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トゥーランドット

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第三幕その四


第三幕その四

「いえ、絶対に言うことなど!」
「やりなさい」
 再びリューの腕が締め上げられた。
「ああっ!」
「それにしても何故これ程までに耐えるのか。一体何がこの娘を支えているのか」
 トゥーランドットは不思議そうにリューを見て言った。
「姫様、貴女にはおわかりにならないでしょう」
 リューはトゥーランドットを見据えて言った。
「それは人を想う気持ちなのです」
「何っ、リュー・・・・・・」
 カラフはこの時はじめて彼女の気持ちに気付いた。
「人を想う気持ち・・・・・・」
 トゥーランドットはその言葉を呟いた。
「そうです。そしてその強さもおわかりにならないでしょう」
 リューは彼女を見据えたまま言う。
「私の気持ちはただ一つ、その為に今まで生きてきました。ですがそれもここまで。私はこの想いを姫様、貴女にお譲り致します」
「・・・・・・・・・」
 トゥーランドットはそれを黙して聞いていた。
「殿下、お幸せに」
 兵士達の手が緩んでいた。リューはそれを振り解いた。
「あっ!」
 そしてそのうちの一人から刀を奪い取るとそれで自らの胸を突き刺した。
「リュー!」
 カラフはそれを見て思わず叫んだ。
「何ということを!」
 それを見た民衆も宦官達も口々に叫んだ。
「姫様、その氷の様に凍てついた心も殿下の想いの前には無力です。すぐに溶けその下から真の心が出て来るでしょう。それを怖れずに。そして貴女が真の幸福にお目覚めになることを祈ります」
「リュー、もういい。それ以上は言うな」
 カラフはリューに対して言った。
「殿下・・・・・・」
 リューはカラフを見て微笑んだ。その口から血が流れ出た。
「お別れの時が来ました。ずっとお側にいたかったのですがそれは叶えられなくなりました。けれど・・・・・・」
「けれど・・・・・・」
 カラフは彼女から目を離さなかった。
「私のことをずっと忘れずにいて下さい。それだけで私は満足です」
「誰がそなたを忘れられようか。私は何時までもそなたのその心を己がうちに留めておく」
「その一言だけで私は満足です・・・・・・」
 そう言うとその場に倒れ伏した。
「夜が明けようとしていますね」
 見れば空が次第に白くなりだしている。
「私も消えるとしましょう。夜明けの星と一緒に」
 そう言うとゆっくりと目を閉じだした。
「殿下、末永くお幸せに・・・・・・」
 そしてリューは息絶えた。
「リュー・・・・・・」
 兵士達はカラフから手を離していた。彼はリューの遺体に歩み寄り抱き締めた。
「折角朝が来ようとしているのに・・・・・・」
 ティムールも彼女の亡骸を抱いて泣いた。
「今までご苦労だった。もうそなたを苦しめる者はいない。だから・・・・・・」
 彼はリューに語りかけるようにして言った。
「よくお休み。そして生まれ変わり再び会おうぞ」
 民衆が彼等の周りを取り囲んだ。カラフを支持していた者達だけではない。つい先程まで宝玉に目が眩んでいた者達も宦官達も、そして彼女を責め苛んでいた兵士達もその中にいた。
「気の毒な娘・・・・・・」
 リューを見て誰かが言った。
「せめてあの世では幸せにな」
 彼等は自分達の先程までの姿がたまらなく卑しく思えた。そして良心の呵責に攻められた。
「葬ってやろう」
 宦官達が言った。
「そうだな。手厚くな」
 そう言うとリューの遺体を持った。そしてティムールと共にその場を後にした。
「リュー、あの世ではせめて幸せに」
 哀しい声が木霊していた。
「リュー、済まない」
 後にはカラフとトゥーランドットだけが残った。彼はリューの遺体が運ばれていくのを見送りながら言った。
「もっと早くそなたの気持ちに気付いていれば・・・・・・」
 彼もまた悔悟していた。自身の愚かさがリューを死なせてしまったと感じていた。
「だがそなたのことは忘れぬ。そしてそなたの想い、この身に受けよう」
 そう言うとトゥーランドットと向かい合った。
「姫よ」
 彼はトゥーランドットに対し声をかけた。
「リューに誓った。私は貴女の心を溶かしてみせる」
「何を戯言を」
 彼女はカラフを睨み付けて言った。
「私はあのロウリン姫の生まれ変わり。私を穢すことは誰にも出来ない」
「違う、私は貴女を穢すのではない」
 カラフは反論した。
「私は貴女のその氷の様な心を溶かす太陽なのだ。そして」
 カラフは言葉を続けた。
「貴女はロウリン姫ではない。貴女は貴女、それ以外の何者でもない」
「いえ、それは違うわ」
 彼女はそれでも尚カラフを睨んで言った。
「私のこの心は誰にも支配されない。何故なら私は永遠に清いままなのだから」
「そう、貴女の心は永遠に清らかなままだろう」
 カラフはそれに対して言った。
「だが愛を知らないだけだ」
「愛。口を開けばその言葉ばかり」
 彼女はうんざりしたように言った。
「そんなものがこの世にある筈がないというのに」
「それは違います。あるのです」
「では何処に!?」
「私のこの胸に」
 カラフは一歩前に出て言った。
「では見せて御覧なさい」
 トゥーランドットは言った。
「よろしいのですか?」
 カラフは身構えるようにして問うた。
「ええ。貴方のその胸の中にあるもの、それが真のものならば」
 嘲笑するように言った。そんなものがある筈がないと確信していたからだ。
「ならば」
 カラフは歩み寄った。そしてトゥーランドットを抱き寄せた。
「無礼者、何をするのですか!」
 彼女はそれに対して叫んだ。
「貴女は仰いました。私の胸の中にあるこの熱いものを見たいと」
 カラフはトゥーランドットの顔を覗き込んで言った。
「それが何故!」
 彼女は彼を睨み返して叫んだ。
「これがその熱いものなのです!」
 そう言うと彼女の唇に自分の唇を重ね合わせた。
「あ・・・・・・!」
 トゥーランドットは叫んだ。だがそれはすぐに掻き消された。
 
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