シャンヴリルの黒猫
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51話「第一次本戦 (2)」
『続いては第4回戦! 先ほど赤グループで高度な技を見せたアシュレイ選手もいます。なんと選手情報を見るかぎりランクはF! 一体今度はどんな動きを見せてくれるのでしょうか! 他に青グループで1対4の勝負を勝ち取った大剣使いのBランカー、ロートス選手にも注目ですね、カエンヌさん!』
『そうですね。また司会席側から出てきたのは女性ながら重い一撃を放つ槍使いBランカーのリーメイ選手、素早く懐に入り急所に叩き込むダガー使いBランクのシュウ選手、手数で敵を圧倒する双剣士B-ランカークライン選手です。5人とも前衛の近接戦闘担当、魔法が使えるという情報はありませんから、競うは己の剣技ということになりますね』
『なるほど。ええ、この5人のレートですが、Bランカー:リーメイ選手が1.7倍、おなじくBランカー:シュウ選手は1.5倍。B-ランカー:ロートス選手が1.9倍。B-ランカー:クライン選手は1.8倍、ただ1人Fランカーにて参加したアシュレイ選手は…に、29.9倍です』
(桁が違うな)
それだけで如何に自分が期待されていないかが伺えた。きっと金を賭けているのはユーゼリア達だけに違いない。
『では準備も終わりましたようなので、第一次本戦4回戦目、よぅい……始めッ!!』
瞬間、双剣士クラインと槍使いリーメイが風のような速さで同時にシュウへと斬りかかった。だが防具を貫通せんとした槍は空を突き、唸りをあげた双剣はダガーで止められた。
キィィン!!
硬い金属音が響き、クラインを弾き飛ばした。
「やるな!」
宙で一回転しつつ余裕をもって着地するクラインを見届けると、シュウは油断なくダガーを構えた。
「リンチはやめてほしいんだがね…」
「そりゃ、無理な相談ってね!」
リーメイが長いリーチで槍を横凪に振るう。シュウが飛んで回避すると目の前でクラインがニヤリと笑っていた。
「ぐっ!」
片方は防いだものの、双剣の片方を腕に喰らい、その場で落下。前転して勢いを殺すが、利き腕を傷つけられ思わず顔が歪んだ。
「何せ、アンタがこの中で一番ランクが高いもんだからな」
「そこの女がいるだろ!」
再び地を蹴り、息も止まるような連撃を繰り出した。が、リーメイは全てを完璧に叩き落とす。今度は彼女の方が後ろに跳び、距離をもった。と同時にまたクラインが前に飛び出す。リーメイが息を整えながらニヤリと笑った。観客も思わず唾を鳴らす。
「おなじBランカーでも、あたしゃか弱いオンナノコだからね」
「はっ! 笑わせるぜ!」
苦い顔をしながらも、シュウはクラインに向かって地を蹴った。
対してもう一組、アシュレイとロートスからは、剣が剣を受ける金属音さえ鳴っていなかった。
『Fランカーアシュレイ選手、流石にB-ランカーロートス選手の猛攻撃を避け続けるのはつらいのでしょうか、押されています! しかしなんとか紙一重でかわせているようです! ただ危うい! 見ている方がヒヤッとするようなギリギリ崖っぷちの避け方! やはりFランカーの下剋上は無理なのか!?』
子どもの背丈はありそうな大剣を縦横無尽に振り回すロートスの攻撃を、アシュレイは目と鼻の先でかわし続けていた。ギリギリの戦いに観客が沸き立つ。
(さっきからFランカーFランカーって……連呼されると恥ずかしいんだが)
まだ登録して1月なのだから仕方ないことではあるが、今回の参加者の中ではダントツの最下位ランク(そもそもFの下にはF-しかないが)であるため、ちょっと苦い顔のアシュレイなど放っておき、モナは実況を続けた。
『どうやら4回戦では1対1の戦いを同時にやるようです!』
『まあ、魔道士のいないグループならそれが定石でしょう。しかし…アシュレイ選手は本当にFランカーなんでしょうかねえ?』
『確かに、ギリギリとはいえB-ランカーであるロートス選手の攻撃を避け続ける技量には、目を見張るものがあります!』
『……まあ、見ていましょう』
若干の含みを持たせた声でカスパーは言い、それきり口を噤んだ。リーメイとクラインの方のコメントに移る。
試合開始から十数分。
リーメイ、クラインに延々追い掛け回されたシュウは息も切れ切れなのもうなずける。当の2人は僅かに息を切らしているものの、まだまだ余力があるのに対し、アシュレイに対峙していたロートスの方は、既に肩で息をする程体力を消耗していた。
否、正確には「精神力につられて、体力も削られた」である。
『おやぁ!? 一体どういうことでしょうか!? 押していたように見えたロートス選手、既に体力は限界のようです!!』
(顔に似合わずズバッと言うな、あの司会)
思わず苦笑するアシュレイは、当然息一つ乱してはいない。これには観客も大盛り上がりだ。
「くっそぉ、クソクソッ! なんで当たらねえんだよ!!」
苛立ちも露わにロートスが怒鳴る。
片や吹き荒れる風のような連撃を全て受けられ、片やクライン程の速度でないものの、並の冒険者ならば一撃で伸せるであろう力強さを秘めた剣戟を全て紙一重で避けられる。
どちらも相手にダメージを負わせていないのに変わりはないが、精神的に追い詰められるのは圧倒的に後者だ。当たった、と思う斬撃がことごとくかわされる。如何なB-ランクまで上ってきた剣士であろうとも、むしろB-ランクの優秀な剣士だからこそ、それが数十分にも続けば苛立ちは押されられない。自分の剣に自信を持っているからだ。
そして内心でくすぶり続けた苛立ちの火は、やがて焦りとなって振るう剣に表れる。
(当てたい。一発あたりゃあ奴はあの軽装だ、アバラの2,3本は持っていける。一発でも当てれば…!!)
その気持ちから、無意識にロートスは剣をより大きく振り上げた。狙うはアシュレイの左肩。
この時、ロートスは気付かなかった。
今の今まで、自身の振るう大剣を全てかわしてきたアシュレイが、無防備にその足を止めたこと。その意味を。
(いける…!!)
意地と怒りにまかせて振り下ろした鉄塊は、だが獲物を食らうことは叶わなかった。
ふと気が付けば、ロートスはなぜか空を見上げていた。
(……え…?)
34歳B-ランク大剣使い、ロートス・ブランデーが次、穏やかに目を開けたのは、日付が変わったあとだったとは、彼を治療した医療魔道士見習いの談である。
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