シャンヴリルの黒猫
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36話「とある旅の日常」
前書き
さあやってまいりました、Chapter2突入でござい!!
とりあえず金を手に入れるため、10日後に始まるという武闘大会に出場することに決めた一行は、買ったばかりの馬車の上ではしゃいでいた。
「すごい! 速い速い!」
「1頭しかいないのに、力持ちですねぇ」
馬車の窓から頭を出して外の景色を見ている銀髪蒼眼の美少女の名は、ユーゼリア=シャンヴリル。先の戦争で敗北を喫した魔法大国、ナルマテリア王国の元王女である。年の頃は18。唯一の王族として生き残り、身を守ってくれていた従者も死んだ今は、ソロの召喚魔道士とそこそこ名の通った冒険者として生活していた。
おっとりとした喋りで感心しているのは、クオリ・メルポメネ・テルプシコラ。こちらも人間離れした美貌を持っている。短めの浅葱色の髪から覗く耳は長く尖っており、人間では見られない黄金の瞳と共に、彼女が本来辺境の森に住まう種族、エルフであることを物語っていた。身長は人間の女性にしては長身だが、エルフの中では至って平均、ついでに顔もエルフとしては一般的だった。骨格から何からエルフと人間では違うのだから、当然といえば当然である。彼女はそのせいで度々奴隷商に追いかけまわされ、同じような境遇のユーゼリアに誘われて、彼女達と共に旅をすることにしたのだった。
「頭出すと危ないから、気をつけろー」
そして御者台に寝っ転がっている男の名は、アシュレイ=ナヴュラといった。ほんの1000年前まで魔人の遣い魔だった彼は、主のもとでヘマをやらかし狭間の空間に捨てられたのを、たまたまユーゼリアに召喚して貰ったという経歴を持つ。遣い魔だったことはまだ誰にも言っていないが、その人外の醸し出す雰囲気は既にクオリにはバレているようだ。黒髪黒眼という、人間にしてはそこそこ珍しい外見の上、長身、身につけているコートとブーツも黒という、かなり目立つ要素を持っている彼は、下界に出た現在、ユーゼリア(とクオリ)の護衛という立場で落ち着いていた。初めは多少の不安もあったものの、今では人間との旅も馴染み始めていた。
「そう言うアッシュだって、御者台で寝転がってるなんて危ないわよ」
「そいつは大丈夫。シュラは賢いからな」
背中に置いたクッションの位置を調節しながら、アシュレイは寝返りをうった。
シュラと呼ばれた彼は、6人乗りの馬車を1頭で引いているとは思えないスピードで道を駆け下っている馬のことだった。会話が聞こえたのか、ヒヒンと嬉しそうに嘶く。その鞍の乗っていない背中をアシュレイがよしよしと撫でると、しなやかな尻尾がブンブンと左右に振れた。蛇のような尻尾は、馬車と馬を繋ぐ頑丈な綱にぶつかりそうだった。
「こらこら、お前が力を込めたら馬車が壊れるだろ」
アシュレイが苦笑しながら注意すると、みるみる尻尾がしょんぼりと垂れる。心なしか馬車のスピードも落ちた。
この馬車馬もただの馬ではない。皮膚は紫銀の鱗で覆われ、尻尾の先とたてがみは鋼鉄のワイヤーよりも硬くしなやか。頭には鋼の鎌のような角が顔ごと覆っていて、眼はなかった。
正体はスレイプニル、魔の眷属第六世代である。だが、まだ幼体であるため、外見はDクラスの魔物と瓜二つだ。それぞれに個体識別名が生まれつきある魔獣の一員として、このスレイプニルの仔にも名があった。それがシュラ、シュラクファミディエルだ。長い為、アシュレイ達はシュラと呼んでいた。
馬車を買おうと寄った貿易都市シシームで、紆余曲折を経て結局アシュレイに懐いた次第だ。
シシームを出て3日。商人は7日で着くと言っていたが、シュラの強靭な脚力と体力により、あと1日程度で武闘大会開催の町ファイザルに到着しそうだった。この分なら初日から試合観戦ができるかもしれない。
「アッシュー、疲れたー」
「はいはい。そろそろいい時間だし、昼にするか。シュラ」
声をかけると、ゆっくりと減速してから止まる。初めは止まれと言ったら急停止をするものだから、あのときは慌てた。むしろシュラに追突した馬車がダメージを受けたが、そう言う問題ではない。中にいた2人も額や後頭部にたんこぶを作っていたし、シュラ自身にも何かの間違いで怪我をするかも知れないのだ。まあ、多少の怪我ならばクオリの回復魔法でどうにかなるだろうが(彼女達のたんこぶもそれで治った)。
(とかなんとかそれらしい理由を並べたててみるが……)
実は一番被害を被ったのがアシュレイだった。御者台に座っていた彼は、急停止の際慣性に従って前方に放り投げだされた。もちろん怪我1つ無く着地はしたが、驚いたのは事実だった。シュラが殊更丁寧に止まるのも、主たるアシュレイに1度とはいえそんなことをしてしまったからだ。
襲いはしないものの、実際のところシュラが懐いているのはアシュレイのみ。たかが人間とエルフなど、シュラにとっては圧倒的格下。ゆえに彼女達の言葉には従わず、無視するのが常だった。ただ、アシュレイが彼女達を大切にしているから、そばに寄ることも、身体を撫でさせるのも、許しているだけ。
まあそんなものだろう、とアシュレイは思っていたが、いつかは心を許してやってほしいとも思っている。
馬車から降りてぐぐっと伸びをすると、パキパキ鳴る肩を揉みながらシュラと馬車を繋ぐ縄をほどきにかかった。その間にユーゼリア達も昼の準備をする。干し飯がいい案配にほぐれると、椀をもらって火の近くに座る。シュラは自分で狩をしにその場を離れた。
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