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Another World

作者:月下美人
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第三話「散歩とゴブリン」

 
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 オッス! オラ、トラヴィス。晴れて三歳になりますた!


 すくすく成長している俺は晴れて身長が一〇〇センチまで伸びたのだ! 日頃から牛乳のような乳製品をごきゅごきゅしていたおかげだな!


 ちょっぴり女顔寄りの中性的な顔立ちにも磨きがかかり、ますます女っぽい顔立ちになってしまった。母様が髪を切らせてくれないため、髪型がショートボブのようになってしまい、一見すると女に見えるのが目下の悩みだ。


 華奢な体をしているためよく女物のふりふりドレスなんか着せられます。女の子が欲しいようです。父様、頑張って!


「トラヴィス様、今日はこちらの御召し物に着替えましょう!」


「いいえ、こちらのお洋服のほうが断然トラヴィス様に似合いますわ!」


「あら、こちらのドレスも捨てがたいですよ?」


 今日も今日とてメイドたちがわらわらと群がり、あれよこれよと着せ替え人形にされていく。抵抗しても無駄だし、こういうときの女の人は神でもあらがえない不思議な力を発揮するのだ。


 うちのメイドさんは余所のメイドと違いあまり距離感を感じさせない。もちろん他者がいる前では礼儀正しい楚々としたメイドになるのだが、普段家の中では結構気楽に仕事をしている。


 まあ、他ならない俺たちが壁を作っていないから接しやすいのだろうと思うのだが、結構明るいメイドたちだ。


 親しみやすいし別に無礼を働くわけでもないから俺たちはそれで構わない。一部メイドはプロとして気を抜くのを良しとしない人がいるが、それは個人の見解として認知している。


 ちなみに、シアンは思いっきりメイドをこき使い、時にはセクハラも平気でする。その時はぶっとばしていいと俺と父様の許可が下りているため、ひっぱたかれる音を耳にするたびに気分がスッとするものだ。


 ――我が家のメイドさんたちはとても積極的です。


「あらあらまあまあ! 今日は黒のドレスにしたのね?」


 部屋に入ってきた母様が俺の姿を一目見て目を輝かせた。黒を基調としたゴスロリ風ドレスを着せられた俺は少し頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向き小さな反抗をする。


「……ボクが選んだわけじゃないですもん」


「よく似合ってるからいいじゃない! お人形さんみたいで可愛いわ!」


 人形言うな! 確かに端正な顔立ちはそれっぽく見えなくもないけれど、言われる本人は地味に嫌なんだぞ!


 もういつものコミュニケーションとなったハグをする母様は背後に控えたメイドたちに視線を向けた。


「あなたたち、良い仕事をしたわ」


「ありがたきお言葉」


 恭しく頭を下げるメイドたちの姿に釈然としない思いを胸に宿す俺であった。





   †                    †                    †





「本日のメニューはマカロフのハープ漬け、ベロニッタの蒸し焼き、アーモングラフィのサラダ、デザートにロトフでございます」


 ワゴンを押して入室してきたメイドがせっせとテーブルに朝食を乗せていく。貴族の食事としては豪華とはいえないが平民の食事風景よりは煌びやかだ。


 香ばしい香りが鼻孔を擽り食欲を誘った。


 シアンはよだれが出そうなほどベロニッタの蒸し焼きを凝視している。これ、お前の好物だもんな。


 背後に回ったメイドが俺の首に布きんを回してくれた。


「ありがと」


「いいえ、これが仕事です故」


 ニコッと笑顔とともにプロ魂を見せるメイド。我が家のメイドは輝いておる!


「どうぞトラヴィス様」


 メイドが手渡してくれたフォークとナイフを手に取り、シャキーンと構える。いつぞやの惨劇を思い出したのかレオン兄が若干顔を青くして言った。


「トラ、それはもういいから、な?」


「大丈夫ですよ兄さま。あれから一年もたったのです、さすがに力かげんは覚えました!」


 見よ、このナイフ捌きを!


 優美な所作で以て音もなくベロニッタの蒸し焼きを切り分ける。もう俺は一年前の俺ではないのだ!


「まあ! トラちゃんお上手!」


「やればできるじゃないかトラ!」


「見直したぞトラ」


 パチパチと小さく拍手をする母様と大きくうなずく父様。レオン兄様も我が事のように喜んでくれた。見直したということは、元はダメダメってことですか兄様?


「ふん、普通それくらいできて当然なんだ。それになんだ、切り方が雑じゃないか」


 ぐちぐちと文句を言う長男。三男はここでズバッともの申します。


「兄さま、ハープがこぼれてますよ?」


「おわぁっ!」


 小さく悲鳴を上げるシアン。その胸元にマカロフから零れ落ちたハープの汁がべっとりとくっ付いていた。


 いそいそとメイドがシアンの胸元を布きんで拭う。その様子に俺は小さな声をもらした。


「…………っぷ、ざまぁ」


「トラ?」


「なんですか兄さま?」


 ニコニコフェイスをレオン兄に向ける。一度首を傾げた兄さんは「いや、なんでもない」とつぶやくと自分の食事に戻った。


「くそっ……! トラヴィスめ、僕に恥をかかせやがって……。女装趣味の変態野郎のくせに生意気な」


 ――指弾ッ!


 行儀悪いがソースを絡めた指をものすごい速度でピンッと弾く。


 弾丸の如く飛ばされたソースは狙い違わず、シアンの目に直撃した。


「――っ!? ぐぁあああ! め、目がぁ……!」


 ふん、俺に女装趣味はないっての。この格好は周りが勝手に押し付けてくるだけだっての。


 つうか三歳児に言う言葉じゃねぇよ。


「あらあら。シアンったら、そんなに急いで食べるから」


 ほわほわした母様がおっとりとそう言った。


「……! このお魚おいしー! ねえねえ、なんてお魚さんなの?」


 鯵の塩焼きにも似たどこか懐かしい味だ。見た目はムニエルのような切り身だが。


 背後に控えたメイドが一歩進み出た。


「ツヅミというお魚です、トラヴィス様」


「つづみさん?」


「あら、トラちゃんはツヅミの塩焼きが気に入ったの?」


「うん! すっぱくておいしーの!」


 愛嬌たっぷり可愛げ満載に言ってみたが、俺を知るジジイたちが見たら爆笑するか吐き気を催すだろうな。自分でもちょっとキモッと思ってしまった。





   †                    †                    †





 その後も楽しく談笑しながら食事をして自由時間となった。勉強の時間まであと二時間弱ある。その間は暇つぶしも兼ねて日課となりつつある散歩にでも出かけよう。


「お外いってくるー!」


「気を付けて行ってくるのよ。怪我のないようにね」


「大丈夫だとは思うが、森の方には近づかないようにな」


「はーい」


 一旦部屋に戻り外に出かける準備をする。こんなふりふりドレスじゃ外を散策するには不便だから動きやすい格好に着替える。


 メイドさんに手伝ってもらいシャツにズボンの格好に着替えて、念のための護身用武器【聖剣エスカリボルグ】をどこからともなく取り出した。


【聖剣エスカリボルグ】とはレベル九十九の勇者が装備する武器で、絶大な力を宿した剣だ。見た目は完全に【ただの木の棒】だが、ステータスはバグレベルである。


 黒いマジックで拙い字で『せいけん・えすかりぼるぐ』と書かれた剣を手に玄関に向かう。すれ違うメイドさんに微笑ましい目で見られたのは気のせいだと思う。


 外に出た俺はしばらく歩き、周囲を見回した。


 目に見える範囲には人がいないのを確認すると大きく息を吐く。


「あ゛あ゛~~! 超づーがーれーるぅー!」


 ぷはぁー! っと肺の中の空気を一気に吐き出す。


 家にいるときは人目があるため気を抜くことが出来ない。子供らしい――実際子供らしいかどうかは別として――演技をする必要があるため、素の自分を出す機会があまりないのだ。こうしてたまに散歩で気を抜かないとストレスが爆発してしまうかも……。


 すでに手遅れかもしれないがそれでも俺はただの子供の演技を続ける。こんな俺を愛して慈しんでくれる、他ならない両親や屋敷のみんなのために。


「この時が一番生き返るよなぁ~」


 なにせ娯楽がろくにない世界だ。気晴らしに散歩でもしないとやっていけない。


「まあ、いずれ冒険者になって世界を旅する予定だし、それまでの辛抱かなぁ」


 この世界には異世界定番の冒険者という職がある。


 もうこれだけで説明はいらないと思うが、念のために説明すると、遺跡や魔窟(ダンジョン)を探索して一攫千金を狙う者たち、もしくは単純に世界を旅して見聞を広めようとする者たちの総称だ。


 危険や死が付きまとうため一世代も続かないといわれており、その多くが屈強な男たちで満ち溢れている世界でもある。


 女の人も中にはいるが、それでもコマンダー! とでもいうようなムキムキな人で、若くて美人な人は全体の三割も満たない。


 将来、俺はこの冒険者になって世界を旅する予定だ。この閉ざされた世界で唯一の娯楽がそれっぽいからな。自慢じゃないが実力の方は問題ないし。


「それにしても空気うめぇなー!」


 我が家は都会から少し離れた場所に位置する。人口もそこそこで自然に囲まれたよい土地だ。いい意味で田舎のようなところと言えばわかるかな?


 木々に囲まれた道を悠々と進む。気分は上々で鼻歌なんかも歌ってみた。


「にしても、やっぱ精霊は見えないかー」


 これだけ緑に囲まれていれば精霊の一匹や二匹いるのが普通だが、俺の瞳にはそれらしき影は映らない。神眼が開くのはまだまだ先になりそうだ。


「ふんふんふーん♪」


 エスカリボルグをぶんぶん振り回しながら道を進む。


 小鳥のささやきが耳に心地よい。とても清々しい気分だ。今日はいいことがあるかも。


「ん?」


 茂みの向こうからカサカサという音が聞こえた。動物かなと思いそちらを見ると、


「グギャ?」


 茂みから顔だけを出した一匹のゴブリンがいた。


 ――なんでゴブリンが? 迷子か?


 ゴブリンは魔族に分類される種族で好戦的だ。多くは数人から十数人単位で群れを成して行動している。


 こんな近くにゴブリンがでるなんて聞いたことがないんだが……。


「……」


「……」


 茂みから顔だけをのぞかせているゴブリンと、その緑色の顔を眺める木の棒を持った男の子。


 なんともいえない空気が流れた。


「ギャギャー!」


「うおっ!?」


 奇声を上げて飛び出すと、茂みの奥からもう四匹、新たなゴブリンたちが出現した。


『ギーッ!』


 彼らは横一列に並ぶと棍棒を手にこちらを睨みつけてくる。


「な、なんだやんのか? 売られた喧嘩は買うぞ? 買っちゃうぞ?」


 ゴブリンは人間を襲う。いつでも撃退できるようにエスカリボルグを構えた。


「ギギ!」


「ギャ?」


「ギィー!」


 彼らは頷き合うと俊敏な動作で縦一列に並んだ。なんだ、順番に攻撃してくるのか?


 エスカリボルグを下段に構えて腰を落とす。すぐにでも動けるようにしないと。


 そして、ゴブリンたちは渦を巻くようにグルグルと回りだした。


「チューチュートレイン!?」


 まさかのダンスだった。





   †                    †                    †





「うぉおおおおお! すっげぇぇぇ!」


「ギギー!」


 完璧なリズムでチューチュートレインを披露した後、彼らは各々でダンスを踊り始めた。


 音楽もないのに妙な一体感。今、彼らは一つのダンス集団として輝いていた。


 とあるゴブリンはリズムに合わせて体を動かし、激しいダンスを踊り。


 とあるゴブリンはエアトリックという回転倒立のような技を華麗にキメ。


 とあるゴブリンは頭を地面につけてドリルのように回る。


 なんとも見事なブレイクダンスだ。


 俺も観客の心境で地面に座り込み拍手する。


 もはや完璧に和んでいた。


「お前らすげぇなー! いつも練習してるのか?」


「ギャギャ!」


 こくりと頷き肯定するゴブリン。


「人間とか襲わないのか?」


「ギッ」


 コクリ。


 どうやら人間を襲うより踊るほうが好きなようだ。なんとも変わり者のゴブリンだ。


 俺も社交界で踊るワルツのようなダンスを習っているが、あまり得意な方ではない。音感がないのかリズムを取るのが思ったより苦手なのだ。


 生前もダンスなんてしたことがないから、ブレイクダンスなんて観賞専門だ。


「お前らって面白いゴブリンだな~」


「ギャピィ~」


 それほどでも~、っと頭をかくゴブリンたち。なんだか憎めない奴らだ。


「……様~! ……ヴィス様~! どちらにいらっしいますかー!」


 遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらもう時間らしい。


「そろそろ帰るか。お前らも見つからないように帰れよー」


「ギャギャ!」


 大きくうなずくゴブリンに手を振り別れを告げる。


 ――意外な友達が出来た日だった。

 
 

 
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