魔王の友を持つ魔王
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§32 観光旅行と逃亡劇
「マスター!!」
「速い、速いからぁ!!」
向日葵のような笑顔で手を振るエルと、今にも泣きそうな声で叫ぶ黎斗。現在地、伏見稲荷大社。キツネに縁のある場所だからか、我が家のキツネ様はここの見学をご所望だ。紫の髪がすごい速度(※黎斗主観)で鳥居を潜って駆け抜ける。
「はえぇよちょっと……」
自力で追い付くのは無理だ。情けない話だが呪力で強化でもしない限りエルに追い付ける見込みは全くない。ましてエルは普通と違う方法で変化しているため身体能力は同年代の女子と比べても底辺、贔屓目に見て平均クラスの筈なのだ。女の子に負ける身体能力であることに多少悲しくもあるがここで泣いたら負けである。
「こっちですよー!」
「えぇぇぇぇるぅぅぅ……!!」
呪力を、足に込めて、跳躍。先程までののろまさが嘘のように機敏に動き、あっという間に追い付いた。
「やっと追い付いた……」
「マスター、反則はだめですよー」
「やかましい」
せっかくだから観光しつつまったり帰ろうと思ったのに、どうしてこうなってしまったのだろう? まったりできないではないか。
「……とりあえず食事にしますかね」
食事をすれば落ち着いてくれる、そんな願いを密かにこめてファーストフード店へ。ファミレスは混んでたので諦めた。
「オンナノコ連れてココですか……ファミレスならいざ知らず、そんなんじゃ彼女出来た時に愛想尽かされますよ? まぁ恵那さんとかは何処でも良さそうですけど」
呆れた視線に天を仰ぐ。まさかキツネに人付き合い(それもデートについて)を教えられることになるとは。複雑すぎる心情は、反論する気力を根こそぎ奪っていく。
「なんかもう負けたよ……」
「反省してくださいね」
まったくもう、といった顔でジュースをちゅうちゅうと飲むエルにため息しか出ない。
「ため息つくと幸せ逃げますよ?」
「誰のせいだ誰の」
机に突っ伏す黎斗とは裏腹に涼しい表情のエル。紫苑の髪が冷房の風に吹かれてサラサラと揺れ、周囲の視線を釘づけにする。
「外見弄りすぎたか……?」
恐らく浴びている視線は護堂がエリカやリリアナ、裕理と一緒にいる時とほとんど同じくらいだろう。ただし見知らぬ土地だからか、無遠慮な視線が突き刺さる。いささか人間離れした美貌にしすぎたか。
「まぁ、マスターと須佐之男命が徹夜作業で美少女ゲーム何本もプレイして決めてくださった容姿ですし? 現実離れした姿なのは当然かと。正直マスターの美的センスだと絶望しかなかったのですが玻璃の媛の助言もあって万全状態でしたしね」
「謙遜しないのね……」
美少女であるのは事実だが、護堂の周囲にいると美的インフレが凄まじいので突出してエルが美少女、とは言い切れないと思うのだけれど。
「まぁ気に入ってもらえて何よりですよ……」
「マスターが決めてくださったものを私が気に入らないとでも?」
「……真顔で言うな恥ずかしいわ」
駄目だ。今日はエルに勝てない。
「ちょっとジンジャエール貰ってくる」
頭を冷やすためにレジに並びに行く。戦略的撤退だ。
「こっちだー!!」
レジに並んでいる間にエルがナンパされていた。そこから始まる逃亡劇。エルの迷惑そうな表情を見るに、数人がかりでしつこく絡んでいるようだから「ちょいと失礼〜、エル、行くよ」と言って連れ出したらこの有様だ。
「……ホント、ついてねぇ」
エルと手を繋いで必死に走る。否、エルに引っ張られて必死に走る。
「ちょっとマスター!!」
数分前まで「こういうのも青春ですよね!」などと笑顔で言っていた名残はどこにもない。エルの声が切羽詰まったものに変化しているがどうしようもない。
「「「まてやゴルァー!!!」」」
「ちょ、ちょっとタンマ……!!」
京の街道を爆走する黎斗と不良達、という構図には残念ながらなりはしない。黎斗が遅いからだ。何事か、と一瞬周囲の視線が集まるも友人同士の微笑ましい交流として見られているらしく笑顔で軽く流される。正直この不良軍団の仲間にカウントされるのは勘弁してほしいのだが、反論する余裕も気力も残っていない。
「はぁ……はぁ……」
「マスターだらしないですよ!?」
呪力で強化しているエルと違って黎斗は強化をしていない。息が上がってもう限界だ。
「ちょっと、ちょっとでいいから休ませて……」
食べて飲んだ直後にコレはキツイ。急激な運動でお腹が痛い。壁に身体を預けて息を整え小休止。
「野郎、何処行った!?」
非常に近くで男の声がする。これは、不味い。このままでは逃げ切れない公算が非常に高い。最悪呪力による強化も視野に入れる。
「強化すると変態速度叩きだすからなぁ。あんま人目を引きたくないんだけど……」
「手加減とか認識阻害とかは駄目なのですか?」
小首を傾げて尋ねてくるエルに返す答えはいかにも「魔王」らしいといえばらしいものだった。
「いや、正直「走るのがかなり早い人」なんて演じたことないからどれくらい呪力使えば良いかわからないし、認識阻害はなぁ……」
黎斗の使う認識阻害とはつまるところステルス迷彩だ。消音機能は、無い。まぁ足音を消すことは自前で出来るのだが……
「ぶっちゃけ呪文ばっかに頼ってちゃダメだと思うんだ」
「もやしの分際で何を言いますか」
即答された。少し泣きたい。
「ホントのトコはさ”視られてる”からあんま力を使いたくないのよ。僕は流浪の守護展開してるから術発動しても呪力反応とか一切ないじゃん?」
「……いつからですか?」
「わからない。とりあえず雑草達に聞いた範囲だと僕たちがファーストフード店に入って少ししてから、かな?」
流浪の守護は遠隔監視の術も遮断する。これを相手が疑問に思うかもしれないがそこはそんな呪物を持っていると誤解してくれることを祈るしかない。つまり相手の監視手段は自身の視力強化による監視しかなく、だからこそ黎斗が今まで気づくことが出来なかったわけなのだが。
「ここなら相手の視界範囲外だから大丈夫な筈。今監視者は見える位置に移動しようとしているんじゃないかなぁ?」
「呪力を変に用いれないのが流浪の守護の欠点なんだよなぁ」
個人情報を調べられたら黎斗の貧弱っぷりがバレてしまう。呪力強化をすれば身体能力が上昇するので不良からは逃げられるだろうが、流浪の守護で呪力反応が隠されている以上監視者からすれば「突然身体能力がおかしくなった」としか思われないだろう。
「ただでさえ目立ち始めてるんだからあんまり疑惑を深めたくないんだよねぇ」
突飛な発想ではあるだろうが呪力強化をしても気取られない権能、と疑われてしまう可能性だってある。
「流浪の守護解除はダメですか?」
「却下、相手が霊視能力者で無い保証がどこにもない。霊視バレとか洒落にならない」
相手がどんな技能を習得しているのかわからないのだから、最悪を想定して動くに越したことはない。この場所で話しているのだって今の位置なら口の動きが読まれないとわかっているからだ。相手が読唇術を持っているかもしれないことを考えると見晴らしの良いところではこんな会話を出来はしない。
「監視がつくか。予想以上に早かったな」
「そんな呑気にしてて大丈夫なんですか?」
「正直、あんま大丈夫じゃない」
エルをここに隠して不良に大人しく凹られてくるしかないのだろうか。
「痛いのはイヤなんだけどなぁ……」
かといって戦ったら不良の負う怪我が心配だ。二桁近い人数を、武器無し呪力使用不可でエルを守りながら、周囲に被害を出さないように、病院沙汰にならない程度に撃退することは流石に出来ない気がする。武器が使えれば別なのだが……
「銃刀法違反はしたくないなぁ」
「当たり前です」
どうしよう。詰んだ気しかしない。
「ワイヤーで上手く縛り上げられるかなぁ。両足切断とかになったら笑えねぇぞおい」
「恵那さんの時は雁字搦めに縛れましたよね?」
恵那の時とは条件が違い過ぎる。不良共は更に手加減しないといけないのだから。呪力強化が出来ないから超人的な技巧の糸使いも厳しい。糸を動かす速度を今の黎斗では完全に出せない。
「こっちか!?」
足音が近づいてくる。もう余裕は無い。
「対象の人数が増えすぎなんだよ。……しゃーない、やってみるか」
影から糸を取り出す。こちらは身体強化と違って見てわかる行動ではない。流浪の守護の影響下でも大丈夫なはずだ。
「市販の糸だけど買っててよかったわ。不良に媛さんの特注品は勿体ない」
「見つけたぞー!!」
不良がゾロゾロと現れる。増えに増えたその数は一クラス分くらいいるのではないだろうか?
「糸、足りるかなぁ……」
時刻が若干、前後する。
「ここ、ですね」
明らかに、この建物だけ違う。他を隔絶する実力を誇る彼女ですら注意深く観察せねば気付かない程に隠しているが、詰めが甘い。
「一度敷地内に侵入してしまえば異常性がありありとわかりますね」
邪悪な類は入ってくるだけで即浄化されてしまいかねない、圧倒的な清浄さ。そしてこの建物で一番特異な所、そこに「彼」がいる筈だ。
「正面から突破してこそ、ですね」
そう呟いた彼女がインターホンを鳴らす。
「留守、ですか。私の襲撃を見抜くとは流石というべきですね。……私が来た証でも残しておきますか」
人差し指をドアにちょん、とついたところで。
「あーあ、黎斗の奴留守にしやがって。公欠取れるような活動なんかしてたか?」
「俺は知らないぞ。それよりも黎斗と草薙護堂はクズ野郎だ審議会をいつ開くかについ……」
「どうした反ま……」
硬直した二人。と後ろから来るもう一人。
「二人ともどう……」
「……」
しばし見つめあう三人と一人。
「美しいお姉さん、そこでお茶でもどうでしょう?」
一番最初に硬直した反町が一番早く我に帰った。何故ここに、とか誰だろう、といった疑問は因果地平の彼方へ投げ捨て、神速をも超える速度で彼女に迫りアプローチを開始する。
「「反町てめぇ!?」」
「な、なんですかお前たちは……」
無礼者、と一括するのは簡単だ。だが「彼」の屋敷の前でそれは拙い。今の自分は挑戦者。礼を尽くす側の存在なのだ。彼女には彼女の矜持がある。その矜持が、更に事態を悪化させる。
「黎斗に用事ですか? 奴はしばらく旅行に出ていていませんよ。言伝なら俺が預かります。そこでじっくり話しましょう」
キラリ、と光る歯を見せて、教主の手を取る高木。彼女の背筋に鳥肌が走る。
「ぶ、無礼者!!」
予期せぬ事態に思わずどもってしまい、結果としてそれは火に油を注ぐ形になる。
「ぐはっ。ご褒美ですありがとうございます!!」
「ひぃい!?」
鼻血を出して倒れる男。突如の事態にらしくもなく悲鳴を上げてしまう。
「怯む姿も美しい……!!」
ゆっくりと起き上がりながら一歩一歩近づいてくる男。一体こいつは何者なのだ!
「ち、近寄るのではありません!! 下がれ下郎!!」
「ぶほっ!」
罵倒するとまた鼻血を吹き出し倒れ―――また起き上がり幽鬼の如く蠢く眼前のナニカ。
「もっと、もっと罵ってください!!」
そして意味不明な事をのたまう、思考回路。千の言語をもってしてもこいつらとは会話出来ないのではないだろうか。いや絶対にこんなやつらとはしたくないが。
「俺にも罵倒の言葉を!!」
「お前ら抜け駆けするんじゃねぇ! 俺を踏んづけてください!」
鼻血を出しながら、目を爛々と輝かせる三人に教主はかつてない恐怖を覚える。武神すら畏れない自分が!
「は、離しなさい!」
「そんなつれないこと言わないで」
後ずさりながら手を振るうも、こちらを掴む少年の手は吸盤の如く吸い付いて離れない。しかも気付けばいつの間にか残りの二人もすぐ近くにいるではないか。まさか、自分に気取られぬように動くとは。この三人只者ではない。ならばこんな茶番に応じる必要もあるまい。武の頂きを目指すものとして、受けて立つ。
「貴様、名のある武芸者ですね!?」
獰猛な笑みを浮かべようとして。
「武芸者ってなんですかお姉さま」
笑みが、凍る。この生物は武芸を知らない……?
「ええぃ、お姉様とこの私を呼ぶのではありません!」
真面目に問いを投げればふざけた答えが返ってくる。肌を確かめるように触ってくる手が気持ち悪い。
「……もう限界です」
己の愚かさを悔やませてやろうと彼女が本気になろうとして。
「……お前たち、そこの人困ってるんだからやめとけ」
「何を言っている草薙、お前に俺たちの気持ちがわかるか!!」
「誰でもいいからそこのお前、この者たちをなんとかしなさい!」
悲鳴じみた怒声を上げる教主。羅濠教主と草薙護堂、二人の出会いは色んな意味で酷かった。
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