同士との邂逅
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十三 逢着
中忍本試験を前に、受験者である忍び達は血が騒ぐ。
しかしながら流さなくてもよい血が、ある屋根の上で人知れず流れていた。
「――凄いですね…あれが彼の正体ですか」
同じ音忍である少年の命がたった今途絶えたというのに、平然と眼鏡を掛け直す青年。彼は、傍で佇んでいる砂の忍びに何か巻物を手渡している。受け取った砂の忍びはすばやくそれを懐に収めた。
「これが音側の決行計画書です」
「木の葉崩し……――ぬかりはないんだろうな」
「ええ―――――では、私はこれで……………」
穏和そうな表情の眼鏡の青年がにこりと笑みを浮かべる。しかしながら眼鏡の奥から垣間見える冷たい瞳が彼の残虐性を露にしていた。
とても中忍試験を通過出来なかった木の葉の下忍とは思えない。対して相手の忍びは、今回中忍本試験まで通過した砂の担当上忍であった。
(薬師カブトでしたか……何故砂隠れの上忍と…。いやそれよりも木の葉崩しだと…っ)
対等に話す二人をこっそり窺い見ていた影はその会話の内容に動揺していた。影に潜む彼は、中忍試験の試験官だった月光ハヤテ。
(同盟国の砂隠れが既に音と繋がっていただなんて…!早くこの事を火影様に知らせないと…)
眼鏡の青年――カブトが立ち去るのを見計らって、ハヤテは火影の元へ急ごうとした。
しかし。
「ああそうそう…後片付けは私がしておきます」
「いや、ここは私がやろう。砂としても同志のために一肌脱がんとな…――鼠はたった一匹…軽いもんだ」
二人の会話を聞くや否や疾風の如く駆け出すハヤテの前に、今まで呑気に話していたはずの砂の忍びが立ちはだかる。
会合を聞かれたからには己を生きて返すはずもない。
相手の顔を見てすぐさまそう判断したハヤテは覚悟を決め、背中の鞘から刀を抜いた。
横島がこの里に来て半月ほど過ぎただろうか…。
湖の一件以来、彼は少しずつだが自分自身を見直していた。周囲に求められた横島忠夫像ではなく普通の青年として。
ずっと考えていた。美神達とかけ離れたこの場所で、仲間と一切の繋がりのないこの里で、GSの名前すらない世界で。自分は今まで何をしたのかと、過去を振り返った。
流れ流され、気づけば泥沼。足掻いてももがいても自分は光を浴びず日陰の存在。対して美神はいつも太陽の下を陣取っている。
当初はそれが日常だった。別に日陰にいる事が苦痛なのではない。むしろ自分は土の中がお似合いだと思っていた。それがいつの間にか唯一の文珠使いという称号を与えられていたのだ。ただ一人しかいないと言えば聞こえはいいが、裏を返せば独りきり。神族・魔族に狙われるようになったのもこの力故。
疲れていた。素の自分と道化の自分。文珠使いと賛美されても周囲に賞賛されるのは道化のほう。誰も横島を見ていない。
泣きたかった。けれど涙はなぜか流れず、横島忠夫という道化の人生だけが流れてゆく。しかしながら十七年間過ぎれども、素の人生は幼い頃の姿のまま残っていた。いつまでも幼きあの日に見たピエロが、横島の隣で踊り狂っている。
いっそ狂いたかった。しかしながら狂うほどに心が乱れないのは、狂う事が甘い考えでただの逃げだと理解していたから。
精神的負担が横島を押し潰し、正常心を保つのがやっとといった日常をやり過ごす。心に深く刺さった棘が彼をじくじくと蝕んでいるのに、心に視えない痕を残しているのに、それすら誰も気づかずに横島を笑っていた。
罵りや愚弄する言葉は無数の弾丸となり、彼の心に穴を穿つ。
「……―――俺に道化を被るなと言っといて、自分は演技を止めないのか」
そして今は、ナルトに言われた言葉が脳内でぐるぐると渦巻いていた。
その言葉の意味は理解できても、横島にはどうすればいいのかわからない。深く根付いた木の根が土から離れられないのと同じく、世間が求める横島忠夫像が心にびっしりとこびりついているからである。
己だけがどうしてこんな偽りの生活を送るのかと悲劇のヒーロー気取りの自分が、被害者ぶっている自身が、そうしてなにより情けなく心に鬱憤を溜めこんでへらへらする己が横島は嫌いだった。無意識に自己嫌悪し、知らぬ間に自嘲する。だから道化と本当の自分との差が理解出来ないのだ。
それ故に二重生活を為すナルトの存在が、横島の心を癒していた。
自分だけじゃなかったのだと。苦悩する己と同じ境遇だと勝手に思い込んで。道化の面を被る彼と自身を身勝手にも重ね見て。
そうして気づいた。今は自分を知っている者は誰もいない。世間で認識されている横島忠夫像を演技しなくてもよいと、道化の面を外してもいいのだと。
現にナルトと出会って、横島は徐々にだが変わり始めている。
「……俺は俺らしく、か…」
ぐつぐつと煮立つ鍋をじっと見つめながら、横島はぼそりと呟いた。独り言は鍋から沸き立つ熱気に溶けてゆく。
窓から外を覗くと空には既に白く月がかかっていた。その黄金色に、今はいない金髪の子どもを思い描く。
「ナルトは強いよな……………俺もアイツみたいに…」
―――――強くなりたい――――――
はっと顔を上げ、自分が考えた事に驚愕した。どうして今更そんな事を……。
馬鹿な考えを打ち払うように頭を振って、彼は目の前の鍋を見つめた。
カラリと屋根の瓦が音をたてる。その音は伏したハヤテの耳元で響いた。
朦朧とした頭で腕を持ちあげようとしたが身体は一向に動かない。どくどくと流れ出る血が己の完敗を主張し、同時に命に係る出血量だと知らしめていた。
(ここまでですね…すみません、火影様…―――夕顔)
死を悟り、ゴホッと口癖ではない咳をする。吐いた血が瓦の溝を伝い、つうっと屋根から滴り落ちた。
再び、カラリと音がする。先ほどの自然のものではなく誰かが瓦を踏み締めたその物音に、ハヤテの心音がどくりと高鳴った。
「これはまた…派手にやったもんだな」
呆れと怒りそれに焦りが入れ混じったような声が微かに聞こえる。その声にどこか既視感を覚えながら、ハヤテは意識を手放した。
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