少女1人>リリカルマジカル
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第二十九話 少年期⑫
「はぁー、くしゅん」
「……なんだ、その気の抜けた感じは」
応接用のソファに項垂れるように座る俺に、書類をまとめる副官さんが胡散くさそうに言ってきた。目だけを向けてみると、今日も忙しそうに仕事をしている。おじいちゃんはただいま別件で席を外しているため、現在俺と副官さんの2人だけである。
「いやいや、これ結構画期的だと思いますよ。幸せを逃がしたくないけど、このやりきれない気持ちを発散させる方法を考えて15分。これ溜息じゃないよ、くしゃみなんだよ作戦を思いつきました」
「ごまかす必要あるのか、それ」
「個人的には」
「お前の頭がいつも通りお花畑なのはわかった」
俺も副官さんがいつも通り辛辣なのはわかった。いたいけな子どもが悩ましげにしているのに、きっぱりアホの子宣言しますか、この社会人は。でも俺を心配する副官さんを想像してみたら、なんか寒気がしたので黙っていることにしました。
「今ものすごく失礼なことを考えなかったか、お前」
……意外に勘が鋭いよな、この人。
副官さんから視線を外し、顔を天井に向ける。そのまま俺は手に持っていた資料を掲げ、もう一度目を通す。総司令官との取引をしてから2ヵ月の月日が流れている。少し前に引っ越し作業もすべて終わり、家の方もだいぶ落ち着いてきた感じだ。
「そういえば、こっちもだいぶ落ち着きましたね。前回はお祭りのような騒ぎでしたし」
「それ本気で言っているのか?」
「おじいちゃん企画『華麗なる地上部隊 パート2』がついに上映! だったのに、副官さんが阻止するために殴り込みに行ったりしていたじゃないですか」
おじいちゃんの趣味が爆発した結果だったりする。副官さんが文字通り走り回っていた。いきなり副官さんから緊急呼び出しされたときは何事かと思ったが、レインボーな上映を阻止せよ任務だぜ。……おじいちゃん側に何度寝返りたいと思ったことか。
「総司令官は地上部隊の宣伝になるって言っていたのに」
「俺が憤死するわ! 宣伝はいいが、なんで俺ばっかり撮影されているんだよ!」
「よくありますよ。孫の成長記録を収めたい保護者の映像なら」
「だから孫じゃない!!」
副官さん心の叫び。もういいじゃん、孫で。おじいちゃんは確実にサムズアップしていい笑顔を見せてくれるよ。ちなみに副官さんの全力を持って阻止されたその事件の後。その時の様子をまたしてもビデオに収めておいたらしい報告を秘密裏に教えてもらっている。『パート3』が放映される日も近いだろう。
そんな感じで、俺は地上部隊でなんだかんだと平和に過ごしている。
おじいちゃんからはこっちに来るのは家の方が片付いてからで大丈夫、と言われていたので、この2ヵ月の間にここに訪れた回数は今日を入れて3、4回程度。そのほとんどが地上本部での説明などに使われていた。
行っていい場所や駄目な場所、あと守らなければいけないルール。そして仕事内容なども教えてもらった。主な仕事はレアスキルを使ったもので、戦闘関連は一切ない。俺に危険が及ぶものはないらしく、そこは総司令官の配慮だと思う。かなり助かる。
そんな風にやり方を覚えながら過ごすのが、今の地上部隊での俺の日常である。だけど俺がここと関わりを持ちたいと考えた本来の目的は別だ。俺の主眼は調べものをすること。そんな俺自身の目的は少々後回しになっていた。
けれどようやく安心して目的に力を入れることができる。真上に掲げた紙から透ける人工的な光に一瞬目が眩みながらも、管理局の端末から調べられたデータを眺める。家の端末ではほとんどわからなかった事実が、そこにはより詳しく載っていた。
『呪いの魔導書』
これは家で調べていて、何度も出てきた単語だった。数々の世界を破滅へと導き、終わることのない永遠の旅を続ける悪魔の本。それが、第1級ロストロギア『闇の書』。それが、俺の調べられた数少ない情報のすべて。
総司令官から許可をとり、地上本部のバンクを見せてもらったことでこれよりもっと深く知ることはできた。そしてそこでわかったのは、何故呪いの魔道書と呼ばれているのかという理由とその力。……正直に言えば、目新しい情報はなかった。
なんというか原作知識を再確認したという感じだ。もちろん俺が初めて知る情報だってあった。今まで起こった事件の状況や、その傷跡など、はっきり言ってあんまり気分のいいものではなかったけれど。まぁ結論からいうと、俺の知りたい情報は残念ながら載っていなかったのだ。
けれどそれほど落胆がなかったのは、ある程度予想していたからだろう。闇の書がもともと夜天の書と呼ばれていたことがわかるのだって、今から20年以上も未来のこと。それがわかっていたら、ユーノさんがわざわざ調べる必要もなかったはずだ。
落胆はしていない。だけど少し気が滅入ってしまったのは仕方がないと思う。
「なんか、すげぇ散々なこと書かれていますね」
「はぁ? ロストロギアに配慮なんてしてどうする。それに事実しか書かれていない」
「……そうですね。俺がただ一方的に知っているだけです」
書かれていた文章を読み終え、俺はまた考えてしまう。資料に書かれているのは、いかに闇の書が危険な代物であるかということ。最悪を、破滅を生み出す呪われた魔導書。主を守る盾であり、魔力の源であるリンカーコアを奪うための剣である、無慈悲なプログラム体である魔法生命体の存在。
これが彼らの評価なのだ。人としてすら扱われていない、ただの記号のような道具のような扱い。それが次元世界での認識。だけどそれ以上をただ知っているというのも、少々面倒な側面があるとも俺は思っている。
俺はこの情報が間違っている、彼らはちゃんと生きているんだって伝えたい気持ちを持ってしまった。リインさんの思いやヴォルケンリッター達の覚悟を知っているから。はやてさんが与えた命の息吹が、確かに芽吹くのを知っているから。
だからこの資料に違和感を、憤りを感じてしまう。お前は彼らの何を知っているんだって。闇の書が夜天の書であることも知らない。リインさんの悲しみも、ヴォルケンリッター達にも感情があることを知らないくせにって。
そこまで思って、……俺は自分に自嘲する。俺こそ彼らの何を知っているんだって。
直接会ったことも、話したこともないただの知識として知っているだけなのに。この資料を書いた人だって嘘を書こうと思って書いたわけじゃない。これもまた真実なのだ。お前に何がわかる、と反論されたら俺は何も言い返せない。「でも――」の先の言葉を飲み込むしかない。
本当に、知っているというのは……時に面倒だ。
「どういうことだ」
「あはは、つまらないことです。なんでもないので気にしないで下さい」
副官さんの追及に俺は曖昧に笑って見せる。それに一瞬睨まれたが、俺に応える気がないことを理解するとまた書類に視線を戻した。取引をしてからというもの、副官さんがこちらを探ろうとしていることに気づいていた。俺自身も言葉には気を付けないと。
******
俺は一度頭を横に振って、それまでの気持ちを切り替えるようにする。少なくとも今考えてもどうしようもないことは事実だ。なら堅実な方を考える方がいいに決まっている。
管理局のデータベースでは、俺が知りたいことを知ることはできない。ならば当初の予定通りあの場所に行くしかないのだろう。だけど一般人は本来入れない場所なので、申請や立ち入りのためのパスを作成するなど手続きが必要らしい。総司令官からはできるまで時間がかかると言われていたが、まだできないのだろうか。
「あの、副官さん。立ち入りの申請はまだ時間がかかるんでしょうか」
「そこまで急ぐ必要があるのか」
「あー、急ぐ必要性はないんですけど、ちょっと落ち着かないだけです」
急ぐ必要性はあまりなく、時間ならかなりある方だと思う。でも、気持ちがどこか急いてしまうのだ。たぶんそれは、実際に俺がまだ何もしていないからだろう。少しでも進展があれば、この手持無沙汰な状態がなくなればいいと考えてしまう。
俺は指で頬を掻きながら、焦っているのかなぁと自問する。家族と一緒にいるときや友達と遊ぶときなどは余裕を持っていられる。だけど1人になったり、空いた時間ができると考え込んでしまう。これからのことが未だ手付かずなのが、不安を生んでしまっているのだろうか。
そんな俺の様子を静かに見ていた副官さんは、書類を整理していた手を止める。そして、そのまま机の上に紙の束を置き、俺の座っていたソファの向かい側にドカッと座ってきた。それに目を丸くした俺を一瞥しながら、おもむろに口を開いた。
「なぜそこまでロストロギアのことを調べる必要がある」
「え、なんですかいきなり」
「ロストロギアを専門に扱っているのは主に「海」だ。だがお前はわざわざ「陸」で調べものをしている。局の情報データは統一されているが、普通は「海」の方に出向くものだろう」
「いや、ぶっちゃけ「海」に伝手がなかったものですから」
「つまり伝手ができていればそっちに行っていたと……」
あの、副官さん。目からハイライトを消さないで下さい。決して「陸」を落としたつもりはありませんし、「海」を持ち上げているつもりもありませんから。もともと管轄の違いはありましたし、今はこっちに頼れてよかったと思っていますので。
それにしてもこの人の「海」嫌い――本局嫌いは相変わらずだなぁ、と思いながら俺は必死に弁解する。そういえば、原作というか2次小説で「陸」と「海」があまり上手くいっていないという描写があったような気がした。
時空管理局には通称「陸」と「海」と呼ばれる主に2つの部隊がある。原作で一番出ていたのは「海」の方で、ハラオウン家、そしてなのはさんたちは第3期までこちらに属していたはずだ。俺なりの解釈だけど、「海」は次元世界という時空の海全体を守る組織のことで、「陸」はその海にある世界に実際に足をつけて、それぞれの島を守る組織という認識をしている。どっちも大切な役割だ。
不仲の理由も色々あったと思うけど、詳しくは覚えていないな。同じ組織の中なのに、仲が悪いってあんまり良いとは思えないけど。俺1人に何かできるとは思わないので、本当に思うだけだが。総司令官達だってそれはわかっているはずだし、わかっていてもできない現状があるのだろう。
「……今から、海の方に伝手を用意すると言えばどうする」
「そんな海の部分を嫌そうに言わなくても。あぁー、いえ、とりあえずお気遣いありがとうございます。でもそこまでしてもらわなくても大丈夫です」
というより、これ以上このことが広まって欲しくないんだよね。家族に気づかれるかもしれないし、不審な行動をしている自覚はあるから。俺の目的は管理局そのものというより、管理局が保有している情報や施設の利用だ。今更海に伝手を作っても、今のところメリットが思いつかない。
「あんまり表だっていえることでもないですから」
「つまり公にするつもりはないと」
「……あの、副官さん。俺のことについては一切問わないと決めたはずですよね」
言葉に棘が出てしまったかもしれない。でも言葉の端々から、意図して話を誘導しているような感じがしたのだ。こちらの反応を窺うような雰囲気が俺に伝わってきた。俺の行動が不審なのは自覚している。だけどここまであからさまだと少し気分が悪い。
そんな俺の言葉に、副官さんは多少ばつが悪そうに顔を逸らした。たぶんこの人もそれはわかっているのだろう。もともと真面目な人だし、一度結ばれた契約を無遠慮に破る人じゃない。けど感情が追いついていない感じだろうか。
思えば、副官さんって確かまだ18歳なんだよな。日本でいうところの高校生か大学生ぐらい。一生懸命な人だから、目の前に明らかに怪しいです、って人物がいれば警戒して当然か。そう考えるとこの人はかなり自制心を持っている方なのだろう。むしろこの場合、おじいちゃんが寛大というか大雑把すぎる気がしてきた。
なんだか俺も申し訳なく感じてくる。副官さんが心配するような事態を招くつもりはない。でもそれを伝えることはできない。この場合、契約という形で関係を成り立たせた俺にも責任はあるか。こちらは誠意っていう最も大切なものを見せていないのだから。
「あぁ、そうだな。確かに契約違反になる。……すまなかった」
「いえ、こちらもすいません。副官さんが疑いを持つのも仕方がないのに」
「それがわかっていてだんまりか」
ガシガシと手で頭を掻きながら、副官さんは無言になる。俺から口を開こうかと思ったが、何を言うべきかわからない。いつも軽口を言い合うぐらいなら簡単にできるのに。
と、俺が考えたと同時に副官さんからどでかい溜息が聞こえてきた。それに俺は目を大きく見開く。先ほどまでの固かった空気もどこか和らいだような気もする。傍目から見てもわかるぐらい、疲れたというかめんどくさくなったという顔が正面から見えた。
「……そもそもなんでお前みたいなやつに、俺がこんなに気を遣わなくてはならないんだ」
「それ普通にひどい。でもコーラルがいたら、『6歳と18歳が塞ぎ込んでいる謎空間ですねー』ぐらいのことは言いそうですけど」
「あのデバイスなら言いそうだ」
共通の話題で会話復活。
「だいたい胡散臭いのがわかっているくせに、話さないって疑えと言っているものだろ。それとも疑ってほしいのか。お前実はマゾか」
「よりにもよってマゾとはなんですか。6歳児相手に凄む大人げないエスのくせに」
「俺に変な性癖をつけるな。あとお前は6歳児に謝ってこい。この見た目詐欺野郎」
「真面目なところだから気合入れてシリアスしてきたのにあんまりじゃないですか。しかも俺は6歳児の中に紛れ込んでも普通に何も言われないですよ。……あれ、これいいのか?」
軽口も復活しました。
そんな応酬から数刻経つ。お互いに息を吐き合い、ソファの背にもたれかける。なんか溜まっていたものが一気に抜けた気もする。散々言い合っていた相手もどこか吹っ切れたような顔だった。
「なんか、色々バカバカしくなった」
「あはは、そこはちょっと同意です」
2人そろって口元に笑みが浮かんだ。副官さんは短く切りそろえられた髪をまた手で掻き、俺に視線を向ける。それに俺は自然と姿勢を正していた。
「……俺は昔から白黒つかないことがあまり好きではなかった。そしてわからないことを棚上げにずっとしておくことも嫌いだった。何かしら俺にできることがあるのなら、進めるだけの道があるのなら俺は進んできた。そして、これからもそれを続けていこうとも思っている」
それはなんだか、副官さんらしいと思った。この人は決断できる人なんだろう。自分を信じて、自分が目指す道を夢見て真っ直ぐに進んでいける。そこに切り捨てる何かがあっても、きっと真っ直ぐに。それは間違いなく彼が持つ強さだ。
けど、それって少し怖い。その切り捨てたものが大切なものでも、必要ならば切り捨ててでも進んでしまうかもしれない。その切り捨てた心に傷を抱えて。そんな風に進んで、目指す先にもし間違いがあることに気づいてしまっても……それでも彼は進むのだろう。目指した夢に希望を夢見て、切り捨てたものを無駄にしないために。
「だから、一度はっきり聞くぞ。答えたくないなら答えなくてもいい。すべて言いたくないならそれでもいい。それはお前に任せる。お前はなんのために必死になる」
『この提案を受け入れてくれるかはおじいちゃん達に任せます。だけど、受け入れても受け入れなくても、なぜそのことについて俺が問うのかには一切触れないでほしい。それだけです』
この人わざとかよ、と一瞬考えたが、じっと俺を見抜く目に嘘はない。あの時おじいちゃん達に話を聞いてもらうために言った言葉とどこか似ていた。そっちの都合なんておかまいなしに、ただ受け入れるかを相手に委ねたもの。
自分で聞くとすごく身勝手な話だと思う。話すだけ話して、聞くだけ聞けって。けどそう思うってことは、副官さんやおじいちゃんもあの時同じように思ったということだろう。なんというブーメラン。
この問いに応える必要性はない。しかも契約だってしているのだから、言わなくてもいいのだ。彼もそれはわかっている。はぐらかしたって、沈黙したって答えを俺に委ねた時点で仕方がないことなのだから。
「――自分のためです」
それなのに、俺は口に出していた。すべては言えない。むしろほとんどのことを話せない。だけど、嘘も拒絶もしたくなかった。
自分の都合のみの問いかけ。だけど、その中に確かにある実直のこもった思い。ちゃんとそれに返さなきゃ、誠意を持たなくては、俺自身が自分を許せない。思いを持った言葉から逃げる、卑怯な自分にはなりたくない。だから、せめてこの思いだけでもしっかり伝えよう。
「俺も自分の考えが結構複雑で、説明が難しいです。でも、やっぱり最終的には自分のためなんだろうなって思いました」
もともと俺は、自分が楽観的でマイペースな人間なんだってわかっている。こっちに来て色々考えるようにはなったけど、基本俺は難しく考えるのが苦手なんだ。
彼女を安心させてあげたい。恩返しをしたい。助けてあげたい。言葉は色々あるけど、なんとなくこれらを口に出すのは違う気がした。そして出てきたのは自分のため。俺は笑っているのが好きで、周りも笑ってくれると嬉しいし、楽しい気分になる。幸せそうに微笑んでいる人を見たら、こっちもあたたかい気持ちになる。単純明快な思考回路。
「叶えたいと思ったんです。みんなが笑いあえる未来っていうそんな可能性を俺が見たいんだって。だから自分にできることを頑張ろうと思いました」
やっぱり俺はハッピーエンドが見たい。アリシアがいて、母さんがいて。なのはさんとはやてさんが原作と違う未来で幸せになれるのかはわからないけど、それでも笑っていてくれたら嬉しい。そんな先を俺は目指したいと思った。
「ロストロギアを調べたら、みんなが幸せになる? 頭大丈夫か」
「副官さんの貴重な心配シーンが俺の頭の中ですか。いや、まぁ文章の繋がりが意味不明なのは確かなんですけど……」
「別に、答えなくてもいいと言ったのは俺だ。とりあえず、余計にわけがわからなくなったのはわかった」
いやぁ、本当にすいません。へらりと笑ってみせると、ジトッとねめつけられる。その後副官さんは俺から視線を外し、少し考えるように床に目を落とす。それに首をひねる俺の目の前で、端末のディスプレイを空中に浮かび上がらせた。
そのまま素早く指を動かし、何か作業を始める。仕事か何かだろうか、とその様子を見つめる俺。声はかけづらかったので、静かに眺めて待つことにした。
「以前総司令官から、自分の目で見て、考えろと言われたことがある」
「え? あ、はい」
「結局わけがわからないのは変わらなかった。白か黒かも判断が未だにわからないのも同じだ。そのまま中途半端にすることを俺は好きではないが、そういうおかしな生き物も世の中にはいるのだと思えば納得はできる」
……今ものすごく失礼なことを言われた気がする。
「俺からはもう何も聞かない。だが、見ることや考えることをやめるつもりはない」
そこまで言って副官さんは作業をしていた手を止める。結局何をしていたのかはわからないまま、ディスプレイも消去された。事務仕事が多いからか、すげぇ高速指使いと感心しながら見ていたんだけどな。
副官さんはソファから立ち上がると、机に置いてあった書類の束を片腕で抱きかかえる。もう片方の手で引き出しに入れていたカードキーを手に取り、俺の前にズカズカと歩いてきた。
「そろそろ会議の時間だから俺は出るぞ。鍵をかけるから早く出ていけ」
「い、いきなりですね。まぁ出ますけど」
長話をしていたからか、当初の予定よりだいぶ時間が過ぎている。総司令官に挨拶をして帰りたかったけど仕方がないか。後でメールを送っておいて、今は副官さんにお願いしておこう。俺もソファから立ち上がり、身体を伸ばしてほぐす。俺は転移で帰ればいいので簡単だ。
「えっと、それではありがとうございました。総司令官にもお礼を伝えてくれると嬉しいです」
「わかった」
短く返された返事に頭を下げ、忘れ物がないかどうか周りを確認する。それに大丈夫かな、とチェックを終え、いつでも転移が発動できるようにした。
「また調べものをするときには連絡をしますね」
「あぁ。……知りたいのなら、あとは自分の力で調べるんだな」
「え? はぁ、失礼します」
曖昧な返事になってしまったが、そのまま転移を使って家まで移動した。新たにできた自分の部屋に到着し、ほっと息をつく。空の日もだいぶ落ちてしまっていたが、晩御飯までまだ時間はある。それが出来上がるまでベットに寝転がることにした。
それにしても今日は疲れたなー。出てしまった欠伸を手で覆い隠しながら、なんとなく天井を眺める。少し眠っておいて、休息でもとろうか。思い立ったが吉日。早速寝過ごさないように俺は目ざまし時計を召喚した。
『今ものすごく失礼なことを考えませんでしたか』
サクッとスルーして、1時間後ぐらいに起こしてもらうように告げる。腕を伸ばし、パキパキと骨が鳴る音を聞きながら枕に顔を沈める。自分の部屋ができたことで、新しくなった枕の柔らかさに頬が緩む。これは寝られる。
『あ、ますたー。寝られる前に先ほど届いたメールの確認をされてからの方がいいのでは?』
「え、メール来てたのか」
『はい。管理局からのものでしたし、急ぎかもしれませんから』
俺はしぶしぶ起き上がり、乱れた髪を少し整える。おじいちゃんへのお礼のメールも送らないとダメだし、丁度いいか。俺はコーラルからの忠告に了承の返事を返した。
そして端末のディスプレイを開き、そこからメールを確認する。……あれ? これ、確か副官さんのアドじゃなかったか。おじいちゃんからだと思っていたが、間違いなく副官さんからのものだった。
伝え忘れたことでもあったのだろうかと封を開くと、文面にはどこかの住所らしきものが記載されていた。他には特に何も書かれていない。何これ? これもしかして間違って送られたものじゃないかと思ったが、送付ファイルもあることに気が付く。念のために確かめようと指で触れて内容を開いた。
「……え」
『ますたー?』
出てきたものに俺は正直言葉を失った。パッと見ただけでは、これが何なのかもわからない。俺の名前と写真が載っているIDカードのようなもの。それが空中のディスプレイに映る。
地球のようにカード型ではなく、電子式の証明書。そこには他にもたくさん細かなことが書かれていた。その記載された文面を読んでいくにつれ、これが何のためのものなのか理解していく。猫背のようになっていた身体も起き上がり、まじまじと見入ってしまっていた。
『この者の無限書庫への立ち入りを許可する』
『知りたいのなら、あとは自分の力で調べるんだな』
……まじでか。あの時カタカタしていたのってもしかしてこれ? 間違いなくこれは、世界の記憶を収めたと呼ばれる場所への立ち入り許可のパスだった。管理局が保有する世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベース『無限書庫』。原作で夜天の書の手掛かりを見つけられた場所。
副官さんがあの時の操作で発行してくれたのか、それとももともと発行されていたものを送ってくれたのかはわからない。もしかしたら、俺に送るのをずっと躊躇していたのかもしれない。それでも、こうして俺の手に届けてくれた。
「――ありがとうございます」
それがすごく……嬉しかった。
『無限書庫ですか……、どんなところなのでしょう』
「うーん、載っていた住所によると本局の方にあるみたい。確か本がめちゃくちゃあって、無重力空間だったような気がする」
『そうなのですか?』
コーラルの声に確かね、と肯定しながら、ごろりとまた転がってパスを眺める。見ていると顔がにやけてしまう。これでまた1歩前に進められると気持ちが高揚する。
それに無限書庫は、リリカル世界で俺が行ってみたいとずっと思っていた場所でもある。本を読むのは結構好きだし、宇宙空間も体験できる。確かすごく広いはずだから、探検もできそうだ。ユーノさん曰く、調べたらちゃんと出てくると言っていたぐらいの宝の山らしい。なんだかわくわくしてしまう。
その後、結局興奮で眠れず、母さんからの晩御飯ができた声が聞こえてくるまでごろごろしてしまった。それに返事を返し、俺は扉へと真っ直ぐに向かった。
……とりあえず、感謝のしるしにおじいちゃんから密かにダビングしてもらっていた『華麗なる地上部隊 パート3』は1回見させてもらったら封印しようと思う。本人曰く憤死ものだったらしいので。
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