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とある組織の空気砲弾(ショットガン)

作者:裏方
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第五話 Community (前編)

 
前書き
お久しぶりです。本編も更新期間も長ったらしくて申し訳ないと思っている、搬入係の裏方です。

一応前編後編扱いにしますので、暇つぶし程度にどうぞ。

あとSが始まりましたね。テンションMAXで行きましょう(笑) 

 
 それは、銀行強盗事件が無事に終息して数日後の事。


「灯影……、お前、何やってんだ?」

「…………」


 そんな担任の一言から、灯影月日の一日が始まった。



………
……………
…………………


 事は月日がド派手な花火を打ち上げた場面まで遡る。
 目の前で起きた出来事に広場が静まり返る。それを見た頭に花を咲かせた少女が「すごい……」と呟いたのを月日は覚えている。いつもの調子なら「DARO!」と見ず知らずの少女にも言っているところだが、彼にはまだやるべき事があったためその場を離れた。
 向かったのは、後方でアスファルトに突き刺さった状態で停止した逃走用の車。クルクル回る後輪が強盗達を「ざまぁww」と嘲笑っている様に、その時の月日は感じたと言う。

「う、う〜ぅぅ………」

 無様な呻き声を上げて伸びている強盗犯。学園都市製のエアバッグのお陰か大きな外傷も見られない。
 普通ならば後は風紀委員(ジャッジメント)と警備員(アンチスキル)の領分だが、

「おい、生きてるか?」

 月日はどこか冷めた様な口ぶりで伸びた男に話しかけていた。
 当然男からの返答はない。

「………」

 それを確認した月日は収めたリボルバーを引き抜き、



―――――パリィィィッ!


 銃身を掴んで運転席側の窓をグリップ部分で叩き割った。
 そして車内に腕を突っ込んで男を強引に車外へ引きずり降ろした。

「がはぁっ……!」

 背中からアスファルトに叩き付けられた事で男は意識を取り戻す。

「生きてるな?」

 そう問いかける月日。「テ、テメェは―――」と慌てて起き上がろうとする男だったが、


―――ガチャン!!

 月日の持つリボルバーの銃口を額に当てられた途端、金縛りの如く動けなくなってしまった。
 無理もない。その銃は車を宙に舞い上げるだけの威力を見せ付けたのだから。
 脂汗を流す男とは裏腹に月日は涼やかな笑顔を浮かべている。

「ま、殺すつもりは元々なかったし、殺しても組織(こっち)にはマイナスだ。でも、お前さん達は馬鹿をやった。俺でも“見逃せない”程の馬鹿を」

 淡々と語る月日の言葉を男が正しく理解しているか、または聞いているかは定かではない……。
 だが一つ言える事がある。

「その中でもお前さんは重罪だ」

 月日の目と雰囲気が変わったのだ。

「逃走に人質…。挙句少女に足蹴り…。情状酌量の余地すら存在しない」

「――――――」

 あまりの眼光に男は言葉を忘れた。ただ陸の魚の様に口をパクパクさせる事しかできずにいる。

 そして、月日は刑を言い渡す。

「とりあえず一発くれてやる。自分の犯した罪の重さに深く後悔してくれ」

 リボルバーの撃鉄がカチャ、という小さな音を立てて引き起こされる。
 長い人差し指が引き金にかかり、後は手前に引くだけで……。

「ま、待ってくれ…!」

 ようやく男の口から紡がれたのは往生際の悪い言葉だった。
 さらにその言葉は続く。

「悪かった、謝るよっ! あのガキ共にも、ちゃんと謝る! そ、そもそも……、俺は嫌だったんだ強盗なんて! きっとこうなるだろうって思ってたんだ。だから―――」

「突然ですが問題です」

 台本にありがちな台詞を並べる男の言葉を月日が遮った。
 「よく喋る男だ」と吐き捨てながら。

「さっきの一発が大体“五tトラックと正面衝突程度”の威力がありました。それを―――」

 月日は口元が裂けんばかりの邪悪な笑みを浮かべ、

「人間の頭蓋程度の強度にこの至近距離から受けたら……、どうなってしまうでしょう」

「――――――!!!」

 再び男は言葉を失った。
 そんなもの小学生でも解る。
 プチトマトを戦車が踏み潰す感覚で中身が零れる。
 それで済めば、どんなによかった事か……。

「では、正解VTRを見てみましょう」

「ま、待ってk―――」

「待つか、馬鹿が」





―――バァァンッッ!!!

 無情にも銃声が響いた。

 こんな場面を他の誰にも見せたくはない。
 見てしまえば、驚きで言葉を失うだろう。

「………」

 月日は見下すように、再び動かなくなった男を見下ろす。
 まるで、哀れむように……、





「…………………………(ブクブクッ)」

 足元で蟹の様に口から泡を吹き出して気絶している哀れな男を月日は見ている。

「期待を裏切って悪いが、ただの“空砲”じゃ人は死なんのよ」

 月日は初めから能力を使うつもりはなかった。
 彼のリボルバーは改造を施してあっても所詮は玩具。弾を装填しない限りはただの空砲でしかない。
 運動会の出店で売っている玩具の銃と大差ない。

「しっかり後悔して、更生してくれよ。お義兄(にい)さんとの約束な?」

 そんな台詞を残し、満足した様子でその場を立ち去る……




――――――ガチャリッ!

「ほへ?」

 立ち去るはずの月日は素っ頓狂な声を上げ立ち止まった。
 その原因は、手首に感じる“金属の輪”の感覚。もちろん月日は腕輪など身に着けてはいない。
 月日は恐る恐る自分の手首に目をやった。

 その手首にはしっかりと“風紀委員(ジャッジメント)の手錠”がかけられていた。

 その反対側をとある少女が掴んでいた。
 少しウェーブのかかった髪をツインテールにした風紀委員の少女が眉をやや吊り上げて睨んでいる。

「おやおや~?」

「風紀委員ですの。まずは友人の窮地を救っていただいた事は感謝いたしますの。ですが貴方を銃刀法違反、危険物所持、殺人未遂、その他諸々の事情をこれからゆっくり聞かせていただくために拘束します」

「大人しくしてくださいな」と少女は警告する。
 月日もこの少女が空間移動能力者(テレポーター)であり、かなりの実力者であると理解している。

「やりすぎた事は謝る。だが、捕まる訳にはいかんのよ。お義兄さんはこう見えても暇じゃないんでね」

「ならさっさと聞かせていただきましょうか? その腕章と組織とやらの事を」

 状況は正直悪い。このまま捕まれば、自分達の苦労は水泡と帰してしまう。
 冷静を装ってはいるが内心はかなりの焦りがある。


 だが女神は月日に微笑んだ。

「白井さーん!」

「黒子!」

 銃声を聞きつけて頭に花を咲かせた少女と友達思いのお嬢さんがこちらに駆けてきた。

「さっきの銃声って―――」

(チャンスッ!)

 走ってきた二人に風紀委員の少女が気を取られた一瞬の隙に月日はベルトのホルダーから素早くある物を取り出した。

 それを思いっきりアスファルトに叩きつける様に投げた。

「ちょっと、黒子!」

「はい?」

 風紀委員の少女が何事か理解する前に周囲を白い煙が覆いつくした。

「ゲホ…! ゴホ…! 何ですの?」

「ケホ、ケホ…!」

 舞い上がる煙を吸い込んで咳き込む少女達。
 視界が白一色に染まる中で、

「あはははぁ~。あばよ、とっつぁん!!」

 声高らかに某Ⅲ世みたいな台詞を残した人物がいた。
 手錠には重みを感じる。ツインテールの少女は白の世界で手錠を見た。
 そこには手首から先がある。だが、手首から手前がない。

 某Ⅲ世と酷似した手錠抜けの方法である。

 その手口と捨て台詞にイラッ、としたのかツインテールの少女は叫んだ。

「誰が…、誰がとっつぁんですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」

 そんな絶叫が今度は虚しく響いたのであった。



………
……………
…………………


 そんなこんなの経緯を経て、灯影月日は職員室に呼び出されているのだ。

「もう一度聞くぞ。何やってんだ、灯影?」

「…………」

 沈黙を貫く月日に担任の教師、焼ヶ野火縄(やけの ひなわ)は「やれやれ…」とボサボサの赤黒い髪を掻いた。
 職員室に呼ばれた理由は簡潔だ。『そちらの学校に容疑者がいるので一度取調べを行いたい』的な警備員から通知があったためだ。
 火縄も『そんな馬鹿な話…』ではなく、『問題起こすなよ。俺の立場に響くだろう…』と思ってしまうようなずぼらな教師だが、はいそうですか、と自分の教え子を突き出すような真似はしない。一度本人から事情を聞くと保留にさせている。

「灯影よぉ、いつまでも黙ってたって話は好転しないんだ。YESかNOでハッキリさせようや」

 言っている事は教師らしい。話しながら生徒から没収したP○Pを操作していなければ完璧だ。しかも音ゲーをやっているのかポップな曲に合わせてボタンをカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!と怒涛の連打音を響かせている。
 そこでようやく月日は口を開いた。

「PS○で遊んでるアホ教師にYESかNOで答えたら信じてくれるんですか?」

「あー、信じる信じる。俺はお前を信じてる」

 とても軽い信じようだ。

「だが、俺の立場を脅かすのはいただけないな」
 そして、とても薄情だ。
 月日は深い溜息を吐いて主張を始める。

「俺は何も悪い事はしていません」

「それを俺以外が信じると思ってんのか?」

 一通り遊び終えたゲーム機を机に置きながら、火縄は机の上の封筒を手にした。その中を漁って、一枚の写真を月日に差し出す。
 月日は受け取った写真を見た。防犯カメラの映像を印刷したものだろう。
 そこには“鉄色のリボルバーを構えた細身で背の高い青年”が写っている。丁度、月日と身体的に一致した人物だ。

 それを見た月日はこう答えた。

「あぁ、昔生き別れになった双子の兄です。まさかこんな所で再会するなんて」

 あからさまな棒読みだった。
 それに対し火縄はこう答えた。

「それはないわ。お前のアニキは俺が殺したからよ」

「ッ! 貴様が兄さんを!!」

「はっ! 右目が見えねーくせにノコノコ戦場に出てくるからいけねーんだよ!」

「…………」

「…………」

 しばしの沈黙。睨み合う両者。とんだ茶番劇だ。

(注意:ここは職員室。多くの先生方がいます)


「ま、馬鹿はこのくらいにして」

「そうですね」

 さっきまでの無駄な迫真の演技が終わり、火縄は白衣の胸ポケットから煙草……そっくりの駄菓子を取り出して口に咥えた。
 月日は「俺にも一本ください」と言うと「お前にはまだ早い」と拒否された。
 「早かねーよ。むしろ遅いくらいだよ」と呟いてみるがダメ教師は恵んでくれる様子は微塵もない。
 そんなダメ教師、火縄はポツリ、と独り言を囁き出した。

「俺よー、昔はサラリーマンで係長だった。上がりもしねー給料と昇進のために汗水流して働いて……、家に帰れば女房に小言を言われ、たまの休日も五歳の息子と〇歳の娘の相手をさせられ潰れる」

「………」

「そして、ある日家に帰ってみればテーブルに置かれた『二人を連れて実家に帰らせていただきます』の置手紙。………目の前が真っ暗になったよ」

「………」

「それもあって会社をリストラされ、行く当てもなく彷徨ってみればいつの間にか戦場のド真ん中。生きるために傭兵紛いな事もやったし、機動戦士にも乗ったし、体の半分消し炭になったが再生治療で復活して、もう一回吹き飛んだ。巡り巡って学園都市に拾われて、今はこうして理科を教える教師になりました、ってな」

「長ったらしい過去話をどうも。てか、最後マジで死んでませんか?」

 相変わらずの得体の知れなさだ。それ以前に色々なものがぶっ飛んでいる。だが、それを今更驚く人間は一人もいない。何せ、色々なものがぶっ飛んでいるから。


 
「で、何でそんな話しをしたんですか?」

「大した理由はねぇよ」と咥えた菓子を咀嚼しながら火縄は言った。「お前の事は“ホーム”の人から聞いてるし、お前自身からも聞いている」

「……」

「お前はクラスでも人気者だし、能力(ちから)もある。そして、友達思いの良い奴だ。お前が正しいと、この学園都市のためだと言ってんなら、あながち間違っちゃいないんだろーよ」

 本当に軽い信じようだな、と月日は思った。だが、学園都市のためという気持ちは嘘ではない。

「だから、俺が正しいって言ったら信じてくれるんですか?」

 呆れ気味に月日が問う。
 それに火縄は笑って答えた。

「あー、信じる信じる。俺はお前を信じてる。俺以外が信じないがな」

 本当に、軽い信じられようだ。

「それで、警備員には何て言うつもりですか? まさか『本人は知りませんでした(笑)』じゃ納得してもらえんでしょ…」

「ところがギッチョン、てな。今回お前の取調べするっ言(つ)ってた警備員は俺の知り合いでな、ちょっとくらいは融通が利くんだ」

 この教師の言葉で融通の利く警備員とはどんな人物なんだろうかと真剣に考えてしまう月日。
 一つ解る事は目の前の教師と同じく、余程のお人好し(アホ)なんだろう。
 そんな事を考えていると、何やら火縄がブツブツ小声で呟きだいしていた。

「……(そうなると、また酒飲みに連れて行かなきゃならんのか。あの巨乳奢り酒浴びる程飲みやがるからな……。いや待てよ、酔い潰れたアイツを背負って帰れば、アレがこうなってソレがそうなって……、これはもう揉んで挟むしかないよなっ!)」

「………」

 月日は思った。このアホ教師は結局アホ教師だと。
 それでも惚れた女?の手で死ねるんだ本望だろうと月日はどこか哀れみの目を向けるのだった。

「じゃぁ…、後はお願いします」

 椅子から立ち上がった月日は一応深く頭を下げ、職員室を出ようとドアに向かう。

「ちょい待ち、灯影」

 何故か話は終わったはずの火縄が呼び止める。
「まだ何か?」と振り返った月日に火縄は何かを放り投げた。
 危うく落としそうになったがうまくキャッチ。投げ渡されたのは、先程まで没収して遊んでいた〇SP。
 何ぞ?と首を傾げる月日に火縄は、

「それ、ウチのクラスのバカが持ってきたもんだ、返して置いてくれ」

 つまり、遊び終えたから返すと言う事らしい。物をちゃんと返すジャ〇アンといったところか。

「後持ち主に伝えてくれ」

「何てです?」

「キャラの趣味が良い。それとEXのゲキショウは難しいな。ま、七〇万点出したけどよ!」

「アンタ、化け物かッ!」

 そんなツッコミも虚しいくらい、校内に予鈴が鳴り響くのであった。


………
……………
…………………


 一時限目も始まっていないのに疲れた体を引きずって教室の戻る月日。

 やっと辿り着いた教室のドアを開けると、

「つーきーひー!!! 我(おれ)の、我の姫(〇S〇)が、あの赤い悪魔に攫(さら)われた!! 我はこれより敵の本拠地を襲撃し、囚われた姫(P〇P)を救出しに………、ん? 月日それは!」

「テメーのか鷹見(たかみ)」

 朝からテンションが振り切れているのは鷹見行方。一発ぶん殴ってやろうという気力すら尽きている月日は囚われの姫とやらを悪友へと返却。そのまま着席する。
 たった今理解した。この鷹見(ばか)とあの教師(アホ)は同じ姉属性好きであると。

「それとな鷹見…」

「何だ我が心の友よ?」

 喜びのあまりイナバウワーをしている鷹見。激しく人体に悪い体勢だ。

「火縄Tからの伝言だ」

「うむ、申すがよい!」

「………『精々、ハイスコアを出すの頑張れよ。今日持ってきた事を後悔すんのは家に帰ってからだぜ(キラッ☆!)』、だそうだ」




―――――ベキッ!!

 なんだろうか。日常生活では滅多に聞かないような音が教室に響いた。
 さっきまで騒がしかった室内は静まり返り、皆音源へと視線を向ける。
 音源。それ即ち、皆から嫌われていないタイプの変態、鷹見行方。
 厳密には、彼の背骨から発せられた音。

「馬鹿野郎。無茶しやがって」

「……………………」

 返事がない。ただの屍のようだ。

「しゃーねーなぁ……」

 正直、このまま愉快なオブジェと成り果てた変態を放置してもいいのだが、担任に『それお前の担当だろ?』と言われて結局は撤去する役が回ってくる。遅かれ早かれ、と言う事だ。

「よいせっ、と」

 月日は軽々と物言わなくなった鷹見を担ぎ上げ、そのまま教室を出て行った。

「「「…………」」」

 残された妙な静寂。
 特別珍しい光景ではないのだが、皆いつも考えてしまう点が一つ……。

『『『……あの細身のどこにそんな力が?』』』

 そう、彼らにとっては永遠の謎と言っても過言ではない、灯影月日という青年の事柄である。
 月日は細身で長身。長い四肢は折れてしまいそうな程細いというのが第一印象であるが、それを裏切るように重い物を軽々と持ち上げる。
 ある調査(情報提供者:T氏)によると、『奴の腹筋を触った時、鉄板と勘違いした。あれは筋肉が付いているんじゃない、筋肉を着ているんだ!』という結果となった。
 要するに、凄い筋肉質であるという事らしい。
 また、彼が飲んでいる牛乳に何か秘密があるのではとクラス全員でコップ一杯ずつ飲んでみた。 その結果、

『『『普通に、美味い……』』』

 要するに、牛乳は関係ないという事らしい。
 この事もあって灯影月日という青年は、『美味い牛乳を飲んでいる背のデカイ凄い筋肉質で友達思いの優しい人』という事でクラス全員が納得したという。




―――五分後

「ただいま~」

 月日帰還。もちろん鷹見はいない。
 すでに来ていた担任の火縄は聞くまでもないが、一応確認する。

「オイ、灯影。あの馬鹿は?」

「あ~、保健室に置いてきました。去り際に『白衣のお姉様も、ステキ……!』とほざいてました」

「解った、座れ」

「はい」








 その後、三限目に鷹見が何もなかったように教室にいた事は、言うまでもない。






………
……………
…………………

キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン

 四限目終了を告げるチャイム。
 それは購買に走る生徒達にとっての戦を告げる法螺貝(ほらがい)の音。
 だが、弁当持参組にはまったく関係ない音である。


「むむむ………」

 唸っている彼、鷹見もまた弁当持参組の一人である。
 広げられた弁当の中身は見た目にも手間のかかったおかずが詰められている。この厚焼き玉子の色ツヤといったらもう。




 しかし、冷静になってもらいたい。

 この? 姉好きの? 変態が? 早起きして弁当を作る?
 厚焼き玉子? タコさんウィンナー? 三色野菜の肉巻きetc………?





 はっきり言おう。

 この男にそんな繊細な真似ができる訳がない。否、やらないしできない。

 普段鷹見は戦に身を投じている人間なのだ。

 なら目の前の弁当は?
 答えは簡単だ。

 この鷹見の親友である、

「何で唸ってんだ? お前さんのリクエスト通りに作ってきたはずだぞ」

 灯影月日、その人が作った物である。

 月日は一人暮らし。家事は必然的に上達し、本人もこだわりを持っている。
 それに目を付けた鷹見が週三回で頼んでいるのだ。

 理由はシンプル。
 週二回、素敵なお姉さんが購買で働いているのだそうだ。この時の鷹見が一番輝いているという。
 そんな鷹見はおかずを見てから口を開いた。

「いつも思うのだが……。やはり弁当はお姉さんが作ってくれた方が美味い気がする」

「OK.次からは生ゴミ炒めか何かの幼虫揚げを詰めてやる」

「嘘です冗談ですごめんなさいだからそれだけは勘弁してください!」

 鷹見の全身から脂汗が吹き出す。
 彼の脳裏を過ぎる記憶。忘れはしない……。あの、独特の歯触りを……。

「解ればいいんだ」と月日は弁当を食べ始める。もちろん飲み物はムサシノ牛乳。

「ところでお前、朝火縄Tに呼ばれていなかったよな?」

「あぁ。その頃お前はゲーム機没収されてうな垂れてたよな?」

「思い出させるな、過ぎた事だ…。で、何やった? 小さい女の子でもお持ち帰りしたのか?」

「? そんな事してないぞ?」

「あ、あぁ。そうか………」

 本当に不思議そうな顔で答える月日。いつも『小さい女の子』というワードを含ませて質問されている気がする。
 確かに年下に好かれ易い気もするが、おそらくこの身長が物珍しいからだろうと月日は本当にそう思っている。

「で、本当は何やったんだ?」

「特に何も……」

 その後も色々聞かれたが適当に受け流しながら黙々と箸を進める。
 正直話して聞かせるレベルの事柄ではない。あの場には大勢の人が一部始終を見ていた。後は人から人へと噂が広まり、いずれ鷹見にも伝わるだろう。色々と情報が屈折しているだろうが…。

(そう思うと、雪華達に悪い事したな…)

 我ながら情けなく今更後悔している。あの日の月日に、『早まるな!』とメールを送りたいものだ。
 あの日から数日、本部にも顔を出していない。よって雪華と話す機会も謝る機会もない。
 会ったら会ったで、説教をくらいそうだ。

「ツッキ〜!」

 どこからともなく聞こえたのは女子が自分を呼ぶ声。この呼び方をするのはクラスでも彼女しかいない。
 月日が振り向くと、彼女はそこに立っていた。

「何だい、建御雷神(たけみかづち)さん?」

「いや、わたしそんな大層な名前じゃないよ。一般生徒(モブ)だし」

「「それは自分で言っちゃイカンだろ!」」

 珍しく鷹見とハモってツッコむと、彼女は「あはは…」と苦笑いを浮かべる。

 服に付いた無数のアップリケが印象的な彼女を月日はアップリケさんと呼んでいる。

 その彼女は平たい紙袋を月日に差し出し、

「これ、ツッキーに、ってあの子が」

 ドアの方を指差す。
 そこには別のクラスの女子が立っていた。月日が自分に気付いた事を確認すると小さくお辞儀をして教室へと帰っていった。

「何? 知り合い?」

「ま、そんなところs―――」

 中身を取り出した瞬間、月日は凍り付いた。

「どうしt――」

 覗き込んだ鷹見は手から箸を滑り落とした。

 確かに本は入っていた。
 動物の癒し系と頼んだ記憶もない訳ではない。


『カワイイ娘猫(こねこ)ちゃん全集 〜みんな集まれ!ミルクの時間だよ〜下巻・その2』



 完全にエロ本みたいなタイトル。だがこれでR‐16。以外と対象年齢が低い。
 いや、そんな些細な事などどうでもいい。
 絶対誤解された。間違いなく誤解されている。
 今はその誤解を解かねば!

「違うぞ、鷹見。これは……!」

―――ポンッ!

 慌てふためく月日の肩に鷹見は優しく手を置いた。そして、まるで聖母のような慈悲深い眼差しを向けつつ、首を横に振った。

「解った。何も言うな。お前の趣味を把握していなかった我も悪いんだ……。可愛いよな、猫? だからだろ? 上巻、中巻、下巻その1まで買ってたんだろ?」

「そんな濁った目で俺を見るなぁァァァァァァァァ!!!!!!」


 目から透明な後悔を流しながら月日は教室を飛び出していった。その手にしっかりと紙袋を握ったまま。



「………(ニヤッ!)」

 鷹見はほくそ笑み、

(ツッキーのお弁当、GET〜♪)

 アップリケさんは月日の食べかけ弁当を持って去っていった。



………
……………
…………………




「はぁ…、これは何の嫌がらせだ?」

 走りに走って、月日は屋上に辿り着いていた。
 手元の本に視線を落とすと悪意しか感じられない選択結果に重く深い溜め息が出ていく。

「これで“なにもなかったら”説教だぞ?」

 月日はおもむろに紙袋と本を調べ始めた。
 紙袋の中には本以外は入っていない。
 次に本のページをパラパラと捲っていく。だが、特に変わった物はなかった。

「…………」

 普通の人間ならこの時点で諦めているだろう。しかし、月日はもう一つの心当たりを探った。

 それは、

(あった!)

 背表紙とページの間にできたわずかな隙間。 そこには細長く折り畳まれた紙が収まっていた。 それを引っ張り出し、広げる。
 広げた紙には不規則に並ぶ文字と数字。

「…………」

 内容を眺める月日。
 その口元は、嬉しそうにわずかにつり上がっていた。




 この紙には、

『M→R.
 NEW2.0と1
 ■所持.R→0.
 CON九.→(本)』

 と書かれていた。


(ちょいと、忙しくなるな)

 ケータイを取り出してメールを打ち出す。送り先は主水(ゴースト)。“別件”についても指示しておかなくてはと、色々書いて送信した。


 月日の思惑通りに事が進む。
 気分は野望にまた一歩近づいた!とか言っていそうな安い悪の幹部の様。 その雰囲気をぶち壊す様に彼の腹の虫が小さく鳴いた。



………
……………
…………………


 時は進み、放課後。
 なんやかんやで午後の授業を乗り切った月日は重い足取りで帰路についていた。
 理由? 聞かないであげてください。想像通りです。

(はぁ……ムサシノ牛乳でも買ってくか)

 ストックがなくなりそうなのを思い出し、最寄のコンビニに入店。カゴにあるだけのムサシノ牛乳と適当にスナック菓子を放り込んで月日はレジへと並んだ。
 顔見知りの店員がいつもの様に苦笑いを浮かべつつレジを叩き、会計を済ませる。
 特に立ち読みしたい雑誌もないためそのままコンビニを後にした。

「さてさて、今日は本部に顔出さないとな…」

 仮にも組織のリーダーがいつまでも不在はさすがにまずいと感じてはいる。
 手紙の件もある。行く理由は十分だ。

「ん? アイツは…」

 それはコンビニを出て、一〇分くらい歩いた所にある公園を通りかかった時だ。
 最近、雪華と主水との待ち合わせに使った場所。
 いつも子供達で賑わっている場所は今日は珍しく人影が少ない。
 しかし、そんな事を気にかけた訳ではない。


 ただ単純に気になったのだ。

 窮屈そうに公園のベンチに腰掛ける、顔見知りの大男が……。


 現時刻は20:30.

 この第七学区の外れは中心部と比べると廃れた印象を醸し出す。夜という時間帯も相まってか、それはより濃く感じられる。
 月の光と疎らに立つ街灯は静かに道路のアスファルトを照らす。

 その下を人影が通り抜ける。
 この時間、外を出歩いていれば間違いなく警備員のお世話になる。こんな人通りの滅多にない場所なら尚更だ。
 そんな事は気にする素振りもなく、人影は歩を進める。
 しばらくすると一つの街灯の下で立ち止まった。

 黄色系の淡い光がその姿を晒し出す。

 長く艶やかな黒髪。
 それを藍染のリボンで纏め結ったポニーテール。
 彼女、木戸雪華の姿がそこにあった。
 一通り辺りを見回す。と言ってもあからさまな挙動ではなく、わずかに瞳を動かしただけ。
 それを終えるとスカートのポケットからインカム付き小型通信端末を取り出して装着。
 スイッチを押すと小さなノイズが走り、すぐにクリアになる。通信先と繋がった合図だ。

「こちら雪華(スノー)。主水君(ゴースト)、応答願います」

『はいはぃ、こちら本部のゴーストォ』

「たった今、目的地付近に到達しました」

『こっちでもバッチリ確認したよぉ』

 そう言われて雪華は視線の出所を見据えた。
 そこにあったのは防犯カメラ。三六〇度全方位を見渡す事のできる型の物だろう。それが“真っ直ぐ”雪華を見ている。
「まさか、気付かれていませんよね?」

『大丈夫ぅ、大丈夫ぅ。カメラの映像は全部ダミーに切り替えてあるからさぁ』

 その言葉を聞き、「心配は無用でしたね」と薄く笑う雪華。

 筒鳴主水、『亡霊(ghost)』は良い意味でも悪い意味でも、その手では有名なハッカーだった。
 ハッキング技術も去る事ながら、その名に関するように侵入には気付かれず、痕跡を残さず消えている。
 だから、彼にとって防犯カメラの一台や二台気付かれずに乗っ取り遠隔操作するなど容易い事なのだ。

『それにしてもぉ』と主水は意外そうに、『よくこの案件(オーダー)引き受ける気になったねぇ。オレっち断ると思ってたのにぃ…』

「それとこれとでは話が違います。」

 彼の言う断るだけの理由。それは他でもない月日(リーダー)の起こした一件。
 勝手な事ばかりして、挙句に本部にすら顔を出さない。連絡しても電話に出ない。普通に考えれば、避けられていると思うところだ。
 そんな自分勝手なリーダーが数日ぶりに連絡してきたと思ってみれば、これである。

「月日さん(リーダー)の事で一々怒っていては、身が持ちません……」

『そうだよね〜ぇ。……』









『……(一々怒ってたらぁ、口うるさい女だと思われて嫌われちゃうもんねぇ)』




「………………………………………………はい?」

 何かさらっ、とスピーカーから言葉(ノイズ)が漏れた。とてつもなく聞き捨てならないものが。

「あの、何の事……ですか?」

『あれぇ、もしかしなくても気付かれてないと思ったオチですかぁ? セッちゃんが月日さんに気があるって話っすよぉ』

「な、ななな何を言い出すんですかっ!? わたっ、私が月日さんの事を、すすす好きだなんて、そんな事ある訳ないじゃないですか!!」

『誰もぉ、“好き”なんて言ってないよぉ?』

「――――――っ!!!!」
 余計な一言でさらに雪華は激しく悶えて取り乱す。普段からクールだの大人びているだの言われている彼女もそう言った話に対する免疫を持ち合わせていなかったらしい。
 そういう所はごく普通の十四歳の少女である。

『セッちゃん、落ち着いてぇ。落ち着ける訳ないと思うけど落ち着いてぇ』

「はぁ、はぁ……」

『よしぃ、深呼吸してみよぅ。はぃ、ヒ・ヒ・フ〜ゥ』

「それはラマーズ呼吸法です」

『おやおやぁ? 以外と冷静なツッコミだことぉ』

 まるでスイッチのON・OFFの様な切り替わりの速さであるが、とりあえず落ち着きを取り戻したらしい。
 これでようやく、本題に入れる。

『今回は最終勧告ぅ。言っても無駄だろうけどとりあえずねぇ。確認だけど武器類は持ってきてないよねぇ?』

「はい、ここに来る途中に捨ててきました」

 彼女の言う通り、映像には普段から持ち歩いている鞘袋は視られない。また、雪華はそれ以外の武器の類いは持ち歩かない。完全な非武装と言える。

『心配はないと思うけど気を付けてねぇ』

「解っています」

 プツン、という音を最後に通信が途切れた。
 役目を終えた通信端末をポケットにしまい、雪華は目的地である一棟の廃屋を見据えて呟いた。

「解っていますよ。あの人の道は、阻ませない。何人たりとも……」

 雪華は静かに踏み出した。今更立ち止まるという選択肢はない。選ぶつもりもない。

 そして、雪華の姿は廃屋の中へと消えていった。

………
……………
…………………

 学園都市には建設中止になった建物がいくつも存在する。急速な発展に取り残され、いつ解体されるかも未定の状態で放置されている。
 そんな廃屋や廃工場を我が物顔で根城にする輩も少なくない。一部を除いては、武装集団(スキルアウト)と呼ばれる暴徒化した無能力者(レベル0)達や不良グループがその概ねを占めている。

 そして、今日も彼らは集うのだった。

 月明かりが差し込む廃屋内には今も建設資材が取り残されている。
 積まれた鉄の足場板に鉄パイプ、セメント袋に赤銅色の鉄骨などがこの場所には鎮座する。

「―――それでよ、そのバカときたら――」

 と、髪を真っ赤に染めた男が語り、

「マジかよ!? あり得ねぇ〜。ギャハハハ!!」

 と、金髪の男が腹を抱えて大笑いし、

「いやいや、ない。それは絶対にないって」

 と、毛先を青く染めた男も手を叩きながら感想を述べた。

 そんな場所でも彼らにとっては絶好の溜まり場なのだ。
 声からして少なくとも三人。いつものように集まり、いつものように騒ぎ、いつものように次の悪行を話し合う。それが彼らの日課になっていた。


「夜分遅く失礼します」

 そんな中、男達の城にはとても似合わない声が発せられた。

「あぁ?」

 それに最初に反応したのは金髪の男。
 声は若い女のもの。残る二人も警備員かと警戒して身構える。
 声がした正面玄関に視線が集まる。暗い通路と見えない何者かの存在に男達の心音が早鐘を打った。

 そして、暗がりから、

「改めまして、こんばんわ」

 現れたのは、少女だった。


「「「………はぁ?」」」

 呆気に取られる男共。
 そして、突然の珍客に肩透かしをくらったような表情を浮かべる。

「なんだ、お前?」

 赤髪の男が睨み付けながら荒っぽい口調で問いただす。だが、少女は無言を貫く。

「ん? こいつの服……」

 青毛がはっと気付いた。
 それは少女の服装――制服だ。

「なぁ、あの制服……」

「あぁ、長点上機学園のやつだ」

 金髪は気付いていたと言わんばかりに青毛に告げた。

 長点上機学園。
 この学園都市において、常盤台と並び、五本指の一角に名を連ねる超名門校である。
 常盤台が強能力者(レベル3)以上の生徒しかいないのに対し、長点上機では強度(レベル)に関係なく、突出した一芸を持っていればやっていけるという。
 もっとも、不良(かれら)にとっては疎ましい存在でしかないのも事実だ。

「で? その長点上機のお嬢様がこんな時間に何の用だ?」

「もしかして、俺達と遊んでほしいとかじゃね?」

「なるほど、お嬢様はイケナイ遊びをご所望ってか?」

 再び男達は大声で笑いだす。酷く耳障りな笑いが屋内に反響する。

「何とも、頭の悪い人達ですね……」

 たった一言。それだけで静寂が支配した。

「なに?」

「時間が惜しいので手短に済ませましょう。私は約束手形(ペナルティ・カード)の者です」

「約束手形………」

 その単語を聞いた途端に金髪の表情がわずかに固まる。
 少女――雪華は淡々と言葉を続けた。

「用件は、以前こちらから送ったメールの添付ファイルを見ているでしょうから説明は省略します。私が求めるのはただ一つ。そちらに自首の意思があるかどうか、その一点に尽きます」

「自首だぁ? 何を言ってるかサッパリだな」

「あの程度のカツアゲ、俺達みたいなのなら誰だってやるぜ」

 赤毛も青毛も悪びれる様子はまったくない。それどころか棚にあげる始末。
 ならば、と雪華は新たな言葉を紡いだ。

「“その程度”でここまで来ると思いますか?」

「っんだと?」

 金髪の声に苛立ちがみえる。だいぶ珍客の態度か気に入らなくなってきた様子で、睨み付ける。
 そんな視線も雪華は気にも止めない。

「身に覚えがない、とは言わせません。貴殿方の罪状は、恐喝、暴行罪、窃盗……。そして―――強姦未遂」

 代わりに、雪華はナイフ、否、日本刀の如き鋭い視線を男達に向けた。

 男達の靴底が、わずかに砂を擦った。

「へ、へへ。強気なお嬢様だな。だがよ、素直に俺達が従うとでも思って――――」

「従うも何もありません。貴殿方には出頭するか逮捕されるかの選択しかありません」

 雪華はポケットに手を入れ、掴んだそれを男達に見せる。

「このUSBメモリには、貴殿方の悪事の証拠が納められています」

 最後に「この意味、解りますよね?」と付け加えた。

「……くそっ!」

 赤毛と青毛の顔色が明らかに変わり、金髪は小さく舌打ちをした。
 証拠を握っていると言うことは、いつでも警備員に通報できるということ。要するに『自首と逮捕。より重い処罰を課せられるのはどちらか?』と遠回しに聞いているのだ。
 もっとも、最初から重罪にしたいならこんな所に来る意味がない。
 今自分達の前に立つ少女は最初からここに来た理由を簡潔に述べていた。
 最終勧告だと……。

「………………」

 こうなってしまっては、選ぶ道など……。






「………………………ハッ!」

 金髪の口から自虐的な笑いが零れた。
 そして同時に呆れてしまった。仮にも不良である自分が、一体何にビビッているのやら…。今更捕まる事に恐怖を覚えるなんてらしくないにもほどがある。

「おいおい、マジか?」
「マジ、だろ」

 後ろの二人はその笑いの意味を理解した。

「どうやら決まったようですね」

「あぁ。俺達は――――」

 一歩踏み出した金髪。




―――シュッ!!


 そして、二歩目で雪華の“眼前”まで迫っていた。
 さらに男の拳が放たれ、彼女の持つUSBメモリを“粉砕”した。

 雪華はそのまま後方に跳んで金髪との距離を取った。

「俺達は第三の選択肢を選ぶことにした」

 歪んだ笑みを浮かべ、金髪は高らかに宣言した。

「証拠とやらをぶっ壊した。後はお嬢様をネタに組織ってのを脅す!」

「…………」

「安心しろよお嬢様。抵抗しなければ優しくしてやる。大人のアソビが解ってくりゃ、すぐに虜になるさ。……そうだろお前ら!?」

「そーそー、ちょっとあられもない姿を写真にしてマニア向けのトレーディングカードを作るだけさ」

「俺達よ、満足することに関しては絶対の自信があるわけよ」

「……そうですか」

 好き勝手に言っている男達の言葉を雪華は八割程スルー。こうなることは読めていたし、見えていた。

「その余裕そうな顔……。どう歪むか今から楽しみだな」

「ヤバイ俺興奮してきた!」

「頼むから連戦はなしなw」

 男達の目が変わった。狩猟者(ハンター)を彷彿とさせる視線が雪華を射抜(いぬ)く。
「いくぜ、オイ!」

「「おーよっ!!」」

 金髪の号令で一斉に動き出す赤毛と青毛。
 雪華(えもの)と一定距離を取って三方向から取り囲む。

「おらよっ!」

 まず仕掛けてきたのは赤毛。斜め後ろから腕を振り回す形での乱雑な攻撃だ。
 ただし、振り回す腕が残像を残している。

「……!」

 この時、初めて雪華の顔に焦りの表情が表れ、すぐに消えた。
 そんな攻撃も雪華は相手も見ずに紙一重でかわしてみせた。

「あ?」

「何やってんだ!?」

 どうやら、かわされた事が驚きに値することだったようだ。

「オラオラーァ!!」
 その間にも青毛が迫っていた。
 ボクシングの様な構えとステップから繰り出されるジャブ。それは明らかに人並み外れた速度で放たれている。

 しかし、これもすべてかわしてみせる雪華。数度見切って後方に跳ぶ。
 空振りになったジャブの一発が鉄柱にその拳の形を刻み込んだ。


『くそっ、なんだってんだよこの女!?』

 この状況で焦燥感に駆られているのは金髪だった。時折行うアイコンタクトでも、赤毛と青毛から帰ってくる返答は首を横に振る動作のみ。
 相手を三人で囲んで袋叩きにする。これがある種の必勝パターンであり、誰か一人仕掛ければそこで終わる、それが彼らの普通であった。

『……だったら――』

『――なんで当たらねぇ!?』

 人以上の瞬発力と破壊力。無骨だがそれなりのコンビネーション。それを持ってしても紙一重でかわされるのだ。
 男達にとっては“回避”できることが焦りの種になっている。

 金髪は模索した。目の前の少女は何をしているか? 何故かわせるのか? 少ない情報から答えを導き出すため思考を巡らせる。
 その間も赤毛と青毛は攻め立て、金髪は観察する。

「ちょこまか逃げんな、お嬢様よっ!!」

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

 まるで暴風雨のように飛び交う拳。それでも当たることもなく、雪華は見切ったようにかわして後方に飛ぶ。

「!? そうか、そう言うことか!」

 金髪は答えを導きだし、歓喜の声を上げた。
 単純明解な答えだ。相手は長点上機学園(めいもん)のお嬢様。ならばこの不可解な事態の説明が付く。

「マジかよ!? こんな簡単なことに気付けなかったのかよ俺達。笑えるわ、ギャハハハッ!!」

 金髪は愉快そうに笑った。

「このお嬢様は俺達の攻撃を避けてたんじゃねぇ、“予知”してたのさ」

「つまりお嬢様は予知能力者だった訳か……。随分珍しい能力じゃね?」

「ま、長点上機ならいてもおかしくねーけどさ」

 金髪の一言で残る二人はすべて理解した。まるで思考が繋がっているように……。 手の内が解った以上、この少女(えもの)は自分達にとって脅威でなくなった。さらに金髪は予知能力の弱点を見出していた。
 あまりにも呆気ない結末に金髪は嘆息し、

「ま、ここまで俺達を苦労させたお嬢様だ。能力知られて嬲られるだけってのも可哀相だし…、俺達の能力くらい教えてやるよ」

 まず金髪が自分を指差し、「俺の能力は『情報共有(ネットワークリンク)』。思考情報・五感なんかを他の奴と共有(リンク)できる能力だ。ただし、伝達された痛覚だけは共有している奴らに分配される。つまり一人当たり三分の一のダメージで済むわけだ」

 次に赤毛を指差し、「そいつは『能力共有(スキルリンク)』って能力でよ、共有してる人間の身体能力・身体硬度を向上させる。つまり一人で三人分、三倍の身体能力を発揮できるが…、能力使用後は全身筋肉痛になっちまうのが玉に瑕なんだよ。もっとも、そんな筋肉痛になるまで使ってたことないけどよ」


 最後に青毛を指差し、「そいつは無能力者(レベル0)だが、ボクシングでコイツより強い奴は見たことがねぇ」

「理解できたか、お嬢様?」と金髪はニヤつきながら少女を見た。
 ただ黙々と聞き入った少女。欠点はあるが、ある意味で最強の能力の組み合わせ。三人が三人視覚情報を共有し、三人が三人超人的な身体能力を発揮でき、三人が三人同じ型(ボクシング)の蛮力を奮うのだ。囲まれてしまっては一溜まりもない。

「おいおい、あんまりビビらしてやんなよ。後がマグロじゃ萎えちまう……」

「そのときゃクスリでハイにしとけばいいんじゃね?」

「それもそうだな!」

 男達は盛大に笑った。それは勝鬨の咆号のように轟いた。









「はぁ~…………」

 そんな雑音を、たった一つの溜息が掻き消した。

「あぁ?」

 金髪の視線が一点に注がれた。それは溜息の出所、少女を射抜く。

「何だよ、その溜息?」

 その問いに、雪華は淡々と答えた。

「いえ、気にしないでください。ただ何とも頭の悪い事ばかり騒がしく吐き散らしていたので、思考を七割停止させていただけです。…それで、もうよろしいですか?」

「何がだよ!?」

「この下らない案件を終了させるんですよ。貴殿方には最も相応しい、終わり方を提供しましょう」




――――――ブチッ!!!

「「「イイ気になってんじゃねーぞ、クソガキがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」

 三人同時に怒りゲージが振り切れた。
 狩猟者の目から獣(けだもの)の眼に変わり、襲い掛かった。
 その動作の一瞬前に、雪華は身構えていた。

「バカめ、もうお前は詰んでるんだ。その能力の弱点はバレてんだよ!!」

 右より赤毛が振り下ろし、薙ぎ払う。
 それを雪華は避ける。
 左より青毛が鋭いコンビネーションパンチを放つ。右、左、右下。
 これも雪華は見切ってかわしていく。そして、後方に跳b……。

「それはよ、予知してからの回避行動が五回まで。そのあとは距離を取ってインターバルを置かないと再使用できないってことだ!!!」

 跳んでいる最中に金髪の拳が迫っていた。
 金髪は見ていた。赤毛と青毛の攻撃を一定回数回避して後退している姿を。
 そして、その一瞬を狙っていた。

「ゲームオーバーだぁぁぁ!!!!」

 迫る拳。雪華は瞳を大きく見開いた。そして………。









――――グルン!


「………は?」

 金髪の世界が逆様になった。
 彼が自分に何が起きたのか理解する前に、彼の身体を衝撃が襲う。

「がはっ!」

 積まれた鉄パイプの山が雪崩れとなってコンクリートの床を転がり、独特の金属音をけたたましく奏でる。その内の数本が雪華の靴先に当たって止まった。
 少し遅れて背中から全身に痛みが駆け巡った。
 そう、“純粋な痛み”が……。

『しまっ―――』

「私も貴方の……いえ、“貴殿方”の弱点を見付けていました」

 床を転がる金髪を雪華はただ見下ろしながら、言葉を繋げる。

「一見すると無敵の布陣に見えますが、貴殿方の共有能力の弱点。それは半径五メートル以内でしか能力を発揮できないことです」

 雪華の立っている場所。それは後方の二人から約五メートル。つまり、それより外側にいる金髪は能力の恩恵を受けられない。ダメージの“三分の三”が彼を襲ったのだ。

「こ、この……!」

「あぁ、そう言えば選択肢を自首か逮捕かの二択と言いましたが、私から“第四の選択肢”を提示します……」

 刹那、金髪の血が凍った。
 彼が見たのは自分を見下ろす黒い瞳。
 そのあまりに冷たい視線はどこか殺意のようなものが混じっている。いつの間にか狩る方が入れ替わっていた。

「“三人共半殺し”にして、警備員に突き出すことにしました」

「――――ッ!!!?」

 冷徹な威圧に呑また金髪の身体は薄汚れた床に縫い付けられた。

 金髪の戦意は削ぎ落とされてしまった。

「「余所見してんじゃねーぞっ!!」」

「余所見?」

 彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「何のことですか? まだ私の“視野内”ですよ」

 雪華は足元に転がった鉄パイプを爪先で上に跳ね上げた。続け様に浮いた鉄パイプの末端をバレエダンサーの様に一回転しながら蹴り付ける。それはまるで巨大矢(バリスタ)の弾の如く打ち出されていった。

『なっ!? だが、まだ俺らには二倍の動体視力がある。かわせないことは……、ねぇ!!!』

 赤毛は咄嗟に体を捻り、飛んできた鉄パイプをかわした―――――

「―――――がはっ!!!!?」

 はずだった。しかし、赤毛の鳩尾には“鉄パイプがめり込んでいた”。
 赤毛はそのまま昏倒して汚れた床を無様に転がった。

「何!?」

 赤毛がやられたことに驚く青毛。
 他人の心配をしている場合ではないと言うのに…・・・。

「え!?」

 一瞬…。少女から視線を外したその一瞬…。目の前に、宙に浮く少女の膝が。吸い込まれるように青毛のこめかみを打ち抜いた。
 その横に雪華は軽やかに着地した。

『―――――――何が、起きやがった?』

 一部始終を見ていた金髪ですら何が起きたのか、少女が何をしたのか理解する事ができなかった。
 端的な表現をするなら『気付いたら二人共倒されていた』と言ったところだろうか。
 金髪は、震える唇で疑問を投げかけた。

「お、お前……予知能力者じゃなかったのか?」

 すると雪華は返答した。

「予知能力? いつから私が予知能力者だと錯覚していました?」

「……なん……だと!?」

「私は一言たりとも自分が予知能力者だと言った覚えはありません。それなのに勝ち誇ったように騒いで自分達の能力を暴露する。聞いているだけで眠くなりそうでした。そもそも、組織(わたしたち)が貴殿方の悪事を調べ上げているのに、能力を調べていない訳がないでしょう…。」

 やれやれ、と雪華は首を振った。聞いた本人は言葉も出ない。

「あぁ、それとですね」

 再び、少女の声色が低く、冷たくなった。
 無意識だろう。金髪の体が強張った。
 反射的だろう。全身の毛穴から汗が噴出した。
 もう自分の意思では、立つ事も逃げる事もできない。

「私はこの世で一番嫌いなモノがあります……」

 金髪に歩み寄りながら、雪華は鉄パイプを拾い上げ、

「それは、『お嬢様』と呼ばれる事です」

 躊躇う事なく金髪の股間目掛けて突き立てた。



………
……………
…………………

 現時刻は20:47.

 廃屋から出てきた雪華はインカム付き小型通信端末を使い、主水と連絡を取っていた。

『お疲れさん。セッちゃんにしては連絡が遅くなぃ?』

「色々やっていましたからね。ですが、案件(オーダー)は無事完遂しました。USBメモリは壊されてしまったので、データは直接、警備員詰め所にでも送っておいてください」

『ラジャーァ!』

「あ、すいません主水君。一つ確認が」

『何ぃ?』

「あの三人うち二人、“強度(レベル)”は何ですか?」

『? ちょっと待ってぇ』

 通話状態で主水が無言になった。おそらくデータを呼び出しているのだろう。

『あったあったぁ。え~とねぇ……二人共、異能力者(レベル2)だねぇ』

「“そうですよね”……」

 雪華は少し思い返していた。侮っていた。油断していた。それは認めるしかない。
 だが、違和感をより濃く感じたのは金髪が暴露(せつめい)し終えてからだ。
 異能力者(レベル2)………。それがあれ程までの出力を持っているのか。それともデータが古いのか。考え出したらキリがないので雪華はそこで考えるのを止めた。

『前もって渡したデータ見てなかったのぉ?』

「そうではありません。ただ聞いただけです。それでは―――」

『はいはぃ、警備員(アンチスキル)への通報は終えてるよぉ』

 確かに遠くの方からサイレンの音が聞こえている。こちらへ向かっているようだ。

「ありがとうございます」

『なんのこれしきぃ。あ、それと追加の案件でねぇ。さっき月日さんから連絡があってぇ、迎えに行ってもらいたいんだってさぁ』

「新規の構成員ですか?」

『そーだよぉ』

「………」

 雪華は思ってしまう。自分で言うのも何だが、自ら望んで入りたがる人達は馬鹿なんじゃないのかと。
 興味本意にしてはハイリスク・ローリターンな場所だ。月日本人は“保険”をかけている様だが、これ以上人数が増えるのはあまり好ましくないと考えてはいる。
 そうならないために、自分という存在がいるのだとしても……。
 しかし、人数が多い事はそのまま月日の理想のための力になる。
 もう少し様子を見てから、改めて進言しよう。雪華はそう決めた。

「解りました。これから向かいます。誘導(ナビ)をお願いします」

『ラジャーァ。まずはそこからぁ――――』


 雪華は誘導に従い、走り始めた。その姿は夜の闇へと消える。



 それから数分後、警備員は匿名の通報があった現場に到着。内部に突入してみると、泡を吹いて気絶した金髪の男が逆さ吊りになって出迎えた。他にも赤毛と青毛の男達も頭陀袋に仲良く収まって壁からぶら下がっていた。
 最初は困惑していた警備員達も情報通りであり、被害届も出ていたためそのまま逮捕した。

 その中の女性警備員は「またアイツ等じゃんよ……!」と漏らした。

 余談だが、逮捕された三人は大小の外傷はあったものの、身体的欠損は見られなかったと言う。




………
……………
…………………

 現時刻は21:00.

 こんな時間でも、コンビニだけは明るい。
 このとある一角のコンビニも例外なく営業している。
 店内に客は少ない。この時間でも学生が来ることは珍しくない。今も二人程来店し、一人は雑誌を立ち読みし、一人は棚の商品を物色している。

 そこに新たな客。店員の挨拶もそこそこに客はパックジュースの置いてあるエリアへと進んでいった。
 在庫のチェックをするためか店員はレジの奥へと消え、作業を開始した。

 それを見計らったように一人の客が、後から来た客の横に並ぶ形でパックジュースを物色しだした。

 すると、後から来た客、雪華はポツリと呟いた。

「何かオススメの飲み物はありますか?」

 それに対し、横の客は即答で答えた。

「えと、ムサシノ牛乳…はどうでしょう。きっと“リーダーさん”は喜びます」

 その返答で確認ができた。この客、私服の女子学生が新たな志願者だと。

「お待たせしました。では行きましょうか」

「は、はい」

 そして、女子学生は立ち読みしているもう一人の客、私服の男子学生を呼びに言った。
 それに答えて雑誌を棚に残し、彼は店の外へ。
 残った二人は適当に商品を買って店を出た。

「着いて来て下さい」

「はい」

「解りました」

 三人は大通りを外れ、裏道を進む。これが安全で最短ルートなのだそうだ。
 それでも目立つ。
 特に“頭に包帯を巻いた”彼は…。

 それでも、夜の闇は容易く彼女達の姿を覆い隠した。 
 

 
後書き
戦闘描写うまく書けねぇ~(滝涙)

後編、期待せず待っていてください。 
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