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或る皇国将校の回想録

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北領戦役
  第三話 猫達の帰還、伏撃への準備

 
前書き
今回の登場人物
馬堂豊久 独立捜索剣虎兵第十一大隊情報幕僚の砲兵大尉 駒州公爵駒城家重臣 馬堂家の嫡流
      新城の旧友
  
新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊第二中隊中隊長代理の剣虎兵中尉。
     『僕は悪くない』

伊藤少佐 独立捜索剣虎兵第十一大隊大隊長、叛徒の家臣団出身で軍主流から外れた中年将校。

若菜   独立捜索剣虎兵第十一大隊第二中隊 元中隊長。
     享年26歳 

戦務幕僚 生真面目な幕僚、堅実で常識的な士官

兵站幕僚 混乱した兵站状況の再建に勤しんでいる。温和な人物

西田少尉 第二中隊の小隊長、新城の幼年学校時代の後輩

漆原少尉 第二中隊の小隊長 生真面目な若手将校

猪口曹長 第二中隊最先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官
     道を教えるのとか超好き 

 
皇紀五百六十八年 二月九日 午後第七刻 開念寺
独立捜索剣虎兵第十一大隊 第二中隊 兵站幕僚 新城直衛中尉


 新城直衛中尉が率いる第二中隊は当初の予定より一刻ほど遅れて大隊本部である開念寺に到着した。
 門前で出迎えたのは、衛兵と砲、そして彼らの貴官を見計らって細巻を吸いに外に出ていた大隊情報幕僚であった。
「やぁ新城中隊長、龍神の加護を得られた様で何より。」
 愛想良く出迎えた馬堂豊久大尉は、中肉中背で豪商の若番頭の様な顔つきをしており、普段はまるで軍人らしく見えない。 だが現在は疲労の色が濃く、前線の者らしい険しさを感じさせている。
 ――あの敗退ですべてが混乱しきった中で、事態を把握するべく奮闘し続けているのだから無理もないか。
 新城は観察を済ませると指揮官として口を開いた。
「馬堂大尉殿、僕は兵站幕僚ですが」

「若菜の後任に決まったんだよ。
まぁ大隊長から任命されたからとはいえども、まだ非公式だしな、兵站幕僚の方が良いか?
ま、正式な任命は本部で絞られてからになるだろうさ」
 他の幕僚達は荒れていたぞ、と先導しながら馬堂大尉が飄然と笑う。
後ろでは西田少尉達が小さく笑っている声が聞こえた。

境内に入った辺りで歩みを止めて唐突に尋ねてきた。
「一応訊くがあの報告はどこまで本当だ?」
かつて、人務部首席監察官附副官、情報課防諜室と内規を司る役職を渡り歩いた者だけあり、その言葉は鋭いものであった。
 ――事実上(・・・)は、僕の報告に嘘は無い。
 素早くそう考えると新城は答えた。
「はい、情報幕僚殿。全ての事実は、御報告した通りです。」

「成程、あの報告でも事実ではある訳だ。」
 無感情な半眼で新城を観ながら情報幕僚は言葉を続ける。
「大隊長殿もお待ちかねだ。
ようやく、一応まともな情報が入ったんだ、俺と同じ様な事を聞くだろうさ」
 彼にとって必要な確認を取れたと判断したらしく再び本堂へと歩き始める
「その前に兵達を。」

「それは俺の仕事じゃない、兵站幕僚殿に頼め。
彼は真室大橋まで街道の状況を確認すると言っていた、そろそろ戻ってくるはずだ」
そう言いながら堂々と欠伸をしている。

「部下に命じます。」
 猪口曹長達に向って任せたと頷き、馬堂大尉と共に本堂へと向かった。
「馬堂大尉、新城中尉、入ります。」
 本堂に居る幕僚達は新城に向って冷ややかな視線で迎えた、大隊本部で新城に好意的なのは、今ここには居ない兵站幕僚とさりげなく他人の茶を盗み飲みしながら席に戻っている情報幕僚だけである。

衆民出身の将校であろうと、新城を嫌うものが多いのは、単なる出自の問題ではないことをしめいしている。
 ――今更ながらあいつとは、二十年近い付き合いだ、まぁ少なくとも奴が居ると知れば少しは気の慰めにはなる。

 そう思いながら大隊長室の扉を叩く。
「新城中尉入ります」
おざなりな返事が返る。中に入ると大隊長伊藤少佐は、
屈み込み火鉢に吸っている葉巻の灰を落としながら言った。
「――若菜大尉の事は報告を受けた。
後で受勲を申請するつもりだ、少なくとも感謝状は出るだろう。」
 ――遺族は喜ぶだろう。将家とはそういうものだ。
 そう云いながら少佐は火鉢から顔を上げた、苦労が刻まれている顔だった。
 内乱で彼が主家としていた将家が亡びてからは軍の主流から外された旧将家の生まれであり、四十半ばを向かえているのに既に退役間近の様に見えるほど疲労した姿と黒ずんだ少佐の階級章が彼の今を象徴している。

「――到着が遅れた理由は?」
どこか投げやりさを感じさせる言い方で伊藤が尋ねる。

「はい、先の報告の通りです。大隊長殿」
新城の返答も無感情なものであった。
「馬鹿野郎!天龍と出くわした!?そんな与太信じられるか!
貴様は若菜大尉を見捨てて後退した。だから遅れたのだろう!」
 伊藤は葉巻を火鉢に叩き落としながら怒鳴るがどこがそれも、演技じみている。
「はい、大隊長殿。 そうではありません。全ては報告の通りであります」
  空々しい雰囲気が漂う中で新城は思った。
 ――結論が出ている会話だ。 愚かしい確認作業でしかない。

「まぁいい、損害は役立たずのボンボンと兵三名だけで済んだ、それで十分だ。
貴様は好きになれんがな」

――どうやら正直という美徳は持ち合わせているようだ。 
新城は、このくすんだ男と殆ど話したことがなく、碌に評価をしていなかった事を今更ながらに思い出した。
 伊藤少佐は細巻に火を着けながら再び口を開いた。
「中尉、他に言う事はあるか?」

 ――言っておくべきだろう。少なくとも自分がこの男を再評価する為にも

新城は口を開いた。
「敵の可能行動に意見があります。」
大隊長は無言で眉を上げ促す。
「状況から判断して、今夜中に夜襲を仕掛けねばなりません。放置した場合――――」

大隊長が手を振り新城の言葉を遮る
「もういい、それは俺と幕僚達が考える事だ。」
「……」
何も答えずに新城も察した。
 ――同じ結論がもうでているのか。

「まぁいい、あと二刻で指揮官集合をかける、今後の方針はそこで決定だ。
あぁ、そうだ。既に情報が話しただろうが貴様に第二中隊を任せる。
若菜よりましな所を見せてくれ」

 ――どうやら昔は、有能な将校だったらしい。いや、あいつが悪く言わなかった事も考えれば今もそうか?
 そう考えながら新城中隊長は敬礼をし、退出した。


同日 午後第七刻半
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部 開念寺


 夜襲作戦での馬堂豊久の任務は第一、第二中隊の騎兵砲分隊を再編したものと大隊騎兵砲小隊、観測・戦況把握のための導術分隊・護衛の鋭兵小隊からなる集成中隊の指揮の予定であった。
 機動力の低い騎兵砲を集中し、護衛をつけて運用できる砲兵将校が彼しかいない為であった。

まだ正式に決定してないが馬堂豊久大尉は既にその準備に取り掛かっていた。
「無茶を言わないでくれ」
申請書類を読み終え、開口一番、大隊兵站幕僚が呻いた。
「やはり騎兵砲の補充は無理ですか?」
 同じ大尉でも先任であり立場も経験も上であり、馬堂も丁重な口調で応える。
「そもそも損失した砲が一門なのになんで要求が三門なんだ」
「着弾観測と戦況の把握にまだ元気な導術兵を使うから砲兵が余るのですよ。
敵に突っ込むのは剣虎兵と尖兵の仕事です。
数少ない砲兵を専門外の地に送る意味は無いでしょう、砲兵に白兵戦は無理ですよ。」
 大隊兵站幕僚は溜息をついて嫌な現実を言う。
「まともに要求を出していたら百年たっても届かないぞ。
輜重段列は糧秣と弾薬で満載だ。」
 ――それは残念ながら見ればわかる。
 馬堂大尉も溜息をついて次の当てを口にした。
「真室大橋の方はどうでしたか?
彼処に集積所を一時期おいていた筈だからなんかしらありそうですが」
 兵站幕僚は苦笑を浮かべながら首を横に振った。
「確かにあそこは逃げ出した連中の装備が山のように放棄されていた、多分砲も有るだろうな。
それに街道も除雪済みだ――その代わり憲兵がいるが」
  ――憲兵か、こんな時に面倒な。
 内心舌打ちをしながら馬堂大尉は妥協案を探す。
「憲兵達には遅滞戦闘に参加するといえばどうにかなりますかね?
――大隊長殿に頼むかな」
 猫に慣れていなくても馬のほうがマシだと撤退時に身に染みたのだろう。
「まぁ、協力はするがあまり無茶をするなよ。
こんなとこで将家絡みのゴタゴタを起こされるのは困るからな」
 
「輓馬は居ましたか? そちらなら理由をつければどうにかできそうですが」
「何匹かはぐれた馬が彷徨いているみたいだ。だがこれも急がないと接収されるぞ。
こっちは砲や銃と違って憲兵共には管理できないし、他の部隊も輓馬は必要だから捌けているだろう。
――お前の部隊の編成は正式には指揮官会議の後だろう?」

「頼む相手はいますよ。もう兵站幕僚じゃない筈ですがね。」



「それで僕ですか」
 大隊長室から出てきた新城直衛は露骨に嫌そうな顔を馬堂豊久へと向けた。
向けられた本人は厚い面の皮でそれを跳ね返しながらにこやかに注文を飛ばす。
「まぁ砲の損失が出たのは中尉の部隊だからね。
後任の中隊長である中尉は可及的速やかに砲の補給に取り掛かってもらいたい。」
ここに偉大なる兵站幕僚殿の一筆があるから憲兵との交渉に役立ててくれ。
輓馬にする馬の発見場所もこれに書いてある」
 話が進むにつれて新城の旧時代の魔除けの瓦の如き顔がさらに凶相じみた表情へと変じていく、馬堂はそれを堂々と無視して必要なものを強引に押し付ける。
「それでは第二中隊長、貴官が速やかに補充を成功させることを祈る」

 だが、立ち去ろうとするやいなや肩を掴まれる。口元を引き攣らせた豊久の背後から丁重な口調で聞きなれた声が聞こえた。

「艝についても一筆貰って来て下さい、可及的速やかにお願いします――僕も色々と入用なので」

 ――情報幕僚である馬堂大尉は過去の経験から得た情報からこれに逆らうべきではないと即座に決断したことは言うまでもないことである。


同日 午後第九刻
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部 開念寺本堂


「第二中隊の報告によれば敵の先鋒部隊は増援を受けてわが方に接近中である。だが我々は撤退支援の為に後2日は撤退の許可はおりない。このままでは明日には連隊規模以上の敵と交戦する事になる。」

 幕僚会議の結論を伊藤大隊長が述べると集まった20名近い将校達が呻き声をあげた。新城を睨み付けている将校が居るのを見た馬堂豊久は溜息をついた。
 ――無意味な八つ当たりだ。彼が連れてきた訳でも無かろうに。

 伊藤少佐はその全てを無視して述べた。
「結果は分かり切っている誰も生きて故郷には帰れん。」
 もはや誰も声をあげない、新城を睨みつけていた者も目を伏せる。
「さて、それではこれからの大隊長の構想を述べる。説明は戦務が行う。」
 戦務幕僚が立ち上がり先程の会議で決定した夜襲作戦を解説する。
概要は極めて単純なものである、要点は三つ。
・北方六里の地点に大隊主力を配置し、増援を一気に叩く。
・攻撃開始の合図は赤色燭燐弾、最優先目標は、敵本部。
・戦闘時間は、最大でも一刻、撤退時には青色燭燐弾を打ち上げる。

馬堂大尉は正式に集成中隊の編成と指揮権を預かる事を発令されてからは、無言で考え込んでいた。

 ――さて、夜襲・乱戦は剣虎兵が最も活きる作戦である、同数の敵なら白兵戦にさえ持ち込めば損害は皆無のまま一方的に殲滅出来るだろう。

 ――だが、問題は敵の数だ、〈帝国〉陸軍の連隊の規模は〈皇国〉陸軍の旅団規模(四千名)に近い。上手く乱戦に持ち込めても相手が統制を取り戻したら包囲され、剣牙虎ごと蜂の巣になるのは明らかだ。

 ――そもそも、限界を一刻と想定しているが実際はどうなるのか分からない。
それより早く統制を取り戻される可能性はある。こればかりは相手の指揮官次第だ。

 だが、それでも選択肢がないことも理解していた。
この作戦を行ってもなお、敗北するほどの大軍と正面から殴りあう位なら夜襲で戦う方がまだマシと言う事だ。


 ――その上、実仁親王直卒の近衛旅団も後衛戦闘を行っている。
宮様直卒の部隊を本格的に戦闘させない為にも独立大隊の俺達がここにいるのだ。
政治的にも増援は有り得ない、来るとしても近衛が撤退してからとなり、そして宮様はギリギリまで粘るつもりらしい。
 ――それを踏まえ、現在の逼迫した状況を考えると数少ない多勢相手に打撃を与えうる機会だ、撤退は出来ない。

 結局のところ、主導権は完全に〈帝国〉軍側にあることを理解した馬堂大尉はその現実を受け入れるしかなかった

同日 午後第十一刻 開念寺門前


 馬堂豊久は門前で細巻をふかしながら忙しなく刻時計と街道を見比べていた。
正式に作戦の開始・撤退の合図である燭燐弾を打ち上げる軽臼砲を含めた大隊騎兵砲小隊と第一・第二中隊の騎兵砲分隊からなる二個騎兵砲小隊、護衛の鋭兵小隊で編成された集成中隊の三個小隊に導術分隊で編成される集成中隊の指揮権を与えられ、支援と退路確保が命じられた。
だが着弾観測と戦況の把握に導術を使うが如何せん導術兵の疲労が激しく使えるのはせいぜい三人、それも長時間酷使する事は出来ず、第二中隊も砲はまだ補給していない為、戦力が心許ないままであった。

「せめて後一個大隊、いや一個中隊分の剣虎兵と余力のある導術分隊が居れば
俺達の生存率も跳ね上がるのだがね」

「無い物ねだりでさえ貧乏臭いといのも寂しいものだな」
隣で仏頂面で細巻をふかす新城が云った。

「環境に適応しているのさ、柔軟性は優秀な士官の証明だ」
減らず口を叩きながら豊久は立ち上る紫煙を目で追った。
蒼い空に光帯が薄く光っている、この〈大協約〉世界では幸運の象徴とも言われているその輝きを頼りに仕掛ける今宵の戦を想像した馬堂は、鬱屈した気分を紫煙に乗せて吐き出した。
「猪口曹長達が砲を確保してくれれば、今晩の戦に多少なりとも貢献できるのだがな」

「曹長は憲兵の扱いは心得てます、よほど融通の利かないものが相手でもただでは転ばんでしょう――噂をすれば、来たな」

 第二中隊最先任下士官である猪口曹長達を出迎えた新城は、彼にとって珍しい事に感嘆の声を上げた、猪口曹長達が馬に牽かせた三台の橇の全てが積荷を満載していたのである。
「大漁じゃないか。これなら砲も。」
 馬堂大尉が、期待に目を輝かせているのを見て猪口は申し訳なさそうに云った。
「騎兵砲は駄目でした融通のきかない憲兵が頑張っておりまして。」
 
「おいおい、頼むよ。」
 目に見えて肩を落とした青年将校を面白そうに見ながら猪口は報告を続ける
「その代わり面白いもんを二種程見つけました。」
 そう言って二台の艝から布をはぎ取り箱が満載されている二台から中身を取り出す。
「施条銃じゃないか!」
 本人曰くささやかな夢が破れて、無気力に柱に寄りかかっていた馬堂がそれを見て驚愕し、声をあげた。
「値が張るからって守原大将は専門兵科の鋭兵の分すら満足に買わなかった筈だぞ!
 橇二台だから八十、いや、百丁位か? 一体何処から拾ってきたんだ?」

「そういえば、大尉の家は、蓬羽兵商に投資していましたね。」
彼方此方の商売に投資し、かなり儲けているらしく、数年前に手を出したと噂になっている。
駒州内の財政にもけっこうな利益を出しているので駒城公も容認している。

「蓬羽兵商、皇国最大規模の銃器製造会社の蓬羽ですか?」
様子を見に来た西田少尉が目を丸くして馬堂大尉に尋ねる。

「父が陸軍局勤務だからな。口も出しやすい。」
癒着だ、癒着。と愉しげに毒づいている。
――馬堂家は代々、駒州軍の兵站や財政関係で働く者が多いらしい。
大昔から、駒州の馬の管理を一任されていた程の重臣であり、その家格は駒城の譜代でも益満に次いで高い。
 現在の当主、豊久の祖父である馬堂豊長は憲兵出身であり、警察行政を担う内務省との結びつきが強く退役してからは、彼らが運営する天領への投資を行い莫大な利益と政財界の実力者となった衆民達と結びつきを築いている。
そして豊久の父である馬堂豊守は直衛を孤児にした東州内乱で負傷してからは後方勤務を続け、現在では兵部省陸軍局の要職に任じられている。

漆原少尉が思い出した様に口を開く。
「そう言えば馬堂家の方が駒州公の代理として衆民院にいらっしゃったと父が言っていましたね。」
漆原少尉の父は衆民院の議員だ。
――衆民院でも顔を売っているのか。

「馴じんでいただろ。我が家は後暗いのが大好きな家だからな。」
そう言って口を歪めた。

「大尉殿、騎兵砲ではありませんが持って来られた物はありますよ。」
 その様子を面白そうに見ていた猪口曹長が口をひらいた。
「何だ?一応俺の麾下に入る鋭兵は皆、施条銃を装備しているぞ。」

「もちろん違います。擲射砲です。
捕まえた馬を三匹とも使いましたが、ありゃなかなかのモンですな。
砲弾もここに三十発程。砲もそろそろ追いつく頃ですな」
豊久は、感嘆の声をあげて薄らと見えて来た砲を見ようと歩いていった。

「しかし、豊久――馬堂大尉じゃないが大漁じゃないか。本当にどこで拾った」

「迷子になっていた輜重兵どもがいましてね。それも三台の馬艝付きで。
オマケに後方の砲兵旅団から馬を怪我させてはぐれた馬鹿もくっついておりまして。
それで、まぁ、そいつらに道を教えてやったのですよ。」
 ――どの様に教えたのかは聞くまい。曹長の事だ、荷を軽くする気遣いも忘れなかっただろう。
新城は常の仏頂面で頷いた。

「銃は何丁ある。」
「百丁きっかりです。実包の方は手持ちの物で代用出来ますので砲弾を優先しました。」
「成程。曹長、貴様の判断で中隊に配分しろ。
まず尖兵に優先するように。足が遅くなると嫌がったら僕の命令だ。と伝えろ。」
――僕も一丁貰うとしよう。
そう云って新城は施条銃を担いだ。
中隊長が持つことは規則違反だが銃剣を着剣したら長槍代わりにもなる。
他の銃よりも銃身が長いので白兵戦でも有利なのだ。
白兵戦となると、鋭剣と一発限りの短銃だけでは心許ない為であった。

 西田少尉と漆原少尉も新城に倣い銃を担ぐ。
これで多少なりとも気休めにはなるだろう。

――ひとまずこれで僕に出来る準備は終わった、後は死地へと赴き、殺し、殺されるだけだ。

 
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