、視界がホワイトアウトした。
それが継続したのは、ほんの二、三秒。視界が回復したのは、更にその三、四秒後だ。
チカチカする目を慣らしながら、ゆっくりと再び手鏡を覗き込むと――
「・・・・・・誰やねん」
反射的に、その言葉が出た。先ほどまで映っていた白髪の表情の読めない糸目の少年の顔は既に存在せず、今はハッキリと開いた栗色の双眸に、目と同じ色のさんばら髪。風貌からして、歳設定は恐らく高校生程度だろう。いつもより少し――というかかなり、その顔は大人びて見える。
それを自分自身だと認識するのに、少年は鏡に映っている自分の動きを見るという作業を要した。だが、それは確かにアバターだった。自分の者でない風貌が、それを表している。
何かのシステムエラーで、アバターが機能しなかったのだろうか? などと思っていると、周りもその容姿を変えて――御世辞にも、良い出来のアバターとはいえないものばかり。まださっきの姿の方が良かったくらいの完成度である。
こういったゲームで、アバターの容姿はかなり重要視されるはずなのだが――SAOのプレイヤーは皆が皆それを気にしないのだろうか?
そんなくだらないことを考えていると、茅場明彦の厳かとすら言える声が降り注いだ。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場明彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』
そこで初めて、今まで感情をうかがわせなかった茅場明彦のその声に感情のようなものが感じられた。
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。何故なら・・・・・・この状況こそが、私にとっての最終目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためのみに私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
茅場の感情のようなものがみられたのは、そこまでだった。次の言葉では既に、先ほどまでの無機質さを取り戻していた。
『・・・・・・以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』
最後の一言がどうにも耳に残り、そして消える。真紅の巨大なローブ姿も、世界を包み込んでいた真紅のパターンも静かに消失していく。
広場に風が吹き抜ける。NPC(ノンプレイヤー・キャラクター)の楽団が演奏する音楽がまともに聞こえる程に、広場は一時の沈黙が支配していた。
しかし、それも一時だ。この後のことは正常な思考を持っていれば誰であれ分かる。
少年はすぐに耳を塞ぎながら広場を立ち去る。此処にいるだけでは時間の無駄。説明は既に十分に受けていたので、頭は今も尚正常な思考をすることが出来る。
恐らくだが、回復アイテムもこの最初のエリアでは必要ないだろう。むしろ必要があるようであれば、身体能力の引き継ぎなど初めからしなければ良かったと後悔することになる。
だからこそ、彼はすぐに広場から飛び出してフィールドに出ようとする。背中から大音量と震動が伝わってくるが、今は放っておくのが吉だ。関わったとしても、状況は何も変わらない上に、そもそも自分の目的は別にあるのだ。
MMO(大規模多人数型オンラインの略)は初めての経験だが、五体を動かして敵を倒すのには慣れている。生死を懸けた戦いに挑んだことはないが、それに近しい経験ならばある。
大丈夫だ、今までやったことと変わりはない。自分にそう言い聞かせながらフィールドを出る途中、もう一度町の方に振り返る。
するとそこには、驚くべきことに二人の人影があった。一人はそのまま町に戻って行ったが、もう一人はフィールドを颯爽と駆け抜けている。止まる事無く、青白い光の軌跡を描いてモンスターを倒している。
容姿は――良く分からないが、とりあえず黒髪の片手剣使いということは分かった。観察の任務の初日にこれほどの収穫を得られるなど、思い立ったが吉日というのは案外的を射ているのかもしれない。
「さて、僕も頑張りまっか!」
そう言って駆け出すと、体は羽のように軽かった。どうやら、何らかのトリガーを引いたことにより――恐らくチュートリアルが終わったことにより、あの男が身体能力全引継ぎの全てを終わらせたのだろう。
――これならば、十全に戦える。
――きっと何処までだって、例え100層にいっても、きっと通じる筈だ。
確信のような思いを胸に、少年は今走り出す。
すぐに目の前に狼のようなモンスターがポップ(モンスターがシステムによって出現するという意のオンラインゲーム用語)する。恐らくスライム相当の強さだろうが、ソードスキル(通常ゲームでいう技のこと。SPは消費せず、精神力を要する)なしに初期武器の状態でそれを一瞬で屠るのは普通であれば不可能だろう。
しかし、彼は普通ではなかった。
「遅すぎやで!」
狼がこちらに飛び掛かる刹那、背負っていたレイピアを抜刀し、そして通り過ぎる。傍から見れば、ただすれ違っただけのように見えるだろうが――それは間違いだ。
今のすれ違う一瞬で、彼は狼に4連撃もの攻撃を与えていた。しかも、全て刺突による攻撃のみである。
ソードスキルは、当然のことながら使っていない。そもそも、彼は今の状態では使えるソードスキルが皆無なのだ。モンスターを倒すには、こうやって通常攻撃で倒す方法しか考えられなかった。
神速の4連撃は、あっさりと狼のHPをゼロにしたためか、瞬く間にポリゴン片となって砕け散る。モンスターの名前はおろか、レベルもHPゲージ(HPが帯状に表示されている部分)も見ていなかったが、倒せたのならばそれでいい。
今はただ、自分の為だけに前に進むことを考えればいいのだ。
「次や! 次いくでぇ!」
こうして、とある少年のSAO内でのプレイヤーの観察及び奮闘は、始まったのだった――
後書き
第一話 正式サービス開始宣言 を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
この二次創作は文字数の割りに他の二次創作と違いもしかしたらストーリー進行がものすごく遅いかもしれませんが・・・・・・そこはどうか、この二次創作者のペースに合わせていただければと思います。
また、文章的におかしい部分、説明書きでおかしい部分には、ご遠慮なくビシバシとご指摘をしていただければ幸いです!
また、最初にも書きましたようにこの二次創作は基本原作ぶっ壊して進めていきます。まだ原作ブレイクは出ていませんが、二話以降からすぐに原作ブレイク部分が出てきます。
それでは、最後まで読んでいただき誠にありがとうございます!
感想、誤字脱字などのご指摘、評価、辛口コメント、一言、どれも大募集中ですので、どうかこの未熟な二次創作者にそういったことを、今後ともよろしくお願いいたします!
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