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Dies irae~Apocalypsis serpens~(旧:影は黄金の腹心で水銀の親友)

作者:BK201
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第三十五話 Konzertmeister

 
前書き
二話連続投稿です。ご注意を。タイトルは日本語で言うならコンサートマスター、或いはコンマス。 

 

「今、我らこそがこの世界の中心にある。謳おう、共に素晴らしき歌劇を!」

運命の槍と断頭の刃がぶつかり合う。火花を散らせ初撃決殺となっていても不思議ではなかっただろう。いや、むしろそうなる可能性の方が高かった。しかし、結果は違った。拮抗している。ラインハルトと藤井蓮は互いの刃に火花を散らせ、欠けることなどなくぶつかり合っていた。

「いい目だ、見違えたぞ」

そう嘯くラインハルトの目、黄金に燃える奈落のような輝き(あんこく)を隠すことはない。

「そんなに他人の魂が旨いのか」

そんなに楽しいのか、戦争が。嬉しいのか、殺し合いが。一人一人の生を夢を、好きな異性も家族も仲間もありとあらゆる人間を喰らうことがそうまで至福かと、そう激怒する。

「それを奪うことがお前の世界か!?」

「無論だ、我をもって全と成す。私が世界となるのだから、細胞の一つひとつを慈しむのは道理だろう。ああ、甘いぞ。美味だ、まだ喰い足りん。愛も勇気も絶望も、怒りも悲しみも何もかも――――――鬼畜と呼ばれる罪人も、生まれたばかりの乳飲み子も、我が身を這い回る小さき者共は例外なく祝福しよう。
その物語こそ、至福の供物だ。私の宇宙(ヴェルトール)に在る者は、それを代価に支払ってもらう。皆、よい夢を見せたであろう?私を恐れる者も、敬うものも、何かを取り戻そうとする者も――――――」

幸せだろうと。彼は何一つ躊躇いなく、そう断言する。

「お前は悪魔だ」

偽りの夢と力を与え、代価として魂を奪い取る愛すべからざる光(メフィストフェレス)。奴隷とした死者の城で君臨する墓の王。断じて、存在を許していいものじゃない。

「フム、悪魔か、確かにカールもそう言っていたが、我が臣曰く、悪魔とは獅子を指さぬらしい」

「いきなり、何を!?」

否定されるとは思っていなかったのか、思わぬ反論に蓮はたたらを踏む。

「そも、悪魔とは抽象の存在であり、人の身である私はどれほど愚かな振舞いをしようとも悪魔とは言わぬ。悪魔とは元々、この世の業を持たざる者のみらしい。つまり、この世ならざるものだ。もっともこれは彼の持論らしいがな」

「だからって―――」

それがどうした。それでもお前は悪魔に等しい存在だ。いや悪魔そのものよりもたちが悪い。だからこそ、俺はお前の存在を許すわけにはいかない。
そう思い、さらに一歩踏み込み、斬りかかる。そして、その蓮の断頭は再びはじき返される。天空の方陣を蹴り上げ、宙を舞う。踏みしめた感覚はまさに大地そのもの。質量を持たないこの方陣が示す意味はつまり今尚、成長し続けているということ。時間がない。
彼が玲愛を救うのは勿論のこと、町の外にこの祭壇が広がればその時点で総てが終わることとなるだろう。今は揺れ続ける天秤は確実に傾くこととなる。無論、彼にとって最悪の方向へ。

「絶対に、俺が斃すッ!―――行くぞォッッ!!」

今ならば彼の刃はラインハルトの首を断てる。過去最高潮の力が宿った右腕に自然、力がこもる。

「なるほど、速いな」

同じ流出位階に立っている以上、互いの異なる世界の異なる常識がぶつかり、そして鬩ぎ合う。時が完全に止まることこそないが、速さというアドバンテージにおいては藤井蓮に勝るものはいない。それでもな、一撃が与えれない。共に必殺の威力を放てるであろう武器を持ちながら、互いにその一撃を許さない。

「卿はこの新世界に何を願う」

無論、お前たちのいない世界を。

「己の覇道で何を生む」

答えるまでもない、それは穏やかに安らげる日々。

戦争(わたし)を人から取り除くことなど誰にも出来んぞ」

首を断ち切る軌道を描く斬撃をラインハルトはたやすく払う。払われた腕をそのまま反転させ、蓮は斬りかかる。しかし、それは彼の視界から完全にそれていたにもかかわらず腕を振るい、呆気なく受け止めた。
世界と世界がぶつかり、刃と刃が弾きあう。

「異なる他者への排撃は、魂の根幹に刻まれた人の原罪(つみ)だ。決して拭えん。卿もまた、私を認められんのだろう?」

確かにそれは事実だ。彼にとっての非日常が始まる前の日常での日々とて世界のどこかで戦争は起こっていただろう。殺し合いのように大仰なものでなくとも、相容れない他人を前に喧嘩をしたり嫌い合ったり、拒絶するが当たり前に満ち溢れている。だが、彼が言いたいのはそうじゃない。そんなことではない。

「ならば私の内で渦巻くことと、何の違いがあるという。殺し合わずにおれないならば、等しく我が城で永劫の闘争を続ければいい。卿とて同じだ。力を得て興奮したろう」

確かに、力を求めた瞬間を否定はしない。

「他者より抜きんでることに優越を覚えたことは?」

勝利するために刃を磨いた。それもまた真実だ。

「誰もが思ったはずだ、こうでなくてはならない。胸躍り、燃え上がる血の熱さ。非現実の戦争こそが狂おしく求められる人の娯楽だ。矮小な善とやら、取るに足らぬ道徳とやら、社会の規範たる常識とやらが卿らの牢獄(ゲットー)にほかならん。そこから解き放たれる瞬間こそを皆が心から祈っている。
故に与えてやるのだ。この私が。鉄火に満ちた戦場の風を、慰めの妄想に過ぎなかった非現実を、私が愛しい者らへ贈ってやろう」

それだけは絶対に否定する!

剣戟に鋭さが増す。一撃、二撃と連続して放たれる猛攻。だが届かない。速さで上回っていようとも彼には己の才と収束させた軍団(レギオン)の経験がある。一撃を受ければ次の一撃がどこから来るのか。彼にとってそれを予測することは―――否、闘争そのものが彼にとって呼吸をする事と変わりはしない。
そして拮抗した互いの刃が同時に弾かれ、距離を置く。

「これを待っていた。これを見たかった。乞えよ、卿らの待ち望んでいたものがついに来たのだ。もろ手を挙げて、今、礼賛するがいい。
私はすべてを愛している。
故に総てを破壊する。
涙を流してこの怒りの日(ディエス・イレ)を称えるがいい!!」

高速で打ち合いながら、ラインハルトは謳うがごとく断言する。己こそが祝福であると。己こそが人類の渇望だと。神を気取るような傲慢さを見せ、全世界を呑み込もうという破壊の自負に満ちている。

「俺が言っているのは、そんなことじゃないんだ」

人の真実がなんだのと、小賢しい哲学まがいを論ずる気はないと。目の前にある温かい世界が。

「ただ、そこにあったんだ。やさしい空気が存在して―――愛しい者がそばにいて―――だったらそれを、その陽だまりを守りたいと、そう思うことを、欺瞞だなんて言わせないッ!!」

怒号と共に、渾身の一撃が叩き込まれる。それは聖槍の一閃を弾き飛ばし、ラインハルトを僅かにだが仰け反らせた。
非現実の抑揚を否定するつもりはない。人には確かに闘争欲求は存在するだろう。だが、だからと言ってそれしかない世界なんて認めはしない。何故なら、血で塗りつぶされた空の下、人はどうやって日の温かさを感じればいいと言う。

「俺の好きなものをおまえに壊される覚えはないッ!!」

「ならば―――私を破壊してみるがいい」

無論だ。今更言われるまでもないだろう。

「食らえェェェッ―――――――!!!」

先ほどの攻撃で態勢を崩した今の彼では、これを凌ぐことなどできない。そう判断し、蓮は一撃必殺の断頭を振り下ろす。だが、

「第九―――SS(ホーエン)装甲師団(シュタウフェン)

「――――――――――ッ!?」

死者の群が、彼が纏う髑髏の一部が戦車に変わる。その数はゆうに百台を超えている。そして蓮に向けられた総ての砲が一斉に火を噴いた。

「ぐッ、おおおおおおぉぉォッ!?」

体を無理矢理なぎ倒すように捩じらせ転がりながら弾幕を躱す。だが、彼は息つく暇を与えない。

「第三十六―――SS擲弾兵師団(ディルレワンガー)

万を超える銃剣が彼の足元から突き上がる。その殺意に濁った眼は彼を捉え、槍禽を足元から貫かんとする。

「チィッ―――――!!」

躊躇うことなく、その場から飛びのいた彼は身を翳めることもなく躱しきる。これこそがラインハルトの流出。

「そう、私は軍勢(レギオン)だ」

そう呟いたラインハルトは跳躍し、蓮の目の前に現れる。

「何を驚いている、まだ序の口だろう」

そして指が弾かれ、

「第十―――SS装甲師団(フルンツベルク)

パンツァーファウストの集中砲火が至近距離から放たれる。足元の槍を避けるために跳躍した彼は砲弾雨を躱すことができない。だが、躱せないなら真っ向から挑めばいい。

「うおおぉぉォォッ―――!!」

斬り返し、弾き飛ばし、防ぎ、逸らし、止むことのない嵐の砲弾を掻き消す。だが、刹那―――

「まだ戦場には不慣れかね?一対一に慣れすぎたか?それでは生き残れん。これは御前の決闘ではないぞ」

多角的な波状攻撃。おおよそ戦争知り尽くした戦い方だ。当然ともいえる。そもそも戦争というジャンルにおいて彼に敵う者などいないのだ。

「さあどうする?失望させるな」

走る聖槍。投げ放たれたそれを蓮は右腕を振り上げ防ぐ暇はない。

「だったら―――」

避けろ、間に合え。そう彼は心で叫ぶ。

「マリィッ―――!!」

無論、彼女の名を呼ぶそれは断末魔などではない。死力を振り絞り、流出の理を強化する。結果、一瞬だが聖槍の穂先が停滞した。

「――――ぬッ!?」

「ハアァァァ――――!!」

これは大きな隙だ。ラインハルトの聖槍は手元になく、蓮は一気に距離を詰める。そして放たれた一撃は傷こそ付かなかったが確かにラインハルトの頬を翳めた。

「フム、確かに厄介だな、その覇道。よかろう、では少し趣向を変えるか」

自らの頬を撫でながら、触れた感触を確かめるように喜色を露わにする。そして不意にそんな台詞を放つ。

「……?」

「すでに理解したと思うが、私は私の軍勢(レギオン)を操れる。銃兵には銃を、砲兵には砲を、各々得意とする武器を宛行、編成するのが指揮官の冥利だ。有体に言えば、人を操る手練……それに長けていなければ将にはなれん」

だがそれがどうした、とばかりに疑問を浮かべる蓮。そして、その解をラインハルトはいう。

「故にだ、こうは考えられんかね。私は部下の総てを知っている。その魂、その渇望、我が内海(ヴェルトール)に溶ける小さき愛児たち……彼らは私で、私は彼らだ。今や同化しているのだよ、我々は」

さて、突然だが今のラインハルトは十全ではあるが完璧ではない。マキナやルサルカ、ベアトリス、カインをその手から零した彼は―――【史実】と、そう呼ばれるもので得ていた戦力を失っている。では彼が弱体化したかといえばその答えは是ともいえるし否ともいえる。
逆に言えば蓮は確実に力を強めていると言えるだろう。事実、この攻防の終わりに本来ならば息を切らしていたはずの彼だが、そんな様子を見せなどしていない。
一方でラインハルトは確かに多くの魂、特にマキナを失ったことで軍勢そのものの総量こそ減ってはいるが、それは彼にとっては微々たるものであるし、本来存在しなかったアルフレートの魂を持つことで事情が違っている。
つまり、何が言いたいかといえば、

「……ッ!?これは……」

聖槍が鳴いて震えだす。その気配に蓮は覚えがあった。蠢く影、先の見えぬ闇。不吉な直感が背を走り抜ける。まさか、と―――

「Konzertmeister―――というものを知っているかね?例えるならば私はいわゆる楽団の指揮者だ。そして、それは指揮者の代役であり、調節役であり、俗にいう楽員の指導者だ」

それが他者の創造を使うものであると理解した蓮は身構える。感覚でも理解できる。あれはアルフレートの渇望だと。であれば実際に受けたことはないが、その能力は知っている。己が身の弱体化の危機に曝されると直感が告げる。だが、その予測はラインハルト本人に否定される。

「勘違いしているようだな。彼の渇望はもとより他者への献身だ。故に他者の弱体化などというのはその氷山の一角にすぎん。真に彼の渇望たるものは―――自軍の強化に他ならんよ」

蓮の行動に僅かな呆れを含ませ、ラインハルトはそう断言する。でなければ楽団などにたとえはしないと。そうでなくては弱体化などという英雄あるまじき行為をするものに騎士の立場を与えはしないと、そういうかのごとく。

「その闇は無意味な語りを魅せる者。神に祈り、神を信ずる
故に謗られ、罪深き業を背負う。人であることを望み、また人となれぬことに嘆く
悪から救え、善すらも殺せ―――照らされる影
我を救え―――
晦冥世界 主の祈り (Svartálfaheimr Paternoster)」

「なッ―――!?」

瞬間、ラインハルトの魂の総量が明らかに増加した。直接的に魂の数が増えたわけではない。一つ一つの魂の格そのものが増したのだ。
これは黄金の輝きそのものが増したわけではない。いや、そもそもラインハルトの黄金の輝きは元からこれ以上増すようなものでもない。にも拘らずよりその輝きが今まで以上に照り映える。

「言ったであろう、彼はKonzertmeisterだと」

元々、彼は魂の生成を含め、そういった分野の魔を執り成すものだ。故に、彼の創造の本質は弱化などではなく強化。つまり、輝きそのものを増すのではなく、輝きを映えるように映すのだ。陰影をつけ、より一層の光沢を魅せ、映す位置すら計算する。それは最早一種の芸術。最高の黄金の素材を、技術の粋を凝らし集め潤沢に使った、至高の芸術。今のラインハルトはまさにそれであった。
まずい、と蓮は直感的にそう感じる。先ほどまでの蓮とラインハルトは対等、あるいは若干ながらも蓮が勝っていたと言える。だが、今は違う。天秤の針は明らかにラインハルトに傾いており、このまま流れを持っていかれることになれば蓮が不利になるのは明白といえた。

「何を焦っている。まだ余興は始まったばかりだぞ」

隔絶とした差はないものと思っていた。確かに単純な力比べならば、差はなかったのだろう。だが、戦場での経験が、明白な実戦経験の差が、軍としての戦いが藤井蓮を苦しめだした。


 
 

 
後書き
やったね、アルフレート。君の創造がようやく働いたよ。自分で使うことが一切なかったけどね。 
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