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ワルキューレ

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第二幕その六


第二幕その六

「わしの最大の信頼を受けるべきその男をだ」
「それは今いるのでしょうか」
「今神は危急の時だ。自らが行った全てを永遠に嫌悪する。そのわしが望む世界は」
 また天を見上げる。
「その別の世界を見出すことはできない。その自由なる男でさえ自ら作らなければならないのだ」
「ですが御父様」
 ここでまた問うブリュンヒルテだった。
「ヴェルズングたるジークムントは自ら行動するのではないのですか」
「わしはあの者と共に森を彷徨った」
「はい」
 今度言ったのはそのことだった。
「その通りです」
「わしは神々の忠告に逆らいあの男を大胆に育てた」
 彼は言うのだった。
「彼を神々の復讐から守るのは剣だ。だが」
「だが?」
「この様な謀で以ってわしは自分自身を欺こうとしたのか。フリッカはすぐに気付いた」
「義母様は」
「フリッカは全てを読み取ってしまう。そしてわしは逆らうことができないのだ」
「それでは」
 ここまで聞いてブリュンヒルテも怪訝な顔になってしまった。 
 そしてそのうえで。彼女は父である嵐の神に対して問うた。
「ジークムントから勝利を」
「指輪は得なければならない」
 彼は言った。
「それの為に愛を捨てなければならない。愛しい者を捨てなければならない」
「愛を」
「そう、愛をだ」 
 捨てるというのである。
「信頼する者を欺いて」
「そうして愛を捨てて」
「傲慢な栄華よ、誇らかなる屈辱の神々しい華麗さも去ってしまうのだ」
 己さえ否定していた。
「わしが建てたものも潰えるのだ。今欲しいものは」
「それは」
「終末だ」
 遂には破滅さえ望むのだった。
「それをもたらそうとアルベリヒは企てを仕込んだ」
「企てを?」
「エルダはわしに告げた」
 そのブリュンヒルテの母でもある古の大地の女神がだ。
「愛を捨てた者が子を創り出す時には」
「愛を捨てた者がどのようにして」
 これはブリュンヒルテには理解出来ないことだった。
「その様なことが」
「己の種を女の中にそのまま入れるのだ」
 それだというのである。
「そうすれば愛も欲も感じなくともそれが可能になる」
「まさか。そんなことが」
「あの男はその術を持っている」
 アルベリヒならば、というのである。
「ニーベルングにるいて聞いたのだ。アルベリヒは一人の人の女にその種を授け子を創り出そうとしているのだ」
「その術で」
「そしてその男がだ」
 ヴォータンの声はその忌々しさに粗いものになった。
「神が身の終末をもたらす。指輪を手に入れてな」
「その指輪を」
「生まれ出るニーベルングの息子よ」
 そのアルベリヒの子への忌々しげな言葉だった。
「我が祝福を受けるのだ」
「アルプの子に祝福を」
「わしが心の奥底から嫌うものを御前に遺産として贈ろう。神々の虚ろなこの栄光を御前がその欲望で全て食い尽くしてしまうがいいのだ」
「私は一体」
 父の絶望を聞いて問い返さずにはいられなかった。
「何をすれば」
「フリッカの言う通りだ」
「義母様の」
「そうだ。彼女の名誉と誓いを守るのだ」 
 それだというのである。
「彼女が選んだものはわしが選んだものだ」
「それこそが」
「わしは自由を手に入れることはできない」
 それはどうしてもなのだった。何があろうとも。
 
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