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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§30 鬼の王と正道邪道

「ようこそ、羅刹の君よ」

 結界を越えてすぐ、女性が振り向かずにはいられないような美青年が深々とお辞儀をした。とても丁寧で優雅なものであるため、黎斗は来た目的を思わず忘れてしまいそうになる。

「あぁ、ご丁寧にどうも……じゃなくって。茨城さんや、なんで今回僕が呼び出されたワケですか?」

 酒呑童子の片腕とも呼ばれる強大な鬼の一角、茨木童子。黎斗が戦ったのは一回だけだが現在まで生き延びているというのは黎斗をもってしても倒しきれなかった、という事実に他ならない。大軍で襲いかかっていた、という裏事情があったとしても其れは彼の力量を示すのに十二分だろう。実際問題、日光に封印した斉天大聖(おサルさん)茨城童子(このイケメン)は日本でまつろわぬ神が出没した時に駆り出される頻度が群を抜いて多い。もっとも最大戦力が体調不良者(しゅてんどうじ)おエラいさん(スサノオ)引き籠り(れいと)で悉くアテにならないのだからしょうがない。

「とりあえず大将の具合悪いって本当ですか?」

 最大の疑問点。回りくどいのは苦手だから単刀直入に。酒呑童子が体調不良というのは怪しい。正直サボりたい言い訳の気がする。兎にも角にも迦具土や八雷神、大国主といった須佐之男命の取り巻きがいなくなったことで戦力が激減した以上、茨木童子の出番はこれからも増えることだろう。まぁ、しばらくの間は護堂がその役目を担ってくれるだろうが。

「お館様の病は昔からです。貴方様と初めて殺し合い(たたかい)をする以前に。神にあっさりとのせられた人間共の毒酒によって」

「……マジですか。っかあれだけ暴れといて弱体化とか意味わかんねぇ」

 病人なら病人らしく寝ていろ、と思う。鉄棒片手に暴れていながら病人と言われても信じられるはずもない。

「人で無く鬼なんだから病人じゃなくて病鬼か」

「……? 何にしろ、お館様が弱っているからこそ、我らは一丸となり貴方様を迎え撃ったのでございます。もっとも、御老公がいらっしゃらねば全滅していたでしょうが」

 破壊光線の乱発に耐えていたとはいえ、その度に鬼の数は激減していた。確かに全滅させられるかは時間の問題だったとはいえ、それだけ乱発していては黎斗の呪力が尽きてしまう。その後で酒呑童子との連戦になれば厳しい戦いになることは否めない。

「大将を倒せなかった時点で僕の負けでしょうに」

 苦笑いしながら茨木童子の後に続いて山中を進む。一つ目や三つ目、赤鬼や青鬼といったお約束(テンプレ)がひしめき合う様は昔話を思い出させる。前は戦っていて気付かなかったが思わずその光景に一瞬目を留まらせてしまう。

「青鬼が居るよ。……親戚にガチホモ的な鬼はいませんよねぇ?」

「マスター、馬鹿なことを言ってないでください。茨木様を見失いますよ?」

「へいへい」

 尻尾でぺちぺち頬を叩くエルに降参の意を示して、黎斗はやや速足で茨木童子を追いかけた。





「坊主、久しぶりだのぅ」

 大広間の上座で悠然としている、と思いきや。

「具合悪いってマジだったのか……」

 鬼王は布団から体をやっとの思いで起こす有様だ。周囲に用途こそわからないが、巨大な魔法陣が幾重にも彫られている。

「一応、お土産持ってきた。グラビア雑誌居る?」

「カカカッ。貢ぎ物ご苦労。無用の長物だが、まぁ受け取っておいてやろう」

「えっらそーに……」

「実際偉いお方ですけどね」

 ふてくされる黎斗と宥めるエル、といういつもの構図に酒呑童子は笑みを浮かべる。

「なによ大将。まーいいけど。……要件は何?」

 黎斗の問いに笑って答えず、鬼王は彼に問いを返す。

「この多数の陣、なんだと思う?」

「質問に答えてよ。……ったく、病を治す目的じゃないの?」

「否。否よ。そもそも鬼を致死に至らしめる神便鬼毒酒を直接飲んだのだ。今生きているだけでもたいしたものよ」

 確かにあの酒を飲んだ鬼は酒呑童子(めのまえのオニ)を除いて全員死んだという。それを考えれば生きているだけで格の違いがわかるような気もする。

「自分で褒めるんかい。っかさ、酒を直接以外でどーやって飲むんだか」

「この陣は、儂の理性を保たせる術式よ」

「……は?」

「坊主よ、貴様の来る頃合いはばっちたいみんぐだったぞ」

 鬼が外来語を使うと違和感がものすごい、などとこの時の黎斗に考える余裕は無かった。理性を保たせると、鬼の王は確かに言った。その言葉が意味することは、つまり——!!

野生の(まつろわぬ)神に戻る気かよ大将!? 何考えてんだ!!?」

 泡を食って詰め寄るが、当の本人は涼しい顔。

「儂の寿命はもう尽きる。忌々しいこの毒酒によって。ならば、最後に満足のいく殺し合い(たたかい)をして逝きたいというのが人情だろう」

「もうヤダこの戦闘馬鹿たち!!」

 たまらず黎斗が悲鳴を上げる。

「大体なんで僕なんだよ!? 介錯なんざ須佐之男命に頼めばいいだろ。闘いがやりたいなら他の神殺し達に喧嘩を売ればいいじゃない」

それでは駄目だ(・・・・・・)

 突然、声音が冷酷なものに変貌する。

「坊主、貴様は騙し討ちを肯定するか?」

「イキナリ何を……」

「答えろ」

 突然の変調に黎斗はまったくついていけない。どうやら変なところを刺激してしまったらしい。

「……肯定は、しないかな。まぁ相手がクソ外道だったら別にいいけど」

 しょうがないので個人の感想を述べる。もうこうなったら彼の望む選択肢でないと即ゲームオーバー、などといった鬼畜仕様ではないことを祈るだけだ。

「くは、ははははは……!!」

 果たして結果は吉とでたらしい。突然笑い出す酒呑童子。

「それだ。それだよ。水羽((・・))黎斗((・・))」

 初めて、名前を呼んだ。今までずっと坊主で通してきたのに。

「卑怯。貴様は確かに今そう言ったな? それこそが、貴様を選んだ(・・・)理由だよ」

「な、何を言って……」

「貴様は異質なのだよ。奸計謀略騙し討ち。それらに忌避感を抱くお前こそが、儂の最期の相手に相応しい」

 貪欲に勝利を求める姿勢、この態度事態は嫌いではない。しかしこれが悪化した姿勢、悪く言えば”勝利の為に手段を選ばない戦略”を黎斗は好まない。だから黎斗は最善手を取らない事が多々ある。それによって死にかけたことなど枚挙にいとまがない。酒呑童子が「異質」と称した所以だろう。だか、何故そこまでこの鬼は黎斗の内心を見抜けるのか。

「確かに卑怯は嫌いだけどさ。何故わかったの?」

「愚問だな。我らは拳で語る存在。一度戦り合えばそれでわかる」

「熱血な回答入りましたー……」

「毒酒を飲ませて騙し討ちなど、王者の所行に非ず」

 人間達に毒酒を飲まされ討伐された、酒呑童子の本音。「鬼に横道無し」と源頼光らに叫んだ鬼は首を斬られた。致命傷を受けてなお、この鬼は死なずに生き延びた。都へ持ち帰られた首だけで頑強な結界に囲まれた京から逃亡することに成功したのだから大したものだ。

「……」

「だが結局は騙された方が悪い、のだよ。我らの世界ではな。それが我らの闘争だ。だから、他の輩では駄目だ。自らが危機になれば容赦無く誓いを破る連中達ではいかん。搦め手などと言って奸計を用いる者達など願い下げだ。両者は同一に在らざるなり。いざ勝負と参ろう、黎斗よ。正攻法で儂を突破してみせろ。正道にて儂を打ち破ってみせよ」

 放たれる言葉の数々に、黎斗は絶句し硬直してしまう。神から、このような申し出を受けたのは初めてだ。

「儂はもう直に消滅するだろう。再び現界するのが何時になるかなどはわからん。故に、だからこそ、己が幕引きは満足なものにしたい。正々堂々、全力での闘争を。血湧き肉踊る、悔い無き闘争を——!!」

 渾身の叫びは、破壊を伴うまでになっていた。物理的な威力を持った彼の声は、屋敷の屋根を吹き飛ばし、畳を遙か空に巻き上げ、巨大な柱に軋み音を強制する。結界のお陰で、黎斗の周囲こそは無事だが、辺りは惨々たる有様だ。思わず溜め息が出てしまう。

「……はぁ。大将、屋敷ぶっ壊してどーすんの?」

「これから死ぬ儂には、関係のない話よ。闘争に勝てばお主を葬った後に毒で死に、負ければお主に殺されるのだから。既にこの屋敷には儂以外住んでおらん。全員退避済みじゃ」

 なんとまぁ、準備の良い事だ。しかも白装束ときた。

「元々儂が幽世(こっち)に来たのは、身体を蝕む毒酒の影響を抑えるためだ。こちらならば多くの気を取り込めるから治癒も楽だしのう。だが、もう取り返しのつかないところまで儂の身体は壊れておる」

 立ち上がるのも辛そうな顔色だが、その瞳は強く黎斗は制止出来なかった。

「このまま酒で朽ちるよりは、戦場で死ぬことこそ本望よ。人間共を滅ぼすのも悪くないとも思ったが、お前と闘ったあのひと時。あのひと時より愉しい時は今まで無かった。やはり、終幕はお前との死闘以外考えられぬ」

 潔く、求めるものは正々堂々とした勝負。この局面で逃げることは出来なかった。

「死にゆく者の最期の願い、か。断るに断れねぇよなぁ、ホント」

 もしこれが神便鬼毒酒でなければ、もしもっと早く事態を知っていれば。少名毘古那神の権能で調合する秘湯の湯で治癒出来たかもしれない。だが、全ては遅すぎた。今から治癒しようにも手遅れだ。神便鬼毒酒などと言った規格外の毒を解毒できるほど少名毘古那神の権能は特化されていない。

「まつろわぬ神として、坊主を迎える準備はとうに出来ていた。あとは陣で理性を保っていられる間にお前が来るか、半ば賭けだったのだが間に合って本当に良かった」

 笑みを浮かべる酒呑童子。呪力が急激に膨れ上がっていく——!!

「理性を保てる陣は儂の先程の叫びで壊れた。悪いが死への手向け、付き合ってもらうぞ!!」

「美少女じゃなく鬼のおっさんだった、ってのがアレだけどさ。そこまで思ってもらっていたなら、応えないワケにはいかないよね!!」

 威勢よく啖呵を切って構える黎斗だが、すぐに目を疑う光景を目の当たりにしてしまった。

「……え?」

 襲い来るのは有象無象、数多の鬼。視界を埋め尽くさんばかりの鬼の群れが、黎斗へ向けて殺到する。

「おいおいおい大将、一対一(サシ)じゃなかったのかよ!?」

 ヤマの時より大軍なのが手におえない。エルを肩にひたすら逃げつつ非難する黎斗に苦笑いをし、鬼の大将は口を開く。

「ったって、コイツらは茨城童子達(なかまたち)とは違って儂の能力で生み出した輩だからなぁ。坊主も使い魔が居るのだ。これで手打ちとしようぞ」

「んな、滅茶苦茶な!?」

 確かに以前は雲霞の如くだったけれども。前回と比べれば数は少ないし茨城童子達が居ない、と楽といえば非常に楽なのだが、それでも数が多くてやってられない。流石は鬼の首領と言うべきか。

「マスター。三号機の使用許可を」

「エル!?」

 言うが早いか飛び出した狐は人に化け、黎斗の影に手を伸ばす。

「あぁもう、任せるよ!?」

 黎斗の了承と同時に、影が開く。紫の長髪が眼前を通り過ぎ、現れるのは鈍色の輝きを放つ重火器(ガトリング)。影からその全容を現した瞬間、転移中は封印されていた重量がずしりと大地にのし掛かる。台車に乗った巨大な砲身が重力を思い出したかのように地面に落ちて重量級の音を醸し出す。

「いっきますよー!!」

 地面に薬莢が散乱し、周囲に轟音が鳴り響く。魔鉄(オリハルコン)を加工して作られた弾丸は、黎斗の馬鹿馬鹿しい呪力を宿され毎分三百発、という速度で鬼の群れに襲いかかる。連射性能が今から見れば皆無なのは、素体が旧式(レトロ)だからに他ならない。戊辰戦争の際の速射砲(ガトリング)一基、これを基本(ベース)に改良したものだからだ。つまり皆がわからなかったので手を着けなかった部位。そこを黎斗が中途半端に弄くった結果だ。

「やっぱっ! 反っ動がっ!」

 不慣れなせいか重量的に仕方がないのか、エルは兵器(マシンガン)の反動に耐え切れず、発射するたびにガクンガクン揺れていた。それも痙攣にしか見えないレベルで。紫の長い髪が激しく動きもはや顔がほとんど見えない。反動に耐え切れないせいか時折発されるエルの悲鳴も爆音でほとんど聞こえない。

「うーむ。これは改良の余地大アリだな」

 砲台に好き放題振り回される美少女、というある意味絵になる構図だが演出しているのは地獄絵図だ。速射性能こそ低いものの神殺し(れいと)の呪力を限界まで込められた魔弾は、鬼を容易く貫き引き裂き吹き飛ばす。叢雲くらいの神獣でない限り、この段幕を突破することは叶わない。数多の戦鬼は接近することを許されずに消えていく。

「うわ……」

 しかし鼓膜をつんざく酷い音と一緒に、破壊の痕跡も量産されていく。足を喪った鬼や腹に大穴が空いた鬼が手を伸ばしている様子が非常にグロテスクで恐ろしい。トラウマものの光景だ。

「世紀末すぎるわ」

 とりあえず魔弾が有効であることはわかった。この分ならば軌道上に衛星を作って魔弾製ミサイル投下、なども良いかもしれない。こちらの方が近未来的でカッコいいし、相手に妨害されにくい。そんな技術を周囲の存在が誰も持っていないから現時点での実現は厳しいのが難点か。とりあえず今出来るのは地雷辺りか。地雷原を作り、そこに上手く神獣を誘導できれば今よりラクに斃せるだろう。一々術者が決死の覚悟で挑む必要が無くなる。

「僕が魔弾とかは作る必要があるしその原料も一月の間に作れる量決まってるんだけど、一考の余地はあるか」

 完成すれば神獣の出現程度ならば黎斗達(チートたち)の出番も恵那達(ぎょくさいぶたい)の出番も遥かに減ってみんなニッコリの幸せな未来だ。引き籠りライフも万全になる。

「いずれは聖絶の言霊もよく調べなおして対神殺傷能力上げた改良版も作りたいもんだねぇ。僕に出来るとは思えないけど。それが出来れば更に引き籠ってられる。……まぁカンピ量産時代になっても困るけど。ハメを外した同族狩りやる事態になりかねん」

 某灼眼の少女みたいな役など面倒くさくて真っ平御免だ。

「戦の最中に考え事とは余裕だなぁ坊主!!」

 殺気に思わず振り向けばいつの間に接近していたのであろう、酒呑童子が鉄棒を振るうのが視界に写った。

「いっ!!?」

 ———間に合わない!!

「死ぬがよい」

 黎斗の行動より早く、釘バットのような形をした鉄棒が、黎斗を遥か彼方へ吹き飛ばす。

「マスター!?」

 あらかた雑魚(オニ)を掃討したエルが絶叫を上げた。初となる従者の悲鳴と共に、古の魔王は再生を遂げる。

「っはー……やってくれ——」

 言葉は長く、続かない。その脚力はどれほどのものか。復活中に再び襲ってくる衝撃。再生しきる前に、再び黎斗は塵となって飛ばされる。残骸が大地に激突する瞬間に、接近した酒呑童子の殴打が再び黎斗を粉砕する。

「ちょ……!?」

 再生が、間に合わない。一秒でもあれば完全復活出来るのだが、一秒の隙を酒呑童子は許さない。攻撃を受けつつも事態が把握できるのは黎斗くらいのものだろう。傍から見れば超高速で勝手にあちこち飛び回る物体が、集合とミンチを繰り返しているのだ。周囲から見てそれなのだから、当人に理解できるはずもない。まして目玉が飛び散る状況下で視覚が使い物にならないのだから尚更だ。もっとも、こんな状況になる前に普通は死亡しているだろうが。

(抜け出せないな。このままだとジリ貧か……)

 辛うじて思考は出来るが、それだけだ。鉄棒を受け止めようにも黎斗の腕力では強化しても受け止めきれず、粉砕される結果は変わらない。

(ワイヤー引きちぎるとか大将の力ってバカだろ絶対)

 まずは体勢を整えたい。酒呑童子の勢いを一瞬でも殺せればなんとかなるのだ。その一瞬を殺すために色々手は打った。ワイヤーを足元にしかけるも、彼の前に意味は無く。植物で襲うも、やはり意味は無かった。受け止める、というのは最終手段なのだ。

(マズったなおい……ホントにこりゃ死ぬぞ。しょうがない。最終手段もダメとくればしょうがない。極力使いたくなかったが非常手段(フェニックス)だ)

 フェニックスの権能を発動、吹き飛ばされる瞬間に未来(・・)に跳ぶ。

「……ぬっ?」

 必殺の鉄棒は空を切った。違和感を感じた酒呑童子の瞳は、次の瞬間驚愕に染まる。

「よぉ大将。マジでッ、容赦ッ、無ぇぞッ!!」

 完全復活を遂げた黎斗が、ゼロ距離射程で、三昧真火を叩きつける。道術の最高峰たる紅蓮の業火は、周囲を根こそぎ焼き尽くす。

「あの猿猴神君(サル)ですら致命傷となりうる術だよ。流石に大将でも無傷じゃ済まないっしょ」

 距離をとりつつ追撃の準備。鬼が消えていないということは、彼の大鬼神は生きている、だが倒せてなくても、相当な深手は与えたはずだ。

「甘い、甘いわぁ!!」

 白煙を消し飛ばし現るは、無傷に等しい巨躯の鬼王。——未だ、健在。
 
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