同士との邂逅
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十一 氷解
ふっと意識が浮上する。ナルトは見覚えのあるベッドの上で何回か瞬きを繰り返し、小さく息をついた。
(…………ああ、終わったのか…)
未だ意識ははっきりしない。ぼうっとした頭のまま、ナルトは薄汚れた天井を見上げた。
(じじいの記憶を見たんなら俺の事を知っていてもおかしくないか…)
ナルトの事を全部知っていると言い切った横島。あまりにも堂々たる物言いに、どこで情報が漏れたのかと焦った。横島が木ノ葉の里人でない事はとっくに知っている。そのため中忍本試験の観光客で賑わう今、別里の人間だろうと踏んでいた。
もし横島が別里のスパイならば、敵対国や蛇に情報を横流しする可能性もある。それならば今までナルトがやってきた演技は全て水の泡だ。
尤も彼が忍びではないという事は立ち振舞いで解っている。けれど確実な証拠がないなら警戒を怠るつもりはなかった。
先ほどの横島の記憶を見るまでは。
ナルトと月代が同一人物だと知っているのはナルト本人と三代目火影のみ。その火影から記憶を見たのなら全て知っていてもおかしくないだろう。
三代目火影の記憶を探ったのは本来厳罰ものだが、自身も横島の記憶を見たため強く言えない。
文珠の力に改めて感服する。嘘の記憶を植え付けられた場合も考えられるが、それにしては妙に臨場感溢れるリアルな映像だった。
拷問して自白させる事も容易いナルトは相手が嘘をついているかどうかも瞬時に見極められる。
ナルト同様偽るのが熟達している横島だが、今の記憶旅行は彼が本当に体験した事柄であろう。
この世界にはゴーストスイーパーなどという職種は無いし、霊が見える者も滅多にいない。世界中の情報に精通しているナルトだからこそ断言出来る。
彼―――横島忠夫は別世界の人間だと。
次の瞬間、人の気配を感じてガバリと身を翻す。先ほどまで見上げていた天井に一瞬で身を張付かせた。
「起きたか~………って、またいねぇっ!?」
なにやら湯気のたつモノを抱えてノックもなしに部屋に入って来た彼が、もぬけの殻のベッドを見てうろたえる。その狼狽ぶりに隠れているほうが恥ずかしく思えて、ナルトは天井から降り立った。
「っ、お前……!!ちゃんと寝とけってのっ」
あからさまにほっとする横島の姿に、むずむずとした感情がナルトを襲う。
その感情がわからなくて、彼は不思議そうに横島を見つめた。
「ほら。大人しく寝とけ」
一方の横島は目尻を下げて、ベッドに横たわらせようとナルトにやんわり手を伸ばす。
しかし触れる直前に、彼は動きを止めた。
まだ警戒し避けていると思っているのだろう。その様子に心が痛んだが、その痛みを誤魔化すようにナルトは横島が抱えるモノを見つめた。その視線を察したらしく、彼は照れ臭そうに頭をかく。
「あ―――……コレ、さ。お粥作ったんだけど……。初めてだからマズイだろうし、その…無理しなくていいからな」
最後は申し訳なさそうにもごもごと言う。そんな横島に、ナルトは目を細めた。
どうやら文珠を手渡す際に言った「ナンパでもしてくる」という軽言は嘘だったようだ。
長い長い記憶旅行は、実際に刻む時の空間ではたったの十分ほどしか経っていない。そんな僅かな時間にナンパと料理の両立など不可能だ。加えて若干火傷を負っている横島の手が、粥作りに必死だったと物語っていた。
ナルトは無言で横島に手を伸ばした。湯気を立てる粥を奪い取るように受け取って、一口口に含む。昔からの癖で、無意識に暫く舌の上で転がした。世話役に毎食毒を盛られたために、どうしてもこの食べ方をしてしまう。しかしながら他人が作ったモノをすすんで食べるのは、ナルトにとって初めての事であった。
水っぽく味気ない味。正直お世辞にもおいしいとは言えないもの。
塩を入れ過ぎているのかしょっぱくて、思わず顔を伏せた。
前髪がさらさらと天幕のように下ろされる。金の睫毛を微かに震わせ、蒼の双眸を隠した。
金の茂みの中で零れ落ちる滴に気づかないふりをし、再び粥を口に含む。
その様子を横島はじっと見ていたが、何も言わなかった。
(…強くなった事で、命を狙われるか……)
行動と心情が対比する横島の映像を思い出しながら心中呟く。ちらりと横島の姿を視界にいれながら、ナルトは自らの過去を思い浮かべた。
里を代表する精鋭部隊―暗部を統括する彼の手は、消えない紅がくっきりこびりついている。ナルトもそのことは百も承知だ。生き永らえたこの十三年、自身の手を汚した回数などとうに忘れている……切りが無いからというより、数えるなど無謀だから。
ナルトが初めて手を汚したのは、暗部に入ってからではない。それよりずっと以前…――火影邸最奥の離れの一室を宛がわれる寸前の事。火影が乳母や教育係を世話役として任せていたあの頃…。
火影も誰も知らない事だが、ある忍びがナルトを殺しにきていた。手練の忍び達が火影邸に忍び込んだのは、実は二度目だったのだ。
その忍びはあまりにも残虐な性格で、それ故暗部を降格され出世の道を閉ざされた者だった。彼は九尾の器を消すことで、再び暗部に復帰しようと考えていた。失地挽回し、あわよくば英雄になれると思っていたのである。
安易な考えに満足し、彼はナルトがいる部屋に忍び込んだ。そして。
返り討ちにあった。
それは突然だった。
急に現れた見知らぬ男に、混乱して。部屋の隅でナルトは小さく縮こまった。
助けは来ない。火影ならいざ知らず、毎日虎視眈眈と命を狙う世話役達が来るはずもない。むしろ嬉々として加勢する様子が目にとれたナルトは、悲鳴の一つも上げなかった。
その様子に恐怖で声も出ないと思い込んだ忍びは、余裕綽々な顔で印をゆったりとした所作で結び始める。
印を結ぶその指をじっと見られているなど気づかず、彼は術を発動させようとして。逆にその印を瞬時に覚えたナルトから、同じ術をくらった。
流石に元暗部だけの事はある。加えて残虐な性格の男が最も好むその術は、酷く惨いものだった。
男の身体を炎が包み込む。火柱のように高く燃え上がる猛火。燎原之火の如く、勢いのあるソレは瞬く間に男を灰燼に帰す。
何も残さず、声も無く、忍びの男は掻き消えた。
それを間近で呆然と見上げていたナルトは、ようやく己が何をしたか理解し。あまりの事に声が出なくなった。
火影は世話役達の暴力が原因だと思っていたようだが、実際は目の前で人体が発火し、初めて人を殺したという事実がナルトを自閉症に追い詰めたのだ。
思い出すのは、ついさっきまで見ていた記憶の追体験。
幼い時から命を狙われていたナルト。幼い時から道化を被り続けた横島。
強さを隠す故に道化を被るナルト。強くなった故に命を狙われる横島。
外見も成り立ちも生き方も全く違うのに、同一する点の多さ。
(似て、いるのだろうか……)
空になった皿に匙をカタリと置く。その音に反応し皿を見た横島が笑みを深めた。
映像にて垣間見せた苦悩の色が一切見えない彼の笑顔に、思わず眉を顰める。
しかし同時に、人の事言えないなとナルトは内心自嘲した。
「…うずまきナルト…」
「ほへ?」
唐突に口を開く。塩辛さが舌にまだ残っていたが、ナルトは真摯な双眸で横島を見つめた。
「…俺の名前は《うずまきナルト》だ」
気の抜けた声を上げる横島に、淡々と言葉を紡ぐ。暗部名でも異名でもない、自分の本当の名を伝えた。
暫しきょとんとしていた横島は次第に笑顔を浮かべ、ナルトに手を伸ばす。頭を撫でてくるその手を、今度は振り払わなかった。
未だ己の頭を撫でるその手から、長い間感じなかったあたたかさが伝わってくる。
なんとなく、なんとなくだが、三代目火影以外の人間――この男をナルトは信じてみたいとそう感じた。
「…そっか。改めてよろしくな、ナルト…俺は《横島忠夫》だ」
至大至剛な仮面がピシリと罅割れ、傾壊した境目から剥れ落ちた一欠片。
二人の道化師は、この時ようやく初めて歩み寄り、それぞれの歯車がカチリと重なった。
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