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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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15話

引っ越してきて一日目というのはなにかと忙しいものである。
それは備え付けの家具を運ぶためであったり部屋を使いやすいように整備したりするためにといろいろやることが多い。
支援課ビルの2階3階の寮に住む支援課の5人はベッドとテーブルは各部屋に備え付けにされているものがあり最低限生活出来るのだが、生活の拠点とするにはほかにも細々とした私物やら本棚やら衣類タンスやソファなどの家具が必要だ。
エリィは実家から中身を満載した本棚を持ち込んでいたし、ティオは多少導力機具を置く棚があれば良かったのでそれらを運ぶだけで済んだのだが、ロイドとランディは、特にランディは蓑袋に入るだけの荷物しか持っておらず高額な家具を買うことはとても出来なかったので物置に眠ってる家具を引っ張り出して使うことになった。
物置に片付けられた家具は埃を被っていたが十分使えるものばかりで掃除を行い、部屋まで運ぶことに。もちろんみんなで手伝った。
それが午前中のことで、午後からは工事の業者を待つというティオ以外のロイド、ランディ、エリィは生活用品を買いに中央広場にあるクロスベル市でも一際大きな百貨店、タイムズに来ていた。
タイムズというのは実はクロスベルタイムズの社屋があった現支援課ビルの真っ直ぐ向こう側にあり、クロスベルタイムズのスポンサーなのでいろいろと宣伝した結果、タイムズデパートという誤った名前が広まってしまい、困った支配人は知名度があるならと改名して本当に店名をタイムズにしてしまったのだ。
平日でも大賑わいの百貨店に入るとエリィが支配人直々に挨拶された。
やっぱりお嬢だったか、と改めて驚くランディと上流階級だよなと頷くロイドはヒソヒソ会話して冷やかすので、エリィは祖父が知り合いなだけよと制止した。

「お久しぶりです。ネストンさん。でも私は今は警察官なので特別扱いはちょっと」

ネストン支配人は笑顔で事情を理解して、大切なお客様として扱うと言って、品揃えも品質も申し分ないのでどうか買い物を楽しんでくださいと。
老紳士という容貌に相応しく物腰柔らかな接客態度にさすが、これだけ立派な百貨店の支配人だと、今の対応だけでその凄みを感じた。
実際、百貨店の品揃えは大したもので余程専門的過ぎるなものでなければ衣食住に必要なものはほとんど揃っていた。
それは出店店舗がクロスベル、帝国、共和国問わず、大陸西部の国や地域のほとんどの会社の一流店が出店していたからだ。
この百貨店を見るだけでもこのクロスベルがどれほど豊かなのか、世界中と取引があるのかがわかるのだ。
ロイドたちは各店舗を見て回りそれぞれ必要なものを購入していたが、多くを占めたのは食料品だった。
朝、昼と昨日ランディが買ったパンで済ませたのだが、夜はさすがに作ることになったからだ。
出来合いのものを買おうという話も出たのだが、少ない支援課の運営費から出てる食事代を出来るだけ節約したいと手作り料理、自炊することに決まり、支援課ビルの厨房には一通り調理器具が揃っているから材料があれば料理人の腕次第で何でも作れる。使わない手はない。
肉やら野菜やら調味料やらを購入して買出しは終わったのだが、ロイドは知り合いに会うと言って支援課には戻らず一人でどこかに消えた。




クロスベル大教会の裏には市民の多くが眠る共同墓地がある。
自治州成立前から存在する墓地は広大であり、その広大さがクロスベルの辿って来た歴史を象徴し、戦禍に巻き込まれた人々の数を示している。
多くの人が眠る故に多くの人が訪れる。活況で移り気さを好むクロスベル人といえども故人を懐かしみ思い出が必要な人はいる。
ここにも一人、今は眠る人に挨拶を交わす人がいる。

ロイド・バニングスは兄、ガイ・バニングスが眠る墓石の前で献花するための花束を持って故人に語り始めた。

「3年も挨拶しに来なくてごめん。なんだか意地張っちゃってさ。でも、俺、帰って来たよ。兄貴と同じ警察官になって」

胸に付けられた傷一つない新品の警察徽章を少し誇らしげに見せる。

「兄貴と同じの。昔は兄貴の傷だらけのバッジなんて憧れもしなかったけど、胸にあると誇りが湧いてくるし警察官として行動しなくちゃって思うから重いよ」

いざ、説明してみるとなんだか少し照れ笑いが入ってしまった。

「セシル姉も通信で合格を伝えたら本当に喜んでくれてさ。ずっと会ってくれないって怒るからあんまり通信もしなかったんだけど、昨日の夜、通信して来て相変わらず元気でやってるってさ」

そして警察学校の思い出を語り始めた。優等生で通したことや在学中に捜査官資格を取って得意気に自慢したり。
しかしその言葉はいつの間にか照れ笑いが次第に冷めた自嘲したものにものに変わっていた。

「本当、俺、意地張ってたなって思う。頼っても構わなかったのにさ。自分は一人で出来ますって。一人前になって兄貴の仇取ってやるなんて息巻いても結局変な部署に入れられちゃってさ」

だが話題が仲間のことになるとまた活き活きと子供のように弟が親しい兄に自慢するように語った。

「でも良い仲間、同僚って言うのかな?みんな凄く面白い奴らで。エリィって女の子は見たこともない凄い美人で同い年で同僚だなんて信じられなかったよ。ティオって小さな女の子もいるんだけど、それが凄く自立した子で、財団の難しい機械を操ってもう働いてるだから驚いたよ。それにランディっていうちょっと年上なんだけどさ、いつも飄々としてお気楽な奴なんだけどちょっと兄貴みたいで頼りになってさ。こういう気の合う仲間がいてさ。まだ何をやるか、どうなって行くのかわからない部署なんだけど、俺、頑張ってみるよ。だから、まあせいぜい俺が挫けないように見守っていてくれ」

そっと花を置くとまた来るからと言って買出しした荷物を抱えて墓地を後にした。
兄と同じ道を歩むために。自分に何が出来るか知るために。仲間たちの元へ。




ロイドが支援課ビルに帰ったのは夕方近くになっており、数人の作業員たちが屋外工事が終わって帰るところだった。
そういえばネットワークの工事がどうのと言っていたような。
ロイドがそう思った通りついさっきまで支援課ビルに引く導力ネットワークケーブルの配線工事が行われていた。

導力ケーブルは市の地下空間に張り巡らされておりこのケーブルが繋がる市内で情報交換が行えるネットワークということになる。長大なケーブルでこれが伸びれば近隣の国とも接続が可能になっている。
今回の工事は地下にあるケーブルの分線工事を行いビル内に引き、回線を繋ぎ合わせることである。
この導力ケーブルはジオフロントを通すことで地上の外観を損なうことなく巨大なエネルギーを送れるのでこの数年で一気に普及したものである。

ロイドが帰るとティオはモニターに向かってシステムの調整にために端末を操作しており、エリィとランディは荷物をリビングのテーブルに置いて雑誌を読んでいる。
どうにも静かで空気が沈んでおり、ティオがキーボードを叩く音がだけがよく聞こえる。

「私たちのことが載ってるわ」

少し沈み気味のエリィが渡してくれたのは今日発売のクロスベルタイムズだった。
まあみんなの反応から内容は想像通りだということがわかった。
百貨店で買い物中にほかの客から少し好奇の目で見られていたから認知されているのだなと漠然と思っていたが。
内容はクロスベルの時事として自治州発表やらアルモリカ村の魔獣被害などが載っていたのだが社会面にアリオスが子供を見事救出した活躍と杜撰な施設管理体制という批判的な記事の最後に写真付きで支援課のことが載っていた。
無論、支援課が最初にリュウたちを救出したことなど載せているわけもなく新設された部署の力不足としてアリオスの「ツメが甘かったようだ」という言葉だけはしっかり掲載していて。
特務支援課が人気取りの部署として設立されたというところだけは正確だった。
多少脚色が入っているが間違いではない。少なくとも嘘は書かれていない。
だが、良い気分はしない。
クロスベルタイムズは自治州政府に批判的な雑誌だ。だからこそ民衆の人気も集めているのだが、批判される身になると結構堪える。
グレイスに取材された時点で予想されたことで皆冷静だったのだが無言で落ち込んでいるとも言える。
ロイドはこのままじゃ駄目だと思い、皆に声をかけた。

「沈んでても仕方ない。それよりこうしててもしょうがないから、みんなで夕食を作ろう」

エリィはそうねとすぐに応じてくれ、気のない風でグラビア雑誌を読んでいたランディも、よし、メシだなと気を取り直した。
ティオだけはまだ仕事があるので一区切りしたら手伝うと断って、3人は厨房で夕飯の支度を始めた。

ティオは生活用品の買出しに出た中で一人ロイドが遅かったことでなんとなくどこに行っていたか察した。

(わたしもこれが終わったら行ってみようかな)

そう決めつつ手を休めずに作業を続けているとようやく警察本部との回線が繋がった。セルゲイ課長から回線先を受付に指定されており、指令はそこを介して行われるとのこと。
この端末が使えれば一々警察本部に戻り指令を受ける必要がなくなるため非常に動きやすくなる。
明日までにこれを使えるようにしないと、それがわたしの仕事だから。



厨房で晩飯の準備をしていたロイドとランディは困っていた。
ランディは一人暮らしをしていたからそれなりの料理の腕がある。猟兵時代は食い物の管理は個人だろうが隊長だろうが重要でありモチベーションを長期間保つには美味い食事は必須だ。
携帯食料だけではどうしても飽きが来るから戦場で料理人など雇えないので自ら腕を振るう必要がある。野戦で食い物を入手する場合もあり知識や腕が生死を分けるのだ。
警備隊時代でも駐屯していた門には食堂があったが、野戦訓練でそれなりにやってきた。
不味くない程度で食えれば良いというのが料理の認識である。
ロイドもまた子供の頃からお隣のノイエス家に世話になってはいたが、それでも12、3の頃になれば自分で作ることが必要だと家事は一通り出来るようになっていた。ガイは基本的に仕事でいないので自然と身に着けたのだ。
料理に親しんでいるという程度だったが、その二人から見てもエリィの料理の腕は酷かった。
レシピ本もあるし簡単な肉料理なので焼くだけだからと安心して男二人はスープを作り始めたのだが、エリィが霜降りヒレ肉を塊のまま焼きはじめた時はどういうことだと。
書いてる通りにやったと言われてレシピ本を読むと確かに材料と調理方法が書いてある。
が、下拵えもせず肉を切り分けてない時点でレシピ通りじゃ全然なかった。
ずっとメイドか料理人に作らせていたなとお嬢様育ちのエリィの生き様を想像したのだが、同時にこれは一緒に作らなければ大惨事になるところだったとも思った。

「私、料理下手だったのね」

何が悪かったのか教えられ怒られて落ち込んでしまったエリィを見て、ロイドはすかさずこれから頑張っていこうと前向きにフォローしたのだが。

「ロイド、お嬢はさすがにちょっとまずいぞ」

「不味いとか言わないでよ」

不満気なエリィをなだめて肉を焼くよりもさらに簡単に出来るレタス剥きをさせてサラダ作りを指示するとランディと一緒にてきぱきと料理を仕上げたのだった。
その手際の良さにみんなが感嘆しているとロイドは半ば照れながら、昔から家事は俺の役目だったからさ。自然と覚えてね、と懐かしむように少し寂しげに笑った。
ステーキとサラダとスープと完成した夕食は実に定番なものだったが、エリィと途中から手伝いに参加したティオは何も出来ないのが癪なので果汁を絞ったジュースやらデザートに得意のケーキを用意した。
これには仕事を終えて出てきたセルゲイ課長も上出来じゃねえかと言ってくれ、そこそこ豪勢な料理に驚いていた。
全員の座席もなんとなく決まり、支援課の最初の晩餐がロイドの音頭で乾杯することで始まった。

「みんな、これからいろいろとあると思うけど、だからこそ改めて明日から頑張ろう!」

 
 

 
後書き
零で思ったのだがあんまり食事シーンってないよな。碧だとキーアが料理してくれるけどさ。
空だと自宅料理だったり酒場で飲み会したり晩餐会に出たりとあったからさ。
もっと飯を食いつつの日常ドラマが欲しかったよな。
しかし料理は手帳と食材準拠にしたけど言及しなくても良かったかもね。 
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