Dies irae~Apocalypsis serpens~(旧:影は黄金の腹心で水銀の親友)
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最終話 終幕の真相
気が付いたら、俺たち二人は黄昏で抱き合っていた。何もなかったあの世界からはもうすでに離れている。あの世界の支配者が居なくなったからなのか、それとも勝手に追い出したのかは知らない。だが、ここは特異点でもない。より正確に言うなら。特異点と先程の世界の境界線。一歩踏み出せば特異点へと降り立ち、ここに留まると元の世界に帰ることになる。
本当はずっと二人でいたいよ。いつもの面子で馬鹿やって、騒いで、笑い合って、ずっと、ずっと一緒にいたい。でも、
忘れられるかも、って思うとすごく怖い。いないって思われたらどうしよう。それが怖くて。でも、絶対にしなきゃいけないことだから。
君を幸せにしたいから。
あなたに幸せでいてほしいと思うから。
だからこれが最後、最後の俺が語る物語―――
だからこれが最後、最後のわたしの罪深さ―――
「帰ろう」
約束したあの場所へ。
「時よ―――」
******
結局、彼らの打ち上げは叶ったわけだ。最大の敵であったラインハルトを斃し、メルクリウスもアグレドもいなかった。最後の刹那の日常。彼らは十分にそれを楽しんだ。
約束の打ち上げ。綾瀬香純がいなければ集まることは出来ずにいた。氷室玲愛が居なければ道は繋がらなかった。司狼が、エリーが、螢が、他にも多くの仲間が、手を貸してくれた人間が居なければそれは叶わなかった夢であっただろう。
その気になれば、誰もいなくなった特異点と座を捨て置き、自分たちだけの日常へと帰ることも出来たかもしれない。だが、そんなことを彼ら二人自身が許せる筈がなかった。だから最後は一人で勝手に決着をつけようとしていた。
しかし、それは何も知らなかった香純以外は察していたのだ。結果は目に見えている。周りに説教され、きちんと二人で話し合って来い、と言われて彼ら二人はお互いに満足する結果として、マリィは座に、そして蓮はマリィの世界に包まれる。
似たような理由でお互いが自分勝手に決めて黙ってて、それをみんなに指摘されて、そして告白して、二人で話せば、考えてみれば当たり前で優しい結果が互いに見えた。
「俺、マリィが好きだ」
「わたしも、大好き」
だから、と彼女はそう微笑ながら付け足して、
「わたしがいなくなることなんて、絶対にないと信じて。いつもあなたの傍にいるから」
「――――――――」
そこからはもう、言葉は必要なかった。抱きしめて、抱きしめられて、キスをして離さない。たとえこのまま君の質量がゼロになっても、ずっとそうしているんだと信じよう。だから、この刹那に、もう少しだけ愛しい彼女を感じていたい。
この一瞬を永遠のものとして、記憶することが出来るように。時よ止まれ、君は誰よりもキレイだから。
******
―――フランス・サン・マロ―――
「つまり、結局私はアレとの戦いで相打つ事となり、本来ならば再び世界を回帰させる事となっただろう。しかし、私が討たれたその僅かな間、私は死生観の狭間に囚われた。だが、逆にそうなったことによって私は特異点に取り残されることも、座の意志となることもなかったのだよ。今ならばわかる。私は彼女に抱かれ死にたかったのだ。我が友はそれを教えたかったのだろう。そして、今まさに私は彼女の世界に抱かれ生きている。これ以上の至福はあるまいよ」
「そうかよ」
呟いて、サン・マロのある墓の目の前で彼は閉じていた眼を開く。
「せっかくフランスくんだりまで来たっていうのに……大体、抱かれて死にたかったって言うんだったら、なんで生きてるんだよ」
「死んだとも。ただし、座の意志としてだ。私は座という立場にあったからこそ彼女に抱かれ死ぬしかなかった。だが、その後に彼女の世界で抱かれているならば、生きていても構うまい」
「はいはい、分かったよ。で、だったら何でこんなとこまで来たんだ?」
ここは確かに彼女の墓地ではあるが彼女がいるわけではない。さらに言うならこの場所は景色の景観こそいいが、町のはずれだ。なのに何故お前はこんなところまで来ているんだ、と蓮が尋ねた。
「ただ、ふとね。君が知りたがっているのではないかと思っただけだ。意味のないことかもしれんが、それは君が今やっていることも同じだろう。彼女の墓など、参ってどうする」
「それこそお前はどうなんだよ?俺は別に墓参りしているわけじゃないさ。単に見たかっただけだよ、マリィが生まれた国を」
そもそも彼女は死んでいない。今だって彼を包んでくれているのだ。それを彼は自覚している。だからこそ、このサン・マロを、浜辺を自分の目で見たかったのだ。
「なに、私にとっては意味のない事というわけではない。ここに彼女のいた記録があった。それだけでも私がここに来る価値はある」
結局はそういうこと。彼にとってはここに来るだけの価値は十分にあるのだろう。
「で、何を教えてくれるんだ?」
「さて、何から話そうか?つまらないことから重要なことまで話す事となればきりがない。君の盟友、ハイドリヒの今、時代の違う人間の今やこれから、女神のことも、そして―――君の名も。君が彼女に触れられた理由だ。知りたくはないかね?その魂が、かつて何者であったのか……そこに総ての答えがある」
一拍、空気を置いて彼は答えた。
「興味がない。俺は俺だ。それでいいんだよ。それにな、何かお前が教えたがってそうだから、聞いてやらない」
実際、この世界にも自分のかつての存在がいるはずなのだ。何故なら、あの戦いの最中にそれを思い出したはずなのに、俺にとっての真実はそちらだった筈だろうに、結局今は忘れている。それはつまりそういうことなのだろう。と勝手ながらに想像している。
「くくく―――ははは……いい答えだ。では、その答えに敬意を評して君の知りたいことに答えよう」
だったら、とそう呟き―――
「結局あいつはなんだったんだ?」
藤井蓮がそう言ってメルクリウスに尋ねる。最後にそれだけがわからない。アグレド、アルフレート、七皇帝の分体、666―――それらの正体は結局、こいつ以上にわからない。何のためにこんなことをして、どういった存在だったのかを。
「ふふ、いい質問だ。だがな、私はそれに対する完璧な答えを持ち合わせていない」
対して、その答えはおおよそ目の前にいる相手の言葉とは思えないものだった。少しばかり、目を見開き、驚愕を露わにする。
「嘘、なわけはないよな。知らないってことなのか?」
「いいや、知っているとも。だが、今の君にそれを教えても理解できないだけの話だ。だが、心配はするな。君が理解できない対象なのはアグレドだけであり、また他の存在は今や諸人に過ぎんよ。それでも聞くかね?」
「そうか……だったら別にいい。ちょっとばっかし気になっただけだからな」
目の前にいる彼は女神と敵対する意思はない。ラインハルトもまた彼自身が降した。だからこそ彼だけが蓮にとっては懸念だった。あれが或いは牙を向けてくるのではないかと。それが知れるかもしれないと、そう思ったから聞いた程度のことだ。
「ああ、心配はいらん。私も彼女を塗り替えようとする者など許さんし、彼もまた女神を害するものではない。それは保障しよう。では、お別れだ。君らの愛を祝福し、また私の望みを叶えた対価として、面白い事実を伝えよう」
そう言って、墓の目の前で頭を垂れていた私服を着ている黒髪の男は立ち上がり、踵を返しながら別れ際に、
「彼女はいずれ、己の触角を生み出せるようになる。私がそうであったようにね」
「…………」
その言葉を聞き、思わず振り返り、歩き去っている彼を見る。
「また逢える、かもしれない。と信じることが重要だ。さらば、我が歌劇の英雄」
どこか誇らしげにそう言って、彼は来た道を遡るように去っていった。座として純血を持った彼がこの世界で生きることを良しとされ、許されたのは何故なのか。
「それは結局、あいつも人間だったってことなんだな……」
かつて、アルフレートが言った言葉。人間じゃないものもいる。それは始め誰のことを指しているのかわからなかった。マリィ、或いはラインハルト、或いはメルクリウス。そんな風に疑念を持っていたが、あれはきっと自分の元であるアグレドに対して言った言葉だったのだろう。
座としての“純血”。それすらも関係ない。元から座の存在であろうとも永劫を過ぎ去る開闢の幾時を超える者であろうともそれは人ならざる者の証明になりはしない。始まりも終わりも無いような存在であろうとも人としての感性とほど遠くても彼は一人の人だった。
神性の喪失は純血の蛇にとって死を意味する。だからこそ蛇は汚染を嫌う。アダムとイブが蛇に唆され神性を失ったように、彼もまた一つの蛇と出会うことで人としての在り方を得た。
そして、特異点でもなくなった彼は、一人の人間として今の生を享受している。蓮は自分と彼の二つの花束が置かれた墓の方に再び目を向けて、今さっき知った事実を反芻する。
「そうだな。なあマリィ……打ち上げの二次会……やるならそれも、面白そうだろ?」
と、そうつぶやいた時だった。
“―――いいね、それ―――”
―――背後に、彼女が―――いたような気がした。
「ははは……じゃあ、香純に長生きしとけって、言わなきゃな」
またいつの日にか、みんなで再会しよう。きっとそれは叶えられるって、強く信じられる日向が彼を包んでいた。
後書き
にじファン時代も含めて約一年、長い間ご愛読くださりありがとうございました。本編はこれにて完結です。これ以上の後書きは次の話にある「後書き+設定――即ち蛇足」に書いてありますのでそちらの方をお読みください。
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