シャンヴリルの黒猫
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46話「第一次予選 (2)」
「フェアラビット…って、何でしたっけ?」
「高級食材の1つね。お肉が柔らかくて、筋もないし、調理方法次第でどんな料理にも合わせられるの。その上脂身も少なめで、女性にも人気なのよ。大きさは大体…これくらいかな」
そう言って手のひらで表現する。野兎よりもふた回りくらい大きい。
「しかも、なんとCクラスの魔物に認定されているのよ」
「ええ!? それじゃあ意外と強いんですか?」
「違う違う。そうじゃなくて、フェアラビットの最大の特徴はとにかく逃げ足が速いことの。並のCクラス魔物より、ずっと速いらしいわ。しかも持久力もある程度あるし、駆け出しからトップスピードに乗るまでにほんの数秒もかからないらしいの。だからなかなか捕まらなくて、それで高級食材かつCクラスの魔物に認定されているわけよ。あ、あと、主な生息地はフェイ・ド・テルム帝国だからなかなか国にはいれないっていうのもあるけど」
「へぇ」
「多分、参加者の3分の2の数のフェアラビットを用意したのも、捕まえられない人がわらわら出てくるからだと思う。足切りとしては、まあよくあるわね。ちなみにあの兎、売ったら1羽で1万はくだらないわよ。多分生きてたら倍以上の額で売れるかも」
「いちまんっ!? 魔道書と同額ですか……」
それを、たかが大会予選の為にひょいひょい用意するギルドの儲けっぷりはどれほどだろう。ついつい単価が高い魔道書で換算してしまうのは、魔道士の性である。
「おまけにうさぎだからか聴覚もすごいっていうし。…んー! もう1回でいいからまたフェアラビットのハーブ包み焼き食べたいなぁ!」
「食べたことあるんですか!?」
「あー…まあね。何年も前に」
そこでクオリも王宮時代のことと気づき、頷くに留めた。
「もし手に入ったら、リアさんお料理できます?」
「そうねぇ…流石にプロの味とは行かないけど、そこそこ行けると思うわよ? でも、なんで?」
ふふーん、と意味深な笑みを浮かべるクオリを不審気に見やる。
「きっとアッシュさんなら野生のフェアラビットでも捕まえられますよ」
「ええ!? 流石に無理よ。そもそも個体数が少ないものだし、帝国は、ちょっと入りにくいから」
そうこうしているうちに、画面の中の選手達は皆森の中に入って兎を探し始めていた。2人も目印になる黒髪を探すが、見当たらない。木々が密集していて視界が悪いというのもあった。
「大丈夫かしら…」
******
連れが心配していることなどつゆ知らないアシュレイは今、木登りをしていた。背の高い松のような樹を器用にするすると登ってゆく。
(しかし、フェアラビットか……懐かしいな)
実は彼、遣い魔時代に一時期フェアラビットの乱獲をしたことがあった。ノーアがその味覚にハマったのが原因である。彼女のマイブームに応える為、毎朝毎晩主産地であるフェイ・ド・テルムのとある森に足を運び、肥えた兎をかっさらっては持ち帰った。その際強者について回る魔物達を置きっぱなしにしてきたことについては、少し申し訳なく思っている。
結局何が言いたいのかって、
(これくらい、俺にとっちゃあお茶の子さいさいってね)
「よっ」と声を出して一番高い枝に飛び乗ると、下の森を見下ろした。この森に生える木は背の高い針葉樹より、横に伸びる広葉樹が多くを占める。他の木より数メートル上方の視界だが、おかげで目的のものはすぐに見つかった。
パラパラとプロペラが回るような音がすると思ったら、横に映像転送魔道具が浮いていた。しっかり目が(相手に“目”はないが)合ってしまったのに少々の羞恥を覚える。
(ユリィと目が合ってたりしたら恥ずかしいな。…なんだか、よくわからないが)
そのまま躊躇なく地面に飛び降りる。魔道具もしっかりその姿を追う。思ったより機敏な動きができるらしい。小枝を叩き折りつつ着地、と同時に前転して勢いを殺した。上からパラパラと葉が降り落ちる。
(こっちか)
さっきみつけたものの方角は忘れずに、木の根で歩きにくい森をすたすたと歩き始めた。きちんと気配を殺しておくことも忘れない。
ジ―――…
魔道具だけが、彼の後を追って森深くに消えていった。
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