トゥーランドット
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 宮城にて
銅鑼の音は街にいる全ての者が聞いた。次の日はそれで話題が持ちきりであった。
「なあ、今度は誰なんだ?」
賑やかな市街の食堂で人々は点心をつまみながら話をしている。
「ああ、何でも韃靼の王子様らしいぞ」
誰かがその言葉に応えた。
「今度は韃靼か。それにしても皆何が悲しくてわざわざ死にに行くんだろうな」
「それは決まっているだろう。姫の美貌に心を奪われたからさ」
麺をすすっていた男が言った。
「それがもとで首を刎ねられるのか。俺だったら絶対しないな」
その隣にいる男がそれに応える。
「まあ御前みたいな鈍感な奴だったらそう言うだろうな」
麺をすする男が皮肉っぽく笑う。
「おい、じゃあそう言う御前はどうなんだよ」
彼は言葉を返した。
「俺?俺は自分から死にに行くようなことはしないぜ」
彼は麺を食べ終えてそう言った。
「まあ普通はそうだろうな。誰も好き好んでそんなことしないって」
街の者達は口々にそう話していた。
それは宮廷においても同じことだった。豪壮なその中では今日の夜に行われるその謎解きの場の設定が行なわれていた。
宮廷の中は金や宝玉で飾られていた。その巨大な内部は灯りもないというのにその光で眩しく照らされていた。
「やれやれ、それにしても忙しいことじゃ」
昨日の夜カラフを必死に止めようとした宦官達がその場の設定の指揮を執っている。
「全く。おまけに次の日の処刑の準備もせねばならんからな」
彼等は不満を露わにして言う。
「本当に。あの愚か者は一度首から胴が離れんとわからんらしいのお」
「愚かなのは死んでも治らんがのう」
とりあえず一段落した。彼等は休息をとった。
「しかしこの白い棺を作るのは一体何個目だ?」
三人の中の一人がその棺を忌々しげに見ながら言った。
「一昨年の戌の年は六人じゃったな」
「そして昨年の猪の年は八人じゃった。あの頃はまだ良かった」
「ところが今年はもう十三人・・・・・・」
彼等はそこで再び溜息をついた。
「その度に流れる必要もない血が流れ弔いのお経が流れる」
「道師や僧侶達がせわしなく動く」
「それが終わったと思ったらまた愚か者が出て来る。少し前までは平和であったというのに」
彼等は憂いに満ちた顔で言った。
「古より我が国は時には怒り、時には喜び、そして時には楽しんできた。しかしそれは最早遠い昔の世界の話となった」
「姫様がこの世にお生まれになってからな・・・・・・」
そう言ってうなだれる。
「大河に育まれ湖と林を持つ美しい我が国は今は」
「氷の心を持たれる姫に全てを支配されてしまっている」
「あれだけのお美しさをお持ちながら人の心を持たぬ姫君」
「今日も血を欲しておられるのだ」
彼等は誰にも聞こえぬように小声で囁き合った。
「今では我々も首切り役じゃ」
「首切り役人と同じくわし等も死なせる必要のない者達の首を刎ねる日々」
「昔はこうではなかったのに」
そして溜息をついた。
「静かなところで心を落ち着かせて書に親しんでいたあの頃」
「そんな時はもう戻らないのだろうか」
彼等は昔を懐かしむ顔で言った。
「花を見て清らかな泉を見る日々」
「そんな時もあったな」
「それが今どうしてこのようなことになったか」
話す度に憂いが増していく。だが話さずにはおれなかった。
「のう、覚えているか。サマルカンドの王子を」
一人が言った。
「ああ、凛々しい顔立ちの王子だったのう」
他の二人がそれを聞いて懐かしむような顔をする。
「だが首を刎ねられた。ビルマの王子もキルギスの王子も」
「皆生きておればその輝かしい未来が待っておったというのに」
「光眩い宝玉に身を包んだインドの王子もいたな」
「ああ、浅黒い肌が実によく似合っておった」
「ロシアの美しい毛皮を身に纏った王子も死んだ」
「そして今度は韃靼の王子か」
彼等は再び溜息をついた。
「一体何時までこうしたことが続くのじゃ」
後ろから刀を磨く音がする。彼等はそれを暗鬱な表情で聞いている。
「あの刃が刃毀れし折れる時かのう」
「それは一体何時のことじゃ」
「わからぬ。若しかすると永遠なのかも」
「そしてわし等は何時までもこの仕事を続けねばならぬのか」
彼等はうなだれるばかりであった。そうしている間に休息の時間は終わった。
「またやるか」
中央の一人が言った。
「うむ、処刑の準備をのう」
こうして三人は再び仕事をはじめた。こうして夜の謎解きと処刑への準備が整えられていった。
「若しも姫様の氷の心が溶けたなら」
誰もがそれを願った。
「この国は再び明るくなるというのに」
だがそれが叶わぬことであると誰もが思っていた。
「花が咲き蝶が舞う国」
彼等は皆心の中で思い出していた。
「我が国は再びそうなれるというのに」
そうこうしている間に太陽は沈んだ。そして夜となった。
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