シャンヴリルの黒猫
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40話「クオリ・メルポメネ・テルプシコラ (4)」
立ち入り禁止の階に収められていた全ては魔導書でした。それも、ただの魔導書ではありません。“古代魔導書”だったのです! それは古代魔法、俗にいう“失われた魔法”について記された本でした。古代魔法は今では使える者も無いほどの太古の魔法ですが、威力は絶大。もちろん魔導書も全て失われたと思われていました。…魔法を得意とするエルフだからこそ、残っていたのでしょうか。それでも、暗号化と封印という方法で不特定多数に見られるのは阻止しましたが。
「ロスト…マジック……」
ユーゼリアが呆然とした。
「じゃ、じゃあ、今、古代魔法を扱えるの!?」
「はい。あの書庫にあった分は全て」
目を伏せながら言った。
ユーゼリアは召喚魔道士ではあるが、下位や中位の魔法なら扱える魔道士だ。魔を志す者にとって、1度は夢見ることの1つが、古代魔法を扱うことだった。“夢見る”だけあって、実際にそれを成し遂げた者などいないが。子供が魔法剣士に憧れるようなものである。魔法も、剣も、どちらも極めたい。そんな欲張りな者はどっちつかずになって、器用貧乏のまま終わるに決まっているのに。分かっていても、憧れる。
目をきらきらさせるユーゼリアに、内心で現金だなぁと苦笑しつつ、クオリはそろそろ佳境に入った昔話を完結させようとした。
それから数年、書いた人物は数人なので暗号の方式も似ており、4年ほどでわたしは大体半数の古代魔道書を読み終えました。といっても、実際発動してみたことはなかったのですが。
しかし、ついにわたしが毎朝会員制の階に通っていることがバレてしまったのです。里の長に告げたのは朝、魔力供給担当の上位司書、父の、友人でした。
わたしは牢屋に入れられました。わたしが既に古代魔法を使えると言ったからです。わたしは特に抵抗もしませんでした。いつかこうなると分かっていたし、古代魔導書を読み終えた充実感でいっぱいだったからでしょうか。関係者以外には嘘の罪を伝えたそうです。
牢には長老たちがいくつもの魔法封印の結界を施し、足枷には魔力吸収の印が刻まれたものを使いました。そのうえ常に監視の兵を3人、牢の前に張り付けておく徹底ぶりです。ただ、退屈はしませんでしたね。
「どうして?」
「毎日彼――フラウが、わたしの好きそうな本を5、6冊、持ってきてくれましたから」
小さく笑みを浮かべた。
面会時間は5分程度。父も週に1度程度しか来ないにもかかわらず、彼だけは毎日、来てくれたんです。……嬉しかった。
でも、彼とも別れが来ました。それは牢に入れられてから1年くらい経った頃からでした。彼が牢に来てくれる日数が、減り始めてきたのです。毎日だったのが、1日置きに。1日置きだったのが、週に1度に。そして、ついには月に1度来るか来ないかになりました。
週一になるあたりから、わたしは理解しました。
ああ、とうとう彼もわたしから遠ざかってしまうのか――
その頃には、もう父とも数ヶ月顔を合わせていませんでしたから、わたしがお話をする相手がいなくなったも同然でした。兵は、わたしを恐れて一言も喋りませんでしたから。
父に恨みはありませんでした。むしろ、娘が罪を犯して、表で糾弾されたのは父だっただろうから、申し訳ないという気持ちしかありませんでした。
そうしてとうとう彼が来なくなってから2ヶ月ちょっと。兵が、食事と共にある紙をトレイに乗せて渡しました。外部からの物の受け渡しは全て彼らがまず目を通し、妙な魔法や暗号が無いかどうか確かめるものですからね。
「紙には、こう書かれていました。『僕は夢を叶える為に里を出ることにした。君を置いていく形になってしまって、本当に申し訳ない。牢から出させてあげるには、僕に力が無さ過ぎた。だが、再び里に戻ってきたら、絶対に君を牢から助け出す。だから、その時が来たら、一緒に旅に出ないかい?』紙は、今も持っているんです」
少し頬を染め、恥ずかしげに微笑むクオリは恋する少女に他ならない。
(いいな、そういうの)
ユーゼリアは優しくその姿を見つめていた。
ユーゼリアの出生で現状を受け入れてくれる男性など、いないだろう。何せ、共にいるだけで常に命が狙われているのだから。
(むしろ、巻き込んじゃいけないもの)
だから今までソロだったのだ。
――じゃあ、アッシュは?
ふと頭に浮かんだ黒髪の男の姿をかき消すように、ユーゼリアは頭をブルブルと振った。
(違う違う! アッシュは私から一般常識を教わり終わったら、そのままお別…れ……)
ふと、気付いた。
彼がいなくなれば、また灰色の日々に戻るのだろうか。クオリは多分、フラウというエルフに出会えればそこでユーゼリアとは別れるだろう。
そうしたら、また、独り。
(……それは)
嫌だ、と思った。
(あれ、私いつの間にこんなにわがままになったんだろ)
確かにアシュレイは強いが、彼だって無敵ではないのだ。小さな掠り傷から毒を受けて、死に至ることだってある。
(……コルトみたいに)
どんなに沢山の敵でも、どんなに大きな魔物でも、必ず幼いユーゼリアを守ってくれた、あの広い背中は、たった一本の毒矢に倒れたのだ。
我に返ったクオリが咳払いをした。
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